ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:6分

悪夢を招く者 8

「サイ、こんな時に何を言い出すのよ!?」 「まーまーマリーちゃん。別にネタとかで言ってるわけじゃねーから」  信じられない、という顔の前で(さい)は人差し指を振り、自信に満ちた笑みを見せる。 「いいか? マリーちゃんが棒人間(ぼうにんげん)になった時のこと、思い出してみてくれよ」 「イヤよ。あの時のことは記憶からきれいさっぱり消したから」 「…………いや、えーっと……と、とにかくだな、お前は分裂しても、それぞれが意思疎通(いしそつう)できるんだよな?」 「全部ボクなんだっピ。当然っピ」 「なら棒人間Aが偵察(ていさつ)に行って、棒人間Bがこっちで状況を報告するってことも出来るだろ? 少なくともこの中で誰よりもアパート内の設備に詳しい俺が棒人間になれば、いちいち指示出すよりもスムーズだ」 「なるほどー。そういえばマリーの時も、すごい連携プレイだったもんな」 「だろだろ? やっぱ俺様、天才」 「さっすが師匠なんだっピ! これは……ボクと師匠が混ざり合って、初めての共同作業なんだっピ……!」 「気色悪い言い方すんな! ――やっぱやめよかな」  嬉しそうな棒人間と対照的に、急激にやる気をなくしていく才を、祥太郎(しょうたろう)は羽交い絞めにした。 「さぁ棒人間、ひと思いにやってしまえ」 「やめろ祥太郎! まだ心の準備が!」 「今、非常事態だから! そんなこと言ってる場合じゃないから! 才一人の犠牲で済むなら安いもんだろ?」 「安くねーよ! つーか犠牲とか縁起でもないこと言うんじゃねー!」 「お前が言いだしたんだろ! 覚悟を決めろよ!」 「だから離せって祥太郎! 棒人間、お前もやる気出してんじゃねー! ストップストップ!」 「もうとにかく、いくっピよ~!」  棒人間が勢いをつけてダッシュする。祥太郎は暴れる才を突き飛ばすようにしてその場を離れた。  ――激突。  もくもくと白い煙が立ち上る。それが晴れた後には、棒人間が()()、もつれるようにして床へと転がっていた。 「おー、成功したか! 見事な棒人間だ」 「くっそ、やられた……!」 「わーい! 師匠のカンカクが、手に取るようにわかるっピ! デュフフ」 「だからそういう気色悪いことを言うなと……」  才はぶつくさと言いながらも、ひとまず立ちあがる。それから腕や足をぐるぐると回したり、軽く飛び跳ねたりしてみる。 「軽いなー、体。あとやっぱ視点が低い。それ以外は割と普通だな」 「快適なボクの体のミリョクに気づいちゃったっピ?」 「ないない、魅力はない」 「ついでにボクも分裂しておくっピ! その方が便利なんだっピ。ひとりが師匠と一緒に行って、ひとりがここでお留守番っピ」  言うが早いか、にゅにゅにゅーんと棒人間はもう一人増えた。 「わたしはマリー人間の女の子わたしはマリー人間の女の子わたしはマリー人間の女の子わたしはマリー人間の女の子……」 「あ。マリーがショックのあまり自己暗示かけてる」 「マリーちゃん、しっかりして!」 「じゃ、じゃあ行くか、棒人間」 「ラ、ラジャーだっピ、師匠」  こうして何の緊張感もないまま、責任重大の作戦は始まる。  ◇  目蓋(まぶた)があがる直前、思いとどまった。目を閉じたままで周囲に意識を()らす。誰もいないようだ。  ようやく薄く目を開ければ、見慣れない部屋。  ただ、少し記憶をたどれば答えは見つかる。普段はあまり使われていないはずだが、コントロールルームの一角だ。やや暗めに設定された照明の中で、棚と中身の分からない箱がひしめき合っているのが見える。  その棚の一つに、遠子(とおこ)は拘束されていた。 「――っ!」  軽く動かしただけで、後ろに縛られた手首に重い痛みが走り、思わずあげそうになった声を飲み込む。  力が上手く入らないことから、能力者を捕縛(ほばく)するための特殊な道具が使われているのだということが分かった。このアパートの備品には痛みを与える機能はなかったはずだが、何か手を加えたのかもしれない。増報装置(アンプリファイア・システム)のように。  あの音楽はここでも聞こえ続けている。