下総の犬~玉響~

読了目安時間:3分

エピソード:49 / 100

託し託され

「そなた……いつまで居座る気じゃ?」 「千葉介(ちばのすけ)殿が、我が屋敷へ 共に来て下さると仰るまで」  ここは鎌倉甘縄(あまなわ)千葉家(ちばけ)の屋敷である。  突然現れた客人に、当主 千葉胤綱(ちば たねつな)が ややうんざりとした表情で対峙していた。  憮然とした面で座るのは三浦泰村(みうら やすむら)。  相模(さがみ)の御家人、三浦義村(みうら よしむら)嫡男(ちゃくなん)である。  しかし、胤綱(たねつな)は首を捻った。 「それにしても、そなた……父にも弟にも似ておらぬな?」 「は?」  胤綱(たねつな)は、身を乗りだし不躾に眺め回す。 さすがにジロジロと眺められたら、居心地が悪いと泰村(やすむら)は眉根を寄せた。 「……千葉介(ちばのすけ)殿、ちと無礼では?」 「うむ、承知しておるが 儂はまだ年若い故、致し方なしと思うてくれ」 「はぁ?」  普段、少しでも(わらべ)扱いしようものなら、火を吹く勢いで叱りつける胤綱(たねつな)にとって『大人』か『子供』かは、時と場合によるらしい。  三浦泰村(みうら やすむら)は、ごほん!と咳払いをすると「似ておりませぬか?」と尋ねた。  誰に――?  無論、泰村の父といえば ()()三浦義村(みうら よしむら)だ。  正月、胤綱(たねつな)と『下総の犬』『三浦の犬』と罵り合ったのは、記憶に新しい。  そして、弟とは ()()三浦光村(みうら みつむら)だ。  由比ヶ浜(ゆいがはま)にて、胤綱(たねつな)を騙し 追いかけ回された男――。  三浦泰村(みうら やすむら)の問いに、胤綱(たねつな)は頷く。 「そなたは、まともじゃ」 「そ、それは……ありがたきことで」  裏を返せば、父も弟も まともではない――と言われたようなものだが、2人をよく知る泰村(やすむら)は反論の言葉もなかった。 「で、あるから相手を致したが泰村(やすむら)殿、儂は所用で出掛けねばならぬ」  胤綱(たねつな)の言葉に、ピクリと眉を上げた泰村(やすむら)は、背筋を伸ばした。 「その前に、我が屋敷へ」 「嫌じゃ」 「何故でしょうか?所用は、夕刻と承っております」 「ほぅ!そなた、儂の家人(けにん)でもないのに、よう知っておるのぅ」  胤綱(たねつな)は唇を引き上げ、笑ってみせるが(まなこ)が宿す色は、あからさまに見下している。 『コソコソと調べ回る薄汚い犬』そう顔に出ていた。  グッ……と小さく喉を鳴らす三浦泰村(みうら やすむら)は、苦々しく思う。  返す言葉がない。胤綱(たねつな)の言う通りなのだ。  父 三浦義村(みうら よしむら)が先刻、急に告げた。 『その方(泰村)千葉介(ちばのすけ)を連れて参れ』  さすがに無理だと思った。  硬直する泰村(やすむら)に、義村(よしむら)は低く声を落とすと、言葉を継ぐ。 『伊賀光季(いが みつすえ)の屋敷に、千葉介(ちばのすけ)が赴くとか……どうも、此度の上洛(じょうらく)の無事を願うと出向くらしいのじゃが……光季(みつすえ)が、この期を逃がすわけがない』 『縁談を打診……ですか?』 『気に入らぬ。これは義時(よしとき)が噛んでおるとみた 』  義時とは、執権(しっけん) 北条義時(ほうじょう よしとき)だ。  義村(よしむら)の見解では、三浦家(みうらけ)の話に乗らない胤綱(たねつな)に、手をこまねく様を面白がり 横槍を入れてきたのだという。  しかも、胤綱(たねつな)が消去法で妥協しそうな伊賀(いが)を使って。 (確かに……)  三浦泰村(みうら やすむら)は、内心唸る。  目の前の千葉胤綱(ちば たねつな)は、和田義盛(わだ よしもり)を陥れた家の者と、縁を結ぶことはないだろう。  三浦(みうら)の誘いと、伊賀(いが)の誘いならば 答えは出ている。 『千葉介(ちばのすけ)伊賀(いが)の屋敷へやるな、うちへ連れて参れ』 「無茶苦茶な……」 「は?」 「はっ!いや、こちらの話にて……千葉介(ちばのすけ)殿、実は 私は弓を多少心得ておりまして」 「うむ、知っておる」  弓上手な一族である三浦家(みうらけ)でも、一二を争うのが三浦泰村(みうら やすむら)なのだ。知らぬ者はいない。 (それに……)  胤綱(たねつな)は、ハッキリと覚えている。正月、執権(しっけん) 北条義時(ほうじょう よしとき)が告げた言葉――。 『和田義盛(わだ よしもり)が、三浦泰村(みうら やすむら)胤綱(たねつな)を託した』 ((まこと)だろうか?)  胤綱(たねつな)は、ぼんやりと上座に鎮座する地蔵の首に視線を流した。  その時――、 「実は昔、侍所別当(さむらいどころ べっとう) 和田義盛(わだ よしもり)に頼まれておりました。千葉介(ちばのすけ)殿のことを!」  良く通る泰村(やすむら)の声が、胤綱(たねつな)耳朶(じだ)を強く打った。  実際に和田義盛(わだ よしもり)の言葉を受け取った者が、目の前にいる!  そう思うだけで、胤綱(たねつな)(おもて)は懐かしげに緩む――。 「和田(わだ)様は……なんと?」  追い求める理想に緩む(かんばせ)の胤綱と、気を引けたことへの安堵で緩む泰村(やすむら)(かんばせ)は、似て非なるものであった。

●千葉胤綱 (ちば たねつな) 下総御家人。幼い頃から和田義盛に憧れる。 ●三浦泰村 (みうら やすむら) 三浦義村の嫡男。妻は北条泰時の娘。 堅物で冷静沈着。 ●和田義盛 (わだ よしもり) 初代 侍所別当。 北条義時の度重なる挑発、土壇場での三浦義村の裏切りで一族郎党滅んだ。

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