阿久異 暴太と七体の悪魔地蔵

暴太、はげます

 「猿部、おい」  冷たい床に倒れる猿部の身体をそっと起こし、暴太は抱きかかえるようにして呼びかけた。  「殴られた痕が……ひでえ」  暴太の視線が猿部の顔に注がれる。  皮膚の薄い目の下と唇が切れて、出血していた。  むき出しの足もあちこちに打撲の痕があり痛々しい。  ナムは猿部の手首をとり、田中ちゃんにした時と同様にバイタルサインをチェックする。  「呼吸、脈拍、体温に異常なし。胸部に損傷ありも、命にかかわる重大な怪我はひとまず無いようじゃ」  ――ただ、ОD(オド)に活力が無い。よほど怖い目に会うたか……  「う……」  「猿部、生きてるか? 俺だぞ」  猿部は薄く目を開けた。その伏し目を縁取る長いまつげが細かく振動している。  「どこか痛むか?」  「阿久異……?」  「やつら、ひでえことすんな……畜生」  「……」  ナムは周囲を見回した。  「保健室に行ってくるわ」  「一人で大丈夫か?」  暴太の問いに、ナムはナムレーダーのポーズをしてみせた。  「……にしても、気をつけろよ、頼む!」  ナムは指でオッケーサインを出して、元来た道の方へ駆けて行った。  「身体のほうはどうだ」  暴太は猿部のお腹へと手をやった。  その手を力なく猿部が払う。  「お、俺様のことはほっといてくれ……」  「でも怪我してるじゃねえか、ちょっと見せろよ」  「俺様なんか……」  「こんな時くらいおとなしくしろよ」  「やめろ!」  猿部は両手で顔を覆って暴太を拒絶した。  動いたせいで、猿部の胸に痛みが走る。  「うっ……」  「言わんこっちゃねぇ」   そもそも気位が高く自尊心の高い男ではあるが、様子が明らかにおかしかった。  消え入るような声で、途切れがちに猿部は言った。  「守護者(ガーディアン)が聞いてあきれる……俺様など……ただの役立たずだ」  「猿部……」  「物心ついた時から……来る日も来る日も剣の稽古をしてきた……というのに」  「……」  「実際に血を見たら、恐怖で……何も……できず……!」  「……仕方ねえよ」  暴太は無理に触れようとせず、そっと猿部を見守っている。  「俺様が……享楽と引き換えに得た孤高が……こんな結果……なのか」  猿部は泣いていた。  「うっ……ぐっ……うう……」  「悔しいのか」  「ううっ……俺様は……駄目だ……終わった……もう何もない……!!」  「でも、お前……父ちゃんや家のために、これまでずっと頑張ってきたんだろ?」  「うっ……うぐ……」    「良い奴だな」  「…………?」  「そういうの俺にはマネできねーもん。真面目で、ひたむきで、一つのことに一生懸命、なんてな」  「…………」  猿部は暴太の顔が見れず、ただ口元のあたりに視線を上げるのがやっとだった。  暴太は猿部に大きな笑顔を見せて言った。  「俺はそういう奴は好きだぜ」  「……??!!?!」  「一人でこんなやべーところでよく耐えた」  暴太の大きな手がそっと猿部の髪に触れる。  今度はその手が跳ねのけられることはなかった。  「あとは俺にまかせろ。お前の勇気、力になる」  「あ……阿久異……」  「それでさ、俺がもしピンチになったら」  暴太の淡い茶色の瞳が、猿部の痛々しい切れた唇のあたりを彷徨う。  猿部の涙に濡れたまつ毛はうつむいたまま。  「……」  「お前の力も貸してくれよな。その時は頼んだぜ」  「う……うわぁぁぁ……!!」  猿部は顔を覆って泣き崩れた。  「とりあえずいい子だから大人しくしような~?」  暴太は猿部の肩をぽんぽん……として、ささっとシャツをまくり上げた。  「う、うぐ……あう、うううぅ」  「うげ、あっちもこっちも真っ青だ」  猿部の胴はあちこちに痣が出来ていた。    暴太の指が、ひと際ダメージの酷い肋骨のあたりに触れる。  「あ……ぐっ」  「ごめんごめん、ここ折れてるかもだな」  「ん……う……」  「これじゃ動けないな、動いたら駄目だ。」  「う……」  猿部は痛みと苦しさと、幾ばくかの恥ずかしさで顔をしかめた。  「全くどうしてこんな事をするんだ……人を痛めつけて何が面白いのか」  「あいつ……それが目的……らしい」  「あいつ?」  「刃禰谷(とねや)という主犯の奴だ……」  「ぱんや……!」  「? ……そいつ……自分のことを『悪魔地蔵』だと言っていた……」    カタンッ……  暴太と猿部が音の方へ顔を向ける。  