ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:9分

第十六章 調和の聖女

調和の聖女 1

 もう一度、祥太郎(しょうたろう)は部屋の中を見る。特に新たな情報は得られそうもない。  覚悟を決めて外へと出ると、先ほどの女性がドアの近くで待っていた。彼女は小さくうなずくと、何も言わずに歩き出す。  白い石で出来た柱が並ぶ廊下からは、美しく整えられた中庭が見えた。 「あの……聖女様っていうのは」 「この業界で聖女様といえば、調和(ちょうわ)聖女(せいじょ)様しかいらっしゃらないじゃないですか」  黙って歩くのに耐えられなくなり尋ねると、背中が向けられたまま答えが返ってくる。 「調和の聖女様?」  思わず聞き返してから祥太郎は後悔した。  今度は素早く振り向いた女性が、信じられないという顔でこちらを見ている。 「あなた異能者でいらっしゃいますよね?」 「はい、一応……」 「しかも機関にお勤めなのでしょう? それで調和の聖女様をご存知ないってあります?」 「はぁ……どうなんでしょう……?」 「しかも三剣家(みつるぎけ)とフォンドラドルード家の方ともお付き合いがあるのでしょう? それでご存知ないってあります?」 「そ、そう言われましても……」  穏やかながらもすごい迫力だった。彼女は煮え切らない態度の祥太郎をしばらく睨みつけていたが、やがてふっと表情をやわらげる。 「もしかしたら、記憶をなくされているとか?」 「えーと……なくしているような、いないような……」 「やはりそうでしたか。納得いたしました。あまりにも驚いたものですから取り乱してしまい、失礼いたしました」 「い、いえいえ……ところで、みんなはどこにいるんでしょうか?」 「皆様は、別室にご案内しております」  謎は深まるばかりだが、チャンスと思い話題を変えた。ひとまず仲間の無事を知ることができてホッとする。  女性は再びこちらに背中を向けると、静かに歩き出した。 「でも記憶があったとしても、驚かれたと思いますよ。聖女様とお目にかかれることなんて、滅多(めった)にないんですから」 「そうなんですか……」 「そうなんです。ですから聖女様のおそばにお仕えし、お世話をさせていただける私たちは幸せ者です」 「あのぅ……良かったら聖女様がどんなことを普段しているのか、教えてもらえないでしょうか? ちょっとその――記憶になくて」 「聖女様は世界の調和を保つことに尽力なさっています。異能の力を持つ者が持たざる者を傷つけないようにと、『ミュート』という腕輪もお作りになりました。三剣家やフォンドラドルード家ともご縁が深いんですよ」 「へぇ……じゃあ何で、僕だけが呼ばれたんでしょうか?」 「さぁ、私もそこまでは……記憶をなくされたあなたを(おもんぱか)ってのことかもしれませんね」  向こうが勝手に言い出したこととはいえ、段々と申し訳なくなってきた頃、道の先に大きな扉が見えてくる。  女性は立ち止まると廊下の端へと寄り、そちらを指し示した。 「あちらが聖女様のいらっしゃる『調和(ちょうわ)()』になります。記憶がないからといって、くれぐれも失礼のないようにお願いしますね」  祥太郎はうなずき、彼女に小さく頭を下げると、緊張した足取りで扉へと向かう。  ◆ 「まさか、ここが調和の聖女の住処だったなんて」  気がついたら、白い部屋の中にいた。  簡易なベッドが並べられているだけのそこから出て、隣の部屋へと移ると、丸いテーブルを囲むように四客のイス。  先ほど聖女の世話係だという者がやって来て紅茶と菓子を置いていったが、マリーは手をつける気になれなかった。 「調和の聖女様って、『再世(さいせい)五賢者(ごけんじゃ)』の一人だよね? マリーちゃんも会ったことあるの?」  