ゲートキーパーズ・アパート ~異界対策部のお仕事~

読了目安時間:6分

第七章 そこそこのチカラ

そこそこのチカラ 1

 やわらかで心地よい感触。まだ夢の中にいるかのような意識の中、ぼんやりと向けた瞳の先には、それがあった。  二つの美しいふくらみ。それを覆うカラフルな布地は、朝日を(つや)やかに弾き返す。  視線は一旦下がり、同じくひらひらと鮮やかな布地の上の(まる)(くぼ)みへとたどり着いた。それから曲線に彩られた谷間をゆっくりと戻った先には、きょとんとした愛らしい顔。  その顔が、まぶしい笑みを見せた。 「あまな……ちゃん……?」  思わずつぶやく。彼女はそれを聞き、不思議そうに首をかしげた。  まだ、もやが掛かったような頭であたりを見回してみる。見慣れた部屋に間違いない。横たわる体にかかる布団の感触も、肉感的な重みも、現実としか思えなかった。  ゆっくりと、手を伸ばす。恐る恐る触れた細い指の先が泡のように消えてしまうことはなく、無邪気な仕草でこちらの手をぎゅっと握りかえされる。 「夢、じゃない……?」  勢いよく体を起こすと彼女がよろけた。ベッドから落ちないように、思わず肩を両手でささえる。  ――どくん、と心臓が跳ね上がった。 「いや、まさか――やっぱり、夢だよな。水着姿のあまなちゃんが俺の部屋なんかに居るわけないし、こ、こんなはっきりした感触があるが夢に違いない。だだから何をしてもきっと――」  そのまま静かに顔を近づけた。彼女はやはり不思議そうな顔をしているものの、逃げることはしない。唾を飲み込み、距離をさらに縮めていく。  ――その時、かすかな違和感をおぼえた。  彼女の顔色が変わっていく。  青ざめ――いや、黒ずんでいくかのように見える。  しかし表情は変わらない。あくまで不思議そうな顔で、首をかしげる。 「――ひっ」  小さな声が口から出た。しかし目の前の女は、また首をかしげながら近づいてくる。  その瞬間、ごそっと(ほほ)の肉が()げ落ちた。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」  ◇  悲鳴が、『アパート』の一角に響く。寝ぼけた顔で歯を磨いていた祥太郎(しょうたろう)は、思わず口から泡を噴き出した。 「にゅあんだ今の悲鳴!? (さい)の部屋からか!? まあいいか。――いや、やっぱ良くないか」  とりあえず何度かうがいをし、飛び散った泡をタオルで拭いてから外へと出る。 「おい才、どうした?」  才の部屋の前まで行き、ドアをどんどんと叩いてみるが、反応はない。どうするべきか少しだけ迷いはしたが、とにかく中へと入ってみることにした。意識を額のあたりへと集めれば、硬いドアは溶けるようにして消え、次の瞬間にはダークブルーを基調とした部屋の中へと移動している。 「おーい」  呼びかけてみるが反応はない。よく整理されたリビングには誰の姿もなかった。こみあげてきた緊張感の中、今度は足を忍ばせながらキッチンを覗き、寝室へと向かう。そこのドアは、少しだけ開いていた。  そっと、中の様子を(うかが)う。カーテンの隙間(すきま)から差し込む光の中、ベッドの上では才ともつれ合う棒人間の姿。 「お、お前、まさか棒人間にまで手を出すなんて――!」  つい大きくなった祥太郎の声に、返ってきたのは意味不明な言葉だった。 「ああああま、あままま」 「あまあま?」 「あままま、あまなちゃんが棒人間に……」  そして才は、それきり動かなくなる。  ◇ 「特に体に異常は見られない。何か脳が逃避(とうひ)したくなるような出来事にあったのだろう。放っておけば回復すると思われる」  ドクターは巨大な虫眼鏡をしまうと、白衣をがしゃがしゃといわせながらドアの方へと向かう。  医務室には、いつものメンバーが集まっていた。白いベッドに横たわる才は、苦悶(くもん)の表情を浮かべたままで寝ている。 「師匠……師匠は、大丈夫なんだっピ?」 