ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:6分

悪夢を招く者 11

 それは、歌だった。子守歌のような、わらべ歌のような、どこか懐かしく、それでいて物悲しい歌。  ――歌っているのは、遠子(とおこ)だった。  部屋の中に、雨が降っている。その雨の中を、遠子はゆっくりと歩いた。  動けずにいる皆の前で、彼女の周囲だけ時間が流れているかのように、静かに歩みが進められる。そのたびに、ゆったりとした服の隙間(すきま)からごとり、ごとりと何かが下に落ちていく。  それは、いくつもの『ミュート』だった。転がる『ミュート』の近くでは、小さな緑色のカエルが、軽やかな鳴き声を発していた。その上にも、雨粒が落ちる。  ――いや、雨粒ではない。落ちてきているのもまた、沢山のカエルだった。 「遠子さん!」  誰かの悲痛な叫び。『ゲート』から飛び出してきた白い煙が、彼女の身体を覆い尽くした。  圧し潰されたような声。それは人の悲鳴ではなかった。白い煙は凝縮(ぎょうしゅく)し、重力により引っ張られて落下する。床に()いつくばり、ゲコゲコと鳴くのは、やはり緑色のカエルだった。その数はどんどんと増え続ける。  その異様な光景を、ようやく見る者たちは理解する。『ゲート』からやって来た白い煙――『悪夢(ファントム)』たちが、()()()()()()()()()()()。  そう、空中を漂っていたロープの切れ端も、先ほど床に落ちた『ミュート』さえも、すべてがカエルへと変わっていた。 「ど、どうなってる……」 「なによ、これ――!?」  自らが悪夢を見ることになろうとは思ってもいなかった者たちは、その様子を呆然(ぼうぜん)と眺めた。ジュノとレーナは恐怖で立ちすくんだが、怒りに身を任せた者もいた。 「何てことを!」 「てめぇっ!」 「キリ! バルザ! やめろ!」  ゲコ。ゲコ。    遠子へと襲いかかった二人も、彼女が一瞥(いちべつ)しただけでカエルへと変貌(へんぼう)し、一回転して着地をする。  その間にも勢いのついた侵入者はとどまることを知らず、押し寄せてきていた。しかし、もはや白い煙が見えることすらなく、『ゲート』からは(せき)を切った濁流(だくりゅう)のように大量のカエルが噴き出してくる。 「ジュノさんとレーナさんも、肉体が欲しいのよね? 差し上げるわ」  遠子は突然歌うのをやめ、振り向いた。表情も声音も仕草も、普段の彼女と何ら変わりはない。  しかしこの場の誰もが(さと)っていた。その圧倒的な力の差を。 「ち、違う! ぼくたちは……」 「やめて……やめて……お願い……」  視線の先には、腰を抜かした『悪夢(ファントム)』の姿がある。この状況下においても『肉体』を維持するのをやめないのは、執念(しゅうねん)とも呼べる意志のなせるわざかもしれない。  いつの間にか『ゲート』からの噴出はやんでいた。床を覆い尽くすカエルの背が揺れる。音はこだまし、空気を震わせた。まるで緑の草原が波打ち、鳴いているかのようだった。  それはどこか滑稽(こっけい)であり、おぞましくもある光景。  ――そのけしき、草の原、鳴るがごとし。 「……鳴原君(なりわらのきみ)」  以前読んだ本の一節を思い出したマリーが、震える声でつぶやく。 「その名も、久々ね」  遠子は少し困ったように笑った。  かつてそう呼ばれた魔女は、一つの国を歴史から消し去ったとも言われている。 「あなたたちの技術は見事だったわ。初めて見る『アパート』の結界を解いて、上手くエネルギーを引き出した。その奥に()()()()()()()()()、もっと考えてみれば良かったわね」  ジュノもレーナも、いよいよ人の形を保つ余裕はなくなっていた。