ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:5分

召喚術師と召渾士 9

 術を発動させたのは、カリニだった。  朗々(ろうろう)とした声に応えるように、影は渾櫂石(こんかいせき)からどろり、と()い出てくる。 「あれが、『魔王』なんですね……」  呼び出すことはしても、自身は普段目にすることのないその姿に、ナレージャは声を震わせた。 「ワタシも、初魔王ネ。デッカクて、おドロドロしてるのネー」 「外で見ると、余計に大きく感じますねー」 「僕は周りを何度も飛ばされたから、デカさが実感として残ってるなぁ」  『魔王』のどす黒い姿は、晴れやかな青空に何とも似つかわしくなかった。  その光景に、つい心を奪われてしまった一同。  しかし、煙は――煙のもとに潜む『何か』は、動くことをやめなかった。 「危ない!」  また(かたまり)がこちらへ飛んできたのを見て、マリーがあわてて結界の保護範囲を広げようとしたが、カリニ自身がそれを手で制した。  『魔王』が、震える。――その体が弾けた。無数の触手が四方八方へと伸び、敵の砲弾を捕えていく。 「『魔王』が……!?」  その瞬間、弾と触手の両方が静かに消滅した。『アパート』で暴走していた時のように、周囲へと(けが)れをまき散らすことはない。  その後も触手を動き回らせ、『魔王』は相手の攻撃をからめ取りながらゆっくりと進んでいく。  気がつけば、『魔王』の姿も、立ち上っていた黒い煙も消えていた。 「消えちゃいましたね……どっちも」 「イリュージョンみたいだったのネ!」 「カリニ、これってどういうことなの? あなたがやったのよね?」 「やったのは『魔王』だ。これが、本来の役割だからな」  カリニは煙があったほうを見たままで言う。 「何かカリニ、またキャラ変わってないか?」 「カリニさん――いえ」  ナレージャは口にしかけ、少しためらいを見せてから、やがて意を決したように言葉を続けた。 「あなたは、ルフェールディーズ様――ですよね?」  彼は静かに振り返り、目を細める。 「いかにも」 「ルフェールディーズって、魔術団を作ったっていう、あの?」  マリーの言葉にも、うなずきが返ってきた。 「そのルフェールディーズで相違(そうい)ない」 「私、お年を召してからのルフェールディーズ様のお姿しか知らないので、自信はなかったんですが、本当にご本人だなんて……信じられません」 「ん? カリニ――じゃなくて、ルフェールディーズも若返ったってこと?」 「違うわよショータロー。ルフェールディーズは、アーヴァー建国者の片腕だったって、面接の時ナレージャが言ってたでしょ」 「そうだったっけ? ってことは――ええっ!?」 「そうなんです。私が拝見したことのあるお姿も、肖像画や彫刻なので……800年前には亡くなられているはずですし」 「確かにそれは、信じられないかも……」  まじまじとルフェールディーズを眺める祥太郎(しょうたろう)の隣で、マリーは大きく嘆息(たんそく)したあと、小声で言う。 「……この業界では珍しくないんじゃないかしら。1000年くらい眠ってて、突然発掘されちゃったりとか」 「1000年!? あ、そうか……そうなるのか。うん」 「ナニがセンネン?」 「気にしないで、ザラ。歴史のお勉強ってところ。――とにかく、ルフェールディーズは、何らかの目的があって今、現れたということよね?」 「いかにも」  彼は答え、考えを整理するかのように間をおいてから、再び語り始めた。 「我らがアーヴァーは今、危機に(ひん)している」 「危機……ですか」  ナレージャは繰り返す。彼女にとっては、いまいちピンとこない言葉だった。 「ナレージャは、アブナイ感じナイってことネ?」 「はい。特には……」 「魔術団に声をかけてもらったって言ってたじゃない? それって有事(ゆうじ)だからってことではないのかしら?」 「いえ、アーヴァーは今、平和ですから。魔術団のお仕事も、戦うためじゃなく、みんなの生活を守るためのものなんですよ。そこに加われるっていうのは、すっごく名誉なことなんです」 「現在、『魔王』を呼び出せる召渾士(しょうこんし)は、何名存在する?」  ルフェールディーズの問いに、ナレージャは目をしばたたかせる。 「たぶん、私だけじゃないかと思います」 「やはりか。我の言伝(ことづて)や、したためておいたものはどうなったのか」 「それが……200年ほど前に、『魔王』が暴走というか、うまく制御できなくなっちゃった事件があったらしいんです。それで、お城のほとんどが壊れちゃって、その時に大事な文献も失われたって聞きました」 「それで『魔王』は嫌われちゃったんですかねー?」  言った理沙(りさ)に、ナレージャはうなずく。 「それも大きいのかなって思います。元々あの怖い見た目ですし……それからお城も再建されて、新しいアーヴァーのやり方を考えていこうってなって、段々と今の形になったみたいですね」  隣で大きなため息が聞こえた。そちらを見れば、ルフェールディーズが頭を抱えている。 「大丈夫ですか、ルフェールディーズ様! お体の調子でも?」 「いや、そういうことではない……が、大丈夫でもない」 「『魔王』は、アーヴァーにとってダイジってことなのネ?」  ザラの言葉に、彼はうなずいた。 「『魔王』は、唯一の分解者なのだ。適切に呼び出し、活動をさせなければ力の均衡(きんこう)が崩れる。それについても伝えられていくはずだったのだが、皮肉にも『魔王』自身によって壊されるとはな」 「さっきの黒い煙が、均衡が崩れた結果かしら?」 「いかにも。放置すれば、アーヴァーの崩壊も(まぬが)れない」 「崩壊だなんて、そんな!」 「信じられないか?」  見開かれたナレージャの目を、優しくも厳しい視線がとらえる。 「先ほど荒野を見ただろう? 元々アーヴァーは何もない土地だった。一面荒れ果てた世界の中、我らは渾櫂石(こんかいせき)を発見し、そこから力を借りる術をもって、繁栄してきたのだ。強力な術には代償もともなう。我がこうして戻ってきたということは、何よりの危機の証左(しょうさ)なのだよ」 「ナルホドナルホド……で、具材的にナニをしたらイーノ?」 「『具体的』ね。『魔王』の(つか)い手が複数いればいいってことよね?」 「ああ。最低でも、あと二人は必要だろう。今のように我が呼び出すことも出来はするが、それは最終手段としたい」  ルフェールディーズは皆へと向き直り、改めて一人一人の顔を見た。 「まずは城都(じょうと)へと向かう。異世界の友人よ。貴殿らもどうか力を貸して欲しい」

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