<Infinite Dendrogram>~砂漠の流星~

読了目安時間:8分

とりあえず悪い予想で予防線を張るアレ

 <Infinite Dendrogram>において、<マスター>が開始当初に所属する七つの国家。  その内のひとつが、大陸中央部を抑える商業都市群カルディナだ。  ――見渡す限りの砂漠に囲まれたオアシス。    そこに寄り添うように、様々な店が軒を連ねるバザール。  そんなイメージで語られるこの国は、広くて狭い。  単純な面積で言えば、大陸の半分に迫る規模。  しかし、その九割方が強力なモンスターの跋扈する砂漠や荒野であり、人間たちに許された生存圏は残りの一割程度に留まっている。  人々の大半は、オアシスなどの限定された領域で暮らし、そのために不足しがちな物資を交易によって賄うことで社会を営んできたという。  ゆえに、砂漠や荒野を渡る者たちをカルディナの民は大切にする。  都市と都市を結び、ヒト・モノ・カネ、そして情報を往来させる彼らがいなくなってしまえば、この国で生きる民の大半は、あっという間に干上がることになるためだ。  とはいえ―― (……これは、何かあるな)  所狭しと並ぶ料理の数々を前に、ヴェロスは胸中で呟いた。  眼前には、ニコニコとこちらを見つめる老爺――この集落の長らしい。  彼は、手ずからヴェロスの杯へと酒を注ぐ。  なみなみと麦酒で満たされた杯を見て、ヴェロスは口の端をヒクつかせた。 「ささ、どうぞ!」 「あ、いや。ええと……どうも」  笑顔の圧が強い。  一瞬目を泳がせた後、仕方が無いとヴェロスは一息に杯をあおる。  独特の苦味。眉間に皺が寄った。ヴェロスは子ども舌である。  とはいえ、よく冷えた麦酒の炭酸が生む喉ごしは爽快で。 「――――っ」  ぷはっと息をついた時には、それまでの渇きは綺麗に消え去っていた。  ちらりと隣を見れば、ステラも杯に口を付けている。  そちらは炭酸水で割ったジュースのようで、柑橘類の爽やかな香りがわずかに鼻をくすぐった。  ほぅっと頬を緩ませるその横顔を見て、内心で安堵の息をつく。 (まあ、とりあえず、ひと息つけたか)  二人がこの集落――カタル村にたどり着いたのは、衝撃の出会いから数時間後――西の地平が赤く染まり始めた頃だった。  カタル村は、小さなオアシスに築かれた小さな村だ。  特産品とか、<遺跡>とか、あるいはセーブポイントであるとか、そういう目立った売りを持たないため、他の<マスター>の姿はない。  ヴェロスも、今回のことがなければ訪れることはなかっただろう。 (立ち寄る理由がないし)  砂漠を渡る上での中継地点として使えなくもないが、そうした村は主要交易路上に他にも存在している。  あえてこの村を使う理由はなく、そもそもその主要交易路からも微妙に外れた残念な立地だ。<マスター>のほとんどは、こんな小さな村の存在など知りもすまい。  ヴェロスにしても、以前、【弓聖】スキル《アロー・インサイト》による射線と視線の同一化を試している最中、たまたま見つけていなければ知り得なかった場所である。  もっとも、単独で村を維持できるとは思えないため、ティアン商人たちの巡回ルートには入っているのだろうが。 (けれど……)  カルディナ社会は世界一金に厳しい。  何しろ“金があれば全てを許す”と言われ、実際に金銭の力で法を歪めることが出来る国である。  当然、そんな社会に属する商人たちが、善意で安く商品を卸してくれることなどあり得ず、この小さな――そして決して裕福には見えない――村落にこんな歓待をする余裕などないはずだとヴェロスは考える。  ならばこの歓待は、何を意味するのか。 (盗賊村の類か?)  たまたま立ち寄った旅人を捕まえて、酒を飲ませて油断させ、眠っている間に身ぐるみを剥がして奴隷商に売り払う。  そんなところだろうか。 「でも、こっちが<マスター>であることを認識してるんだよな」 「ヴェロス?」  こちらを見たステラに何でもないと応え、ヴェロスは煮込み料理に手を伸ばす。  毒は入っていない。ついでに言うと美味い。 (こちらが<マスター>と認識した上で、寝込みを襲おうなどと考えているのなら、いくらなんでも考えが甘すぎるよな)  寝るのであれば、ログアウトする。  そうでなくても、ヴェロスは上級<マスター>だ。  <超級(スペリオル)>ではないし、超級職を持つわけでもないが、それでも合計レベルは五〇〇――カンスト組となる。  この程度の村ならば、一五分あれば壊滅させられるだろう。  ――上級職持ちのティアンが四〇人とか隠れてたら、話は別だが。  微妙に弱気が脳裏を過るのが、彼の限界だった。  再びステラの様子を見れば、彼女は勧められた果物に舌鼓を打っていた。  おいしいと目を輝かせ、一緒に食べようと給仕役の村娘に果物を差し出す姿を見て、ヴェロスは小さく頭を振る。 「ま、別にそうと決まってるわけじゃないしな」  最悪の理由として考えてはいるが、可能性は低い。  どちらかと言えば、もう一つの理由の方があり得るだろうし、もっと言えば単純に旅人を全力で歓待する文化なのかもしれない。  楽しそうに笑い合うステラと村娘たちを見て、ヴェロスは肩をすくめて杯を手に取った。 ◇  当たり前の話と言って良いのかは微妙だが、盛大な歓待の理由は油断を誘って襲おうというものではなかった。  無論、文化的な理由でもない。 「……【サンドホール・ワーム】が村の近くに?」 「はい」 「コルタナの近くに巣があるのは知ってたけど、この辺にもいるのか」  コルタナは、“水と金貨の都”と呼ばれるカルディナ第二の都だ。  <カルディナ大砂漠>中央に位置する巨大オアシスに築かれた都市であり、この村からだとずっと東に進んだ先となる。  その近くに、村長が口にしたモンスター【サンドホール・ワーム】の群生地があるのは、わりと有名な話だった。 「何かの拍子に迷い込んでくるような距離、ではない、よね?」 「ああ。