ゾンビの最強妹と○○する理由

戒厳状態の東京は雪景色じゃないと

 凛に担がれ、畑の中の道を歩きながら、こう考えた。  こんなことなら恋の一つもしておくんだったー。  俺は19歳、今年二十歳になるけどまだ童貞だ。  女の子と付き合ったこともない。  一度だけ、気になってた女の子と二人で映画デートしたことがあるんだけど、なんであのときデッドプール2なんて観てしまったんだ。  しかも彼女の方は1観てなかったのに。  素直にバーフバリにしておけばよかったのか、いやそれもな。  高二のとき、中学の同窓会をやった。  卒業してから久しぶりに集まって、仲のよかった友だちと席を囲んだ。  その席にいた俺を含む全員が童貞で、 「童貞に乾杯!」  とかやってた。  乾杯じゃないんだよ。  もうすぐ童貞のまま二十歳だよ。  てか享年十九歳だよ。  みんな東京に行った。  俺ひとり地元のFランに通ってた。  あいつらはもう童貞じゃなくなったんかな。  いま東京はどうなってるんだろう。  この地獄のような茨城県から川を何本か渡ったら、普段通りに暮らしてるんだろうか。 「成人式でまたみんな集まろうぜ! そのときまでに全員童貞卒業しような!」  そう言って別れたっけ。  ごめん俺童貞卒業どころか成人式にも行けそうにないや。  てか成人式とかできる状況に戻れるのかな。 「東京が戒厳状態だってさ」  凛が歩きスマホで言った。 「戒厳? 日本って戒厳令あったっけ?」 「ないね」  三崎さんが答えた。 「令じゃないし状態だし。首都圏で緊急事態宣言とか言ってるよ、ほら」  凛が肩越しにスマホを見せてくる。 「緊急事態宣言か……」 「宣言ってどういうこと? なんか言うだけ?」 「いや俺もよくわかんないけど、なんかいろいろ制限されるんじゃないの? 外出とか」 「首都圏ってどこまで? 千葉県は入ってる?」 「一都三県のことだろ?」 「東京、千葉、神奈川、あと埼玉か」  千葉にさえ戻れれば、あとは自衛隊がゾンビを一掃するのを他人事みたいにスマホやテレビで眺めるような、なんとなく平和ないつもどおりの世界が待っているみたいな、そんなふうに考えてた。  もちろん自分がゾンビであることについてはこの際置いといて。  でも川の向こうもそれはそれで大変な状況で、交通が麻痺、外出は禁止、武装した自衛隊と警察がそこらじゅうに出動してまるで戦争が始まったみたいなことになっている——と、ネットニュースが流してる。  東京はパニックで、都心を脱出しようとする人たちが大挙して南へ移動を始めて多摩川べりが大変なことになってるとか、横浜駅からは下りの電車が動いてて駅に殺到した人の行列が蒲田まで続いてて大変だーって大騒ぎしてるとか。  いやこっちの方が全然大変なんだけども。 「あ、戒厳令ていうのは、軍隊が出動することなんだね」  はぁー、とか言いながら、凛が関心している。 「あ、日本には戒厳令も軍隊もないから、だから戒厳〝状態〟って言葉を使うわけか」  俺も初めて知った。  自衛隊が出動してゾンビに対して戦闘したりするわけだから、実質戒厳令みたいなもの、ということらしい。  ネットニュースの見出しにはしきりに『戒厳』というワードが使われていて、ツイッターでもゾンビ関連に混じってトレンドランクインしている。  たぶんそういう言葉の方が非日常感が出せるから使うんだろうな……。 「あ、バッテリー10%切った。お兄ちゃんのスマホ貸して?」 「あ……いいけど」  凛は迷彩パンツのポケットから俺のスマホを取り出した。 「ロック解除――番号教えて」 「0707……」 「0707。うふふふふ」 「なんだよ」 「あたしの誕生日じゃん」 「ちがーよ、七夕だろ」 「ほーん」  凛はニヨニヨしている。 「国道号の橋が封鎖から検問に変わったみたいだ」  三崎さんもさっきからずっとスマホを見ている。 「それは、人が通れるっていうことなんですかね?」 「まあ、通れはするみたいだけど……」  三崎さんはスマホの画面を俺に見せた。  SNSに、検問所の行列の様子が画像つきで書き込まれている。  行列を警護する自衛隊員、橋の上の自衛隊車両なんかの画像がバズってて、上り車線いっぱいに人が並ぶ画像に最大手とか書いた人がめっちゃ叩かれてた。  人気のない、車も通らない夜の道は不気味だ。  ましてゾンビがその辺を徘徊してるっていうホラゲーみたいな状況。  その割に二人とも歩きスマホしてて、緊張感薄め。  ゾンビの警戒は俺の役目なんだけど、畑の道は周りなにもないからかなり遠くまで見渡せた。  今のところ差し迫ったゾンビの危機はない。  ときどき民家があったりしても無人で、避難したかゾンビになってどっか行ったんだろう。  まあ、ゾンビもこんな人気のないとこよりも人の集まってる方に行くよな……。  周囲が畑から、人家が増えてきたな——と思ったら、道の先が突き当たりになって、土手にぶつかっていた。 「利根川だ……」  利根川沿いの道には、乗り捨てられたらしい車が路肩にずらーっと並んでいた。  どの車にもフロントガラスに連絡先が書いてあって、早速ガラスが割られてたりするんだけど、これはゾンビじゃなくて車上荒らしっぽい。  堤防の土手を、階段で上がっていく。  土手の上の道は車両通行止めなのに、入り込んだ車がこれもまた置きっぱなしになって数珠つなぎになっていた。  河川敷まで降りてしまって身動き取れなくなった車もたくさん見える。  俺は川の向こう、千葉県側の岸に視線を移した。 「ああ……。あれ……無理くないか……?」 「まあ……あたしは最初から泳ぐ気なかったから……」  向こう岸の堤防の上に、自衛隊が展開していた。  土手には煌々と明かりが灯り、川面へはでかいサーチライトが照らされる。  武装した自衛隊員が一定間隔で歩哨に立ち、その後ろには装甲車と16式機動戦闘車まで見える。  ゾンビには絶対に利根川を渡らせないという、国家の強い決意を見た気がした。 「凛、生きて利根川を渡ろうな」 「死んでるけどね」  こんな悲惨な状況から早く脱出しよう、利根川さえ越えればなんとかなる——とそればかり考えてここまで来たけど、あの自衛隊の様子を見たら川を泳いで渡ろうなんて気は1ミリもなくなった。

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