昼休み。他部署に一文字則宗が呼ばれて行ったので、すごく久しぶりに一人きりだ。 買ってきたサンドウィッチを自分の席で食べ始める。外で食べてもよかったのだけれど、一文字則宗が探すんじゃないかと思って移動を控えたのだ。 それにしても、みんな出払っているなんて珍しいような。 「お。ひとりでいるなんて珍しいな。ケンカでもしたか?」 ポツンと一人でサンドウィッチをかじっていると、鶴丸国永が出先から戻ってきた。私の左手の薬指を指差して声をかけてきたあたり、一文字則宗と喧嘩をしたと思っているのだろう。 彼のもう片方の手にはファストフードの紙袋があり、隣に来てもよいかとジェスチャーで尋ねてくる。 私は口の中がいっぱいになっていたので、片手で席を勧めた。 「――仕事で別々になっただけですよ。すぐ戻ってくるんじゃないですか?」 「おっと。ならここで俺が食ってたら、妬かれちまうか」 「仲のいい同僚と食事するくらいで妬くほど、私は愛されちゃいませんよ」 鶴丸国永がからかってくるので、私は特に表情を変えることなく指先のマヨネーズを舐めながら返す。 「そんなことはないだろう? あんなにきみに執着して手放そうとしない彼がきみを愛していないというなら、きみは相当恨まれていることになるぞ」 彼にしては珍しく驚きの表情を浮かべている。大きな口で頬張ろうとしていたハンバーガーにはまだ歯形がついていなかった。 「恨まれて……そのほうがまだ納得できるような」 「きみなあ……」 どうして彼があきれるのかわからない。 私は自分の左手の指輪を見せる。 「鶴丸さん。これって、くじ引きだったんですよね?」 「ああ、くじ引きだよ」 短く答えて、鶴丸国永はやっとハンバーガーを頬張った。口の端からケチャップがこぼれる。 「あ、落ちちゃう」 鶴丸国永の服はいつも真っ白だ。落ちたら染みになる――私は咄嗟に手を伸ばす。 「きみ――」 「お前さん」 ふた振りの声が被った。 ケチャップは服の上に垂れた。 「おお、こわ。言っておくが、俺からは彼女に触れちゃいないぜ?」 鶴丸国永は私の後方を苦笑しながら見つめている。 「ひとの女に手を出すような個体であれば、やりようがあったのになあ」 「それは御生憎様だったな」 いつものように返して、鶴丸国永は残りのハンバーガーを口に押し込んだ。 事務室に戻ってきた一文字則宗は大きな足音を響かせて近づいてくる。踏み出す一歩に殺気が込められていて、背筋が凍った。 「あの……則宗さん? どうして怒っていらっしゃるんです?」 おそるおそる振り向く。立てなかった。 「お前さんが僕以外の男に触れようとしたからだ」 顔がよく見えない。ただでさえ左側はもっさりした金髪で覆われているからわかりにくいのに。 「だって、ケチャップが服についたら落ちにくいじゃないですか」 「僕には触れようとしないのに」 「はい?」 話が噛み合わない。隣に来た一文字則宗は私を強引に立たせて、鶴丸国永との距離を作る。 鶴丸国永は一文字則宗を椅子に座ったまま見上げている。口の端がにゅっと持ち上がった。 「ふぅん。なんだまだ……そういうことか。意外だな。どおりで彼女からきみの気配を感じなかったわけだ」 フライドポテトを数本まとめて口に突っ込むと、鶴丸国永はゆっくり立ち上がる。 どういう意味かと問いただそうとすると、彼は自身の口に立てた人差し指を当てた。 「夫婦喧嘩は犬も食わないって言うくらいだし、俺はもう何も言わないさ」 邪魔したな、とウインクをひとつしてファストフードの紙袋を手に取る。反対の手がひらひらと揺れて数歩進み――けたたましいサイレンが鳴り響いた。
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