ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:8分

第十一章 師匠と弟子

師匠と弟子 1

 開いた目には、いつも通りの木の天井。  理沙(りさ)は何度か深呼吸をすると、静かに体を起こし、大きく伸びをした。  まずはカーテンを開け、顔を洗い、水分補給。いつものルーティーンだった。まだ5時になったばかりだが、夏の空はもう明るい。  涼しいうちにとせわしなく鳴くセミをあざ笑うかのように、今日も暑くなることを予想させる日差し。青い空には白い雲がぽっかりと浮かび――と、そこで彼女の思考が止まる。 「……?」  雲が、動いていた。雲が動くのはおかしくはないが、明らかにおかしい動きで揺れている。  目を()らすと、正体は白い鳥だった。それが、すごい勢いで飛んでいる。――どうやら、こっちに向かって。 「あれって――」  思わず口に出した時には、その鳥の姿は目前へと迫っていた。  ◇ 「結局、どうなったんだろうなぁ」  祥太郎(しょうたろう)がぽつりと言うと、本を読んでいたマリーが顔をあげた。 「さぁ……特に騒がれているということはない感じもするけれど。今のところは」 「ま、何かありゃ言ってくるだろ」  (さい)は、PCのモニターから目を離さないままで言う。先ほどから何か作業をしているようだった。 「昨日の件は、解決したよ。ひとまずは、だけどね」  ドアを開けて入ってきたのは、マスター。その言葉には、さすがに才も反応を見せる。 「マジで? 犯人も見つかったってことっすか?」 「まあ、そんなところだ。またタイミングを見て話すよ」  曖昧(あいまい)な返事ではあるが、今は突っ込んで聞かない方が良いということは皆、理解できた。  アパートの復旧もほぼ終わり、スタッフもそれぞれの持ち場へと戻っている。このミーティングルームの中にも、日常の雰囲気が帰って来ていた。  本来なら、遠子(とおこ)がお茶を振るまってくれたところだろうが、今は、各自が食堂から持ってきたドリンクが置かれている。  そして、足りない要素はもう一人。 「そういえば、理沙君はいないのだね」 「そうなんですよ。もう昼近いのに、理沙ちゃんが来ないのって珍しいですよね」  マスターの視線につられ、祥太郎も何気なく部屋の中を見た。  普段なら理沙は早朝に起きてトレーニングをし、朝食をとるとまずはミーティングルームに顔を出す。特に仕事がなければ別の場所に行くことはあっても、挨拶(あいさつ)にすら来ないというのは珍しかった。  マリーはスマホの画面を確認し、小さく首をかしげる。 「送ったメッセージも確認してないみたいだし、わたし、様子を見に行ってこようかしら」 「でもさ、理沙ちゃんだって、そういう時もあんじゃねーの? 昨日も大変だったしさ。急な用事でもあんのかもしんねーし」 「それは、そうだけど……」 「まー、そこらへんゆるいじゃん? この仕事。祥太郎なんて寝坊ばっかだからな」 「おい! 僕だってそんな――まあ、そういう時もそれなりにあるかもしれないけど……」 「おや、(うわさ)をすれば、かな」  その時、ドアの前で人が立ち止まる気配がした。しかし、何かをためらっているのか、中々入ってこようとはしない。  マリーが様子を見に行こうと立ち上がりかけた時、ようやくガチャリ、と扉が開く。 「すみません。あのぅ……」  その隙間(すきま)からは、青ざめた理沙の顔が、ゆっくりと出てきた。 「どうしたのリサ!? 体調でも悪いの?」  マリーを筆頭(ひっとう)に、皆から心配の目を向けられ、彼女は申し訳なさそうに手を振る。 「ううん、違うよ、そんなんじゃなくて、あたしは全然大丈夫なんだけど……ちょっと、皆さんにご相談したいことが」 「相談か、了解した。このままというのも何だし、とりあえず中に入ったらどうだろう?」  