ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:7分

召喚術師と召渾士 8

「カリニはやけに自信漫才ね。記憶戻ったノ?」 「『満々』でしょ。……でもそうよね、向こうに居た時はアーヴァーのことも全く知らないみたいな顔してたのに。一気に思い出したのかしら」 「あっ、思い出した!」  そこで突然祥太郎(しょうたろう)が大きな声を出し、ポケットをまさぐり始めた。 「ショータロー、何なの一体? 驚くじゃない」 「ごめんごめん、マスターから預かってたものを思い出してさ。――あった、これこれ。こっちに着いたら読んでくれって」  そして、丸まって折り目がついてしまった封筒を取り出す。テープで念入りにされていた封を開けると、中からは一枚の便せんが出てきた。 「えーと。『カリニ君に、「ミュート」を発行した人物のことを覚えているかどうか聞いてください』……だってさ」 「それだけ?」  マリーは手紙を横からのぞき込むようにし、本当にそれしか書かれていないことを確認すると、眉をひそめる。 「それで、覚えてるの? カリニは」 「……いや、全く」  直接問われ、カリニは首を横へと振った。 「我の中にあるのは、断片的な記憶だな。気がついた時にはそちらの世界に居て、『アパート』とやらに向かっていた」 「んー、カリニの言うコトはいまいちマイマイでニョッキリしないのネ」 「曖昧ではっきり……記憶を失ってるから仕方ないのだとは思うけど。故郷に戻って来られたんだから、色々思い出せるといいわね」 「あの、あたし思ったんですけど」  それまで黙って様子を見守っていた理沙(りさ)が、挙手(きょしゅ)をしながら口を挟む。 「カリニさん、最初とキャラ違いません?」 「え? ……そうかしら?」  戸惑いの視線をマリーに向けられた祥太郎は腕を組み、考えを巡らせた。 「……そういえば、最初はもっと何ていうか、厨ニ(ちゅうに)っぽい感じだったような」 「そう! そうなんです!」 「でもさ、キャラ変することだって普通にあるじゃん。売れないアイドルとか芸人だって、上手く行かなければ変えるわけだし」 「売れないアイドルや芸人と同列に語ってどうするのよ……」 「そういう戦略的なことはよく分からないんですけど、ずっと何か変だなーと思って引っかかってて。それが何の違和感なのか、さっきのカリニさんの言葉でピンと来たんです」  理沙は言って、カリニの方を見る。 「カリニさんは気がついたら日本に居て、あたしたちの『アパート』に向かってたんですよね? 何でしたっけ、内なる衝動に導かれたみたいな感じで。だけど、ちょっと個性的だったかもしれないですけど、ちゃんと面接の受け答えは出来てました。履歴書の話とかも通じましたし」 「確かに……そうだわ。だから誰も、カリニが異世界から来たばかりだなんて思わなかったのよね」 「カリニは、メンセツのキオクはあるノ?」 「いや、曖昧には覚えているのだが……たとえるなら、夢の中だったように心もとない」 「じゃあ、決まりネ」  ザラはパチンと指を鳴らし、祥太郎の手の中にある手紙を指差した。 「カリニは、マリオネットだったってことヨ」 「ザラは、誰かに操られてたって言いたいの?」 「そうヨ。アヤツリかセンノウか、そこらへんは知ったこっちゃないケド、こっちの世界にきたら、それがうっかりザックリ解けたのヨ」 「すっきりサッパリ? でも確かにそう考えると、マスターの質問も納得がいくわね」 「デショデショ? だから、アーヴァーに戻ってきたカリニは、本来のカリニってことヨ。ふるさとアーヴァーのこと、すっかり思い出したのよネ?」  自分に向けられたまばゆい笑顔から目をそらし、カリニはぼそりと返す。 「いや、何とも心苦しくはあるのだが……」 「アララ?」 「皆さん、あれ見てください!」  その時、ナレージャが声をあげた。  彼女が指差した方向に、黒い煙のようなものが噴き上がっているのが見える。それに大きく反応したのはカリニだった。 「始まったのか……!?」 「何が始まったんだ?」 「それはよく分からないのだが……何が始まったのだろうか」 「いや僕に聞かれても知らねーわ!」 「とにかく、あれを放置しておくと、まずい気がする。一刻も早くあの場所へとたどり着きたいところだが……」  それを聞き、皆の視線は自然と祥太郎に集まる。 「……遠いし、一気には難しいかもしれないけど、あの煙? を目印に転移を繰り返してけばいけるかも」 「じゃ、決まりネ! アーヴァーツアーに、ゴーゴゴーよ!」  ――それから30分後。 