gift-乙-

読了目安時間:5分

其の六

 翌日、最終的な内装のセッティングを行うため、家の近い蟲喰は早朝から、静寂の広がる館内で孤独に作業に努めていた。館長である尊氏はと言うと、仕入れ先の花屋に用事があるとか、今は留守にしている。  寂しさを覚えながらも、ボーナスを貰えるということで、心なしか気分は弾んでいる。  開館はいつも通り午前十時からだ。梅雨の時期で出かけるのも億劫になるとはいえ、徒然で行われる季節限定の催しは人気があった。去年も同じように開催し、大盛況であったと瑞丽は聞いていた。  手を休めることなく広い館内を見回り、微調整を施していく。現在の時刻は八時を回ったところだ。あと三十分もすれば、皆出勤してくるだろう。  今日はイベント開催初日の土曜日というわけで、全員出勤となっている。  強制というわけではないが、基本的に用事がなければ、イベント中の土曜、日曜、祝日は出勤しなければならない。  見回りも最終チェックを終えた蟲喰。残るは電子板に書かれた消耗品などの買い出し。  今回はラッピング用雑貨と、イベント用に紫陽花の刺繍が入ったブラウス。  これらはすでに発注したものなので、買い出しというよりは引き取りに行く、と言ったほうがいいかもしれない。  徒然(ここ)は鞍馬山の麓付近にあるため、大きなショッピングモールなどは一切ない。あるのは観光客のための商店や飲食店。昔ながらの家屋が建ち並び、まるで一昔前の過去にトリップした気分にさせてくれる。  梅雨の時期は一気に客足が減ってしまうのだが、それでも賑わいを見せている。  現在は早朝ということもあり、辺りはまだ静かだ。  城下町のような下道を抜けて、この町唯一の駅である鞍馬駅近くまで徒歩で降る。  そこに小さな卸売業を営む商店がある。店主は白髪の年老いた男だ。彼の活発な言動は、喜寿を超えているとは思えないくらいだ。  無茶なことをしでかすたびに、町の住人からは毎回のように心配され、こっ酷く叱られている。しかしそれも杞憂に終わっていることは事実で、彼は一切聞く耳を持たない。 「蜂珱(ほうえい)じぃちゃん、いる?」 「おお、きたか(わっぱ)。ほれ、そこの台に置いとるぞ」 「うん、ありがと」 「なんや、えらい気落ちしとるようじゃの。もしかしてバレたんか」 「なんでわかるの......」  蜂珱には見透かされていた。蟲喰のちょっとした、負の雰囲気から感じ取ったのだろう。  初めからそうだった。最初にここへ買い出しに来た日、蜂珱は蟲喰を先祖返りだと見破った。  けれどその時の彼女は焦燥も動揺も感じてはいなかった。それよりも安堵を覚えた。不安定であった蟲喰の精神は安定を取り戻したのだ。それが何故なのか、定かではない。深く気にしようともしなかった。 「さぁな、童が分かりやすいからじゃなかろうかのう」  蟲喰の言葉にクツクツと笑いを立てて答えると、店の奥へ姿を消した。そしてすぐに、また表へと顔を出す。蜂珱のその大きく、少しばかり(しわが)れ老いた手には、年季の入った古い円形の箱が収まっていた。  蟲喰は不思議とその箱に惹かれた。気になって仕方がないとでも言いたげに、それを喰い入るるようにそれを見つめた。  上質な和紙でできた箱ではあるが、既に色褪せてしまい、結んである赤黒く変色したリボンは、今にも簡単に千切れてしまいそだ。 「それは……?」 「気になるようじゃのう」  広島に生まれ育ったという蜂珱は、京都の方言とはまた違ったイントネーションで言葉を発し、蟲喰の方を静かにその漆黒の目で見た。彼はゆっくりと蝶結びの紐を解き、箱を開けた。  その中に収まっていたのは箱と同じ形をし、様々な蟲が美しく彫刻された珍しい和櫛。上質な素材で作られていることは、蟲喰の素人目で見ても間違いはないだろう。  そしてこの櫛はただ髪を解くだけのものでもないような、そんな気もしていた。 「気づいとるようじゃのぉ。この櫛はな代々儂(わし)の家系に伝わる櫛でな。童、お前が持っているといい」  そう言って箱の中の櫛を取り出し蟲喰の手に乗せた。 「え、なんで……」 「魔除けみたいなもんじゃ、童はかなり弱虫の臆病者じゃけぇのぉ……童、自身が蝕まれぬ可能性も無きにしも非ずじゃ。虫だけになぁ」  蜂珱はフッとほくそ笑んだ。がすぐに肩を震わせ普通に笑い出した。どうやら己の放ったジョークが思ったよりツボにハマったらしい。 「自分で上手いこと言って笑うのはいいけど、笑いすぎ」  呆れたように蜂珱を睨む。 「……ふっ、ククッ……ハッハッハッ、ガハッ、ん゛んんっ」 「ほら年寄りなんだから、言わんこっちゃない」 「なんじゃと、儂はまだ七十だ、童に心配される筋合いはないわ」 「誰も心配してない」 「ふん、じゃがのう童、お前の心は不安定すぎる」  蜂珱の言うことにも一理ある。  否、それは事実で的確で、図星だった。  弱虫な臆病者。この言葉は自分のために作られたのではないか、と思うくらいには認めざるを得ない。 「わかった、ありがとじいちゃん」  蟲喰は素直にそれを受け取った。 「お前が優しい童であることも事実じゃ。あまり気負うようなことはするな。もっと楽に生きりゃあいいんじゃ」  蟲喰の背中に向けて蜂珱は苦虫を潰したように呟く。もちろん彼女には聞こえていなかった。  蜂珱の家を後にし緩やかな坂を登り店の方へ向かう帰路で、懐に大事に仕舞った櫛に手を当てる。  不思議な力があるとは思っていたし、蜂珱が言うように魔除けするものだとも言っていた。それのせいか何故だか心が落ち着く。梅雨の雨の湿気で湿っぽい空気だが、ぽかぽかとした優しく暖かい陽だまりが、蟲喰の身体を包んでいるかのようだった。  足取りはいつもより軽快であったが、ふと背後に感じた鋭く重圧のある憎悪。しかし慈愛にも似た其の視線に歩は自然と止まる。 「ばみだ」  突然背後からかけられたか細い声。バッと思い切り振り向けばそこにいたのは、重たげな目蓋に朧げな目元、髪も肌も全身真っ白な少女、九頭竜伽螺舍(くずりゅうがらしゃ)がいた。  彼女もまた徒然の、一従業員だ。  その姿を見た瞬間、背筋のゾッとするような、鬼胎を抱くような視線は消えていた。蟲喰が安堵のため息を吐けば、伽螺舍は不思議そうに顔を覗き込んできた。 「ん? おはよう?」 「あ、うん、おはよう」 「どうした、変な顔」  先ほどからピクリとも表情を変えずに問うてくる。特になにもないことを告げると、伽螺舍はあっさり引き下がる。  蟲喰も気のせいだったと思い込んだ。自分が臆病だからと。周囲の気配にに敏感になりすぎているのだと。 「行こう」と伽螺舍の掛け声に頷いて再び歩みを進めた。

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