生徒による生徒のための生徒会

#5

「それじゃ、がんばろう。さっき説明した通りだけど、分からないことがあったらいつでも聞いて」  榎田先輩は自席へと戻った。こう言われたら後はやるしかなく、なくなく席に着いた。  榎田先輩の言葉を最後に生徒会室は沈黙に包まれた。  俺の知っている生徒会とは違う。普通の生徒会はこんなものなのだろうか。俺の居た生徒会はこういう……なんともいえない張りつめた空気と違って、良くも悪くもざわつきが絶えなかった。  さっき渡された資料に軽く目を通す。  新人戦、国体、インターハイといった名前が出てくるが、各部活に応じて大会名が違っていた。  こんなに部活あるんだな。さすが、勉強だけでなく部活も力入れてるって謳ってるだけはあるな。  ページをめくった。  思わず目がとまった。  陸上部――――。  あぁ……もうそんな時期か。インハイが近いのか。  一度資料をパタンと閉じて気持ちをリセットする。  そして、もう一度開けた。今度は仕事をするために一ページ目を。  ポチポチとパソコンに数字を打ってはときおり資料をめくる。こういう単純作業も悪くないな。嫌いじゃない。何も考えなくて済む。  しかし、その静寂は静寂を創り出した人間によって破られてしまった。 「真条、サッカー部のデータが消えてるんだけど」 「え、おかしいですね。私きちんとデータ入力したのですけど」 「いや、だから、入力されてないから言ってるんだけど」  語気に力がこもる。 「そうですよね......念のために印刷したものを確認しますね」  資料が置いてある棚をガサゴソと触り始めた。 「このファイルの中にあるはずですが......」  あったと小さく言う真条先輩。  ページがめくれる音。 「あれ?なくなってる?一昨日ここにしまったのですが............私、もう一度サッカー部に確認しに行ってきます」  小走りで出て行った。  それを見るや否や。 「妙定院、ここ間違えてないか?」 「え、すみません……あ、でもここの場所は会長がこれでいいって」 「いいから直して」 「……はい……分かりました」  紅葉は小さな声で返事して席へと戻った。    ピリついてるなー。よっぽど近々になんかあんのか?  そんな空気の読めないこととはさすがに聞かない。そもそも助っ人呼んでる状況だからな。  これ以降、特に目立ったやりとりはなかった。 「東山君、もう遅いし、帰っていいよ」 「あ、いいんですか?」 「うん。いいよ。生徒会役員でもないのにこんなに遅くまで残ってもらってごめんね。」  窓の外を見た。  すでに真っ暗だった。 「いえいえ、榎田先輩達は?」  真条先輩は帰ってきていないが。それにしても時間かかりすぎな気もする。 「俺はまだ残るよ。妙定院は? 残る?」 「え、あ、はい……まだ途中なので……」  紅葉は声をかけられると思ってなかったのか、挙動不審だった。 「それで明日は何時からですか?」 「放課後から」 「了解です」 「お疲れ様です」と言って生徒会室を後にした。  廊下は真っ暗だった。  やっと終わった~。  帰れる。帰れる。帰る。  階段を一段飛ばしで降り、急ぎ足で昇降口へと向かおうとした。  しかし、一階まで降りたところで余計な面倒事を思い出した。 「あ、職員室に来いって言われてたっけな?」  職員室は二階にある。なんで二階にあるかは知らないが、学校に慣れ始めた高校二年生が調子にのらないように、いわば、監視のためだろうと予想している。高校一年は入学したてで慣れるまで時間かかるし、三年は三年で大学受験でピリピリするから学校が荒れることはない。いや、三年の受験の緊張感で荒れるって可能性はあると思うのだけど。  とは言え、この場合は一階まで降りてしまったってのが問題だ。  二階で気づいてたら、行くしかないと諦めて職員室に向かうだろう。しかし、一階まで降りてしまった。一階で気づいてしまった。  このまま忘れていた体で帰るのか、それとも二階までもう一度階段を上がって職員室に行くのか。どちらが良い選択肢だろうか?  また二階まで階段を上るのも気が引ける。疲れた。早く帰りたい。だからといって、すっぽかして帰ると明日担任にキレられるかも知れないリスクがある。ほぼ確実に捕まる。  こんなことを考えながらも、スタスタと足を止めず一直線に向かった。  答えは決まっている。  目的地である下駄箱に着くと靴を履き替えた。  そもそもあの担任もこんな時間までいないだろう。仮に職員室まで行って担任がいなかったときのリスクを考えてみろ。絶対ムカつく。  それに時刻は八時回ってんだぞ。下校時間過ぎてるんだぞ。下校時間はきちんと守らないといけない。これは労働基準法と同じで守らないといけない規則だ。  社会人が働き過ぎるのも良くないのと同じように生徒を拘束しすぎるのも良くない。授業はきちんと出席しているのだから。きちんと受けているかは置いておいて。  この選択肢は間違っていない。  たとえ、都合の良い解釈では?とか自分勝手だ!とか確証バイヤスだ!とか言われてたとしてもこの選択は正しいはずだ。  見つからないため……いや、校長の名の下に、校則をきちんとまもるためにもここは素早く帰るべしと早足で校門へ向かった。校長の名前知らないけど。 「あれ?東山君?」  立ち止まった。 「…………」  ゆっくりと振り返った。 「帰りよね? 遅くまでつきあわせてごめんね。今日は全然そばにいてあげられなくてごめんね?何か問題とかなかった?」 「……い、いえ、大丈夫でしたよ。特に何も問題なく順調に進みましたけど、残りは明日します」 「あら、本当にありがとうね。放課後、生徒会室で待ってるわ」 「分かりました。それでは……」 「あ、まだあの二人いる?」  まだ終わらないみたいだ。 「もう少し作業進めてから帰るって言ってました」 「そう……、ありがとう。引き留めたりしてごめんね」 「大丈夫ですよ」 「それじゃ、気をつけてね」 「はい。会長も気をつけてください」  何か日本語がおかしくなった気がしたが、気にしない。  踵を返した。  一歩踏み出して――。    俺は思い、踏み、留まった。刹那の間、考えた。    振り向いて俺は言う。 「会長」 「はい? どうかしたの?」と真条先輩は振り向いた。小首をかしげて優しく微笑んでんでいる。 「お勤めご苦労さまです。無理しないでください。それでは、失礼します」  それだけ言い残して俺は歩き出した。  あれは、どう見ても無理してるな。  疲れを隠し切れてない。  目が、瞼が、そう語っていた。  無理して声かけたのもわかった。いきなり、知らない環境に入った下級生を普通はそうそう放置しない。放置するのは無神経な奴かよっぽど忙しいかのどちらかだろう。  俺が生徒会長だったら、多少忙しくてもそばにいて様子を見るが、現在生徒会は部外者を招き入れて作業しないといけない状況まで追い込まれている。なら、後者だと考えるのが最もだろう。  それにわざわざ俺がチラッと見えただけで、確認も兼ねて上で声かけのためだけに、小走りで、しかも圧をかけないように偶然を装って俺に話しかけた。  もしかしたら、もしかしたらだ。あの後、俺と入れ違いで生徒会室に戻ってきたかも知れない。それで、あの二人のどちらかに俺が帰ったって聞いて、急いで俺を追ってきたのかも知れない。  すべて……仮定の話だが。  それにあれだけ疲れてるんだったら、真条先輩も家に帰って早く寝たいはず。  俺も早く帰りたい。 「面倒な奴に出会いませんように」  柄にもなく、祈るように心から信じてもない神様とやらに祈った。

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