両手いっぱいに包帯や消毒剤を山盛りに抱えたナムがそこにいた。  ナムの手からハサミが一つこぼれ落ちて、床に落下している。  「悪魔地蔵じゃと……」  「ナムおか。また欲張りすぎたなー」  暴太は猿部の傍を離れ、ナムのほうへ駆け寄った。  「その、人間が、自分を悪魔地蔵と申したのじゃな?!」  暴太はナムの抱えたアイテムをいくつか自分に取り分けた。  「そうだ……確か、『執念の悪魔地蔵』と言っていた……」  猿部の答えに、ナムはこれまでにない程難しい顔をした。  「恐れていた事が起きてしまったというのか……」  「どうした、ナム?」  暴太はナムの腕に挟まれた飴の袋を引っ張った。飴の袋には「とれとれキュンキュン! スーパーストロベリー」の文字と、イチゴのキャラクターが描かれていた。暴太は保健室にこんなものがあったのか、そう思った。    「我ら以外にも、Z-ZAW(ジ-ゾウ)と融合したものがおるということじゃ」  「うん?」  「しかもそれは……我らとは違う……闇の地蔵サイド……忌まわしき奴ら……!!」  「ナム、ちょっと興奮すんなって、荷物が落ちるぜ」  「奴らは人の苦しみ……負のベクトルが付加されたОD(オド)を収集するために存在するモノ……」    「あ……あなたは一体……」  ナムは猿部の疑問をスルーして続けた。  「人は死せるその時、ОD(オド)の種類を決定づける。満足に大往生したものの生命エネルギー=ОD(オド)は我々のものになる。しかし、怒り、絶望し、悔やみ、執着せし者のОD(オド)は、奴ら悪魔地蔵のものとなってしまうのじゃ……!」  ナムは一気にそう言い、ブルブルと肩をわななかせている。    猿部は刃禰谷(とねや)の言葉を思い出していた。  『今きみを(とば)すときみの絶望に染まったОD(オド)は『絶望の悪魔地蔵』のモノになってしまうよね』  刃禰谷(とねや)の冷え切った、刃物のような瞳が蘇る。  ――あ……あいつは本当に人では無いのか? ……恐ろしい……忌まわしい……本物の悪魔の地蔵……!    ナムの腕から包帯が転がり、リボン状に長く床にラインを作る。  暴太がそれに気をとられ、包帯を追いかける。  ナムの蒼緑の瞳が前方の人影を捉える。  床に座る猿部の背後。  暴太より少し背が高い……長身の男。  尖がったパイソンの靴、ボトムスはホワイトデニム。腕には高級車が買えるようなゴツイ時計、黒地に金ラメのヒョウ柄のシャツ、広くあいた胸元には金の喜平ネックレスという完全にオラついたファッション。目が合っただけで半殺しにされそうな、いで立ちの男――  「刃禰谷(とねや)……!」  刃禰谷(とねや)は床の猿部を思いっきり蹴り上げた。  「!!」  「猿部!」  「さんをつけろ、負け犬が」  蹴られた猿部は床にうずくまっている。  刃禰谷(とねや)は傷だらけの顔をニィィッと歪めてナムと暴太をねめつけた。    「オレが刃禰谷(とねや)。キングオブアウトローだ。よろしく」  「お前! やめろ暴力は!」  暴太が刃禰谷をにらみかえす。  「イキがいい坊主だね」    刃禰谷はペロリと唇を舐め暴太の方へ進もうとした。その足をガシッと掴む手があった。  「……は」  床に転がる猿部が、その腕をのばして刃禰谷の足首を掴んでいた。  「や……やめろ……」  「へえ……こりゃサプライズ。絶望してた負け犬君がどうしちゃったの?」  刃禰谷は猿部の腕を、片方の足で踏みつけた。  「……ぐっ」  猿部はそれでも手を離さなかった。  「なんだよなんだよ。嬉しいね。オレにプレゼンツしてくれる気か? いいね……その執念……!」  刃禰谷は舌なめずりをして、猿部の頭を蹴った。  「アッ!」  刃禰谷の激しい蹴りで、猿部の手は離れてしまった。  「止めろ!」  動きかけた暴太に、それを静止するように右の手をまっすぐ伸ばして刃禰谷は言った。  「こいつに生きるチカラを与えたのはお前か?」  さすがの暴太も、今まで戦った奴らとは違う刃禰谷に不気味なものを感じていた。  「お前はあとでオレが殺してやる。殺す価値もなかったがコングラッチュレーション。ランクが一つ上がったね。そこで待ってな!」  刃禰谷は足元の猿部に吐き捨てるようにそう言い、暴太をまっすぐに見た。  「こいつの方が、()りがいがありそうでしょ……! 」  「……悪い奴だな」  暴太も真正面から刃禰谷を見つめた。  

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