ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:6分

騎士と姫君 9

「きもちわりぃ……」  ガルデが口元を押さえながらぼやいた。リドレーフェもうつむいていたが、心配そうに見守る皆に、微笑みを返す。 「慣れてないと、酔うことあるケドすぐ治るヨ。エフィーゼ、ここ、ドコかわかる?」  ザラに問われ、エフィーゼは視線を景色へと向けなおした。『ゲート』から放り出されるようにして降り立った場所は、濃い緑に覆われている。  彼女はしばらく考え、少し自信なさげに言った。 「アスサラの森ですね、恐らく。メレスティラの北西に位置しています。街はこの場所からは見えませんが……あちらの方角だと思われます」 「三人が『ゲート』に巻き込まれたのはお城の近くだったから、ここまで動いてから定着したのね」  伸ばされた指先を目で追って、マリーは言う。  マスターによると、彼女たち以外に『ゲート』を通った者の痕跡(こんせき)はないとのことだった。定着するまでの間、新たに巻き込まれる者が出なかったのは幸運といえるだろう。 「とにかく、オウンガイアへと戻ることが出来ました。改めて御礼を申し上げます。――急ぎましょう」 「エフィーゼ! ちょとストップよ! ……このままで行くはデンジャーね。まずは姿をチェンジするよ」  言うが早いか、ザラは取り出したステッキをくるくると回し始める。 「えと、ちんとんしゃん、へべれけへべれけおウマがトール!」  それから唱えられた謎の即興呪文により、皆の姿が白い煙に包まれ、一瞬にして変化した。 「あら……これはまた地味に」 「本当! マリーちゃんは町の女の子Aで、あたしはBって感じ」 「すげー! 姫様も普通の女の子になっちゃった!」  それぞれの特徴は残しているものの、服装を含め、受ける印象はずいぶんと変わっている。  はしゃぐ三人に、ザラは得意げな顔を見せた。 「ジミーに見えたほうが、調査にはベンリーね」 「僕にも見して見して!」  祥太郎(しょうたろう)がマリーから手鏡を奪うようにして、自らの姿を眺める。 「マジだ。超地味な雰囲気に――」 「ショータローはあまり変わらないわね」 「え」 「確かに。――じゃなくて、祥太郎さん、えーと、素朴さが魅力だから」 「じゃああとは、わたしの結界で身を隠して……と。それじゃ、街まで移動しましょうか。ショータロー、お願い」 「…………」 「ショータロー、なにボーっとしてるのよ? 早くしないと!」 「あ――りょ、了解!」  あわててパチン、と指を鳴らす祥太郎。  周囲の景色は水に溶かしたように歪み、再び別の景色へと描きなおされる。  ――次の瞬間には、周囲に人がいた。  建物に囲まれた大きな広場は白い石畳が敷きつめられ、赤や黄色、鮮やかな色をした布に覆われた露店が並んでいる。 「ここって……市場じゃない? 何でこんな街のど真ん中に転移させるのよ!?」 「い、いや、少し動揺して」 「しっ、怪しまれてるヨ」  ザラが短く言って、皆を広場の端まで誘導する。  鎧を身につけた中年の男は、話し声が聞こえたことに不審げな顔をしていたが、気のせいと思ったのか、また歩き出した。  マリーは近くに人がいないのを改めて確認してから、固まって立つ全員を包み込むように結界を張りなおす。 「これで大丈夫。外に声は漏れないわ」 「空気穴は?」 「……それもご心配なく」 「今のって、格好からして兵士? イディスってやつらかな?」  改めて広場を見ると、鎧を着た男女が目を光らせているのが目立つ。  場所の広さに対して露店の数は明らかに少なく、客の姿もまばらだ。その状況で活気のあるやり取りなどあるはずもなく、時折ぼそぼそとした話し声が聞こえるだけだった。 「はい……それ以外には考えられません」  祥太郎の問いに、エフィーゼは声を絞り出した。リドレーフェも無言で唇を噛む。 「三人とも、落ちつくのヨ」 「承知しております」 「わたくしも、大丈夫です。