下総の犬~玉響~

読了目安時間:4分

エピソード:42 / 100

今生の別れ

 この年は、建保(けんぽう)7年にあたる。  4月12日に改元するので、承久(じょうきゅう)元年にあたる年でもある。  鎌倉幕府、将軍は源実朝(みなもとの さねとも)。  初代将軍・源頼朝(みなもとの よりとも)と、その妻 北条政子(ほうじょう まさこ)の次男にあたる。  将軍になり、官位(かんい)を求め、あれよあれよ――。  とうとう武家では初めての右大臣(うだいじん)となった。  皆が止めた。  執権(しっけん)北条義時(ほうじょう よしとき)は勿論、宿老 大江広元(おおえの ひろもと)までも。  しかし、官位を求めることを()めることはなかった。   『官打(かんう)ち』  身に余る官位を与えることにより、運を使い果たし不幸を招く――、このような呪詛(じゅそ)を都が行っている……という噂まで出る始末だった。  正月27日。  右大臣拝賀(うだいじんはいが)の為、華々しい行列で鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)参拝(さんぱい)する――、これは その日の出来事だった。  ◆◆◆◆  将軍、源実朝(みなもとの さねとも)御前(ごぜん)(はべ)るのは、幕府の宿老・大江広元(おおえの ひろもと)と、源仲章(みなもとの なかあきら)。  この源仲章は、文章博士(もんじょうはかせ)である。  漢文や歴史を教えるいわば、教員のようなものであり、実朝(さねとも)の教育係のような役目を持つ者だが、幕府の内情を朝廷へ流す――、今でいうスパイのような者であることは、皆の知るところであった。  そんな側近と同じ()に 、()()()()居合わせた、下総権介(しもうさ ごんのすけ) 通称、千葉介(ちばのすけ)胤綱(たねつな)()していた。 「御所様(ごしょさま)、いけませぬ」  袖で目頭を押さえる、大江広元(おおえの ひろもと)は告げる。 「私は 成人した後、涙を浮かべたことはございませんでしたが、今 お側におりますと落涙(らくるい)を禁じ得ませぬ」  胤綱(たねつな)は、この言葉に片眉を上げ聞き入った。  広元(ひろもと)は、継ぐ。 「ただ事ではありませぬ、きっと何かあります。先例に従い、束帯(そくたい)の下に腹巻をお着けください」  広元(ひろもと)の言う『先例』とは、源頼朝(みなもとの よりとも)が東大寺供養の日に腹巻を着けたことを指す。  腹巻とは、胴甲(どうよろい)のことだ。 (やはり、鳩のことを気にしておるのか?)  胤綱(たねつな)は、そう思った。  参拝を止めることは、出来なくとも用心することは出来るのだ。  しかし、横から待ったがかかった。  源仲章(みなもとの なかあきら)だ。 「大臣、大将に昇進(しょうしん)した者が腹巻など……これまで例は ありませぬ!」  ハッキリと止めた。  胤綱(たねつな)は『学者風情が……!』と叫びそうになったが、笑みを浮かべた実朝(さねとも)が頷くことで、黙るしかなかった。 「千葉介(ちばのすけ)」 「……は」  不服そうな(おもて)が、可笑しかったのか実朝(さねとも)は、笑い声を上げると胤綱(たねつな)の前にしゃがみこむ。 「広元(ひろもと)は、寂しがり屋ゆえ……時折、相手をしてやるのだぞ?」 「御所様、それは……」  何やら遺言(ゆいごん)のようだと胤綱は、(さえぎ)ろうとするが笑みを浮かべた実朝(さねとも)は、そっと自身の頭に指を伸ばし、髪の毛を引き抜く。 「公氏(きみうじ)、私の形見だ」  御髪上げ役として、隣の間に控えていた宮内(くない)公氏(きみうじ)に差し出した。 「縁起でもないことを!」  当然だが、公氏(きみうじ)は険しく顔を歪めたが実朝(さねとも)は、笑みを崩そうとしない。 「深く考えるな、思い付いたから引き抜いただけだ」  そう言われては、黙り受けとるしかない。公氏(きみうじ)懐紙(かいし)に包み、頂いた。  満足したのか、庭の梅を眺める実朝(さねとも)は口ずさむ。 「(いで)ていなば (ぬし)なき宿(やど)となりぬとも 軒端(のきば)の梅よ春を忘るな……どうじゃ?仲章(なかあきら)」 「お見事にございまする」  大きく頷く、源仲章(みなもとの なかあきら)胤綱(たねつな)は、唇を引き結んだ。 (何が見事なものか!何という不吉な歌じゃ!)  胤綱(たねつな)には、この歌が辞世(じせい)()に聞こえてならなかった。  自分が居なくなっても、春を忘れるな――。  実朝(さねとも)は、そう言っているのだから。  正月27日は、夜になり雪が降り積もった。  ずんずん――と、積もり 二尺(60センチ)も。 (これでは、身動きが取りにくい)  胤綱(たねつな)は、周りを見渡す。  束帯(そくたい)姿は、歩くのも一苦労だろう。  随兵(ずいへい)(よろい)を身に付けているが、何故か不安で仕方がなかった。  見送りに出た大江広元(おおえの ひろもと)と、千葉胤綱(ちば たねつな)の横を実朝(さねとも)が通り過ぎた。  御所、南門――。時刻は (とり)(こく)(18時頃)。  何処からともなく、鳩が鳴き(さえ)ずる。  ポッポッ――…、ポッポッ――…、 「何故、鳩が鳴くのじゃ……ッ!」  胤綱は、小さく漏らした。  もはや、尋常(じんじょう)ではないと勢い良く顔を上げると実朝(さねとも)束帯(そくたい)(そで)に手を伸ばす――、(とが)められても良いとさえ思った。 「御所……」 「千葉介、私は義盛(よしもり)が好きであった」  胤綱(たねつな)の指は、ピタリと止まった。 「しかし、謀反(むほん)(たくら)んだ和田胤長(わだ たねなが)(ゆる)しては……分かるな?」 「御所様……」  何とか絞り出す言葉に、実朝は頷く。 「以前、義盛(よしもり)が申しておった。真っ直ぐな良き面構(つらがま)えの男子(おのこ)が、千葉家(ちばけ)におると……家督(かとく)を継いだ そなたを一目見た時に、あぁ義盛(よしもり)が申した者だと、懐かしく思うた 」 「御所様……ッ!此度(こたび)は 不吉でございます!」  胤綱(たねつな)は、叱責(しっせき)を覚悟で口にしてはならないことを告げた。  鎌倉の慶事に、とんでもないことを申すな!と大江広元(おおえの ひろもと)らに、取り押さえられても良いとも、下総(しもうさ)謹慎(きんしん)しても良いとさえも思った。  実朝は、微笑むと胤綱の肩に手を添え、真っ直ぐな眼差しを見据(みすえ)る。 「真っ直ぐであれ、千葉介(ちばのすけ)」  これが、千葉介胤綱(ちばのすけ たねつな)が最期に見た、鎌倉3代将軍源実朝(みなもとの さねとも)の姿だった。

