第1-2話 満月、希望と出会う(2)

 桜前線がまた南東北地方の海町にもやって来た。  香る空気と、色づき出したピンクの景色。たくさんの花びらが舞うには、東北ではまだ少し早い時期だろう。  今朝も走って来たので、朝が肌寒かったり、眠くて気だるかったり、私はそんなことはない。  医師の父が早朝に家を出て行ったので、朝のニュース番組が変わったことも気づかなかった。  ただ遅刻ギリギリまで、ボーとしていた。  これ、走ることで無心になった弊害だ。  一応、朝シャワーと制服に着替え、通学カバンの準備は済んでいる。  何でかって? これ以上、怒られないためだ。 「満月(みつき)ぃッ! 満月(みつき)はいるかぁッ!」  そしてお隣さんの家の娘。  昔からの親友で、かつ我がクラス委員の西城(サイジョウ)百夏(モナ)が、お母さん顔負けの怒声をあげて、神道家(うち)に乗り込んできた。  TVの前で放心している私の胸倉を掴んで、いつも通りの坂道を駆け昇り、高校に着いた。  まだボーとしていた。その無心の私は、学校の階段をつ多く昇ろうとしていた。  百夏が紺色の長い水筒で頭を軽く叩いた。 「いつまで1年生気分だよ!」 「ぐにゅー! モナちゃん、痛いよー?」  私は反射的に頭を右手で押さえ、百夏のツンとした顔を、抗議で見た。  百夏は誰にでも厳しい。自分にも厳しい。私にはもっと厳しい。 「痛いよー?じゃないわよ。私たちはもう2年生、アーユーアンダースタンド? ポンコツ先輩?」 「ポ、ポンコツじゃないもん!」  両手をオーバーに広げ、呆れた顔が目に移った。  この渾身の抗議が効かないなんて、百夏は鬼嫁か! 頭の痛みが後から出てくる、涙目の私。  百夏はため息の後、口を開きかけたが、朝の予鈴が鳴った。  人の顔色が同時に白くなった。  あばばばばば!  自由な校風の女子高でも、遅刻は良くない。焦る2人、教室まで走った。 ††††††††††††††††††  お昼ご飯の時間だ。  私と百夏は、それぞれ机をくっつけ、向かい合って椅子に座る。  お弁当箱を広げ、何気ない(トーク)をするという素晴らしき時間。  でも、悲しいかな。百夏に、朝の『ポンコツ先輩』を弄られる。  私は箸で卵焼きを切り、口に運びながら、プンスコと抗議する。何だか、やっていることが、労働組合みたいだ。 「ポンコツじゃないもん! 私は将来、立派なお医者さんになって、この町を駆けまわるんだから!」 「はーい、満月(みつき)の立派なのは脚だけですねー。何で春休み、仙台であった春季塾講習に来なかったのー?」  かっこんかっこん……ちーん。一休さんの問答ですか。  眉間にしわを寄せ、目を閉じてお坊さんみたいに、私が悩んでいたからか。  ブロッコリーを箸で持ちながら、百夏はハハハッと笑った。  彼女は素直に思ったことを話す。 「はー、もう……お腹よじれるほど、面白い。満月(みつき)さぁ、毎日続いていることって朝のランニングだけ?」 「おお、質問が変わった!? モナちゃん、私は朝走りたい女の子であります!」  箸をおき、敬礼して答えた。百夏は珍しく詳細を聞いてきた。朝どれくらいの時間、何処から何処まで走っているか。  今度は彼女が一休さんの時間だ。思ったほど間がなく、真面目な返事が来た。それも少し熱っぽく。 「それは距離、10キロくらいあるじゃないの! 時速計算しても、ランニングって言っていいか分からない、ハイスピードじゃない!」 「えへへ~、それほどでも~」  私は気を良くして、後頭部に手をあてて、目と頬を緩ませた。しかし、百夏はまだ真剣だった。ダメ押し。 「陸上部に入るべk……」 「いーやーでーすーぅッ!」 「はぁ、何で、長い黒髪を切った(ショートカットな)のよ! 髪を切る儀式なんて、大事な決断か、心機一転頑張ろうか、でしょうよ!」 「春だもん! いいじゃん! その方が可愛いでしょう!」  頬を膨らませて、上目遣いで百夏を見た。  彼女は顔を両手で恥ずかしそうに覆った。お、効果はばつぐんかもしれない。  でも、どうして私の髪を切った理由が恥ずかしいのですか。  大事な決断してもいなくて、心も入れ替えていないから、ですか。ただ可愛いからじゃ駄目ですか。  彼女は、両手を開いて大爆笑した。まるでいないいないばぁ、だ。 「あっはっはははッ! 満月(みつき)、お前、誰に唆されたぁ?」 「そ、それは……」  顔が熱くなる。思い出す、初心(うぶ)トマト現象。思わず私は顔を横に向け、親友から目を反らしてしまった。  当然、言いだした百夏の追及は止まらない。 「それは?」 「格好良い金髪の……」 「金髪の!」  オドオドと昔みたいに話す私と、追及者の驚き顔な百夏がいる。  私はムッとして目をまた合わせた。負けないんだから! 「女の子!」 「女の子……!」  二人で目と目で見つめ合い、腹を抱えて笑った。  恋の話(コイバナ)ではありません。しゅうりょー。カンカンカンと試合終了の(ゴング)が鳴る。  百夏は口をまた開いた。 「疑ってごめん……。へぇ、奥手な満月(みつき)にも女友達が増えたかぁ……」 「うんうん、ちょっと怖い見た目だけど、すごく綺麗な目をした()なの!」 「そいつはよかった!」  そこでタイミングよく、午後の予鈴が鳴った。机を元の位置に戻すとき、百夏に聞いた。ぽつんと見える、窓側の空き机だ。 「あれ、誰の席だっけ?」 「うん? えーと……鹿島(カシマ)さんかな?」 「病気でお休みだっけ?」 「違う、違う。ずる休みだってさぁ」  百夏はクラス委員として、それなりの情報を持っているのだろう。困った顔で腕を組んでいた。  私はふーんと、軽い反応を返すのが関の山だった。 ††††††††††††††††††  放課後、百夏はクラス委員の話し合いがあるようで、「お先!」と急いで、教室を後にした。  そう言えば、私は掃除当番(日直)だ。さっさと終わらせようとしていたら、担任の先生に言われた。 「おーい、神道(シンドー)?」 「はい、先生! 日誌ですか! あ、今朝は取りに行けなくてすみませんでした!」 「いや、神道は神道らしくていいんだぞ。ただなぁ、いつも西城(サイジョウ)委員長に、おんぶに抱っこは卒業しようか。本来なら委員長に頼むべき内容だけどな……」  担任の先生から嫌な予感がした。  よほどのことがない限り怒らない先生。そしてよほどじゃなくても怒る百夏。  それがこの22(我がクラス)の暗黙のルールだった。  私の両手に積まれた、白い授業プリントと、学校のお知らせの紙束だ。  へ?  私は気の抜けた声を上げた。穏やかな目で、担任は言う。 「町中を飛び回っている、宅配便(ランナー)の神道に頼もう。このプリントを鹿島(カシマ)希望(ノゾミ)の家に届けてくれないか」  あ、拒否権ないイベント発生したね。  赤(ベコ)人形みたいに、上下にコクコクと、私は首を動かし続けた。  ただ学校を休んでいる、鹿島(カシマ)希望(ノゾミ)に逢う。  このプリント宅配便が、私の運命を大きく動かそうとは、このときの私は全く思わなかったのだった。

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