ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:9分

再会

 『大干渉(だいかんしょう)』が起こるという報せは、すでに『アパート』にも届いていた。  その際に『調和の聖女』から釘でも刺されたのか、簡単な確認をされただけで特に詳しい事情を聞かれることもなく、(さい)はマスターにコントロールルームへと連れていかれる。  理沙(りさ)も非常時に備え、雨稜(うりょう)の管理する土地で薬草を採取する手伝いをするとのことで、迎えにきたシロとともに(いおり)へと向かった。  ひとまず待機となった遠子(とおこ)とマリーは、ミーティングルームに取り残される。  静かになった部屋の中、しばらくカチャカチャと茶器がこすれる音だけが聞こえていた。 「……ごめんなさい」  やがて、マリーがぽつりと言う。 「何が?」 「あっ、ええと、口に出したつもりじゃなかったんだけれど……つい」  彼女は頬を赤らめ、それから意を決したように続けた。 「紅茶の香りで、『悪夢を招く者(ファントム・ブリンガー )』の時のことを思い出したの。……わたし、トーコのことを疑ってたわ」 「何の説明もなく薬で眠らされたら、疑って当然だと思うけど? あの時は仕方なかったとはいえ、私もごめんなさい。でも結局はみんな信じてくれて助かったし、嬉しかった」 「そうね。でもそれだけじゃなく、色々誤解があったなって」  遠子は首を傾げ、それから今度は縦に振る。   「マリーちゃん、何か聞きたいことがあるんじゃない? もう大体のことはバレちゃったし、いいのよ? 聞いても」 「どうしたの? 突然」 「『大干渉』は由々しき事態だけど、それとは違う悩みがあるって顔をしてるもの」 「……かなわないわね」  マリーは小さく笑みを浮かべた。それからまた少しだけ黙り、カップの紅茶に目を落としたまま口を開く。 「……トーコは、自分が魔女だってこと、いつ分かったの? 物心ついた時には、そういう自覚があるものなのかしら?」 「そうね……」 「あっ、言いにくいとかなら、全然かまわないんだけど」 「そういうわけじゃないの。ずいぶん前のことだから、どうだったかなって思って。……確かに、物心ついた頃には、自分が人とは違うんだってことは嫌でも分かったわ。私の生まれ育った村では強い能力を持つ人はいなかったから。でも、はっきりとした違いを知ったのは、十になる前だったかしら。山に薬草を採りに行ったときに、魔女と出会ったの。やっぱりその衝撃は大きかったわね」 「その魔女に、色々と相談したの? 術を教えてもらったとか?」 「いいえ。その人がどこかに行くのを見かけただけ」 「……魔女は相手もそうだっていうことが分かるってことよね?」 「ええ。『因子』の関係でしょうね。上手くは言えないけど、『そういう感じ』がするわ」 「だから無垢(むく)の魔女もトーコに『そうは見えない』と言ったのね。ボーニンゲンの力に阻まれていたから。まるで結界のように」  長い息が吐かれたあと、マリーは視線を上げ、遠子の方を見た。 「トーコ。どうか正直に教えて欲しいの。――ママは、魔女なのよね?」  ◆  視界がゆらぐ。耳元で音が弾けた。ぱらっと髪が舞う。あと一瞬遅ければ、髪の代わりに耳がちぎれていたかもしれない。 「優秀な防衛本能だ。だが、それを意識して使えないならいずれ詰むぞ」 「――!?」  瞬きしている間に、女は祥太郎(しょうたろう)の目の前にいた。  ――走る戦慄。とっさにその場を離れる。指先ほどの大きさとなった女の姿を見てほっとしたのもつかの間、また嫌な汗が体を伝った。  動き続けることはやめてはいない。けれども、女は米粒ほどの大きさになったかと思えば、すぐに指先ほどの大きさに戻る。ピッタリとマークされているのだ。まるで獲物をもてあそぶ狩人のようだった。 「えっと、どうしよう……どうしよう」  恐怖と焦りで、パニックを起こしそうになる自分を何とか抑え込み、あたりを見回す。どこを目印にして、どこに逃げたら良いのかすら分からない。隠れるところも見当たらない、ただただ広い空間。  先ほどから転移が思い描いたとおりに行かないのも、もどかしかった。力が膨れ上がって調整するのが難しくなったかと思えば、一気に脱力して維持が困難になる。 「イメージ。集中……! とにかく遠くに逃げなきゃ! このままじゃ追いつかれちゃうよ!」  そして、殺される。  恐怖が膨れ上がったと同時に、女の姿も大きくなった。あっという間に目の前までやって来たのだ。  あわあわと口を動かす祥太郎に向かい、女はハンドサインのように、右手で様々な形をつくる。  ――何かの術を使うつもりだ。  予感は的中する。女の周りには無数の小石が現れた。やがてそれはうなりを上げながら祥太郎へと向かってくる。 「くそっ! やってやる!」  逃げている余裕はなかった。そうすれば今までのように出現場所を予測され、狙い撃ちされるだけだろう。  出来うる限りの広範囲とスピードで石を退けるが、軌道もタイミングも複雑で、何より数が多すぎた。すり抜けたつぶては、祥太郎の腕を、足を、体を打つ。 「うぉぉぉぉぉっっ!!!」  今までの戦いなら、理沙がともに弾き飛ばしてくれただろう。才が次に来る場所を教え、マリーが結界で守ってくれただろう。遠子の力なら、全部を一気に処理できるのかもしれない。  ――けれども、今はひとりだ。 「その程度かな? 君の力は。この程度で死ぬ男かい?」 「うるさい!」  石の一つが頬をかすめた。目の前に赤い色が飛び散る。  