ゾンビの最強妹と○○する理由

今どきゾンビワクチンなんて打ってる奴いないよね

 俺は助手席から、ルームミラーで後方の様子を見た。  凛は屈んで、女の人に話しかけている。  女の人は路面に座り込んで左足首を押さえていた。  傍に立っている子供は依然泣き続けている。  しばらくして一人で戻ってきた凛は、母子(ははこ)を車に乗せて病院まで連れて行く、と言った。  異論はないけど、 「この状態の俺がここにいるのまずくないか?」 「まずいかな?」 「まずい、てか話しややこしくなんねーか……?」  なにしろ手足がなくて迷彩服はちぎれ、血だらけなのだ。 「お兄ちゃん、ちょっとこの中入ってて」  凛は、ボンベが入っていた大きなリュックに俺を押し込んだ。 「あれ? ジッパー閉まらないな。お兄ちゃんもっと首引っ込めれる?」 「これちょっと無理あるだろ」 「まいいか……」  俺はリュックからヘルメットとゴーグルがはみ出してる感じの荷物となった。  凛は俺入りリュックをリアシートの後ろのスペースに置いた。 「静かにしててね」  ハッチバックの窓から外を見る。  凛に付き添われて歩いてくる母子の姿。  お母さんは左足を引きずっていた。  陽の光がやたら眩しい。  そのときだった。  俺の眼に――母子がゾンビになって襲いかかってくる姿が鮮明に映った。  まるで眼の前の光景のように、はっきりと、リアルに。 「えっ!?」  一瞬のことだった。  ……もう一度眼を凝らしてみると、あたり前のことだけど母子は人間のままだ。  なんだったんだ今の……?  凛はガスガンとボンベを助手席に移してから、リアシートに親子を座らせた。  俺は残像のように眼に焼き付いた母子ゾンビの姿を消そうと、何度も何度もまばたきを繰り返す。 「すいません、助かりました」 「あたしたち――あたしもこれから病院に行くところでしたから」 「本当に、本当にありがとうございました……」  恐縮するお母さんの隣で子供がぐずっている。 「泣かないでユウくん。ほら飴食べな。いっぱいあるよ。どれがいいかな?」 「ぜんぶ……」 「全部? よくばりだねえユウくんは」  母子の会話を聞きながら、家のことを思い出した。  家は――父と母は安全だろうか?  会話に聞き耳を立てていると、〝ユウくん〟のお母さんは、迷彩服を着た凛を自衛隊の人だと思っていたようだ。  この道を歩いていたのは、国道に車が溢れて一時間以上まったく動かなかったからだそうだ。  あきらめて路肩に停め、病院まで歩こうとしていたと。  お母さんは捻挫で病院へ行こうとしていたわけではなかった。 「わたしもこの子も……ゾンビワクチンを打ってなくて――」  ゾンビは俺たちのいたサバゲーフィールドにとどまらず、すでにこの地域のあちこちで目撃されているらしい。  車はちょうど国道の高架をくぐった。  リアガラス越しに見える国道はまるで駐車場で、あきらめた人々が列をなし、延々と歩いているのが見えた。  病院は町から外れた、見晴らしのいい田畑の中にいきなり建っていた。  五階建ての真っ白い建物はたぶん出来て間もない。  駐車場は満杯で、溢れた車が周囲の道に連なっている。  ゲートに近い反対車線の、歩道の縁石沿いに車を停めた。  母子は凛に何度も頭を下げながら車を降りた。  凛も車を降りてお母さんに肩を貸し、道を渡って病院の正面玄関へと歩いていく。  大勢の人が行列しているのが見える。  母子は子供の手を引いて列の後ろに並んだ。  軽く百人を越えてるだろう行列は、国道の渋滞と同じく一ミリも動く気配がなかった。  しばらくして凛が戻ってきて、銃とボンベを再びリアシートに移し、俺入りリュックを助手席に戻した。 「飴もらったわ」 「飴」 「お兄ちゃん食べる?」 「いや……」  腹は減っているが、飴を食べたいとは少しも思わない。 「お兄ちゃん」 「なに」 「ワクチン、ないんだって」 「え、じゃああの行列なに?」 「届くの待ってるんだって」 「いつ届くの?」 「わかんない」  こうしている間にも続々と車が到着し、人々は最後尾に並んだり、あきらめて引き返したり。 「うちら、打たなくていいよね」 「いやでもそれな……」 「だってあれ、予防するものでしょ。もう、なっちゃってるし」 「そりゃそうだけど……」 「うちらより、打つべき人があんなにいんのよ……」  凛は車のエンジンをかけた。 「凛、その前に」 「なに」 「家に通話」 「え、いま?」 「うん」 「それは……それはちょっと待って。まだ心の準備が……なんて言ったらいいのよこの状況」 「俺らのことは言わなくていいから。あっちがどうなってるのか、様子だけでもさ」  凛は渋ったが、仕方なくスマホを取り出し、通話アプリをハンズフリーで立ち上げる。  母のスマホに通話をリクエストすると、すぐに出た。 「……お母さん? 凛だけど」 『どうしたの?』 「どうってか……」 『何時頃帰ってくる? 晩ごはん食べるでしょ? あのね、夜カレー作るから。早く帰ってきなさい』 「うん、帰る……帰るよ……」 『いつもは豚肉だけど、今日スーパーで牛肉安かったのよ。あんたカレーは牛肉がいいって言うから』 「うん、牛肉がいい……」  いつもと変わらない母の声。  凛は泣き出してしまって言葉が続かなかった。 『凛? 今日お兄ちゃんと一緒なんでしょ? あんたたち今どこにいるの?』  凛は涙目で、俺の顔をつらそうに見て、 「なんて言えばいいのかわかんない……」  と、小声で言ってハンドルに臥せてしまった。 「……あ、お母さん、俺だけど。あのさ、いま茨城にいるんだけどさ、そっちどう?」  俺は普段どおりの口調で言う。 『どうって? どうもしないけど? なに?』 「あの、お母さんもお父さんも、家から出ないで。ニュース見てよ」 『どうしたの。ニュースってなに?』 「いいから、言うとおりにして。ぞ、ぞん……ゾンビが――」  ヘリの音が、俺の声をかき消した。  自衛隊のヘリコプター(CH-47)がかなり低空で、何機も頭上を通り過ぎていくのが見える。  ローター音が去ったとき、凛はスマホの通話を切っていた。  そして、声を殺して泣いた。 「凛……」 「……おうちに帰りたい。お母さんに会いたい」 「帰ろう、家に」 「うん……」  長いこと泣いていた。  俺にはその頭を撫でてやる手もない。  泣き止むまでそっとしておくしか、できなかった。 「……ごめん、もう大丈夫だから」  凛は涙をぬぐって、ハンドルを握った。  不意に周囲が騒がしくなった。 「なんだ?」  凛は運転席の窓を開けて、身を乗り出した。  病院から、悲鳴が聞こえる。  さっきまで整然と並んでいた行列が崩れ、人々は散り散りに逃げ惑っていた。  ゾンビが、いるのだ。

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