下総の犬~玉響~

読了目安時間:3分

エピソード:48 / 100

花宴

 幕府の宿老 大江広元(おおえの ひろもと)と同様、源頼朝(みなもとの よりとも)重用(ちょうよう)された者の中に、伊賀朝光(いが ともみつ)がいた。  元々は、官人(かんにん)だったという。  大江広元(おおえの ひろもと)も、下級貴族だったというから 当時の鎌倉には、似たような者が集まったのやもしれぬ――と、胤綱(たねつな)は考えていた。  その伊賀朝光(いが ともみつ)の倅が、伊賀光季(いが みつすえ)。  この度、千葉介胤綱(ちばのすけ たねつな)に『屋敷の福寿草を見に来て欲しい』と誘いをかけた者だ。  胤綱(たねつな)は、顎に指をかけ 「う――む」と悩むそぶりをして見せる。  佐平(さへい)は、ぴん!ときた。  これは、胤綱(たねつな)の策である。気乗りしないが、無下に断るのも憚られる――そんな事柄の折りに、一旦悩む()()をするのだ。  しかし、あくまで ()()である。答えはハッキリと出ているのだ。  出向くに及ばず――。  おそらく、あと ふた呼吸もすれば口を開くだろう、佐平(さへい)は先手必勝とばかりに声を放った。 「伊賀(いが)様は、大江親広(おおえの ちかひろ)様と共に京都守護(きょうとしゅご)として上洛されるとか。大江(広元)様も晴れやかなお気持ちでしょうなぁ」 「……何故、あの爺(大江広元)を出したのじゃ」  此度(こたび)の上洛は、大江広元(おおえの ひろもと)の嫡男 大江親広(おおえの ちかひろ)も京都守護として都へ向かうことになっていた。 「他意はございませぬ……しかし、もし殿様が大江親広(おおえの ちかひろ)様だけをご訪問されては、ちと外聞が……」 「何故、儂が大江(おおえ)殿を訪問するのじゃ?」 「訪問せずとも 殿様は御所にて、大江広元(おおえの ひろもと)様とご一緒されることが多いと聞き及びまする。そこへご子息様である親広(ちかひろ)様が参られることも考えられましょう?」  佐平(さへい)は、ここで胤綱(たねつな)大江広元(おおえの ひろもと)を気遣い、早朝より出仕している件を切り出した。  佐平(さへい)の続く言葉を察したのか、胤綱(たねつな)は眉根をよせた。 「殿様は、そのようなつもりで御所の大江(おおえ)様を訪ねたわけじゃなくとも、周りは 御所にてお別れをしたと……そう思うかもしれませぬ」 「う――む、言われてみれば……そうなると伊賀(いが)殿に申し訳ないのぅ」 「左様でございます、めでたいこと故 参られるとよろしいでしょう」 「しかし、儂は此度(こたび)の人選は好かぬ」 「それとこれとは、別でございます」  佐平(さへい)の、にこやかな(おもて)に胤綱は、盛大に溜め息をついた。 「伊賀(いが)殿の元へ、参ると伝えておけ」 「畏まりましてございます」  嬉々として退出した佐平を、うんざりとした目付きで見送る胤綱は、しわが伸ばされた薄様をつまみ上げると、左右に引き裂いた。 「あちらは()()で、こちらは()寿()()何処(どこ)もかしこも 美しい()をお持ちじゃな」  そう独り言を放つと、何かに思い当たる。 「ああ、美しい花を持つから このような人選になるのか……」  胤綱(たねつな)は、佐平に 『此度の人選は好かぬ』と言った。  これは、京都守護として上洛する大江親広(おおえの ちかひろ)と、伊賀光季(いが みつすえ)が選ばれたことだ。  実は、この2人 執権(しっけん) 北条義時(ほうじょう よしとき)() に関わりがあるのだ。  大江親広(おおえの ちかひろ)の妻は、北条義時(ほうじょう よしとき)の娘であり、伊賀光季(いが みつすえ)の妹は、北条義時(ほうじょう よしとき)の妻だった。  つまり今回 上洛する2人は、執権(しっけん)の娘婿と、義兄になるのだ。  今回は、その執権(しっけん)の義兄である、伊賀光季(いが みつすえ)が誘ってきた。  気味が悪い――と本気で思う。  千葉介(ちばのすけ)胤綱(たねつな)は、『花』の意味を理解していた。    以前、三浦義村(みうら よしむら)に誘われた折りも、きょとんと見上げ『水仙でも咲くのか?』と答えたが わざとであり、此度(こたび)やたらと出向くことを勧めて来た佐平(さへい)の話に乗ったのも わざとだ。  本来なら『知らぬ』と突っぱねた。  しかし、(まこと)に御所でかち合った場合、面倒なことになる気がしたのだ。  これが縁談話だとしたら、執権が噛んでいる可能性がある――。  大江広元(おおえの ひろもと)と話している最中に、倅の大江親広(おおえの ちかひろ)が現れ、偶然 御所に居合わせた――と、伊賀光季(いが みつすえ)北条義時(ほうじょう よしとき)が乱入してくる光景が浮かび、胤綱(たねつな)は ブルッ!! と身震いをする。 「あの面子に囲まれるなど……窒息するわ!それくらいなら屋敷へ参って、阿呆のふりをしてやる!」  胤綱(たねつな)は、三浦義村(みうら よしむら)(とぼ)けてみせたように、今回もやり過ごすことに決めていた。

●千葉胤綱(ちば たねつな) 下総御家人。 ●大江親広(おおえの ちかひろ) 幕府の宿老・大江広元の息子。妻は 北条義時の娘。 ●伊賀光季(いが みつすえ) 北条義時の義兄(妹が義時の妻) 1219年(承久1)2月14日 伊賀光季、京都守護として上洛。

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