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君のとなりで見てるから

 俺は結衣のことを俯瞰するように見下ろしていた。 「ごめんなさい」  結衣の湿った声は震えていた。 「ごめん、なさい……っ!」  彼女の目から透明な雫があふれ、白い頬を滑り落ちる。  懺悔する結衣の姿があまりにも愛しくて、おもわず笑みがこぼれた。  ◆  この部屋で同棲を始めてから、もう二ヶ月が経つ。  相変わらず、1DKの結衣の部屋は綺麗だった。物は整頓されているし、掃除も定期的にしているのだろう。  しかし、結衣の所有するぬいぐるみの数は尋常じゃない。くまやうさぎ、ご当地キャラなど、全部で六十体くらいはあるだろうか。それらが枕元や棚にずらっと並んでいる。いくら可愛いモノ好きとはいえ、さすがにこの数は多いと思う。  出会ったときは、結衣にこんな子どもっぽい趣味があるなんて想像できなかった。  俺と結衣の出会いの場は、俺がたまたま入った喫茶店だった。店名は「スペシャリテ」。他の珈琲チェーン店よりも高級感を売りにしている喫茶店だ。  結衣はその店の従業員で、注文を取りに俺の座るテーブルへやってきた。  目が合った瞬間、雷を受けたような衝撃が走ったのを、今でも鮮明に覚えている。俺は結衣に一目惚れしたのだった。  この人とお近づきになりたい。  そう思った俺は反射的に声をかけ、結衣と知り合った。  緩めのパーマのかかった、ふわっとした茶髪。小動物のような、くりくりした愛らしい瞳。笑ったときに際立つえくぼ……彼女を構成する要素一つ一つが、俺の心を奪っていった。 「あ、そうだ!」  結衣の弾むような声が洗面所から聞こえる。  しばらくして、結衣がトコトコと走ってきた。 「ねー、ともくん。来週、遊園地行かない?」  結衣は人懐っこい笑みを浮かべ、猫なで声でおねだりした。  彼女の言う遊園地とは、今月隣町にオープンした遊園地のことだろう。テレビで特集されていたし、世間の関心も高い。  しかも、そこのマスコットキャラが可愛いと、女子に大人気なんだとか。可愛いモノ好きの結衣が行きたいと思うのは当然だった。 「遊園地ねぇ……俺、パスだわ」  拒否されたのが不満だったのだろう。結衣は頬をふくらませた。 「えー、なんでよぅ! この前は、とも君も『ひさしぶりに遊園地とか行きてぇな』って言ってたじゃん!」 「気が変わったんだ」 「どうして?」 「……お前の胸に聞いてみろよ」  首を傾げる結衣。ふんわりした髪がはらりと揺れる。 「それってさ、私が原因で行きたくなくなったってこと?」 「そうだよ」  結衣は目を閉じ、うんうんと唸るように考える。 「うーん。全然わかんないや」  結衣は頭をぽりぽりかいて、つまらなそうに唇を尖らせた。  わかんない、か。  嘘はよくないなぁ。  本当は心当たりがあるんだろ? 「結衣。お前、浮気してるだろ」  浮気。  その一言で、場の空気が凍った気がした。  やや間があって、 「はい? 私が?」  結衣は器用にまゆ毛をハの字にして、困ったように笑った。 「私、浮気なんかしてないよ? だって、ともくん一すじだもん」  否定する結衣の声は上擦っていた。その怯えたような声音が、彼女が追い詰められていることを雄弁に物語っている。 「これを見ても、まだそんなことが言えるか?」 「え、何? スマホ?」  結衣はおそるおそるスマホを覗き込んだ。  次の瞬間、彼女の目が見開いた。  顔は一気に青ざめ、手がわずかに震えている。 「あ……こ、この写真どこで……」 「認めるんだな?」  問い詰められた結衣は黙ったままうつむいてしまった。 「この男と寝たんだな? おい。黙ってないで答えろよ」  結衣は次の質問にも答えなかったが、代わりに首を縦に振った。 「あの……こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど、その人と寝たのは一回だけなの」  蚊の鳴くような声で結衣は話し始めた。 「その人、友達の友達でね……半年前に、食事に行く機会があって。そこで話しているうちに、仲良くなって、その……ごめん、なさい……っ」  喉に詰まった涙声が部屋に溶けて消える。  結衣の涙が頬を滑り落ちた。あごまで流れたその雫は落下し、カーペットにぽつぽつと染みを作っていく。 「はっ。言い訳は聞きたくねぇんだよ」 「お願い、ともくん! もう彼と会わないって約束するから、私を愛して――」 「ふざけるな。都合のいいこと言ってんじゃねぇよ」 「と、ともくん!」 「別れよう。お前とはもうこれっきりだ」 「とも……く……っ!」  結衣の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。おそらく演技ではない。心の底から後悔し、懺悔しているのだろう。  まさか喧嘩別れするとは……予想外の展開だが、不意に訪れた機会に心が打ち震える。  結衣の願いを無視し、『ともくん』は部屋を出ていった。  そして、俺は監視カメラのスイッチを切った。  目の前にあるモニターが真っ黒になった。さっきまで結衣が映っていた液晶には、笑いをこらえ切れていない自分の姿が映っている。  結衣が『ともくん』と同棲をしてからというもの、彼女が家で一人にいる機会はほとんどない。せっかく結衣の隣の部屋に引っ越してきたのに、俺は彼女となかなか会えなかった。  だが今宵、絶好の機会が訪れた。  今から結衣の部屋に行けば、俺と彼女の二人だけ……最高に楽しい時間になりそうだ。 「さて……そろそろ行くか」  俺は結衣の部屋の合鍵をポケットに入れた。もちろん、結衣の許可など得ていない。俺が勝手に作ったものだ。  最後に俺は包丁を持った。 「これは天罰だ……俺という男がいながら、『二人』と浮気した罪を償ってもらう」  喫茶店で俺の告白を断った結衣。でもきっと、あれは照れ隠しだ。そうに決まっている。だって、彼女には俺こそが相応しいのだから。  俺と結衣は相思相愛。だから、俺と結衣が付き合わないのはおかしい。  それなのに、どうして『ともくん』とかいう男と同棲なんかしているんだ。彼氏は俺のはずだろ?  しかも、別の男とも寝ただって?  優しい俺でも、さすがに看過することはできない。 「俺が叱ったら、結衣は俺に謝るだろうな……」  きっと結衣は泣きながら「ごめんなさい」って涙声で言うだろう。  想像しただけで体の芯が燃えるように熱くなった。  興奮を抑えきれず、包丁を握る手に力がこもる。 「大丈夫だよ、結衣。罪は償ってもらうけど、俺はともくんみたいに君を見捨てたりしないから。ちゃんと罰を受けた後は、一緒にくまのぬいぐるみで遊ぼうね……ひひひ」  今晩、結衣とどうやって素敵な時間を過ごそうか。  頭の中を幸福な未来で満たしながら、俺は隣の部屋へ向かった。