となると、元からこの辺に棲んでいたんだろうけど……よくこれまで無事だったな」  ステラに肯きながら、目を細める。  【サンドホール・ワーム】は、純竜級モンスターだ。  ティアンであれば上級職六人のパーティに相当する戦力とされる。  それだけでも十分に脅威であるが、獲物を引きずり込んで捕食するため、スキルによって流砂を形成するという生態が非常にマズイ。  場合によっては、この村が流砂に飲まれて地図から消えるという可能性もあるのだ。  先ほどまでの笑顔は、必死に取り繕っていたのだろう。  村長の皺だらけの顔には、懊悩の色が深く刻まれている。 「あの怪物は、元々この辺りにはいなかったのですが、一週間ほど前に砂嵐が通過した後、村の南で巣を作り始めてしまい……しかも――」  棲み着いたのは【サンドホール・ワーム】だけではないらしい。  続いて出たのは、【デミドラグワーム】や【ブルーフレーム・スコーピオン】といった砂漠地帯では比較的馴染み深い名前だった。  村の北側に出没するようになったと列挙される亜竜級モンスターの名前に、ヴェロスはわずかに頬を引きつらせる。 「……この村、南北にモンスターの巣窟が形成されてるのか。俺たち、よく襲われなかったな」 「このままでは、行商人の巡回路からも外されかねず……」  行商人が来なくなれば、村としては終わりだろう。  村人たちは、この村落と共に干上がるか、あるいはどこか別の街に移住するかを選ぶ必要がある。  もっとも前者はもちろん後者を選んだとしても、未来は暗い。  首尾良く移住先が見つかったとしても、この貧しい村の財産では―― (良くて早晩、奴隷に身売りだろうな……)  順当な結果としては、街の外にある“廃棄場”行き。  悪かった場合は、考えたくもない。  いずれにせよ、この国で金がない者に、尊厳などありはしない。  そんな状況でひょっこりと顔を出した<マスター>は、この村の住人たちにとって正しく救世主に見えたことだろう。  全力で歓待されるわけだと、ヴェロスは納得した。 「もちろん、出来うる限りのお礼はします。どうか、モンスターの討伐を! なにとぞ、なにとぞ!」 「……ヴェロス、わたし」  必死に額を地面につける村長。  それを見て、こちらに視線を送るステラにヴェロスはうなずいた。 「依頼を受けるなら、もちろん俺も一緒に行くぞ。護衛役だし」 「! はい!」  ぱあっと顔を輝かせたステラが、村長へと顔を向ける。  顔を上げた村長の手を取って、彼女は表情を改めた。 「その依頼、お受けいたします」 「おお! ありがとう! ありがとうございます!!」 「わ!? あの、そんな」  再び頭を下げる村長と、あわあわと手を振るステラ。  その様子を横目に、ヴェロスはイベントクエスト発生のアナウンスに耳を傾ける。  【クエスト【討伐――カタル村の安全確保 難易度:八】が発生しました】  【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】  妙に難易度が高い。  これは何かあるなと、彼は目を細めた。 (……というか、これ大丈夫か?)  難易度:八は、レベル五〇〇カンストのティアンであっても単独ならば失敗するとされるものだ。  <マスター>なしならば、パーティを組んでいても危うい。  ちらりとステラの様子を窺うが、彼女にアナウンスを聞いて怯んだ様子は見られない。もしかして、ものすごく強かったりするのだろうか。  それこそ、準<超級>だったりとか。  何とか村長をなだめようとしているあたり、単に耳に入っていないのが真相のような気もするが。 「本当に大丈夫か?」  冷や汗交じりに呟くが、もちろん答える者はいなかった。

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  • クトゥルフ

    松脂松明

    ♡1,000pt 2020年1月30日 18時11分

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    見事なお点前で

    松脂松明

    2020年1月30日 18時11分

    クトゥルフ
  • 真田幸村

    鉢棲金魚

    2020年1月30日 18時16分

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    ありがたき幸せ

    鉢棲金魚

    2020年1月30日 18時16分

    真田幸村
  • カレーうどん

    九十九清輔

    ♡500pt 2021年1月15日 1時38分

    フルダイブ型MMO内での食事が美味しいというシーン、MMOダイエットが流行るんじゃないかと思う次第です。あとNPCがゲーム内で社会生活を送っているという、これはもう実質、異世界だなあと。そしてサンドワーム退治がどうなるのか、また読みに来ます!

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    九十九清輔

    2021年1月15日 1時38分

    カレーうどん
  • 真田幸村

    鉢棲金魚

    2021年1月15日 22時19分

    ありがとうございます。VRダイエットは、ダイエット通り越して栄養失調で病院送りな危険がありそうですねw デンドロは、多くの人間(マスター)を集めるため、ゲームという体裁を整えたナニカ的なアレコレっぽいので、実質異世界といっても良いのかも知れませんね。

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    2021年1月15日 22時19分

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