ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:8分

第五章 よるべなき侵略者

よるべなき侵略者 1

 『それ』は暗闇の中、もぞりと体を動かした。  長い間ここにいる気がするが、いつからかはわからない。ずっと昔からなのかもしれないし、もしかしたらたった今、始まったことなのかもしれなかった。  いずれにしろ緩慢(かんまん)に流れ出した時は、次第にそのスピードを速めていく。やや遅れて澄み始めた意識は、遠くからやってくる小さな振動を捕捉した。  情報のかけらは 試行錯誤(しこうさくご)を経て組み合わせられ、やがて言葉になる。  ――こえ。  それはどこかから引き出された記憶。  ――ざわざわ、こえがする。  かつて聞いたはずの風がそよぐ音とも、雨が打つ音とも違う、騒々(そうぞう) しく弾ける音。  不安とも憧憬(どうけい)ともとれるさざなみが内側で湧き起こった。その揺らめきはさぁっと体中に広がり、やがて細やかな輝きを映し出す。  ――ひかり。  とても遠くにも、ごく近くにあるようにも見える、かすかな光。  『それ』は、そちらへと向かって手を伸ばした。  ◇ 「雷火御前(らいかごぜん)の話だけれどもね」  いつものように皆がミーティングルームでくつろいでいると、やってきたマスターがぽつりと言った。  やけに静かになった部屋の中、目が合ってしまったために祥太郎(しょうたろう)は仕方なく口を開く。 「ライカゴゼン? ああ、ええーっと――そうそう、定食の話でしたっけ」 「違うよ、君たちが捕まえてきた能力者だよ」 「ああ、あの200歳のBBAか!」 「記念すべきライトニング――」 「リサ、もうそれはいいわ」 「私もどこのお店の話かなって思ってたの」  急激に活気が戻った部屋に、マスターは大きくため息をついた。 「実際は150年生きているという話だが」 「そっちにサバ読むの? 意味わかんねー」 「だって150年なんて、まだまだひよっこじゃない?」  げらげらと笑う(さい)に、遠子(とおこ)がおっとりと言う。ぽかんとした顔を見て、彼女はくすくすと笑った。 「もっと長生きしている魔女なんてざらにいるから、きっと見栄を張りたかったのね」 「そういや俺たちのこと、こわっぱとか言ってバカにしてたっけ」  二人の会話を聞きながらマスターは再びため息をつく。  それから空いていたソファーに腰をおろして眼鏡を外し、ポケットから出した布でぬぐった。 「彼女は色々と悪さをしていてね。服役中の身だったんだが、偶然現れた『ゲート』に逃げ込んでしまい、異界捜査部(いかいそうさぶ)が行方を追っていたらしい。お手柄の君たちに、異種技能省(いしゅぎのうしょう)が表彰したいと言ってきたよ」 「異種技能省が!? ホントですか!?」  しかしそれを聞いて興奮したのは祥太郎だけだった。周囲の温度は再び急降下する。 「……俺、いらないです」 「わたしも(つつし) んで辞退させていただきますわ」 「あの、あたしも特には……」 「え、なんでなんで!? だってあの異能省(いのうしょう) から表彰だよ?」  異種技能省は能力者を束ねる国家機関であり、多くの能力者が憧れる組織だ。そこから表彰されるというのに、皆が乗り気ではないことに彼は納得がいかない。 「あの(・・)異能省って言っても、『アパート』だって異能省の管轄なんだし、ショータローだってその一員なのよ?」 「マジで!?」 「知らなかったの!? 契約書本当に読んだの? ――異種技能省異界局異界対策部(いしゅぎのうしょういかいきょくいかいたいさくぶ)、通称『異界の門番(ゲートキーパーズ)』。だからここは『ゲートキーパーズ・アパート』って呼ばれてるの」 「ほえぇ」  次々と来る驚きの情報に、間の抜けた声しか出ない祥太郎。マスターは小さく咳ばらいをすると、話を続けた。 「まあ、とにかく皆はそう言うだろうと思って、丁重に断っておいた。――そうだ、それからもう一つ」    そして手に持った資料を確認する。 「シミュレーターの損害分、全員の給料から引いておくから」 「えええええっ!」  ざわつく一同を差し置き、マスターが部屋から出て行こうとした時のことだった。  ジリリリリリリリリリリリッッッッッッッッ!!!!!  けたたましいベルの音が突然鳴り響く。  皆一瞬にして表情を引き締め、周囲を見回した。 「……あ、ごめん。俺のアラーム」  そんな中のんびりと、才が『コンダクター』をいじり始める。 「またかよ! 更新忘れ多すぎだろ!」 「アラーム音ちょくちょく変えるせいで全然慣れないからやめて!」 「だって慣れちゃうと危機感なくなるしさ」 「そもそも危機感あるなら更新を忘れないんじゃ……?」 「せっかくの才能も、使い方次第なのねぇ」 「えっと……」  祥太郎とマリーに続き、理沙(りさ)と遠子にもひそひそとやられる中、再び意識を集中する才。 「――これはやべぇ。新規の『ゲート』が来る!」  それを聞き、彼以外の者の表情もすぐに真剣なものへと変わった。 「いつだね? 場所は?」 「エリア30のあたりに20分後ってトコ」 「ぎりぎりかもしれんな。