ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:6分

第三章 遠子の謎

遠子の謎 1

 それから特に異世界からの襲撃もなく、平穏に数日が過ぎた。 「遠子(とおこ)キック!」 「うわっ、あぶね!」 「それって、ただ普通にキックしてるだけじゃない」 「おはよーございます……って、何やってんの?」  ミーティングルームに入った祥太郎(しょうたろう)が目にしたのは、防具をつけた(さい)と遠子が対峙している姿だった。  その隣には扇を構えたマリーが行司のように立っている。 「遠子さん、マリーちゃんに馬鹿にされたのが悔しくて、何か必殺技を考えてるみたい」 「遠子ファイヤー!」 「ちょ、え? 待って!? おわっ!?」  今度は気合とともに彼女の手のひらから出た炎が、才の体を包み込んだ。 「それはねぇ、ここの仕事向きじゃないし」  マリーが言って扇をパタパタとやると、その火はあっという間に小さくなって消える。  あらかじめ張られていた結界のおかげで、床や壁が焦げるということも全くない。 「……ああ、わかってても心臓に悪い」  もちろん才も無傷である。彼は床にへなへなと座り込み、大きく息を吐いた。 「さっきマリーが言ったのって、どういう意味?」  それを見守っていた祥太郎も一息つくと、小声で理沙(りさ)に尋ねる。 「ここの仕事って、あくまで異世界の人を追い返すのが目的だから、殺傷能力があるものは向かないんですよね。こちらを侵略する気もなく、話し合いが出来る人たちであれば、交流が生まれることもあるんですよ」 「へぇ……」 「いま、少しここの仕事、見直したでしょう?」 「……まあ、少しはね。だけど遠子さんなら、僕と同じようなことも出来そうだけどなぁ。物体置換なんて、かなり高度な技だと思うし」 「ブッタイチカン?」 「缶コーヒーと薬草スープのすり替え」 「ああ、なるほどー」 「コーヒーもスープも、数をなして襲ってきたり、逃げ回ったりはしないからね」 「うわっ、マスターいたんですか。ビックリした」  驚く二人を見て、マスターは楽しげに目を細める。 「それなら、ずっと易しくはなるだろう?」 「ああ……まあ」 「遠子君は各々のレベルはそれほど高くはないんだが、器用に何でもこなせるからね。だから、サポートを担当してもらっている」 「へぇ」  そう言われれば納得するしかない。理沙も何も言わなかった。 「ところで……そろそろやめて貰っても良いだろうか」  マスターの声に、何故か掃除用具で戦っていた三人は、ぴたりと動きを止める。 「試合終了! 今のは私の勝ちよね」 「違うわよ! 絶対に、わ・た・し!」 「俺だろ俺!」 「皆に客人を紹介するよ」  揉めている三人は無視して、マスターは手で隣を示した。しかし、そこには誰の姿もない。  皆がいぶかしげな顔で見守る中、彼のズボンの裾から、小さな空色の物体がひょっこりと出てきた。 「あっ!」 「ああっ!」  祥太郎と理沙が同時に声を上げると、羽の生えた象は怯えたようにまた姿を隠す。   「ミリソーニルのアリアマネ大使だ」  象は、また恐る恐るといった風に出てきて、ぺこりと頭を下げた。 「アリアマネさんですかー。よろしくお願いしますね!」 「へぇ、本当に交流ってあるんだ」  笑顔で象に近づき、長い鼻と握手する理沙を見て、祥太郎は不思議な気持ちになる。つい先日戦っていたことが嘘のようだ。 「ま、圧倒的な力の前には、屈服するしかないわな」  偉そうに胸を張る才に、「才くんは特に見せつけてないでしょ」ときっちり突っ込んでから、遠子は屈みこみ、異世界の大使に向かって手を差し出した。 「アリアマネちゃん……アリーちゃんね。よろしく」  大使アリーは、最初こそ緊張した様子を見せたものの、やがて嬉しげに長い鼻先で彼女の手のひらをぺしぺしと叩き始める。 「その呼び方、わたしとカブるからやめない?」 「大使はしばらく、こちらに滞在なさるそうだ。