マスターが(うなが)しても、何故かドアに挟まったような状態のまま、動こうとしない。 「いえ……なるべくなら、このままご相談できたらいいなって思ったりなんかして」 「ちょっとリサ、本当に大丈夫なの?」 「テメエいいかげんにしろよコノヤロウ!」  そこで聞こえてきた言葉に皆、一瞬耳を疑った。  だが、もちろん理沙が発したものではない。 「おい、誰だそこにいんの?」 「いえいえ才さん、お気になさらず……」 「いやいや、気になるっつーの!」  言って才が思い切りドアを引くと、前のめりになった理沙に続き、白い物体が部屋へと入り込んでくる。  それは、一羽の白い鳥だった。 「サギ?」  長いくちばしに、すらりとした黒い脚。才の発した言葉に、サギは口をかぱっと開く。 「サギじゃワリィかよ、こちとらシロってナメェがあんだ。チャラ男のクセにケンカ売ってんのか?」  そこからだみ声で繰り出される悪言(あくげん)に皆、一瞬、思考が停止した。 「シロちゃんちょっと黙ろうか。あたしが皆さんと話すから、ね?」 「ああ? オレにダマレって? リサ、テメェもズイブンとエラクなったもんだよなァ?」  理沙があわててなだめるが、シロは態度を改めようとはしない。 「何なんだよ、この口の悪いサギは?」 「ウルセェぞチャラ男、そのカミのイロ、カッコいいと思ってんのか!? にあってねーぞバーカ!」 「何だとこの――」 「はっ、しけた部屋だぜ! ったく。ロクなヤツがイネェ。チャラ男と、若作りジジイと、ドレスのマセガキと、ジミ男――」  しかし禁句を口にしたことにより、祥太郎に問答無用でどこかへと飛ばされる。  部屋は急に静かになった。 「すみません……シロちゃんが迷惑かけちゃって」  ペコペコと頭を下げる理沙に、一同は顔を見合わせる。 「リサ、あの鳥は一体何なの?」 「何で出合い頭にジミ――あんなことを言われなきゃいけないんだ」 「本当にごめんなさい! シロちゃん、根は悪い子じゃないんですけど……」 「いや、理沙ちゃんのせいじゃないし、そんなに謝らなくても」 「……俺の髪の色、そんなに似合わねーかな?」 「リサが相談したいって言ってたのは、あの鳥のこと?」 「ううん、シロちゃんのことじゃなくて……」 「俺の髪の色」 「『風変わりな水槽(ストレンジ・アクアリウム)』!」  マリーの結界により才は静かになったが、理沙はそれでも、何かを言い出しづらそうにしている。 「シロ君は、もしかすると、雨稜(うりょう)さんの?」  マスターの言葉に、彼女はゆっくりと頷いた。 「はい、師匠の使役獣(しえきじゅう)です。あたしにメッセージを伝えに来てくれて。ご相談したかったのは、師匠のことなんです」  そこまで話してまた、視線をさまよわせる。皆が黙って続きを待ってくれていることで決心がついたのか、一度呼吸をしてから、はっきりと言葉を発した。 「実は、師匠が、このアパートに来たいって」 「えっ――え?」 「ん?」 「…………」 「ふむ」  言葉は違えど、微妙な反応を返す一同。 「あ――えっと、来たいっていうのは、住みたいとかじゃなくて、訪問したいってことです。この前アパートに被害が出たことをどこかで知ったみたいで、様子を見に来たいって」 「待ってリサ。それだけ?」 「えっ、うん」  どうも話がかみ合わない。マスターは少し考え、彼女に(たず)ねてみた。 「私としても一度お会いしてみたかったし、大歓迎だよ。何か、問題でもあるのだろうか」 「問題……というほどのことはないんですけど、あの、いきなりだとビックリしちゃうかなーとか。あたしも久々に会うってこともありますし。それでその、一応皆さんにもお話ししとかなきゃって。――あっ、あたし、シロちゃんを探しに行ってきますね!」  それからまた、そわそわとし出し、急いで部屋を出て行ってしまう。 