「さっきドクターが大丈夫って言ってただろ? あの人ちょっとアレだけど、腕は確かみたいだし」 「アレとはどういう意味だね、転移少年」 「うわっ、ドクターまだいたんですか!?」 「別に私はどこへも出ていないぞ。観葉植物に水を与えに向かっただけだ。さあ、アレとはどういう意味なのか、具体的に言ってみたまえ」 「い、いやそれは……」 「ところで棒人間ちゃん。棒人間ちゃんは、本当に才くんに襲われたのかしら?」  言葉に詰まる祥太郎を助けたのは、遠子(とおこ)ののんびりとした声だった。 「なんで師匠がボクを襲うっピ?」 「じゃあ、お前が才を襲ったのか?」  すかさず祥太郎も話の輪へと加わる。その言葉にも、棒人間は首をかしげた。 「そんなことしないっピよ」 「なら一体、何があったんだよ?」  棒人間は、今度は少し考えるようにしてから、言葉を続ける。 「この前、ドクターがぶん投げた武器が当たった後、ボクは意識がモウロウとしながら、アパート内をさまよったっピ」 「ああ、そういやそんなことあったなぁ」 「あれは武器ではない。注射器だ」 「ドクター、棒人間さんのアフターケア、一切しなかったんですね……」 「まあ、わたしたちもリドレーフェたちのことで手一杯で、すっかり忘れてたけれどもね」 「――とにかく、いつの間にか師匠の部屋までたどり着いたっピ。それで、ヒトを見たんだっピ。そしたら体が熱くなって、こう、にゅいーんぼいーんと伸びて広がる感じがしたっピ」 「人って……他にも誰かいたのか?」 「ううん、誰もいないっピ。でもヒトは見たっピ」 「誰もいないのに……? ――わかった、TVとか本とか、ポスターとかじゃない?」 「なるほどー、そういえば……」  遠子の言葉を聞き、祥太郎は、気を失う前に言った才の言葉を思い出す。 「あまなちゃん……もしかすると、市原(いちはら)あまなかな?」  それからすぐにスマホを取り出し、画面を皆の方へと向けた。そこには水着姿で微笑むアイドルの画像が表示されている。 「ほら棒人間。こんなヒトだったか?」 「それっピ! そのヒトを見たっピ!」 「市原あまな……わたしは聞いたことないけど、有名なの?」 「あたしも芸能人とかよく知らないからなぁ」 「私、もしかしたら見たことあるかも。ドゥン、ドゥンドゥドゥドゥン♪ っていうCMに出てる子じゃない?」 「そうそうそれ! ほら、そこそこ可愛いだろ。歌も演技もやる気もそこそこ、そこそこアイドルの市原あまな。僕もそこそこ好き」 「それを売りにしてやっていけるのね……」  呆れたように言うマリーに、祥太郎の声は熱を帯びる。 「違うんだよ、市原あまなの凄いところはさ、ビジネスそこそこじゃないところなんだよな。本気のそこそこだから。その絶妙なバランスなんだよ」 「全く褒めてるように聞こえないんだけど」 「だからー、なんか親近感湧くじゃんか、そこそこだと。そこがいいの!」 「とりあえずショータローは、そこそこじゃなくて、かなり好きってことだけは伝わってきたわ」 「それで?」  話が進まないので遠子が(うなが)せば、棒人間は続ける。 「師匠に相談しようと思ったんだけど寝てたから、ボクは師匠が起きるまで待ってたっピ」 「話から察するに、サイにはボーニンゲンがアマナに見えたってことでしょうね」 「成る程。恐らく薬剤が棒人間の体に何らかの影響を及ぼしたんだろう。よし、早速検証してみよう」 「へ? っピ」  急に話に割って入ったかと思うと、ドクターは白衣の背中から注射器を颯爽(さっそう)と引き抜き、構えた。 「や、やめるっピ! 暴力反対っピ!」 「医学の発展のためだ。やむを得ん」 「やめてぇぇぇぇぇっピ!!!!」 「ドクター見てると、医学ってなんなんだろうって気がしてきます」  理沙(りさ)が医務室を駆け回る二人を見て、ぽつりと言ったその時だった。  『コンダクター』が鳴り、それからマスターの声が響く。 『祥太郎君、理沙君、マリー君。至急ミーティングルームまで来てくれ』

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