2023年03月12日 15時58分
イングランド ブリグストウ市街
エイボン川ほとりのオープンカフェにて
お硬い話題から軽い内容の話に切り替えた2人――カンビアッソとクーガーが居るカフェのオープンテラスには、周りを見渡せば観光客やカップル、若い人だらけでごった返していた。そこでキョロキョロと周りの目を気にし始めた様子のクーガーにカンビアッソはため息をつく。それに気付いたクーガーは「どうしたんですか?」みたいな目で彼女を見つめた。
カンビアッソはもう一つため息をつきながら、そのクーガーの視線に少しがっかりした様な表情で応える。
「無理もない。やはり10代のお前が私のような年増の女とデートというのは恥ずかしいのだな」
クーガーは彼女の誤解に焦り、前方に突き出した両手を大げさに左右へ振った。
「そんな! とんでもない。俺は逆に誇らしいんです!」
「ほぼ初対面に等しい間柄なのに、わかりやすい林檎磨きなど私の機嫌を損ねるだけだぞ」
「あ、いえ、確かに俺は艦長の事を良くは知りません。誇らしいって言うのは、輝かしい経歴を持っている女性とデートしているから、というわけではなく……」
クーガーは口ごもった末に、辺りを窺いながらおずおずとテーブルの上に身を乗り出した。察したカンビアッソがそれに応じ、彼の顔へ耳を寄せる。
テーブルの上で身体を伸ばしたクーガーがカンビアッソの耳元で囁く。
「あの、さっきから周りの男達が艦長をチラチラ見てるんです。男達の目に魅力的に映る艦長を俺なんかが独り占めしてるって状況が恥ずかしくて。でもそれ以上に誇らしくってしょうがありません」
言ったクーガーは椅子に座り直すと顔を真赤にして俯いた。
カンビアッソは満面の笑みになりそうなのを我慢して口元が歪んだような表情を浮かべる。テーブルに乗り出していた身体を名残惜しそうにゆっくりと椅子に戻すと、背もたれに体重を預けてしばらくその表情を続けた。その間、彼女は下唇を噛みながらクーガーの目を真っ直ぐに見つめていた。
「お前……、将来は優秀な女タラシになるな……」
「そんな! 俺は心にも無い事を言って女性の気を引こうとしたりはしません!」
「それはお前の赤くなった顔を見ればわかる。私が言いたいのは、本心のままで誠実に踏み込んでくるお前が可愛いという事だよ」
恥ずかしさに俯くクーガー。カンビアッソが構わず話を続ける。
「あの時、YT-133の発進前にお前は私とのデートを望んでいたからな。まさかとは思ったものの、試しにその約束を口実に連絡を取ってみればあのハシャギようだ。私のほうがびっくりしたぞ」
更に照れて俯くクーガー。
カンビアッソは彼に悪戯そうな目を向けた。
「私もアルゼンチン海軍の女豹と呼ばれた女だ。同じ肉食獣のコードネームである“クーガー”と相性がいいのかも知れない。もしお前が本気ならこのあと本当に寝てやってもいい」
クーガーはその言葉を数秒かけて咀嚼し、その意味する所に気付いて目を丸くした。カンビアッソはその胸中とは裏腹に“さもありなん”といった態度でさらりと言葉を続ける。
「私も健康な大人の女なのだ。発散したいと思う時もあるが、潜水艦という密閉された空間で手近な部下へ痴態を見せるわけにはいかんからな。艦長という立場でも艦内に広まる部下達の噂は止められないんだ。その点お前は外部の人間だから寝るには問題ない」
「ち、痴態、寝るって……。噂……、そ、そうなんですか……、そうですよね」
答えながら眼の前の女の痴態を想像するクーガー。
「さて、コーヒーと軽食にも飽きた。まだ少し日は高いがバーにでも行くか?」
立ち上がろうとするカンビアッソに対しクーガーは俯いたまま動かなかった。彼女は動こうとしないクーガーを不審に思って声を掛ける。
「どうした? まさか未成年だからと言って私の酒に付き合わないわけではないだろうな?」
「あの、いえ……」
「何だ、はっきり言え」
「さっき艦長がヘンな事を言ったので、ちょっとその……、立てなくなってしまい……」