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  • メイド

    Imaha486

    ♡300pt 〇50pt 2019年10月11日 17時24分

    今回のイベントは普段ホラー書かない人のホラー作品読めるからレアっすよねぇ(・ω・)

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    Imaha486

    2019年10月11日 17時24分

    メイド
  • 黒猫ステラ

    上村夏樹

    2019年10月11日 17時50分

    応援ありがとうございます! たしかにレアですね。私はホラー映画を観るとき目をつぶるほどホラーが苦手ですので(観る資格なし)、ホラーはあまり書かないです。書くのはスケベがいいです。

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    上村夏樹

    2019年10月11日 17時50分

    黒猫ステラ
  • クトゥルフ

    初瀬四季

    ♡1,000pt 2019年11月7日 8時49分

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    グッジョブ!

    初瀬四季

    2019年11月7日 8時49分

    クトゥルフ
  • 黒猫ステラ

    上村夏樹

    2019年11月8日 0時24分

    応援ありがとうございます! ラストでドキッとしてもらえたら嬉しいです♪

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    上村夏樹

    2019年11月8日 0時24分

    黒猫ステラ
  • 1周年記念ノベラ&ステラ

    なぁ~やん

    ♡1,000pt 2019年10月11日 17時33分

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    見事なお点前で

    なぁ~やん

    2019年10月11日 17時33分

    1周年記念ノベラ&ステラ
  • 黒猫ステラ

    上村夏樹

    2019年10月11日 17時58分

    応援ありがとうございます! レビューまでいただけて感謝です。まさかあの男のことを好きと言っていただけるとは思っておらず、ガッツポーズです! いぇい! 名作とまで言われると恥ずかしいですが、とにかく嬉しいです! ありがたみー!

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    上村夏樹

    2019年10月11日 17時58分

    黒猫ステラ
  • 女子高生

    池面太郎

    ♡500pt 2019年10月23日 22時22分

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    これは興味深い

    池面太郎

    2019年10月23日 22時22分

    女子高生
  • 黒猫ステラ

    上村夏樹

    2019年10月24日 22時33分

    応援ありがとうございます! 楽しんでいただけたでしょうか。叙述トリックが決まっていれば嬉しいです♪

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    上村夏樹

    2019年10月24日 22時33分

    黒猫ステラ
  • 物語の女神ノベラ

    悠聡

    ♡500pt 2019年10月11日 17時34分

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    センスに脱帽です

    悠聡

    2019年10月11日 17時34分

    物語の女神ノベラ
  • 黒猫ステラ

    上村夏樹

    2019年10月11日 17時53分

    応援ありがとうございます! 普段はラブコメばっかり書いているので、ホラーの塩梅がわかりませんでしたが、ホラーっぽくなっていたら嬉しいです♪

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    上村夏樹

    2019年10月11日 17時53分

    黒猫ステラ

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