<Infinite Dendrogram>~砂漠の流星~

読了目安時間:9分

ちょっと待て、回復させてと焦るアレ

 【サンドホール・ワーム】が横取りされた。  それだけではない。  後でまとめて喰らうため、あるいはより大きな獲物を釣るため、この地に追い込んだ生き餌たち――それが、全ていなくなってしまった。  残るのは、元から水場にいた雑魚の群れくらいだ。 『――――VOO』  原因は、今、頭上にいる二匹。  どちらも大して大きくない。うち一つは雑魚といっても良いほどに矮小だ。  だが、不用意に手を出してはいけないと、ソレは自制する。  小さいからと侮れば、酷いことになる。  大きい者が強い。そんな当たり前のことを無視する不条理。その化身のような存在を、ソレは過去の経験から承知していた。  ――さて、どうするか。  ソレは考える。  自分は、こうして地中に潜ることは出来るが、そのまま移動することは出来ない。移動の際には地上に出る必要がある。  逃げるなら、あの二匹の前に姿を曝すことになるだろう。  出来ればそれは避けたい。思わぬ痛手を被るかもしれないからだ。  ならば、このまま隠れてやり過ごすか。  それも危険だ。  潜んでいた己の近くを通過した振動波。  命中こそしなかったものの、あれには少し肝を冷やした。  威力自体は大したことはない。だが、分厚い砂の層を貫通して突き進むという性質が厄介だ。  あれを索敵に使われたら、自分の存在が露見するかもしれない。  さらに言えば。  ――気がつかれなくても、このまま水場近くに居座られると面倒だ。  ソレの感覚からすると、水場からここまでは目と鼻の先でしかない。  動けば確実に見つかる。  だが、こうして身を潜め続けるのにも限度がある。  いずれは動かなければならず、その時に消耗から回復した二匹に襲われたら、被害は今から逃げ出すよりずっと大きくなるだろう。  逃げるのも、隠れてやり過ごすのも問題だ。  ならば仕掛けるか。不意を突いて飲み込めば、こちらの勝ちだ。  だが、それを失敗したら、そして予想以上に強かったなら……では、逃げ出すか、いや隠れて、でも見つかるかも……思考がループする。  ――あの二匹が、どこか遠くに立ち去ってくれれば、それが一番良いのだが。  悩んだ末に、ソレが出した答えは―― ◇◇◇  【サンドホール・ワーム】が遺したすり鉢状の窪地。  それが、突如崩壊した。  何の脈絡もなく、見えない手で掘り広げられたかのように穴が広がる。  雪崩のような、などという生やさしい規模ではない。ステラから見たそれは話に聞く山体崩壊を彷彿とさせる代物だった。  それに、ヴェロスが飲み込まれた。 「え?」  足元が崩壊し、流されていく姿にステラは呆然と声を発する。  頭が真っ白になったまま、操舵室のモニター越しにそれを見つめる。  だから、直後の反応は、彼女ではなくレプンカムイのものだ。  満身創痍の船が、装甲の一部を剥離させながら急加速する。 「――――っ! わたしは、何を!!」  惚けている場合じゃないと、我に返ったステラが己を叱咤する。  崩壊に巻き込まれたものの、斜面の縁――つまり一番上にいたヴェロスは、土砂の表層を滑り落ちている。  今なら、まだ姿を追えるのだ。 「――――っ!」  砂の流れる勢いは凄まじい。至る所で小規模な渦が出現するほどだ。  まるで、嵐の中で荒れ狂う河のような有様だが、浮遊航行するレプンカムイはその影響を受けない。  数秒と経たずにヴェロスの近くへと迫る。 「つかまって!!」  レプンカムイが船体を傾け、流される彼に胸ビレを差し向ける。  通信機に、ステラは必死に呼びかけ―― 「――――っ!?」  衝撃。  上がりかけた悲鳴を飲み込んで、ステラは舵輪にしがみついた。  補助推進器(スラスター)を噴射。  スピンしかけた船体を強引に立て直しながら、出現(ポップ)した情報画面(ウィンドウ)に視線を走らせる。  そこに表示されているのは、船体の破損状況を示す図だ。  先ほどまでは、全体が中程度の損傷を示す黄色に染まっていたが、今は尾びれの辺りが真っ赤に変わっている。  ――【推進器(ブースター)大破。高速航行不能】  さらに、レプンカムイのHPが残り三分の一以下まで減っていた。  そして、一〇〇メテルも離れていない位置に、最低純竜クラスの大型モンスター反応。 「……ぁ、う」  嫌な緊張感で胸が苦しい。  ステラは、あえぐようにノイズしか聞こえてこない通信機に呼びかけた。 「ヴェロス!」  我ながらみっともない、縋るような声。  助けようとしているのはこちらなのに、と頭の片隅で冷静な自分が呟いた。  