ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:6分

第十章 嵐のあとに

嵐のあとに 1

 がらんとしたホールには、ちらほらと人の姿が見える。祥太郎(しょうたろう)はまだ眠気の取れない頭を振り、大きく伸びをした。 「あら、おはよう。よく眠れた?」  すると、近くにいた女性が笑顔で声をかけてくる。何度か挨拶(あいさつ)を交わしたくらいしか接点はなかったが、見覚えのあるスタッフだった。 「はい、おかげさまで……」  窓から差し込む光の色は、明らかに朝のものではない。スマホを確認すると、もう15時を過ぎていた。  戦いの後、この多目的ホールに転移したのは覚えている。安全が確保されたことを皆に告げ、少し休憩を勧められ――そのまま力尽きて眠ってしまったらしい。  昨日のことが急激に思い出され、軽さと重さが交じり合った複雑な気分で酔いそうになる。 「あの……みんなは?」 「アパートの様子を見に行ってる。これから復旧作業もしなきゃいけないからね。祥太郎くんはまだ寝ててもいいのよ。頑張ったんだから」  力強く語られる言葉に全力で甘えたいところだったが、そういう訳にもいかないだろう。自分だけいつまでも寝ていたことが、急に気恥しくなってきた。  祥太郎はもごもごと礼を言い、ひとまずアパートへと向かうことにする。 「あ、すみません」  アパートの近くへと降り立ったとたん、人とぶつかりそうになり、あわてて祥太郎は横へと避ける。入口から中を(のぞ)けば、皆忙しそうに動き回っていた。  あれだけのことがあっても気丈に建つアパートの姿には安心感があったが、少し顔を動かせば、崩れた壁や割れた窓、あちこちに散らばる瓦礫(がれき)が目に入る。今は、最低限の動線のみ確保し、他の作業を優先しているようだった。 「おー、ねぼすけ太郎、起きたか」  庭の片隅できょろきょろとしていると、背後から声がかかった。誰なのかは振り向かなくても分かる。 「そこは、誰がねぼすけ太郎だよ! ってツッコむトコだろ」 「いや、なんていうか……むしろごめん」  割と寝坊はよくあることだが、やはり少しばつが悪かった。 「いいんだよ、今朝まで大変だったしな。休みも必要だって」 「(さい)……」  大変だったのは、皆も同じはずだ。それでも先輩としての気づかいを見せる才が、とてもまぶしく見える。 「それに休養して力を(たくわ)えてもらわねーと困るし」 「ん?」 「瓦礫(がれき)ほとんど手をつけてねーから。お前に除去してもらおうと思って」 「ですよねー」  感動は即引っ込んだが、仕事があることは、かえってありがたい。祥太郎は早速、瓦礫を除去して回ることにした。  指定された送り先は、テストルーム。イメージもしやすかったし、状況を確認しながら転移させるにも良い場所だ。  アパートの中は嵐が駆け巡ったかのように荒れてはいたが、やはり場所によっても差はある。目につく大きな障害物はとにかく移動させ、後は気になった部屋を覗いたりしながら、ひたすらウロウロとした。 「ちょっとそこ、すみません」 「はい? ――うわっ、ビックリした」 「すみません……」 「いやいやすげーよ、ありがとう」  時々、落とし物を拾うかのような気軽さで瓦礫を消し去り、驚かれたりもする。 『祥太郎くんには、他の人が選びたいと思っても選べない道があるってことだから、よく考えたほうがいいわ』  ふと、ここへ来たばかりの頃に言われたことを思い出した。  最初は今までに経験したことのない状況に(ひる)んでしまったが、いつの間にかこのアパートでの生活、非日常のような日常にも慣れている。能力も以前よりずっと磨かれているのを自分でも感じていた。  それは不安の中、何度も背中を押してくれた柔らかな笑顔と、優しくも厳しい言葉があったからこそだと思う。 