向かいの席に座る理沙(りさ)がクッキーをほおばりながら尋ねる。 「わたしはさすがに……お祖母様なら、あるかもしれないわ」 「じゃあ、(さい)さんと遠子(とおこ)さんは?」 「俺もないな」  遠子は少し考えた後、無言で首を振る。 「じゃあ、誰も会ったことないんですよね? 本物じゃなくても分からないんじゃないですか?」 「まー俺も、調和の聖女ってホントに居んのかなーって思ってたけどさ。名前だけ聞く割に全然姿見せねーし。でも転送装置にアフォもあって、『ミュート』だろ……さすがに全く無関係ってことはなさそうだぜ」 「あのショッピングモールにも、きっと何か別の目的があるってことなのよね。わたしたちは何らかの作戦に巻き込まれたって可能性もあるわ。――もしかしたら、バブーンが関わったという他の建築物もそうなのかしら」 「いずれにしろ、何かでけー力がねーと、こんなの用意するのは無理だ。マスターも知らなかったんだろうから、もっと上の意志が働いてるってことだろ」 「でも才さんのお祖父さんも、上の人ですよね?」 「上も一枚岩じゃねーんだよな……」 「そうでした。うちの『アパート』でも色々ありましたもんね」  理沙は紅茶をぐいっと飲み干し、少しせき込んだ。 「でも、なんで祥太郎さんだけ聖女様のところに連れていかれたんでしょう?」 「そこなんだよなー。祥太郎は新人だし、一番の下っ端だろ? 俺やマリーちゃん以外だったら、おっさんが何かやらかしたせいで理沙ちゃんが呼びだされるとか、遠子さん絡みで探りを入れられるとかの方がよっぽど納得できるんだが」 「もー、師匠はそんな大それたことやらかしたりしませんよ! ……たぶん」 「そうよ、サイはこんな時に変な冗談言わないでくれる?」 「悪い悪い、ちょっと場を和ませようと思っただけでさ」 「……あのね」 「遠子さんもごめん! 俺もいきなりのことで混乱してるっつーか」 「お手洗い、行ってくるわね」 「はい?」  遠子は突然席から立ちあがると、そのままスタスタと歩き出す。 「え、ちょっと遠子さん!? トイレは隣の部屋にあるじゃん! そっち外!」 「トーコ、まだここで待ってろって言われたじゃない!」 「あたしたちも行きましょう! ――遠子さん! 待ってくださーい!」  理沙に肩を叩かれ、呆気に取られていた二人も、急いでその後を追った。  ◇ 「ようこそ」  彼女は白い肘掛椅子に座したまま、祥太郎(しょうたろう)へと言う。  落ち着いた耳に心地よい声も、水色のドレスから伸びる細い腕も、想像していたよりは若々しいような気がしたが、花嫁のようなベールに覆われた顔は距離が遠いこともあり、よく見えない。  立ち並ぶ白い柱に囲まれた広い場所。高い天井にはステンドグラスがはめ込まれ、そこから降り注いだ青い光に照らされた姿は、聖女と呼ばれるにふさわしい神々しさがあった。 「し、失礼します」 「そう緊張しなくても大丈夫ですよ。お座りください」 「……はい」  深呼吸をしてから、用意されてあったイスまで歩いて行って腰を掛ける。こちらも白い色だったが、肘掛もなくシンプルなものだ。  聖女と向かい合って座る形にはなったものの、まだ教壇と教室の一番後ろの席ほどの距離感がある。彼女の背後はさらに数段高くなっていて、その奥には祭壇のような場所があるのが見えた。 「あ、あの……聖女様」 「第1問」 「は――はい?」 「『再世(さいせい)五賢者(ごけんじゃ)』をすべてあげよ」 「さいせいの……?」  初めて聞く言葉だ。分かる訳がない。祥太郎がもごもご言いながら戸惑っていると、「時間切れです」という言葉が無情に響く。 