皆様の指示に従います」 「おいらは姫様に任せる!」  ザラの言葉には、予想よりも冷静な反応が返って来る。彼女はほっとしてうなずくと、再び広場に目を向けた。  エフィーゼたちの話からすると、城での戦闘が起こったのは昨日か一昨日。そもそも別の世界同士をつなぐものである『ゲート』間の移動は、時間のずれを引き起こす場合もあるのだが、その調整も上手くいっていると聞いた。 「このブンだと、戦いはオワタのね。でも詳しいこと誰かに聞いてみないとワカランチンよ」 「兵士さんがこっちに向かってきます!」  理沙(りさ)の鋭い声に振り向くと、一人の兵士がこちらに向かって歩いてくるところだった。見つかったということは考えにくいが、もし接触されれば、何かがここにあるということは知られてしまう。 「とりあえず飛ばすよ!」  口に出すと同時に、祥太郎は全員を一気に転移させる。目標としたのは、向かい側に見える人通りのなさそうな道だった。 「……おぇ、これも何回もやると酔う」  またふらふらとしているガルデの背中をリドレーフェが撫でつつ、静まり返った通りを歩く。 「ここは、本当にメレスティラなの? あんなに活気があったのに……もう」  そこまで言って、彼女は口をつぐんだ。そして首を小さく振る。 「いえ、きっと大丈夫。……そうじゃなかったとしても、わたくしたちで乗り越えなければならないわ。アパートの皆様にも、せっかくこうしてご助力いただいているんだもの」 「そうですよ、姫様」 「あのお店、開いてますね。行ってみません?」  その時、壁のように冷たく閉ざされた街並みの中に、ひとつ開いている扉を見つけた理沙が声を上げた。  そちらへと向かうと、食堂と思われる小さな店内には、ぽつんと座る老女の姿だけがある。  彼女は突然姿を現した一行に驚いたように顔を上げてから、申し訳なさそうに首を曲げた。 「すみませんねぇ。もう何もなくて」  それから少しの間、沈黙が流れる。 「あの」  それを破ったのは、リドレーフェだった。 「……何か、あったのでしょうか?」  店主は不思議そうに胡麻塩頭(ごましおあたま)をかしげ、少し考えてから言葉を発する。 「食材は、全部兵士さんがたが持ってっちゃってね」 「そうではなく、あの……陛下や、お城の方々は」 「あんたがた、知らんのかね?」 「それは……」 「あのー、ワタシたち、旅の芸人なのヨ」  言葉に詰まったリドレーフェに代わり、口を出したザラを、老女は()めるように見た。 「芸人? それにしてはまた地味な」 「そんなのはお化粧でバケバケすればOKよ? そんなことより、来たばっかりのワタシたちだから、お国のことが知りたいのネ」 「バケバケ? ……まあ、あんたがたもこんな時にめぐり合わせて大変だったね」  それから彼女は、店先へと一旦顔を出し、何度か周囲を確認した後、扉を閉める。 「……メレスティラは、イディスに占領されちまったんだよ。姫様の誕生パーティーの時、お城で騒ぎがあって、気がつけばこの有様(ありさま)さ」  彼女はやれやれと首を振り、小さく震えるリドレーフェの前で、その言葉を口にした。 「王様とお妃様も、処刑されるって」 「姫様!」  ガルデが崩れ落ちる体をとっさに抱きかかえる。 「……ごめんなさい。大丈夫です、ガルデ」  リドレーフェは顔を両手で覆い、荒い息を立てた。覚悟はしていたことであったが、まだ細いその体で受けるには、重い宣告だった。 「姫様? この子が?」 「お、お姫様役なんですよ! 彼女、カワイイから」  理沙のフォローにも、店主はまた首をかしげる。 「地味だけどねぇ」 「――誰か!」  そこで 唐突(とうとつ)に割って入った、切羽詰った声。  皆吸い寄せられるようにそちらを見た。――店の外だ。  続く悲鳴に、誰からともなく飛び出していた。

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