●千葉胤綱(ちば たねつな) まだ年若い 下総御家人。 ●宮内公氏(くない きみうじ) 和田合戦時、和田義盛の屋敷を尋ねた人物(11話『没落』) 他の回、後書きに書いた通り 文献で読みを確認することが出来ませんでしたので 拙作では 『くない きみうじ』とさせて頂きました。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 時空外伝 -side story-

    時空憑依と時空移動の外伝

    10,500

    10


    2022年5月28日更新

    『千葉篤胤の時空憑依』 『千葉純胤の時空移動』 の外伝となります。 基本的には登場人物の一話完結集となります。

    読了目安時間:15分

    この作品を読む

  • 龍虎、東アジアを駆ける

    江戸時代、主流から追放された者達の逆襲譚

    221,771

    3,076


    2022年5月28日更新

    時は江戸時代、三代将軍家光の末期。 時代に取り残された浪人の多くが、幕府に対する不満を募らせていた。 そうした浪人を相手に軍学を教える由井正雪もまた倒幕を視野に入れた活動をしていた。 同じ時代、東アジアでは清によって明が滅亡したが、皇族の生き残りが有力者の庇護を受けて抵抗を続けていた。 国姓爺と称される鄭成功もまたそんな一人であり、日本とも縁のある彼をはじめね多くの者が江戸幕府に支援を求めていた。 こうした状況の中、幕府老中筆頭・松平信綱は一石二鳥の手を思いつき、実行に移す。

    • 残酷描写あり

    読了目安時間:7時間26分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 解放詠唱アマテラス

    ホラー×バトルな霊能ファンタジー!

    30,300

    120


    2022年5月26日更新

    妖怪や幽霊の目撃談が多く、住民のほぼ全員がその存在を信じている架空の地域、鷹宮県。そんな場所を舞台に、霊的な存在を支配する王、その力の一部である霊王眼を宿す少年、白神リクは戦いの日々を送っていた。邪悪な妖怪を殺し、さ迷う霊をあるべき場所に導くために。 そんな日々の中でも平穏な時間にはごく普通の日常がある。しかし、百鬼夜行を引き起こそうとする邪悪な陰陽師の一族、赫喰家との戦いに巻き込まれることになったことでリクの日常は一変。 彼らの野望が達成されれば、妖怪や悪霊の大群が日本中に溢れかえり、下手をすれば世界の危機となる。 それを止めようとするものと、協力する者達の争いより鷹宮県は混沌を極めて行く。妖怪、霊能者、神々、果ては西洋の魔術師までをも巻き込む、壮大な霊能戦争の舞台として――

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:42分

    この作品を読む

  • ヨミガラスとフカクジラ

    全てを失った英雄を廻る、奇妙な運命。

    320,705

    588


    2022年4月15日更新

    【次回更新日2022.6.29】 飛行船により、浮遊大陸から人々が空へ駆け出して二世紀以上。 空中都市連邦“バラクシア”の首都、工業都市“レガリス”はバラクシア国内で勃発した奴隷制度を巡る浄化戦争を乗り越え、奴隷制度を存続させる事に成功していた。 黒羽の団と呼ばれる抵抗軍の撲滅と奴隷制度の推進を掲げ、レガリスの帝王と帝国軍による帝国は益々隆盛を極めていく。 そんな中、“レガリス”において全てを失った男が居た。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:18時間40分

    この作品を読む