下総の犬~玉響~

読了目安時間:2分

エピソード:2 / 100

下総の犬

童と老侍

 暮新月(くれしづき)  寒さ、まだ極大(きょくだい)には(いた)らず、この日は多少(たしょう) 冷たさを感じる朝風(あさかぜ)を物ともせず、年の頃 6つ程の若君が嬉々(きき)とした声を放った。 「和田様(わだ さま)―――ッ!!」  大きな(くすのき)の根元に腰をおろし、(ゆみ)手入(てい)れをする男は、名を呼ばれ振り返った。 「わぁ!!」 「うぉ!何じゃ、不意打(ふいう)ちとは卑怯(ひきょう)じゃのぅ!ほらっ!」  振り返り様、首に腕を巻き付け 飛びかかってきた(わらべ)を軽々と抱き、グルン!と大きく回転させると自身の膝に乗せる。  (よわい)六十を過ぎてはいるが、まだまだ身体(からだ)(おとろ)えておらぬと、ニカッと笑う男は(わらべ)(ひたい)を指で跳ね上げた。 「痛ッ!」  指先だけなのに、げんこつを()らったかのような衝撃(しょうげき)を受け、(わらべ)(ひたい)を押さえる。 「千葉(ちば)小倅(こせがれ)親父殿(おやじどの)はおらぬのか?」 「小倅(こせがれ)ではありません!名をお呼びください」 「そなたは、まだ小倅じゃ!家督(かとく)()いだら一人前(いちにんまえ)じゃ、その時は名を呼ぼうかの~」  カラカラと笑う老侍(おいざむらい)は、(かたわ)らに置いた弓の(つる)を引き、手入れの続きを始めた。 「和田様(わだ さま)は、弓の名人(めいじん)とか!私に見せて下さいませ!」 「何もないのに、弓を引くものではない」 「どうすれば和田様のような名人になれるのでしょう?」  (わらべ)は、真剣な眼差(まなざ)しを向け 老侍(おいざむらい)を見上げた。  純粋で澄み渡る瞳に老侍(おいざむらい)は、(まぶ)しげに目を細め「そうじゃのぅ……」と(つぶや)く――が、()ぐ様「はて?」と(うな)る。  どのようにすれば良いか?と聞かれても、ハッキリとした答えが出ないのだ。 「これは、如何(いかが)したものか?気付いた時には、名人と呼ばれていたからのぅ」 「産まれた時から、ということですか!?」  (わらべ)は「(すご)い!」と手を打ち鳴らし、嬉々(きき)として叫ぶ。無邪気(むじゃき)なそれに老侍(おいざむらい)哄笑(こうしょう)する。  大柄(おおがら)な男の笑いというものは、とても豪快(ごうかい)である。世の中の不安を笑い飛ばし、消し去る威力(いりょく)を持ち合わせていそうだ――、(わらべ)老侍(おいざむらい)の笑顔にそんな錯覚(さっかく)(おぼ)えた。 「赤子(あかご)の頃から……!? そのような者おらぬわ!そうじゃ、(わし)の一族にそなたと似た年頃の者がおるぞ。そやつを良く見ておけ、おそらく並ぶものなき弓取(ゆみと)りになるぞ」 「何故、分かるのです?」 「一族(そろ)って弓の名人(めいじん)だからだ。そやつを見ておけば、どのようにしたら名人になるか分かるであろう?」  老侍(おいざむらい)は、深いしわが(きざ)まれた目元を優しく細めると、グリグリと童の頭を()でる。 「(かしこ)くあれ、真っ直ぐであれ、のぅ小倅(こせがれ)」  まるで(ねん)じるように噛み締める言葉を放つ この男は、和田義盛(わだよしもり)と申し 源頼朝(みなもとの よりとも)挙兵(きょへい)の頃より()(したが)った者であった。  その地位は、鎌倉御家人(かまくらごけにん)の中でも最高位(さいこうい)とも呼べる、侍所別当(さむらいどころべっとう)である。

●侍所別当(さむらいどころ べっとう) 鎌倉幕府の御家人の統制、軍事を司るトップ ●和田 義盛(わだ よしもり) 鎌倉幕府 初代 侍所別当 ●御家人(ごけにん) 家人→家来 という意味で 『御』家人とは 鎌倉殿(将軍)の『御家来』という意味。 例…… 北条家の家来は『家人』 将軍家の家来は『御家人』

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