ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:7分

第十三章 召喚術師と召渾士

召喚術師と召渾士 1

「ドクター、彼女の様子は?」  マスターの問いに、ドクターは『白衣』のヘルメットをがちゃりと外し、ちらりと背後の扉を見た。  医務室の奥にある部屋には、ナレージャが寝かされている。 「特に問題は確認されていない。眠りも浅くなっているから、近いうちに目覚めるだろう」 「またパニックになられないように、ちゃんと説明しといた方が良くねーかな?」 「私が主治医として、この世界のことを伝えておくから心配するな。棒人間(ぼうにんげん)の師匠」  唐突にそう言われ、(さい)は思わず自分の顔を指さした。   「ぼ――ドクターその呼び名、ひどくね? 棒人間基準なのひどくね?」 「ドクター、研究もあって棒人間さんとよく一緒にいましたもんね」 「いや理沙(りさ)ちゃん、どっちかっつーと棒人間より、俺との付き合いの方がなげーよ? 前は予知青年だったのに、棒人間の師匠って。語呂もわりーし」 「まぁまぁ、今はそんなことより、ナレージャのことが先でしょう? ――そうだ、説明は、わたしとリサでするというのはどうかしら? 少しは警戒心も解けるんじゃないかと思うの」  マリーの言葉を聞き、マスターはうなずく。 「そうだね、そうしてくれると助かるよ」 「わかりました! じゃあ、ちょっと行ってきますね」  笑顔で理沙が言い、奥の部屋へと向かおうとする二人の後ろを、ガシャガシャと重い音もついてくる。 「あの、ドクターはここで待っててもらえると助かります。何かあったらすぐ呼びますから」 「何故だ。私も付き添うぞ。主治医だからな」 「ドクターのその恰好じゃ、ナレージャが怯えちゃうわよ。それとも、脱いでいく?」 「うーむ……診察するのに白衣を着ないわけには……」 「リサ、今のうちに行きましょ」  ドクターが悩んでいる間に、マリーたちは急いで移動した。  部屋の前に置かれたパーティションを回り込み、ドアを軽くノックをする。特に反応はなかったので、静かに扉を開けた。 「まだ寝てるみたいね」  ささやくような声でマリーが言う。理沙はそっとドアを閉め、薄暗い部屋の中を見回した。  二人ともここに入るのは初めてだが、ベッドとサイドテーブルがあるだけのシンプルな場所だった。カーテンは閉められていて、そこから日の光が漏れている。 「起こしたらかわいそうだよね。どうしようか」  理沙も同じように小声で返すと、マリーは少し考えてから言葉を発した。 「起きたらどうやって伝えるか、少し打ち合わせしない?」 「でも、素直にここが異世界って言うしかないんじゃないかなぁ」 「そうなんだけれど、伝え方って大事でしょう? 今回もシロが口を挟まなければ、ここまでこじれたりはしなかったんじゃないかしら」 「それは、そうかも……」 「とにかく、ナレージャが起きたら、まず何て言おうか決めましょうよ」  理沙がばつの悪そうな顔をしたので、マリーがさっさと話を進めようとした時、布がこすれる音がした。  二人ともそちらを向けば、ぱっちりと開いた赤い瞳。 「そ、その……大丈夫よ、あの失礼な鳥は食堂に飛ばされたから」 「え!? あの鳥、食べちゃうんですか!?」 「ち、違うの! シェフがちょっと締め上げるだけで」 「や、やっぱり食べちゃうんですね!? わ、私のせいで?」 「マリーちゃん落ち着いて! えっと、そういうんじゃなくて……」  次の言葉が出てこない。わたわたしている二人を見て、ナレージャが思わずといったふうに吹き出した。 「ご、ごめんなさい……実は、だいぶ前から目はさめてて。あの、何と言っていいか……ごめんなさい」  それから申し訳なさそうに、頭を下げる。 「白いヨロイを着た人も親切だったし、みなさん悪い人じゃないのに、私……」 「いきなりのことで驚いちゃったら、仕方ないですよ」  理沙のなぐさめに、ナレージャは首をふるふると振った。 「あの鳥が言ったこと、頭の片隅では理解してたはずなんです。私、これでも召渾士(しょうこんし)の端くれだから」 「ショウコンシ? ……ですか」 「はい。召渾士は、渾櫂石(こんかいせき)を使って、渾界(こんかい)から力を借りることが出来るんです」  彼女はベッドから降りると、サイドテーブルに置いてあった杖を手にし、その先の大きな石を見せる。 「これが、渾櫂石(こんかいせき)です」 「渾界というのは、つまり異世界ってことなのかしら?」 「はい、様々な世界が混じり合った場所だと言われています。