無論、薬は飲んでいるが、どこに目があるか分からないため、大掛かりな調合は行えなかった。力をやわらげるので精一杯。このまま聞かされ続ければ、持たないかもしれない。  幸い、捕まる前に仲間へと接触することは出来た。あとは棒人間が上手くやってくれることを祈るばかり。  ――そこまで考えた時、唐突(とうとつ)に気配を感じた。 「気分はどうだい。遠子さん」  部屋の外――と思ったが、すでに目の前にいる。距離感が上手くつかめない。襲われた時もそうだった。先ほどまで閉まっていたはずのドアは、少しだけ開いている。 「……それが、あまり良くなくて。これ、(ほど)いてくれないかしら?」 「それは出来ない相談だ」 「でしょうね」  肩をすくめながら言う相手に、苦笑いを返す。  ジュノと呼ばれていた男――のはずだ。特徴のあまり感じられない顔の輪郭(りんかく)がぼやける。まるで作りが荒い映像を見ているかのような気分だった。それは、薬で音楽の魔力が中和されているせいなのかもしれない。 「皆は、どうしてるの?」  少し迷ったが聞いてみる。男の表情は変わらなかった。それから、ゆっくりと近づいてくる。 「さて、どうしてるんだろう? 赤根遠子(あかねとおこ)さんこそ、知ってるんじゃないかな?」  鼻先が触れそうなほどの距離の中、男の目が、あやしく光った。 「ほら、ぼくには見えるよ」  はったりだ。瞬時に悟った。遠子の心は動かない。 「……流石にガードが固いね。残念」  ジュノは軽く跳躍(ちょうやく)するようにし、後ろへと下がった。 「遠子さん、とっても優秀なんだね。ぼくたちの術を中和する薬品をとっさに用意するなんて」  また男の目があやしく光った気がした。だが遠子は何食わぬ顔で、言葉を返す。 「お()めいただき、光栄だわ」 「でもその効果もずっとは持たないだろう? 時間の問題だね。ほら、よく聞いてみて。いい曲だと思わないかい?」 「私、別の曲も聞きたいんだけどな。最近お気に入りのアイドルがいてね。市原(いちはら)あまなちゃんっていうの。かわいいのよ」 「へぇ」  ジュノは興味なさげに、声を漏らした。あたりを少し見回し、それからもう一度遠子をじっと見つめる。 「もっと仲良くなれた時に、色んな曲をかけてあげるよ。元より手荒な真似はあまりしたくないんだ。出来るだけ穏便(おんびん)に、ぼくたちのことを受け入れて欲しいからさ」 「その人の意思を無視して操って、支配しようとすることは『穏便』とも『仲良し』とも言わないのよ。ご存じないかしら?」 「そこは価値観の相違(そうい)ってことで一つ。――そろそろ行かないと。やらなきゃいけないことは山積みなんだ。このアパート、思ったより人がいないしさ」 「だって弱小アパートだもの」  その言い方が面白かったのか、男は先ほどよりも大きく笑った。 「試作型アパート(プロトタイプ)なんだって? ここ。でもよく出来てるよね」 「才能豊かな建築家が作ったんですもの」 「三剣源二(みつるぎげんじ)さん。才くんのお祖父さんだね。状況が落ち着いたら招待しないと。彼とも仲良くなりたいし」  男は満足げに何度かうなずくと、遠子へと背を向ける。 「良かったよ。最初にこのアパートへとたどり着けて。ここよりもっとステキな場所が各地にあるなんて、本当に楽しみだ」  気づけば、その姿は消えていた。もう気配も感じられない。  遠子は小さく息をつくと、注意深く周囲を見回す。ドアはピタリと閉じられていた。  人の形をとってはいるが、そういう風に見せられているだけなのかもしれない。鳴り続ける音楽を消すことが出来れば、本当の姿が分かるのだろうか。  マスターは侵略者たちと一緒にいるのだろう。恐らく、祥太郎たちは捕まってはいない。  あちらにもそれほどの猶予(ゆうよ)はないはずだ。回りくどい方法で周囲を支配し、取り込んでいるのは、力押しが出来ないから。長引けば、外部の者に気づかれる可能性が高まる。ならばどうするか。簡単なことだ。気づかれても問題ない状態まで()()()()()いい。  けれども、と遠子は思う。()()()()()は、まだ訪れていない。  ――『切り札』は、こちらの手の内にある。

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