「……っ」 「うっ……ううっ」  荒野を抜けた先には一転、豊かな緑の地が拡がっていた。  広い草原に臨む木陰では、うめき声をあげる仲間たちの姿。 「みなさん大丈夫ですか!? あと少しですよ! 頑張りましょう!」 「そうヨ! 現金があればなんでもできるのヨ!」 「……『元気』、でしょ……なんでリサとザラは、そんなに元気なのよ……?」  マリーが弱々しくツッコんでから、また地面にへたり込んだ。 「あたしは、ジムでバランスのトレーニングもしてるからかなぁ?」 「ワタシは、イリュージョニストだからカナ?」  二人以外は皆、彼女のようにうずくまっているか、横たわっている。  目的地までの距離感がつかみづらく、不安定な状態での転移を繰り返した結果だった。 「転移って大変なんですね……私、こんなに酔ったのって、馬車でエーリグ山に登ったとき以来――うぷっ」 「ナレージャさん、大丈夫ですか? お水飲みます?」 「なんか煙、思ったよりめっちゃ遠いし……日陰も何にもないから暑いし、もう疲れたよゴールしていいよねSSRサクヤ姫を凸する作業……」 「ちょっとなに言ってるかわからんちんヨ、ショタロ。とにかく、早くしないとスモーク広がっちゃってタイヘンよ!」  ザラが示した方、草原のど真ん中には、目印としてきた黒い煙がある。  それは地面から細く立ち上り、徐々に周囲へと拡大していた。 「カリニさん、あの煙、止めた方がいいんですよね?」  理沙の質問に、カリニはこくこくとうなずく。何かを言いかけたが、片手であわてて口を押さえ、木陰の方へと這っていった。 「ザラさんどうしましょう。まだ何もしてないのに大ピンチですよ!」 「リサは、ヒーリングできないノ?」 「あたしは、そういう繊細な術は得意じゃなくて……師匠ならできると思うんですけど。ザラさんは?」 「んー……そうネー」  ザラは少し考えてから、パンと手を叩いた。 「そうヨ! イリュージョンで、ただのキャンディを酔いどれ薬って思わせればOKじゃない? 強力なプラセボね」 「『酔い止め薬』ですね! それいいかも!」 「そんな周囲に丸聞こえの大きな声で言わなければ、効果あったかもね……」  マリーのげんなりした声により、はしゃいでいた二人は急に静かになる。 「……まー、病気じゃないし、おとなしくしてればそのうち治るのヨ。それより、あのスモークは何なのカナカナ?」  ザラはポーチから折り畳み式の双眼鏡を取り出すと、くすぶり続ける煙を観察した。何かが、草原を焦がしているようにも見える。 「んー、もっと近づいてみないとわかんないネー」 「それに近づいてはならぬ!」  つぶやいた彼女の背後から、鋭い声がかかった。  とっさに横へと跳んだのは、経験がなせるわざだっただろう。  「ヒエェェェェッ!?」  今まで立っていた場所にはべちゃり、と黒いものが落ち、じゅうじゅうと音をさせながら草を溶かし始める。  そこから煙が立ち上る様子を見て、ザラは身震いをした。 『女神の外套(クローク・オブ・ゴッデス)!!』  事態の急変を知り、急いで組み立てられたマリーの術が放たれる。光の波はまずザラの周囲を、それからあたりを何度も往復し、仲間たちを保護した。  その表面にべちゃっ、べちゃっと、投げられた泥のように黒い塊が張り付いて落ちる。 「ハイド」  気をとり直したザラも指を軽く鳴らすと、結界は一瞬にして強化され、外からはこちらの姿が認識できない状態となった。 「サンキューマリー。助かったのネ。カリニも」  あの黒い煙の方を再び見やる。今までどおり、静かに空へと立ちのぼっているだけだった。 「なんなのアレ? ただのスモークじゃないのネ? 生きてるノ? ビックラコイタのヨ」 「飛来物(ひらいぶつ)を見て、もしかしたらと思って。用意していた結界を使ったんだけど、やっぱり読みは当たってたみたい。――あれって、『魔王』と同じ性質のものだわ」 「『魔王』……」 「カリニさん、何か思い出したんですか?」  理沙の問いには答えずに、さまよわせた視線はナレージャに、そして手にした杖へと向けられる。 「あっ――ちょっと!」  それを奪い、カリニは結界の外へと駆け出した。 「カリニ!? どしたノ? 危ないから戻ってくるのヨ!」 「ショータロー! カリニを連れ戻せる!?」  まだ回復しきっていない祥太郎が顔をこすり、カリニを転移させようとするよりもわずかに早く、それは起こる。 「グロウザの火よ。深淵(しんえん)(のぞ)く目よ。――来たれ、『魔王』」

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