阿久異 暴太と七体の悪魔地蔵

暴太、ましらのごとく

 樹木の密度が少ないところには、イネ科の細長く背の高い葉と、膝丈を超すヨモギが繁茂する。かといって、落葉樹の立ち並ぶ雑木エリアにはシダ類がびっしりと葉を広げ、大地を征服している。  へそ山の森の中は植物が密に生えており非常に走りにくかった。    暴太の肩をつかんだナムが後ろからそっと暴太にささやいた。  「ボータ、儂に名案がある。湖をつっきるのじゃ」  「なんのこった」  「ショートカット、じゃ」  「泳げってのか? 冗談じゃねえ」  「大丈夫」  草をかき分ける暴太に、ナムは続けてつぶやく。  「主はもう人ではない」  「やめろ、恥ずかしいだろ」  再び耳を赤く染める暴太。  「騙されたと思って、思いっきり前進してみぃ」  「てめえには騙されっぱなしな気がするぜ……」  同意するのは嫌だった。しかし――。  生い茂る森の道を進むことにうんざりしていた暴太は、ためらいがちにも進行方向を変えた。  「嘘だったらころす」  「ほれほれ、思いっきりいけ」  「……うっせえ」  ナムの言いなりになったようで気に障ったが、それよりも――  自分の身体がどうなったのか、それを試してみたいという好奇心が勝った。  「うぉぉお!」  駆ける暴太の靴底の感触が、土から砂利に変化していき――    大地を踏み切り、思いきって湖に向かい大きく跳躍する。  弾丸のように飛び出した暴太。  その身体は沈むことなく湖を蹴り湖面にしぶきを立て水面を走る。  「マジかすげー!」  暴太は己の身体能力に純粋に驚いて声をあげた。  「つよ!」  水上走りが面白くなり、そのスピードはどんどん増していく。  あっという間に垂直な壁が目前にせまる。  「ああああ!?」  「とべ、ボータ」  岩肌にぶつかるその寸前、暴太は思い切って水面からジャンプした。  頭上、数メートルの崖の出っ張りを確認、片手でキャッチする。  「セーッフ!」  勢いそのまま、崖を一気によじ登る。進路は直線。  「ほい! ほい! ほい! ほい!」  右、左、右、左…………!  重力などまるで存在していないかのような動きで真っすぐ頂上へとかけ登っていく。  ナムもまた体重を感じさせない軽やかさで、暴太の肩に捕まったままだ。  暴太は身体の性能を確かめるように、矢継ぎ早に岩を掴んでいく。  暴太と暴太にくっついたナムは、そのまま凄まじい速度でゴールへと到達する。    「……だっ!」  崖の上の乾いた大地に土煙が舞う。  ついた膝を伸ばし、暴太は着地の衝撃から立ち上がった。  「……!」  「くふふ、驚いて声も出ぬか?」  「出るよ! 面白れ~っ」  乾いた唇と舐め、髪についた土ボコリを払い落とす。  テンションの上がった暴太は再び疾走をしようと身構えた。    「おい待て、敵に見つかるとやっかいじゃ、チト控えい」  「そんなもの俺がポイーだ」  「主、このままだとまた死ぬぞ」  「……なんでだよ」  暴太が構わず行こうとしたその時――  「……!」  お尻にグサリと何かが刺さった。  「痛ってえぇ!」  ナムが、木の枝で暴太のお尻を突き刺したのだ。  「気を抜くと体の強度はしれておる。慎重になれ。ここからは歩きじゃ」  「何してくれんだよう!……俺、お嫁にいけなくなっちゃう」  涙目の暴太にナムが呆れた顔で話す。  「安心せえ、お前のようなゴリラは動物園に嫁げばええ。……全く、どこでそう言う言葉を覚えるんじゃ?」  ナムは木の枝をぽいっと捨てた。  暴太はお尻をさすっている。   「いいかよく聞け、主はいくつか知っておかねばならんことがある」  「動物園……」  暴太はとぼとぼ歩きだす。  「主は地蔵になったことで、身体機能が強化された」  「ゴリラ……」  「そして、生命の結晶ともいうべき数多のOD(オド)を保有しておる 」  「ライオン……んにゃ、らいちょう……」  「よって、ほぼ(・・)不死身となったワケじゃが」  「う、ウツボ……」  「さっきのように、不意の攻撃には弱い。金的も食ろうた事、覚えておるな?」  「ボ、ボ、」  「難しい事を言うてもどうせ主は覚えよらんじゃろ、つまり」  「ボ……」  「攻撃は避けるか、意識して受けよ。わかったか?」  「ボノボ? またボじゃん!」  「ボータよ、一人しりとりは楽しいか?」  「お前もやろうぜ、次、ボな!」  「……」  ナムの口から滝の様なため息が噴出した。    三千学院に続く林を黙って歩く二人。  