ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:10分

第十九章 布石

布石 1

 どこかから軽やかな音が聞こえる。『コンダクター』の音だ、と少し経ってから理解が追いついてきた。 「……はい」  祥太郎(しょうたろう)は、まだぼんやりとした頭で応答をする。腕時計のような表面に、目を丸くしたエレナの顔が映し出された。 「おやおやショウタロウくん、まだお休み中だったかな? そろそろ出勤してくれると助かるのだが」 「はい……ええっ!?」  時間を確認すると、もう昼を過ぎていた。東京湾上空でのあれこれから一週間。しばらく待機を命じられ、最初のうちは気を張っていたが、何もない日が続いたためにすっかりだらけてしまったらしい。 「すいません、すぐ行きます!」  そう言うとあわててベッドから降りて支度をする。少し迷った後、ミーティングルームへと転移した。  景色は何の問題もなく変わる。エレナの微笑みに迎えられ、少しほっとした。部屋の中には、いつものメンバーが揃っている。 「お疲れ様。……うん、なかなか良いよ。能力も安定しているようだ。ゆっくり休んでもらった効果もあったね」 「すいません、遅くなって」 「ショータローが寝坊するなんて、いつものことじゃない。いちいち気にしてないわ」 「ぐぬぬっ……」  マリーの方は対照的に塩対応。今日は白のロングドレスを着ていた。フロックコートのエレナと並ぶと、結婚式場に迷い込んだかのような錯覚に陥ってしまう。 「はははははっ! 姫はなかなか辛辣だ」 「……笑いすぎよママ。とにかく始めましょ」 「そうだね。ではサイくん、よろしく頼む」  まだ笑いを噛み殺すようにしながら、エレナは壁際へと向かう。それから(さい)の操作によって白い壁に映し出された映像を指で示した。 「こちらを見て欲しい。ここ一週間ほどの『悪夢を招く者(ファントム・ブリンガー)』の反応をまとめたものだ」  薄く描かれているのは世界地図。その上には例の『オバケマーク』が表示されていた。赤とオレンジ以外の色はなかったが、それ以外に一目見てはっきりと分かる特徴がある。 「日本……っていうか、東京ばっかりですねー」 「そうだね、リサくん。まだ一週間ほどのデータだから数は少ないが、圧倒的に発生場所が東京に集中している。つまり――」 「『大干渉(だいかんしょう)』は、ここ東京を中心にして起こる可能性が高いってことかしら……?」 「姫、ご名答。さすが飲み込みが早いね」 「やっぱり当たっても全然嬉しくない内容ね……まぁ、場所を絞り込めるだけマシと言えるんでしょうけど。ママはあちらとこちらの世界を『ゲート』でつなぐつもりなんでしょう? 具体的には、どうやるの?」 「『ファントム』を利用する」 「『ファントム』を?」 「君たちの報告書、そしてトオコからの話を聞いて、私がそれまで漠然と思い描いていたものが形となった。君たちがここで遭遇した侵略者たちは、『ファントム』の痕跡をたどってこちらへとやって来ただろう? それと同じことをするんだ」 「また無茶なことを……」  マリーは大きくため息をつく。さらっと伝えられたが、そんなに簡単なことではないのは明らかだ。 「やって出来ないことはない、だろう? これだけ優秀な能力者たちが揃っているのだからさ」 「あまりママってそういう根性論は言わないと思ってたわ」 「好みでないのは確かだよ。しかし異能力の場合、意思の力が大きく影響するのもまた事実ではある」 「私も最初聞いた時は驚いたが、やってみる価値はあるんじゃないかな」  そこで、それまで黙って遠子(とおこ)の淹れた紅茶を飲んでいたマスターが口を挟む。 「無理に『ゲート』を開くということが可能であったとしても、そんなことをすればこちらはともかく、無防備なあちら側に甚大な被害が出る。事前に相談することもかなわないからね」 「ほら、『マスター・オブ・ゲートキーパー』のお墨付きだ」 「今回の作戦って、このメンバーだけってことはないですよね?」  祥太郎がふと疑問に思ったことを口にすると、エレナは逆に不思議そうな顔をした。 