けれど、焦燥はどこまでも募っていく。  使っている通信機は【テレパシーカフス】による念話ほどの確実性を持たない。  手が白くなるほど強く舵輪を握り、ステラはもう一度呼びかけようと―― 『助かった。ありがとう』 「……ぁ」  声を聞いて、息がこぼれ落ちた。  ふと、視界の端に目が行く。  パーティメンバーの簡易ステータス。そこに表示されていたヴェロスのHPは、ほとんど減っていない。 『俺は大丈夫だから、このまま流砂から脱出を――』 「……ふ、ふふ。あは――」 『す、ステラ!?』  ヴェロスの狼狽えた声。  それを聞いて、ステラの笑いの発作が一層強まる。 (わたし、どうして、あんなに焦って)  驚くほど動揺していた自分。それを振り返りながら、彼女は肩を震わせて口を開いた。 「ふふ。大丈夫!」 『そ、そうか?』  滑り出た声は、思いのほか元気だった。  現金だなと、もう一度小さく笑って、ステラはゆっくりと深呼吸をする。  船首を廻らせて流砂の外――三〇〇メテル以上も遠ざかった外縁部を見つめる。  徒歩であれば絶望的な距離だ。けれど自分たちなら、推進器(ブースター)なしでも五秒あれば到達できるはず。  取り出した【ジェム】を、舵輪の中心にある水晶に触れさせた。  弾けるように溢れた翠光が、水晶に取り込まれる。    ――翠風魔粧(エアロメイク)    各部の不調を警告する情報画面(ウィンドウ)が一斉に出現するが、直後にその全てが消える。  そして。 【System all green. all right】  入れ変わるように、一つだけ出現したメッセージを見て、ステラは微笑んだ。 「レプ君、もう少しだけがんば――」 『右に回避!』 「!」  割り込んで来たヴェロスの声。ステラは反射的に舵を切った。  緊急回避。左舷側の全補助推進器(スラスター)噴射によって、船体を右にぶっ飛ばす。  ほぼ同時に、砂柱が上がった。 「今のは」 『砲撃だ。【サンドホール・ワーム】が撃ってたのと同じヤツ』  その言葉で、ステラは先ほど衝撃の正体を悟る。  一撃で船体後部の推進器(ブースター)を大破させた砲撃だ。もしも直撃していたら、今ので終わっていたかもしれない。 (後方からの攻撃は、どうしても反応が遅れるから――)  ヴェロスに感謝しないといけない。  そこまで考えて、ふと疑問が湧いた。 「あの、ヴェロスは今どこに?」 『背ビレの付け根。何か展望デッキみたいになってるとこ』  いつの間に移動したのか、胸ビレに掴まっていたはずのヴェロスは、船内に入るハッチのすぐ近くにいた。 「今、ハッチを開くので――」 『いや、ここの方が都合が良い。こっちは気にせず突っ走ってくれ』  直後、レプンカムイの後方すぐ近くに砲弾が着弾する。  命中はしていないが近い。  後方確認用のカメラを起動すると、表示された情報画面(ウィンドウ)に砲弾の群れが映し出された。  その数は、一〇を超えている。 「――――っ!!」  ばら撒くように放たれた砲弾は、少々船体を振り回した程度ではどうにもならない。  どう避けても、一、二発は被弾してしまう。  衝撃を予想して、ステラは歯を食いしばり―― 『大丈夫。そのまま進め』  直後、その全てが深紅の光に飲まれる光景を、情報画面(ウィンドウ)越しに目にした。  《クリムゾン・スフィア》  ヴェロスが【紅珠の矢】で射落としたらしい。  出現した超高熱の光球は、砲弾の尽くを消し去っていた。  ステラは、その鮮やかな光に目を奪われて―― 『……しまった』  ――悲しげな声に、思わず瞬きをした。  何事かと思った直後、ヴェロスが血を吐くように続ける。 『矢を交換してなかった』 「…………」  酷い出費だ。  そんな嘆きにステラは思わず半眼になる。  そうこうしている内にレプンカムイが大流砂の外縁にたどり着いた。  斜面を登る速度を緩めることなく、その縁を乗り越え―― 『飛べ!』 「――――っ!」  言われるままに補助推進器(スラスター)の推力でジャンプ。  直後、真下の地面が吹き飛んだ。  船体の下を通過して、砲弾が彼方へと飛んでいく。 (危なかった……)  尾ビレの推進器(ブースター)が死んでいるため、それほどの高さには飛び上がれない。  掠めるように飛んでいった砲弾に、ステラはほっと胸をなで下ろした。  と、レプンカムイがさらに補助推進器(スラスター)を噴射する。  圧縮空気の放出により、着地と同時、船首を軸に船体を回す(ドリフト)。  進路が横方向にねじ曲がった。その強引な機動に、船体各部が悲鳴のような軋みを上げる。 「レプ君!?」  