急いで姿を消し、逃亡を図る。――しかしそれは、カエルの数を増やすだけに終わった。 「遠子さん……ですよね?」  おずおずと言った理沙(りさ)に、遠子はいつもと変わらぬ笑みを見せる。 「ええ。こんなだけど、私が私であることに変わりないから」  それから少し『ゲート』を眺めた後、再び口を開いた。 「残りは異変に気づいて戻っていったみたい。閉じてしまう前にこの人たちを送り(かえ)して、『ゲート』も消滅させないと」 「何する気だよ、遠子さん!」 「分かるでしょ? 才くん。一度つながった『ゲート』は、またどこかへと移動して、開いてしまう恐れがある。だから完全に壊さなきゃ」 「だからそんなこと――」 「出来るわ。こっちには素晴らしいチームがいる。向こうには――私が行くから」 「えっ、それで『ゲート』壊しちゃったら、遠子さん戻って来れなくなるんじゃ?」  無邪気ともいえる祥太郎(しょうたろう)の発言に、皆一瞬言葉を失う。カエルの声が、急にうるさくなったような気がした。それが、答えを物語っている。 「マジで? 冗談じゃなく!? ダメですよ、探せばもっと違う方法だって――」 「そうよ!」  一際(ひときわ)大きな声に、視線が集まる。涙を目の端に浮かべたマリーは、声を(あら)らげた。 「やめてよ、そういう自己犠牲(じこぎせい)みたいなの! 最悪! 信じられない! ……みんなで考えれば、きっといいアイディアが出るわ!」 「そうですよ遠子さん! せめてあたしたちも一緒に行きますから!」 「それは駄目」  今度の理沙の言葉は、強く否定される。 「一緒に行けば、あなたたちは死ぬわ。そうじゃなかったとしても、体を乗っ取られてしまうでしょう。自己犠牲なんかじゃない。私は単身渡っても生き残れる自信があるから言っているの」 「だけど……だけど……」  うつむくマリーに近寄り、遠子はそっと抱きしめる。彼女はすがるように袖をきつく握りしめ、(こら)えきれず泣きじゃくった。 「ありがとう、マリーちゃん。でも、みんなにだって大切な仕事があるわ。『ゲート』を無理に壊せば、その影響がこっちにも出る。だからこの場所を守ってほしいの。……それにね、鳴原君(なりわらのきみ)へと戻った私には、もうこの世界に居場所はないのよ」 「そんなことない! トーコの居場所はここだもの!」  その言葉をきっかけとし、口々に呼ばれる自らの名前を()みしめるように、彼女は微笑んだ。 「いいわね、その響き。私、ありのままの自分でいられる、この時代が好きよ。(しん)ちゃんと(げん)ちゃんが作ってくれた秘密の庭も、みんなのことも。……私は大丈夫。エレナさんだってそう。元気で生き延びて、きっとそのうち帰ってくるわ」  そして静かにマリーの体を離し、すでにマンホールほどの大きさへと縮んだ『ゲート』の方へと視線を送る。 「そろそろ時間ね。みんな、頼んだわよ」 「……すまない、遠子」  ずっと黙って見守っていたマスターが、重い口を開く。彼女は静かに、首を振った。 「どうして謝るの? 私は新ちゃんたちのおかげで、新しい人生をもらえたのに。だから――ありがとう。今度は私が、約束を果たす番」  それから遠子はマスターへと小走りで近寄ると、両手で顔を引き寄せ、唇を重ねる。不意をつかれて見開いた彼の目に、悪戯(いたずら)っ子のような笑顔が映った。彼女は、ふわりと体を(ひるがえ)し、もう一度、仲間たちの顔を見る。 「それじゃ、またね」  『ゲート』へと飛び込んだ姿は、一斉に吸い込まれていくカエルに(まぎ)れて見えなくなった。やがて『ゲート』も閉じ、何事もなかったかのような景色が戻ってくる。

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