小説、好きなところ、気になるところ。

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読みやすさの追求についての、あれやこれや。

 たまに他の方の創作に関する話を読んでいると、読みやすさ、についての話を見掛けることがあります。読みやすくするための工夫、と言えばいいでしょうか。実際、私も自分の作品を書く際には、空白行を作っていますし、それもその一環みたいなものです。 〈おじぎするように控えめに咲くしだれ桜に挟まれた並木道を、あなたはひとりゆっくりと歩を進めていく。  少女の頃の面影を残しながらも、あなたはだいぶ大人になった。  幼い頃から自己評価が低いのかなんなのか、あなたの自分に自信の持てないところは相変わらずで、誰かがそう言えば、きっとあなたは首を振るだろう。だけど僕が保証する。〉    ↓ 〈おじぎするように控えめに咲くしだれ桜に挟まれた並木道を、あなたはひとりゆっくりと歩を進めていく。  少女の頃の面影を残しながらも、あなたはだいぶ大人になった。  幼い頃から自己評価が低いのかなんなのか、あなたの自分に自信の持てないところは相変わらずで、誰かがそう言えば、きっとあなたは首を振るだろう。だけど僕が保証する。〉  こんな感じですね。これは自分が読みやすいから、そうしているわけなのですが、たまに毎回、三、四行分の空白行を作っている作品に出会うこともあって、そこまで来ると、すくなくとも私は読みにくく感じてしまいます。強調したい部分にインパクトを付けるために、わざとそこだけ空白行を多くするとかなら、話は別ですが。  余白や空白も作品の一部である事実をはっきりと意識してしまう瞬間でもありますね。  改行や体言止めも、あまりにも多いと読みにくく感じてしまう、ということは多々ありますが、巧みに使って魅力的なものにしている作品もあるからこそ、それが己の美意識から来るのか、とりあえず読みやすいだろうと無造作に置いたものなのか、というのは自戒も含めて考えていきたいな、とは思ってしまいます。  特定の読み方をさせたい場合以外のルビもすこし苦手で、読みやすさへの配慮が読みにくさに繋がってしまう、というのは、なんとも哀しい話ですが、でも今後、別項でも書くかもしれませんが、読むうえでの負荷のすくなさが負荷になる、と感じる読者はいて、私はどうもそういうタイプの読者みたいです。作品の内容そのものとは別の細々とした話に聞こえるかもしれませんが、作品を見直す時に、作品外の些末なこと、ではなく、作品の重要な一部、という意識を持ってみると、作品への印象もまた変わって見えるのかもしれません(……と自分に言い聞かせつつ)。  このコラム、続けようかどうか、迷っています……どうしよう……。

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