「協力も要請するが、中心となって動くのはこのメンバーだよ」 「ええっ!? たったこれだけでやるんですか!?」 「いやだなぁ。少数精鋭と言ってくれたまえよ」 「いやでも、世界の危機みたいな話ですよね!?」 「簡単に言うと、世界の危機は今この瞬間にも起きている」 「へっ!?」 「異世界との問題だけじゃないよ。この地球上には数多くの異能者が住んでいる。中にはもちろん、世界を滅ぼせるレベルの存在もね。だから皆、日頃からそれぞれの持ち場で奮闘しているんだ。私らは私らで精一杯やるだけさ」 「そんなもんなんですか……」 「祥太郎くんって不思議よね。右も左も分からない時にいきなりアルテス・ミラの住人と対決させられて難なく対処しちゃったり、ここまで来て急にあわてたり。肝が据わってるのか据わってないのか」  遠子はくすくすと笑う。言われてみれば世界の危機的な出来事はそれなりにあったような気もする。 「君はこの世界の危機のさなかに寝坊できるくらいだから大丈夫だよ、ショウタロウくん」 「先生、それはすみませんって……」 「――あっ! 俺いいこと思いついちまったかも!」  しどろもどろになる祥太郎の横で、才が唐突に声をあげた。それから床で一人で跳ねて遊んでいた棒人間(ぼうにんげん)をがしっとつかんでソファーの上に乗せる。 「この一見無茶な作戦。謎生物のコイツなら行けるんじゃねーか? チート級の能力を駆使して、あっちの世界とこっちの世界に無傷でゲートを開いちゃったりしてな」 「出来るっピよ?」  答えは、あっさりしたものだった。皆の視線が一斉に棒人間へと集まる。 「本当かい? ボウニンゲンくん! 私の案よりもずっとそちらの方が魅力的じゃないか! 君は素晴らしい才能の持ち主だな!」 「棒人間さんすごーい!」 「やっぱなー。さすが俺様の弟子だ!」 「ほんとチートだなー、棒人間。ソシャゲならインフレし過ぎって炎上するぞ」 「デュフフ、そんなにホメられるとテレるっピ! でもやっぱたくさんのエネルギーがいるから、しばらくヒキコモリエネルギーをためなきゃいけないっピ」 「そりゃ仕方ねーよな。大体どのくらいで溜まるんだ?」 「ししょーはリカイがあってエライっピ! えーっと、ひい、ふう……100年くらいあればヨユーだっピ!」 「うん、おまえ破門な!」 「ししょぉぉぉぉぉぉぉ!!!!??? なんでだっピー!!!!!!!!」 「それで、具体的にどうするかなのだが」  大げさに泣き崩れる棒人間は放置し、再び話が進められる。 「まず、こちら側からあちら側へ向かおうとする『ファントム』を見つけ出さなければならない。これがなかなか難儀だ。何せ本人にも自覚がなく、周囲にも力が漏れないような能力だからね」 「じゃあどうやって見つけ出せば……」 「そういう時は、予知能力者の出番じゃないかな?」 「えー? 才ですか?」 「えーとは何だ、俺様に失礼だぞ祥太郎」 「サイくんも良い能力者だよ。だがマスターとも相談した結果、私たちはゼロに協力を要請したいと考えている」 「ゼロ……って、有名な人なんですか? 先生」 「ああ、優秀な予知能力者だ。そして、サイくんの指導者(メンター)でもある」  祥太郎は才を見た。彼は少し複雑な表情を浮かべている。 「……エレナさん。あいつの居場所、知ってんの?」 「いいや、君に探してもらうつもりだよ。サイくん」 「へっ? ――そんなの無理無理! だってあれから何度試しても結局たどりつけなかったんだぜ? 俺の読みなんて秒で対策されるって」 「それでも君は、あのゼロの唯一の教え子で、友だちだった。少し考えてみてくれないか?」  マスターはそう言って手を軽くたたく。 「ひとまずミーティングは終わりにしよう。この後は自由行動で構わないが、何かあった時のために管轄区内からは出ないで欲しい」  ◇ 「ゼロと会ったのは、俺がガキん頃で……もう10年も前になんのかぁ」  ミーティングのあと、まだ食事をしていなかった祥太郎が食堂に向かうと、特に予定のなかった才とマリー、理沙(りさ)もついてきた。  