「『(ことわり)司書(ししょ)』エリザベス・フォンドラドルード、『異空(いくう)造形家(ぞうけいか)三剣藤吉郎(みつるぎとうきちろう)、『寡黙(かもく)伝達者(でんたつしゃ)神楽坂嗣春(かぐらざかつぐはる)、『神速(しんそく)(つち)』ヴォルガ・ゼーリッヒ、そして――『調和の聖女』リリュード・ミラーの五人です」 「フォンドラド――に、三剣」 「そう。あなたのお友達のそれぞれ曾祖母(そうそぼ)曾祖父(そうそふ)に当たります。80年も前の話ですから」 「80年!? ……あーなるほど」  祥太郎の態度を見て聖女はふふ、と笑う。 「どう納得されたのかしら。あなたもお仕事の中、様々な方に出会いますものね。けれども、わたくしはそうではありません。それぞれの家が使命を引き継いだように、『調和の聖女』もまた、役割が受け継がれるというだけのこと。あなたをここへと案内したジェインも、聖女の世話係でもあり、候補者でもあるのです」 「なるほど……すみません」  頭が混乱してくる。想像していたよりも好意的に受け入れられているような気がするが、聖女の目的がさっぱりわからない。 「では、第2問」 「またですか!?」 「ええ、またです。『再世の五賢者』の役割とは何か?」 「それは、ええと……すみません、わかりません」 「世界を再生し、再製することです。もっともその名は彼ら自身が名乗ったわけではなく、周囲からそう呼ばれるようになったというだけのことですが。80年前、何があったか分かりますか?」 「80年……もしかして、戦争ですか?」 「ええ。世界を巻き込んだ大きな戦いがありました。異能者の暗躍もあり、被害はより大きなものとなってしまったのです。それから同じような過ちを繰り返さないため、異能の力を正しく運用するための組織が各地で立ち上げられることとなります。初代リリュード・ミラーが考案した世界を覆う結界『サイレンサー』、そしてそれと連動した腕輪『ミュート』も、その(いしずえ)となりました。この事実が異能者としての教育を受ける者たちだけに伝えられるのは、強い力を持つ者への戒めと、いたずらに恐怖をあおって共存をさまたげることのないようにとの考えからです」 「はぁ、なるほど」  言ってうなずく祥太郎を、聖女はじっと見つめた。 「祥太郎。あなたは専門的な教育を全く受けていないようですね。大きな力を持っているのに、なぜですか?」 「それは……僕の周りには強い力を持った能力者がいなかったので」 「全く?」 「全くというか、僕の聞いた範囲では、ですけど。それで10歳くらいだったかな? 急に能力者検診に引っかかって、それから『ミュート』着けるようになって……というか今の職場に来るまで、自分の能力がA5だとかそういうの、全然知らなかったですし」 「では、これは?」  聖女が椅子の肘掛けあたりを何やら操作する。すると、壁の一部に映像が映し出された。  淡くて見えづらくはあったが、ヨーロッパを思わせる街の中を歩いているのは、見覚えのある姿だ。  祥太郎が才に何かを言われた直後、才の姿は掻き消え、同じ場所に落っこちる。 「こ、これは――ちょっと、驚いたりしちゃったりなんかして」 「こういうことは、いつも起こるのですか?」 「いえいえ、いつもっていう訳では――」 「そうですね。……では、あなたに能力の使い方をコーチしてくれる人は?」 「いえ。マリー――じゃなくて、フォンドラドラさんがアドバイスくれたりとかしますけれども」 「そうですか……ええ」  そこで、聖女は急に黙る。  祥太郎の中にふと、この雰囲気と似たものを知っているという感想が湧きおこる。面接だ。 「祥太郎」 「は、はい」 「あなたはとても素直で、好感の持てる人だと思います」 「はぁ、ありがとうございます」 「ですから、とても残念です」  彼女は言って、ゆっくりと立ちあがる。 「あなたを、排除します」

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