君たちも来てくれ」  言ってマスターは、急いで部屋を出る。皆もその背中を追った。 「新規の場合はどうすればいいのかな?」 「この前のこと覚えてるでしょ? 現れてすぐの『ゲート』は不安定だから、まずは他の場所へ移ってしまわないように、繋ぎとめなきゃならないの」  マリーの話を聞き、祥太郎の頭に、先日やっとのことでくぐり抜けてきた『ゲート』のことが思い出される。  その間にもゲートルームはぐんぐんと近づいてきていた。しかしあの扉だらけの部屋と、空のシミのようにぽつんとあった『ゲート』が、いまいちしっかりと結びつかない。 「それで、誰がつなぎとめるんだ?」 「私だよ」  さらに口から出た疑問には、低く穏やかな声が返ってくる。  そしてマスターは、不敵な笑みを浮かべてみせた。  ◇  ――ざわざわ、こえ。ざわざわ。  複数の声のやり取り。それはとても、にぎやかだった。  にぎやかで、でも緊張していて、 不穏(ふおん)な輝きも放っている。  ――たくさんのそんざい、いっしょにいてもばらばら。  声のやり取りは硬いものを叩くような音とともに近づいてくる。  不規則な響きは『それ』の中に眠る緊張や恐怖をも呼び起こし、しきりに(あお)り立てた。  ――いやだいやだ。あらそいはいやだ。  『それ』は考えることをやめ、さらに強くなった光に向かって泳ぐように突き進む。  ――みんなみーんな、おんなじになればいいのに。 ◇  何度か情報の再確認をしつつ、たどり着いたエリア30の一室。 「あった!」  片隅には、明らかに異質な黒い点が浮かんでいた。それは(うごめ)きながらも大きくなっているように見える。 「まだ現出(げんしゅつ)直後のようだ。――捕縛(ほばく)する」  マスターは言うと足を踏みしめて立ち、両手で素早く印を結んでいく。 「(シツ)(ヨク)(ジョ)(シュウ)――!」  それを見て、あわてて散り始める一同。 「危ないから祥太郎さんも伏せてください!」 「え、どういう――」  一人あたふたしていた祥太郎も理沙に強く手を引かれ、体を低くさせられた。 「お互いの術が干渉して『ゲート』に影響するといけないから、結界は張れないのよ」  壁の窪みに身を隠すようにしながら言うマリー。  マスターが大きく息を吸った。緊張感がひときわ大きくなる中、右手が力強く突き出される。 「無相捕縛楔(むそうほばくせつ)!」  指から放たれた無数の風が『ゲート』の周囲に叩きつけられた。跳ね返ったものは突風となり、あたりへと吹き荒れる。  皆が耐えながら見守る中、点から小さなシミほどの大きさとなっていた『ゲート』の姿は、薄い(まく)がかかったようにぼやけ始めた。そしてそれは段々と、ドアの形へ変わっていく。 「すげー……」  ようやくおさまり始めた風の中、つぶやいた祥太郎に、遠子が言った。 「これがマスター――『マスター・オブ・ゲートキーパー』の力」  しかし、モノトーンのシンプルなデザインのドアがまさに完成しようとしたその時――何かが隙間から飛び出してきた。 「ひゃっ!」  それは、ちょうど柱の陰から体を出したマリーへと直撃する。軽い破裂音と同時に立ち込めた煙により、視界は一瞬にして真っ白になった。      「マリー君!」 「マリーちゃん、大丈夫!?」  煙をかき分けながら、すぐにマスターと理沙が駆け寄る。 「いたた……」  そして腰をさすりながら立ち上がったマリーを見て、言葉を失った。   白煙(はくえん)が次第に晴れ、その理由が他の者にも明らかになっていく。 「大丈夫、少しぶつけただけだから。大したことないわ」  しかし(いま)だ引きつった表情のままの一同に、マリーは首をかしげた。 「ま、まりーちゃん……」 「ごめんね。このままだと先に進めないから、深呼吸してから見てね」  何も言えない理沙に代わり、遠子が取り出した小ぶりの鏡をマリーへと差し出す。彼女は不審に感じながらもそれを受け取り、覗いてみた。  そこには、天井が写し出されている。  何かがおかしいと思い、よく目をこらすと、鏡の中、黒い線が動いた。  鏡を左右に動かし、自らの顔を映そうと試みる。そこには黒い線が(まる)くつながっていた。  首元にも線、肩にも線、体も一本の太い線、足も線。  ――棒人間である。落書きでよく描かれるアレである。 「わ、わたし……?」  マリーは鏡を持っていないほうの手をじっと眺めた。やはりそこにも指や手のひらはなく、ただ黒い線がふるふると揺れている。 「ち、違うわよね……? これ、わたしじゃないわよね……?」  顔を上げると、仲間たちの同情するような視線。  それが、現実をはっきりと物語っていた。 「い、いや――」  マリーはじり、と後ずさる。 「いやぁぁぁぁっっっ!!!! こんな没個性(ぼつこせい)な存在になるのはいやぁぁぁぁっっ!!!」  そして止める間もなく、泣きながらゲートルームを出ていった。 「マリー君! ――皆、追うぞ!」  マスターの声に我に返り、一同は急いで後を追う。

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