まずはアパート内や周辺を見てもらおうかと思っている。君たち、頼むよ」  マスターは皆の様子に満足気に頷くと、返事を待たずに部屋を後にした。 「私も、ちょっとお出かけしてこようと思うから、みんな宜しくね」  遠子もそんなことを言いつつ、さっさと部屋を出て行く。 「トーコがまた逃げたわ。まったく二人とも、面倒なことはすぐ押し付けるんだから!」 「じゃ、俺もこれで――」  ぶつぶつ文句を垂れるマリーの脇を通り抜けようとする才の腕は、がっしりと掴まれた。 「サイは手伝ってくれるわよね?」 「え、あ、まあ……」  状況を静かに見守っていたアリアマネは、明らかにしょんぼりとする。 「あのね、みんなアリーちゃんのお世話をするのが嫌ってわけじゃないんだよ。用事があって……」 「ちょっとリサ、その呼び方定着させるのやめて!」 「まあまあ、名前くらい大目に見ようよ。嫌ならマリーはフォンドラドラのほうで呼べばいいわけだし」 「フォンドラドルードよ! それに何故わたしのほうが変えなきゃならないの!?」 「とりあえず、アパートの中を案内すればいいのかな?」  理沙の言葉に、アリアマネは嬉しそうに羽を動かした。そのまま体はふわふわと空中に浮かび上がり、肩の高さまで到達する。 「ふふ、かわいい」  彼女はアリアマネの頭を指先で優しく撫でて、部屋の外へと向かった。 「いいなー、俺も小さくなって理沙ちゃんの肩に乗りたい」 「気色悪いこと言ってないで、わたしたちも行きましょう」  才をドアへと押しやるようにしながら出て行くマリーの後に、祥太郎も続く。  部屋から出ると、廊下の先に、エントランスへと向かう遠子の姿が見えた。途中すれ違ったスタッフと、何やら立ち話をしている。 「遠子さん、どこに出かけるのかな?」  理沙のつぶやきを聞き、祥太郎もぽつりと言う。 「遠子さんって謎だよなぁ。神出鬼没だし」 「わたしもそう思う」  マリーも同意してから、皆が予想していなかった言葉を続けた。 「だから、探ってみましょう」 「探るって……もしかして、後をつけるってこと?」 「ええ」  彼女は驚く祥太郎にうなずく。 「うーん、それっていいのかな……だけど確かに気にはなるよな。じゃあ、どうやって探る?」  迷いはおざなりに示されただけだったが、それをとがめる声もなく、むしろ全員乗り気だという顔をしている。 「誰かが小型カメラをつけて追うのはどうだ? 残りのメンバーは、モニタでチェックする」  才は持っていたアタッシュケースを開き、そこから指先ほどの大きさの機器を取り出した。  ケースの内側半分にはモニタが取り付けられているのが見える。 「盗撮用か」 「データ収集用だよ!」  彼は祥太郎に大声で反論してから慌てて声をひそめ、皆の顔を見回す。 「それで、誰が行く? 俺はこれの操作があるからな」 「……あたし、こういうの苦手です」  理沙の発言には、皆が同意した。 「僕? もし遠子さんが男が入れないような場所に行ったらどうすんだよ」  祥太郎の言葉にもうなずき、一同の視線はマリーへと集まる。 「わ、わたし? イヤよ。ドレスだって目立つし、汚れちゃうし」 「そこは着替えろよ!」 「着替えてる間に出て行っちゃうわ。それに、わたしだって向いてないもの」 「理紗ちゃんよりはマリーちゃんのほうがきっとマシだって!」  祥太郎と才が説得を試みるが、彼女は中々首を縦に振らない。  ちらと視線を向けると、遠子はスタッフとの会話を終え、再び歩き出すところだった。 「そうだ!」  そこで、理沙がぽんと手を叩く。 「アリーちゃんにお願いしたらいいんじゃないですか? 体もちっちゃいし、空も飛べるし、適任だと思います!」  今度は視線が彼女の肩へと集まる。  まさか自らに矛先が向くとは思っていなかったアリーは、おろおろとそれを見返した。

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