「あ」  いつもの習慣か、気がつけば祥太郎は、ミーティングルームの前にたどり着いていた。ドアや床には、掃除した痕跡(こんせき)がある。  少しためらいがちに扉を開くと、拡がっていく隙間から、床にモップ掛けをする後ろ姿が見えた。 「……理沙(りさ)ちゃん」 「あっ、祥太郎さん、お疲れ様です! よく眠れました?」 「うん、おかげさまで」 「部屋の中は大丈夫だったんですけど、いつも遠子(とおこ)さん、こうやって掃除してくれてたじゃないですか。遠子さんが帰ってくるまでの間、代わりにやらないとなーって思って!」 「うん。……そうだね」  いつも明るい彼女だが、それが空回りしてるように感じるのは、気のせいではないだろう。部屋の中に入れば、壁にもたれかかってスマホをいじっている才と、窓際で遠くを見るマリーの姿もある。  何となく(しゃべ)りづらい雰囲気の中、祥太郎もソファーへと腰かける。スマホを取り出し、あの日からログインしていないアプリを立ち上げてみた。あれだけ欲しかったユニットにも、特に興味は湧いてこない。 「……全然似てないな」  小さくつぶやいたとき、ガチャリ、とドアが開く音がした。  入ってきたのは、二十代後半くらいだろうか。少し癖のある黒髪を撫でつけた、知的な風貌(ふうぼう)の男性だった。彼はドアを閉め、迷いなく部屋の奥へと進んで来ると、軽くあたりを見回して言う。 「皆、(そろ)っているね。――祥太郎君は、瓦礫の撤去をありがとう。助かったよ」 「え? ……はい。どういたしまして」 「それで――」  そこで、何かに気づいたかのように口を閉じ、もう一度、皆へと視線を向けた。 「失礼、少しここで待機していて欲しい」  それから、急いでミーティングルームを出ていく。  再び閉まるドアをしばらく眺めてから、祥太郎は振り返った。 「今の誰? スタッフの人?」 「は? 俺、知らねーけど。祥太郎の知り合いじゃねーの?」 「何で僕の知り合いがわざわざここに来て、瓦礫の撤去に礼を言うんだよ」 「それもそっか。マリーちゃんは? 知ってる?」 「わたしも見たことない人だったわ。異能省(いのうしょう)の人かしら」 「そうかもなー。こんだけ大ごとになっちまった訳だし」 「でもさー、ここっていつの間にかスタッフ増えてるじゃん」 「増えてないわよ、ショータローが把握(はあく)してないだけで」 「あの人、どっかで見たことある気がするんだけどなぁ……」  会話が迷走する中、ぽつりとこぼれた理沙の言葉に注目が集まる。 「リサ、本当? どこで見たの?」 「うーん……どこだったかなぁ。それともあたしの勘違いなのかな。分かるような、分からないような……」 「はっきりしないのね」 「あれじゃね? 芸能人とか。スポーツ選手とか」 「たぶん、そういうのじゃない気がするんですよね。仕事先とか、出かけた時とかなのかも」 「仕事だったら、僕たちも見かけてそうだけどなぁ」  そうやって皆で頭を悩ませていると突然、外から大きな物音と悲鳴がした。  何事かと顔を見合わせている間に、扉がガチャンと開く。 「……ああ、大丈夫だから気にしないように」  外にいた誰かに向かって言いながら部屋へと入ってきたのは、話題の人物だった。  集まった視線に曖昧な笑みを浮かべる顔は、何故か赤く()れている。 「すまない。お待たせしたね」 「いえ……何かあったんですか?」  理沙が(たず)ねると、彼は「ちょっとね」とだけ言い、何やら資料らしきものに目を通し始めた。釈然(しゃくぜん)としない空気が流れる中、さらにまたドアが乱暴に開かれる。 「やあ、お揃いだね、諸君(しょくん)」  続いてやって来たのは、才の祖父――三剣源二(みつるぎげんじ)異種技能審議官(いしゅぎのうしんぎかん)だった。

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