ステラの指示ではない。  予期しない動きに疑問の声を上げた彼女だったが、その直後に息を飲んだ。  レプンカムイの操舵室は、その前面と側面の壁がモニターとなっている。  そこに映し出されるのは、レプンカムイの目が捉える光景だ。  その光景――船の左舷側に、三〇〇メテル以上先からこちらを狙う怪物の姿があった。 「――っ! あれが」  【ドラグワーム】に似た、ムカデのような甲蟲。  ただし、その体躯は二回り以上は大きい。  一〇〇メテルに届こうかという落差があるはずの巨大流砂。その斜面を登り切った自分たちと、それほど目線が変わらない。  そんな、高層ビルのような巨体が、流砂の中心で鎌首を持ち上げていた。  ――【サンドホール・ドラグワーム】  表示された名前を見て、ステラは唇を噛む。  最低でも純竜クラスだ。消耗しきった状態で勝てるだろうかと、己に問う。 (勝てる、と言いたいけど)  あのモンスターは、自分たちが散々苦戦した【サンドホール・ワーム】よりも見るからに上位で、しかも今の自分たちはボロボロだ。  ステラの脳裏を過るのは、そんな悪い材料ばかりだ。  だから―― 「違う。それでも」  諦めるものかと、己を叱咤するように呟いた。  そんな彼女の決意に応えるように、パーティメンバーの声が届いた。 『死ねえ――――!!』  わりとド直球な罵声である。無論、ステラに向けられたものではない。  ――巨大甲蟲に光が突き刺さる。  まるで、映画に出てくるレーザー兵器のような七つの光条。  それが、レプンカムイの背から放たれた矢であると気がつけたのは、命中と同時に炸裂した紅い光ゆえだ。  放たれたのは【紅珠の矢】――しかし、あの七つの光条は何だろうか。 「今、のは?」 『《ストラグル・ショット》』  スキルで矢に加速をかけたのだとヴェロスが答える。  言うまでもないことだが、矢の速度が上がれば、それに伴って攻撃の威力も増加する。  【剛弓手】に相応しい、非常に分かり易い効果のスキルと言えよう。  ちなみにクールタイム(再使用制限時間)はゼロに等しい。SPが続く限り連射が効く脳筋使用だ。 『横に進路を変えてくれて助かった』  後ろに向かって撃つと、慣性に真正面から逆らう形になって矢の速度が落ちるのだ。  そう続けられたヴェロスの言葉に、ステラは目を瞬かせ、次いで頬をほころばせた。 (いつの間にか、ずいぶんと仲良くなって)  そっと舵輪を撫でたステラに、“そんなことはない”とレプンカムイが船体を揺らして抗議した。

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  • カレーうどん

    九十九清輔

    ♡500pt 2021年2月20日 22時23分

    乗り物で移動しながらのバトルが、映画マッドマックスのカーチェイス攻防を彷彿とさせて良いですわ! しかしここまでヴェロスとレプンカムイ君の頑張りが目立っている感じで、ステラさんにもそろそろ見せ場が回って来るのかどうか、また読みに来ます!

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    九十九清輔

    2021年2月20日 22時23分

    カレーうどん
  • 真田幸村

    鉢棲金魚

    2021年2月20日 22時39分

    ありがとうございます。 レプンカムイはステラちゃんの一部(ある意味分身)なので、彼女はちゃんと活躍しているのデス。…多分w

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    鉢棲金魚

    2021年2月20日 22時39分

    真田幸村
  • クトゥルフ

    松脂松明

    ♡500pt 2020年2月17日 22時58分

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    いいぞ、もっとやれ!

    松脂松明

    2020年2月17日 22時58分

    クトゥルフ
  • 真田幸村

    鉢棲金魚

    2020年2月17日 23時46分

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    できらぁ!

    鉢棲金魚

    2020年2月17日 23時46分

    真田幸村

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