しばらくは飲み食いをしながら他愛のない話をしていたが、誰に聞かれるでもなく、才はぽつりと話し始める。 「俺の能力は3、4歳ごろにはもう発露してたし、まぁ家の関係でコネもあったからさ、訓練も受けてそれなりに問題なくやってたんだよ。でもあるとき家にいんのがしんどくなってなぁ。家飛び出して、これからどうすっかって時に『視えた』んだ。でっけーカバンみたいなの持った変なガキが。それが、ゼロだった」  そこで彼はコーヒーを一口飲んだ。皆、黙って話の続きを待つ。 「自分と同い年くらいに見えたし、周りの景色も知ってる場所だったから興味をひかれたんだな。もしかしたら同じように家出したヤツなんじゃねーかと思ってさ。実際そこに行ったらかなりビビられたな。誰にも見つかったことなかったのにって。今思えば能力暴走気味だったとはいえ、あの時の俺は間違いなく天才だったな、うん。……そんでカバンの中があいつの住処になっててさ、一週間くれーかな? 厄介になったんだ。その時にちょっとばかりアドバイスもらった程度の関係だが、俺にとってはその後の能力の使い方を考える上で、デカい経験だった」 「暴走が起こらなくなったってこと?」  祥太郎が尋ねると、才は少し考えてからうなずいた。 「まー、それに近いかな。さっきのエレナさんの話じゃねーけど、やっぱ精神状態にも左右されるじゃん? だが自分の能力で人を傷つけたくねーとか、そういうのがブレーキになったりする。同じ未来が見えるんでも、俺の目は俺の目だ。俺が見るはずの未来しか見えない。けどあいつの目は、言ってみりゃ神の目だ。空でも、海でも、狭い場所でも『視る』ことが出来る。情報量が桁違いなんだ。あいつは桁違いの最悪を見て、その中から最良を探し出すのに疲れ果てて、引きこもっちまった。本当の名前や歳も分かんねーけど、見た目おなじくらいのガキが苦しんでるのを見るのはキツイもんがあったな。だから俺は、『あえて視ない』という大事さを胸に刻み込まされた」 「力の強い能力者の中には他人との接触を避けて生活してる人も多いけど、予知能力者はそれが顕著だって聞いたことがあるわ。未来が見えてしまうというのも大変なのね」  マリーの遠縁にあたる予知能力者も人里離れて暮らしていた。人の多い場所にいると勝手に情報が流れ込んできて、心の休まる時がないのだという。 「ゼロのとこにも色んなやつが訪ねてこようとするらしい。でもあいつは全部先回りして、居場所を変えてやり過ごしてる。今回だって普通に見つけようとしても会えねーだろうな。……あそこを出る時、あいつ言ったんだ。またここに来れたら相手してやるって。けどその後、何度試しても、たどり着けなかった。ふと思っちまうんだ。あいつはあんなこと言ってたが、本当は来て欲しくないんじゃねーかなって」 「来てほしくないなら、わざわざそんなこと言わないんじゃないですかねー」  それまで黙ってアイスを食べながら聞いていた理沙が、また新たに注文したケーキをほおばりながら言う。 「うちの師匠も人嫌いというか人見知りですけど、会いたくない人からはどんな手を使ってでも逃げてますよ? 社交辞令も言わないです。本気にされたら困るからって」 「そうよ、いつも妙なところ自信家で押しの強いサイらしくもない。探し当てる自信がないなら断れば? わたしにはそう聞こえるわ」 「きびしーな、マリーちゃんは」 「でもさ、先生が頼むって言うんだから、それだけ才の能力とか、ゼロって人との関係とか、そういうの信頼してるってことなんじゃないの?」  祥太郎がのんびりと付け加えると、マリーは力強く何度もうなずいた。 「そうそう、ママの目は確かなんだから!」 「うぉぉ、エレナファンが二人に増えててこえぇ」  才は言葉とは裏腹に、ようやく笑顔を見せる。 「でもそうだな、いっちょやってみっか! 早速プラン立ててくるからみんなも楽しみにしてろよな!」  それから残りのコーヒーを一気に飲み干し、勢いよく立ちあがると、そのまま食堂を後にした。

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