そこから私たち召渾士(しょうこんし)は、力を貸してくれる存在を呼び出します」 「なるほど……それで、さっきは『魔王』とやらを呼び出して、わたしたちに対抗しようと思ったわけね」 「スゴイの出てきたから、びっくりしたよねー」 「正直、もう少し手加減してもらえるとありがたかったわ……」 「ごめんなさい……」  二人の言葉に、ナレージャはまたうなだれた。 「私、『魔王』しか呼び出せないんで。しかも毎回眠っちゃうし……落ちこぼれなんです」 「それは……ええと、大変ね」  思わずうなずきそうになったマリーだったが、彼女は異世界から来たばかりなのだからと自分に言い聞かせ、ぐっとこらえる。 「はい。だから、みんなに迷惑かけちゃうんです」 「他には、どんな人を呼び出せたりするんですか?」  理沙にたずねられ、下に向いていた顔が、またゆっくりと浮上してくる。 「『女神』とか、『賢者』とか……複数の存在を呼び出せるのも普通ですし、私みたいに特化型もいますけど、大体もっと役立つ存在ですね。寝ちゃわないですし」 「寝るのはともかくとして、他に『魔王』を呼び出せる人っていないのかしら?」 「……うーん、私の知ってる限りではいないです」  彼女の表情は、再び曇った。 「渾櫂石を使って渾界へとつながる方法は、アーヴァーに善きものをもたらすため、ルフェールディーズ様が始められたと言われています。だから、破壊だけをもたらすような力は嫌われるんです。ゴミ処理の時とか、多少は使い道ありますけど、見た目もアレだし……でも、他の存在を呼び出そうと頑張っても、気がつけば『魔王』を呼び出してて、それでいつの間にか寝ちゃってて」 「いつも寝ちゃったあと、『魔王』はどうなるんです?」 「いつもはテルイとかミザ――友達が、『女神』とか『天使』を呼び出して止めてくれるんです。私が起きれば『魔王』は消えるので」 「そっちで正解なんだ……」 「でも、『女神』やらの力を使って浄化なり解呪なりをするってことだと思うから、マスターの見解もあながち間違いとは言えないと思うの」 「そうなんです。普通に起こしても全然起きないらしくて。『天使』が目覚ましの音楽を鳴らしてくれたり、『女神』が起きなさい、遅刻するでしょって一生懸命起こしてくれて」 「すごーい!」 「はい! 私の友達は、本当にすごいんですよ!」  理沙のリアクションに、ナレージャは満面の笑みを浮かべる。  それからふと、表情は真面目なものとなった。 「今回は私が目を覚ます前に、『魔王』が消えたんですよね? どうやったんですか? ……もし自分で対処できるようになったら、友達にも迷惑かけないですむと思うんです。だから、良かったら参考にさせてもらえないでしょうか?」 「それが……いつの間にか消えてたっていうか」  理沙はそう言って、助けを求めるようにマリーの方を見る。  マリーは少し考え、それから言葉を発した。 「ええ。今調査中ってところ」 「そうですか……残念です」 「何か分かれば、もちろん伝えるわ」 「ありがとうございます。……でも、すみません。自分から聞いといて何なんですけど、もう帰らないと」  ナレージャは言って、申し訳なさそうに頭を下げる。 「私、もう大丈夫なんで。今回こっちの世界に来ちゃったから、まだ間に合うかどうか分からないですが、魔術団に入れるかもしれなくて。私、落ちこぼれだし、今までそんな夢、叶わないってずっと思ってたんですけど、入団試験に来ないかって、初めて声をかけていただいたんです。だから、あきらめたくないんです。いろいろ親切にしていただいて、ありがとうございました! それで、私、どうすれば――」  話していくうち段々と元気を取り戻していく彼女に、かける言葉が見つからない。  何も言わず目配せをし合う二人を見て、ナレージャの表情は不安にかげっていった。 「もしかして、帰れないなんてこと、ないですよね? そうですよね?」 「もちろん、いずれはその方法を見つけて――あっ。ええと、出来るだけ早く」 「ナレージャさん!」  彼女は突然ベッドへと駆け戻り、中へともぐりこむと、シーツを頭からかぶる。 「ごめんなさい! あの、ちょっとだけ一人にしてもらえないでしょうか? さっきみたいに『魔王』を呼び出したりとか、そういうのはないんで。大丈夫なんで。ごめんなさい……」  声が、小刻みに震えていく。  彼女を残して外へと出ると、心配そうな顔が並び、こちらを見ていた。マリーは一つ呼吸をし、それから皆に告げる。 「ナレージャは、大丈夫。あとはドクターに任せて、わたしたちは今後の話し合いをしましょう」

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