「一体、何なのかしら」  その姿が見えなくなると、マリーがぽつりと言った。 「僕、あんな挙動不審(きょどうふしん)な理沙ちゃん、初めて見たよ」 「絶叫ヨガ以来じゃないだろうか」 「……マスター、意外と根に持つタイプなんですね」  祥太郎のツッコミは、聞こえないふりをされる。 「マスターも、リサのお師匠とは面識がないのですね」 「ああ、そうなんだよ。理沙君がここへ来た時に、手紙は頂いたのだが。普段は(いおり)からほとんど出ず、外界とのかかわりもあまりないようだと、理沙君も言っていた」 「引きこもりなのかー」 「まあ、高名な能力者にも、そういうタイプはよくいるね。……ところでマリー君、そろそろ才君の結界を解いてあげてくれないか」  頭の周囲に色鮮やかな泡を飛ばしまくっている才を見かね、マスターはため息をついた。マリーはうなずくと、取り出した扇を一振りする。 「あーっ! ようやく声が出せる! 息が出来る!」 「別に、呼吸は止まってないはずだけれど」 「気分の問題なの! つーか、気軽にポンポン俺に術かけるのやめてくれよ! ――それより、ウリョウだっけ? 理沙ちゃんの師匠、怪しくね? なんか理沙ちゃんもひどい目に()わされたとか、そんなんじゃねーのかな?」  早口でまくし立てる才に気圧(けお)されつつも、マリーは首をひねった。 「どうかしら。たまーにリサからお師匠の話が出るんだけれど、そんなにひどい人って印象はないのよね」 「手紙も簡潔ではあったが、理沙君を思いやる気持ちは伝わって来たよ。彼女の技術を見ても、丁寧に教えていたことが(うかが)える」 「じゃあ何で、あんな変な態度なんだよ。ぜってーおかしいだろ」 「それは、わたしもそう思うけれど……」  理沙の様子が変なのは確かだ。才の言葉に強く反論できるほどの根拠もない。  マリーが助けを求めるように視線を向けると、マスターは腕を組み、口を開いた。 「雨稜(うりょう)さんは人付き合いが得意ではないようだし、そういったことを理沙君は心配しているのかもしれないね」 「さっき、いきなりだとビックリしちゃうとか言ってたし、そんなとこなのかなぁ。……でも、理沙ちゃんの師匠って、どんな感じの人なんだろう」 「そりゃ偏屈(へんくつ)じじいだろ、やっぱ。仙人っぽい感じの」 「女の人かも知れないわよ? 意外と若かったりするのかも」  祥太郎の言葉を皮切りに、今度は理沙の師匠への興味が、皆の中へと(ふく)れ上がっていく。

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 浄玻璃の番人

    『善悪は水波の如し』

    0

    0


    2021年6月24日更新

    平穏な学校生活を送っていた高校2年生の山 牡丹(やま ぼたん)は、ある日同じクラスメートと事件に巻き込まれる。それは奇怪な事件だった。身に危険が及ぶなか、牡丹は自分が何者なのかを思い出す。今とそれほど変わらない時代。少し奇怪で、不気味で、あやしくて、得体の知れない、「それ」のお話。 ※一週間に一回のペースで、投稿していきたいと思います。 よろしくお願いします。

    読了目安時間:2分

    この作品を読む

  • 『孤独な――の終着点』

    好評だったら続き書きます

    0

    0


    2021年6月24日更新

    ――否、それは光ではなく斬撃。 ――否、それは救いではなく暗殺。 ――否、それは『主人公』(ヒーロー)でもなく、【最悪の悪役】だった。 好評だったら長編として息抜きで書きます

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:4分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る