俺の都合も考えずに、しかも勝手に話を進めているなんて――――。
知らない状態だったなら、まだ何も感じずに過ごせたのに……。
すっぽかすなんてことは俺にとっては後味が悪すぎた。
「ひとまず顔合わせするか」
担任はノリノリな様子で俺の肩にポンっと手を置いた。
この男がノリノリな状態なのがまた一段と腹が立つ。
スキップでも始めたら脚を掛けてやるか、いやいっそのこと階段で蹴り飛ばして突き落とすかといったことを考えながら、担任の後ろについて教室を出た。
三階にある生徒会室へ向かうために階段へ向かった。
「ほんといつもいつも何なんですか。なんで俺なんですか?」
「適材適所」
軽やかな足取りのまま担任は答えた。
「それぞれの能力によって適切な場所、仕事に配置してその人物の能力を最大限に発揮させること」
「さすがに、古典の再テスト最後まで残った奴でも知ってるよな」
「再テストぐらい問題ないでしょ」
「最後までって言っても、学年で最後だ」
まじか。知らなかった。
小テストの再テストくらい報告しなくていいのに。てか、ちゃんと先生間で連絡取り合ってんだ。
「……連絡、取り合ってるん……ですね」
苦し紛れに出た一声。
「俺、東山の進路、相談したよ」
訂正。ちゃんと先生間でホウレンソウしてるんだ。
階段に差し掛かると、遠目で髪を後ろでくくった陸上部のジャージを着た女性が階段を上がってきた姿が見えた。
階段へ近づくに連れて行く、その女性が近づいてくるに連れて誰だか分かった。
「げっ」
思わず出た一声だった。
「あっ」
ほら、見ろ。面倒くさいやつに出会っちまったじゃないか。
「空桜音」
俺の名前を呼ぶと隣にいた担任を怪訝そうに見て視線をこちらに戻した。
「また、先生の手伝いに付き合わされてるの?」
「まぁ……そんなところ」
「先生!いくら事情があって練習ができないからって空桜音は暇じゃないんです。先生に付き合わされてるから部活に全然これてないんですよ!!」
と言って文句を言い出した。この他にもいくつか文句を長々と並べていた。
さすがにこの担任もこの女の気迫にたじろいでいた。
ざまあみろ! とまでは思わなかったが、そのおかげで少し心が軽くなった。しかし、癪だな。この担任もこの女には勝てない感じか。
「空桜音!!」
「はっ……はい!」
急に標的がこっちに来た。
「待ってるよ」
てっきり文句の弾丸を浴びせられるかと思った。それこそオーバーキルさせられるかと思ったが優しい口調で易しい言葉を発した。
この優しい易しい言葉を言うと去って行った。
最後の言葉が気になった。
やはり知っていないとおかしいよな。同じ部活だし。
どこまで彼女は知っているのだろう。どこまで彼女は理解しているのだろうか。
もしかしたら、彼女は知らないのかもしれない。
「寺野はすごいな……」
「そうですね」
「強烈だな」
「そうですね」
「何ですか?」
俺のことを訝しげに横目で見る担任を俺は見逃さなかった。
「よく付き合ってたな」
「まあ、そうっすね」
予想もしなかったことを言われてたので適当にあしらってしまった。
寺野真白とは違う中学だった。中学三年生の夏に高校受験のために塾に通い出した。真白とは、その塾の夏期講習で知り合った。同じ陸上部で、同じ長距離を専門にしていたから話も合った。仲良くなるのに時間はかからなかった。
それからしばらくして俺たちは付き合った。ほんの少しの間だ。高校に入学して、少ししてから俺たちは別れた。
当時、入学したときから付き合っていたのは俺らくらいだったから多少なりとも知れ渡った。残念ながら。
ある日、真白から「友達に戻らない?」というLINEが来た。
俺はそれを受諾した。残念ながら俺は振られたわけだ。
俺は――――
「想い出に浸るのもそのへんにしておけよ」
諭すような口調で担任は言った。
黙っていたことが気になったのか、生徒会長と会うときに少しでも印象よくしようと計らってくれたのか分からないが、その声かけはありがたかった。
「思い出なんてものじゃないですよ。あいつは――」
「その思い出じゃない、もう片方の想い出だ」
担任の背中を見た。
「その想い出も思い出も同じ意味ですよ」
「オモイデの意味合いは同じだけどな、’想い’と’思い’は違う意味なのは東山も知ってるだろ。その違いで使い分けた」
ああー、なるほどと納得した。
「そんなの文章ならまだしも会話で分かるわけないでしょ」
「それじゃ、言い直そう」
「感慨に浸るのもここまでにしておけよ」
「感慨に浸るってそんな言葉日常生活で使いませんよ」
「それもそうだな」
「国語の先生じゃないでしょ。数学が担当なのに言葉に対する使い分けすごいですね」
純水にすごいと思った。国語の先生でもこんなことさらっとしないだろう。
「言葉には敏感でいろよ」
急にどうしたのだろうか。少し考えた。
それを悟ったのか、担任は「教養ってこと」と分かりやすく言って会話を終わらせた。
「生徒会室はここだ。来たことあるか?」
そう言って担任は扉をスライドさせて開けた。
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