「……」  真顔の暴太。  「……」  何かを思案するナム。  「……!」  ナムが何かを閃く。  「……」  暴太がその顔をチラリと見る。  ナムは少し思案した後、ぽつりとこう言った。  「……ボラ?」  「ぶっぶー!!! 動物園にボラはいません! はいアウト!」  暴太は、腕で作った『×(バツ) 』を力いっぱい誇示した。  「な、なんじゃと?! 」  「罰ゲームどうすっかな~??」  「い、いやじゃいやじゃ、付き合ってやったのにあまりな仕打ちではないか!」  「痛いのと恥ずかしいのどっちがいい?」  「ぬ、ぐ、あ! 『ボータ』じゃ! 訂正で『ボータ』じゃ!」  「お得意のコンピュータでちゃちゃっと検索すればいいのに」  「主、儂を何だと思っておるんじゃ」  「コンピュータオバアチャン?」  「……面妖(めんよう)な。何奴か? 」  「歌のチャンネル見てないの?」  「儂はずっとあそこで人間や動物のОD(オド)を収集していた地蔵なのだ。ゆえに儂の知識はへそ山で亡くなった者どもの記憶に過ぎん」  「ずっと?」  暴太は不思議そうにナムを見た。  「平安時代じゃ」  「平安京! 坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)!」  「知っている単語を並べてかしこぶるのはやめい」  「いーや俺、空也上人(くうやしょうにん)好きだから知ってるぞ?」  「……くうやしょうにん」  ナムは暴太にアクセスしたに時コピーした、暴太の過去の記録を呼び出す。  比較的最近の記憶に、探し求めるそれ(・・)を発見する。  鹿の角がついた杖の僧侶、その口から小さな人が並んで吐き出されている……ように見える空也上人像の映像が見えた。  「ぬ、なんと尊い!」  「な? な? いいだろ?」  暴太にニッコリとほほ笑まれて、慌てて咳払いするナム。  「オホン、つまり儂はじゃな、古いことはある程度知っておるが、他の地蔵の傍へ行ってリンクでもせぬ限り、何でもわかるというわけではないのじゃ」  「じゃ、よかったな!」  「な、何が……??」    「俺さ、もうメチャクチャだったじゃねえか?」  ナムはぽかんとして、歩く暴太の背を見た。  「お、おお……?」  「みんなを助けるつって、お前のことぶっ壊した」  「そうじゃ、まさか儂も壊れるとは夢にも……」  ナムは自分の首に手を当てた。  かすかにあった、首の傷。  ――あれがなければ、壊れることはなかっただろうが……しかし――  「俺悪かったなぁ……って思ってたんだけど」  「ほんに罰当たりじゃ!」  「でもお前、自由に動けるようになったろ」  「……?」  「その身体なんだかヘンだけど、動けるようになって楽しそうじゃん?」  「なっ」  「よかったなー」  朗らかに笑う暴太に、ナムは金魚鉢を持つように両手を突き出し抗議した。  「よ、よくなどないわい! 儂には命より大事な使命があるのじゃ! それを、そのような理由で、何も知らんくせに」  「命より大事なモンなんてないよ」  「ぬ……う……」  ――システムZ-ZAW(ジ-ゾウ)として、永きに渡り多くの死を見つめてきた儂。  そこにはなんの感情もなく、それゆえ儂という「個人」も存在せず、儂はただそこにおった。  儂は、そういうモノ(・・)でしかなかった。  ――そんな儂が、『楽しい』じゃと……?  儂は有事の際に機能するオペレーティングシステムであり、ただの(いち) インターフェイスに過ぎぬハズ。  儂は、儂は、…………  「てことで、モノマネに決定な!」  「なん?!」  考えごとにふけっていたナムはびくりと身体を震わせた。  「決まってるだろ罰ゲーム!」  「なな」  「ダイオウイカのマネで!」  「無理じゃ、ダイオウイカなど知らぬ」  「それをやるから面白いんだろ~、あ、俺の記憶を見るのなしだぞ!」  「余計無理、そのような事が出来るわけないじゃろう!」  「じゃあさ、これが終わったら見に行こうぜ!」  「!」  「いいな、てめえ約束だからな!」  ――約束……儂が?  「おい」  「……!」  ナムは暴太の知る『ダイオウイカ』の映像を浮かべようとして止めた。  「ぼさっと突っ立ってないで早く行くぜ!」  「……主に言われるまでもないわい!」  ナムは暴太の後をあわてて追っていった。  

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