下総の犬~玉響~

読了目安時間:3分

エピソード:55 / 100

六波羅入り

 承久(1219)元年6月25日  一条室町(いちじょう むろまち)にある藤原道家(ふじわらの みちいえ)邸より、藤原三寅(ふじわらの みとら)六波羅(ろくはら)入りした。  同月3日に、鎌倉下向の宣下(せんげ)があったことから、出立に向けての六波羅入りであった。  14日には、魚味(まな)の祝いを済ませたという。  魚味の祝いとは、誕生後はじめて魚肉を口にする儀式だ。  その後は、後鳥羽院(ごとばいん)に参って剣や馬を賜ったという。  ◆◆◆◆  千葉胤綱(ちば たねつな)らは、六波羅に滞在していた。  当然ながら、京都守護として都に滞在している伊賀光季(いが みつすえ)と顔を合わせることとなる。  伊賀光季とは、執権(しっけん) 北条義時(ほうじょう よしとき)の義兄にあたる。  光季の妹が、義時の妻なのだ。  そして、以前 胤綱(たねつな)に 『我が家の福寿草を――』と、縁談を匂わせたのは この男であり、胤綱(たねつな)を肩に担ぎ上げた大女は、光季(みつすえ)の娘だった。  あのあと、渋々 伊賀の屋敷へ行ったのだが当時の三浦泰村(みうら やすむら)の見解通りに、恥をかかせられたと怒る胤綱(たねつな)は 頑として首を縦に振らなかった。 「これは千葉介(ちばのすけ)殿、よう参られた」 「別に来とうて参ったわけではないわ」 「相変わらずじゃのぅ」  伊賀光季(いが みつすえ)は、笑って盃を差し出した。 「千葉介(ちばのすけ)、娘を貰うてくれぬか?」 「……何じゃ、ハッキリ言うではないか」 「ああ、もう遠回しに言うても(らち)が明かぬゆえ」 「儂は、執権(しっけん)の思惑にも三浦介(みうらのすけ)の思惑にも、乗りとうないのじゃ」 「伊賀と千葉の縁談が、思惑なのか?」 「儂は、そう思うておる」 「思惑……それは捨て置け、誰しも思惑ありきじゃ。こういう私も()()で、そなたに娘を――と言うておるのだから」 「……やけに今日は正直じゃな」  胤綱(たねつな)は、意外だった。  これまで遠回しに(おこな)ってきた事柄を、ここにきて突然 馬鹿正直に口にするのだから。 「しかし、正直なのは良きことじゃ。真っ直ぐであることは良い」  胤綱は、亡き侍所別当(さむらいどころ べっとう) 和田義盛(わだ よしもり)の『真っ直ぐであれ』という言葉を未だに追っていた。 「だからこそ、儂も言おう。伊賀(いが)殿、そなた大丈夫なのか?」 「何がじゃ?」  2人の周りには、誰もいない。  開け放たれてはいるが、皆が座るのは隣の間であり旅の疲れもあって、少しの酒で酔いつぶれている有り様だ。  胤綱は継ぐ。 「そなたの妹御の若君じゃ、それの烏帽子親」 「三浦義村(みうら よしむら)殿じゃな?」  胤綱は頷いた。  伊賀光季(いが みつすえ)の妹は、伊賀の方と呼ばれ北条義時(ほうじょう よしとき)の正妻であった。  正確にいうと、2番目の。  ここで問題なのは、妻の順番ではない。  執権、義時の嫡男である北条泰時(ほうじょう やすとき)は側室の倅である。  伊賀の方の産んだ若君は、義時の父である北条時政(ほうじょう ときまさ)から『政』の字をとり、烏帽子親である三浦義村(みうら よしむら)からは 三浦家の『村』を貰い、北条政村(ほうじょう まさむら)と名乗っていた。 「ははは!千葉介、さすがに泰時殿と政村(まさむら)殿は歳が開きすぎて勝負にならぬ」  考えすぎじゃと光季(みつすえ)は笑う。 「何故、泰時殿と思うのじゃ?儂は その次、時氏(ときうじ)殿あたりと思うておるが?」  時氏(ときうじ)とは、北条泰時(ほうじょう やすとき)の嫡男であり、北条得宗(とくそう)家の御曹子だ。  今の段階で、この時氏を脅かす者は誰もいないのだが、時氏と政村は歳が近かった。 「まさか、まさか……時氏(ときうじ)殿は三浦義村(みうら よしむら)殿の孫になるのじゃぞ?孫が執権か、烏帽子子(えぼしご)が執権か、となれば前者であろう?」 「そうかのぅ?孫だろうが、烏帽子子だろうが、()()()が1番ではないか?」  胤綱(たねつな)の考えは、杞憂かもしれない――が伊賀光季(いが みつすえ)も「う――む」と小さく唸った。

★北条政村と伊賀の謀反について たまゆらの日輪 103~105話『伊賀の変』 ●千葉胤綱 (ちば たねつな) 通称 千葉介。下総の御家人。 ●伊賀光季(いが みつすえ) 京都守護として都に滞在。 執権 北条義時の義兄。

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