厄介なのは、敵の攻撃だけではなかった。自らの中で暴れ馬のように跳ねる力の手綱を必死でつかみ続ける。それに加え、全身に蓄積されていくダメージが、さらに集中を奪っていく。 「そろそろ遊びは終わりにしようか」  飛び回っていた石がピタリと静止した。女はまた右手で、複雑な印を結ぶ。  無数の石はその場で回転し――祥太郎へと向かって一気に襲い掛かった。  ◇ 「どうして、急にそんなことを?」 「急にではないわ。疑問に思っていた少しずつがつながって、形になったの」  表情を変えずに言った遠子に、マリーは小さく首を振り、少し遠くを見るようにして言う。 「わたしね、ママがフォンドラドルード家と折り合いが悪くなったのは、わたしが生まれたせいだって思ってた。実際、どこの誰かも分からない男の、子を産んだって陰口を言う親戚もいたから」 「エレナさんは何て言ってたの?」 「ママはわたしのせいじゃないって言ってくれた。でも、本当の理由は教えてくれなかったわ。連れられて何度かお祖母様のお宅にも行ったけれど、そんなに仲が悪いようにも見えなかったし」  最後に訪れた日。母と祖母は長い抱擁を交わしていた。それきり祖母には会っていないし、葬儀にも呼ばれてはいない。 「フォンドラドルード家の歴史は、魔女との戦いの歴史でもある。だからもしママに魔女の片鱗があったとしたら、お祖母様が見逃すことはないだろうし、家に残ることを許せるはずがない。わたしだってね、この一年で成長したのよ。アパートのお仕事もたくさんこなしたし、ザラに鍛えられたり、初めての異界派遣を経験したり、『悪夢を招く者(ファントム・ブリンガー)』と遭遇したり――自分の未熟さを思い知ったりもした。三剣参事官(みつるぎさんじかん)の結界が、あんなに美しく織られていることだって、ようやくわかるようになった」  そこで彼女は言葉を切り、紅茶を一口飲む。 「トーコの淹れる紅茶は、とっても美味しいわね。しばらく飲めなくなってしまった事で、かえってそれに気づけたわ。しばらく会わなかったママも、どこか《《違っていた》》。――おそらく、お祖母様の施した結界の効力が薄れて来たのじゃないかしら。わたしの感覚が正しいのなら、トーコにはもっと良く分かるはず」  真っすぐに目を向けた先には、いつもの遠子の微笑みがあった。彼女はうなずくと、それに答える。 「あくまで、私の印象で良ければ言う。直接エレナさんに聞いたわけじゃないから」 「それで構わないわ」 「以前のエレナさんは、正直良く分からなかった。でも今のエレナさんは――魔女に見える」 「ありがとう。結界の仮説も補強されるわね」  マリーは言って長い息を吐き、緊張を解いた。 「……マリーちゃんは、エレナさんが魔女だったら心配?」 「そうね、以前だったらそう思ったかもしれない。でもママはママだもの。トーコはトーコだし、無垢の魔女だってそんなに悪い人じゃなかったわ。それに彼女の話が本当なら、わたしだって魔女になる可能性はあるわけでしょう? ――むしろ今は、安心してる」 「安心?」 「そう。だってママはすごい人なのよ? そのママが魔女だったってことは、才能が保証されてるってことなんだもの。ママに任せておけば、ショータローは絶対大丈夫だわ」  ◆ 「はぁっ……はぁっ……」  自分の荒い息づかいが大きく聞こえる。今にも崩れ落ちそうな体を必死でつなぎとめ、前を見る。  霞む視界には、したたる赤い色が見えた。 「あっ……」 「何故、そんな顔をするんだ?」  顔をしかめながらも、女は祥太郎へと口角を上げてみせる。 「追い詰められた状況下で、あれだけの数の石を正確にこの空間の片隅へと転移させ、私の次の手を封じようとした。見事だったよ」 「腕が……!」 「でも君は、この腕を狙ったんだろう? 狙い通りいったじゃないか」 「そう……だけど……」 「そんな顔をしなくても良い。こちらも狙い通りだったのだから」 「え……?」  するとだらりとしていた右手がゆっくりとあがり、ピースサインが作られた。やはり痛みをこらえているようではあるが、今度の笑顔は少しだけ自然に見える。 「わざと目立つように動かしたからね。腕の動きで術を発動していると思わせるように。ただ、そこに君が乗ってくれるかどうかは賭けだったけれども。君が前評判通りの善良な男で助かったよ」 「それって、単純だってバカにされてるんですか?」 「失礼。そういうつもりはなかったんだけどね。君は私を殺したくないと思ったからこそ、私の誘いに乗ったんだろう? 自らの中で膨れ上がり、コントロールを失いつつあった力への怖れもあったはずだ」 「それは……」  すべてを見透かされているかのようだった。先ほどまでは身の危険を感じていたのに、今は目の前の女が悪人には見えない。 「そして君が腕を狙ってくれたおかげで、非常に効率的な処理が行えた。ただ、私でなかったら腕は粉々になっていただろうね。それが君の持つ力の大きさと、技術のアンバランスさだ」 「すみません……」 「しかしこれで、君の中に滞り、いまにも爆発しようとしていたエネルギーの方向性は定められた。おめでとう! あとはトレーニング次第でどうとでもなる。君は優秀な先生につけたのだからね」 「あの、(きざはし)の魔女さん……?」  おそるおそるといったその言葉を聞き、彼女はほがらかに笑った。 「その名前も中々素敵だけど、私にはもっと良い名前があるんだ。――エレナ・フォンドラドルード。君の前任の転移能力者だよ」

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