その言葉にカンビアッソは怪訝そうな顔で椅子に座り直す。少ししてハッと何かに気付いた彼女はテーブルの上に置いてあったバッグを故意に肘で落とした。彼女はそれを拾いながらテーブルの下を覗き込んでクーガーの股間の膨らみ具合を確かめる。
拾い上げたバッグをテーブルの上に戻したカンビアッソが椅子に座り直して姿勢を正す。彼女はもう満面の笑顔を隠そうとはしていなかった。
「お前はホントに……」
笑みを噛み締めたカンビアッソがヒールの片方を脱ぐ。彼女はテーブル下に伸ばしたその足でクーガーの股間をまさぐると、彼の股間に見えた大きな膨らみがただのボトムのシワではなく、“固く詰まった中身”がある事を足裏で確認した。
事情を確認されたクーガーが焦り顔をカンビアッソに向ける。
「あ、いや、艦長、これはその……」
「私の事はカンビアッソとか艦長ではなくリゼッタと呼べ」
「あの……。はい、ミス・リゼッタ」
「ただ、リゼッタでいい」
カンビアッソ――リゼッタはその胸中とは裏腹に落ち着き払った様子で話を続けた。
「さっきの話の続きだが、私も行きずりの男を相手にするよりは安心できる。お前はそうやって可愛いしな」
「そう言っていただいた事はとても光栄ですが……」
「何だ、眼の前の女をその気にさせておいて、いざとなったらやはり腰が引けるのか? それとも私への気持ちというのはウソか?」
「すみません、リゼッタを傷つけるつもりは。この気持ちが好きという感情なのか、素敵な女性を目の前にして膨れ上がった“ただの性欲”なのか、自分でもわからないんです」
その返答にリゼッタは眉を上げる。
(一度寝たら責任を感じて結婚を申し込んできそうな性格だな……)
クーガーの素直さにリゼッタは少し機嫌を直す。
「そうか。なら……」
テーブルへ身を乗り出し、辺りを見渡したリゼッタはとある方向を小さく指差した。
「クーガー、あのカウンターの白人の女、ブラウンのニットの。見えるか?」
その指が示す先には一人の女が楽しそうに連れの男と話していた。肉感的な感じで真っ白い肌に真っ赤なリップ。ただし化粧っ気は少なく白人に特有のケバさの薄い女性だった。
「東洋人は白人の女が好きだと聞いた事がある。あの女はどうだ? 私より若いしスタイルも良さそうだ。あれは好きになれそうか? 付き合うところを想像してみろ」
リゼッタは付き合えるかとの質問の対象に、独りの女ではなく男連れの少し地味な女を指名した。そこには彼女なりの小ズルさがあったが、クーガーはその意図にまったく気付いていない。
クーガーはリゼッタの指し示す女性を真剣な表情で眺めながら、素直に質問に答え始めた。
「あの人は美人だと思います。笑顔も素敵ですし。でも俺の好みではないですね。何でしょうか、話が合う気がしません。体付きも鍛えているようには見えませんし軍人でもないでしょう。人生が違い過ぎます。たぶん共通の話題がありません。もし同じテーブルについても会話が弾む事は無いんじゃないかと。お互いに携帯端末をいじり始めて無言になってく未来が見えます」
人生が違いすぎるから盛り上がる話題だってあるだろうに、と思いながらリゼッタは質問を続ける。
「なら他のでもいい、周りを見渡せ。好みの女はいないのか?」
「目の前にしか」
間髪入れずに帰ってきた予想外の返答に再び口元が歪むリゼッタ。彼女は心を大きく動かされた事をクーガーに悟られたくないあまり、つい口元を手で押さえながら目を逸してまう。
「お前という奴は本当に……」
この時、リゼッタの表情が読めなかったクーガーは失礼な事を言ったのかと少し焦っていた。
「すみません、立場上恐れ多かったですか? すみません!」
「口説いている女に恐れ多いとか言うな」
「も、申し訳ありません艦長。……あ、いえリゼッタ」
「冗談だ、気にするな。しかしお前がそこまで本気なら私も本音で本題を話そう」
その宣言に顔を真っ赤にするクーガー。その反応にリゼッタは微笑んで目を伏せながら首をゆっくりと左右に振った。やがて少し思いつめた表情のリゼッタが顔を上げ、クーガーの目を正面から見据える。
「お前、ジュノーに来ないか? 正式に私の部下になれ」
その突然の提案に驚いたクーガーは絶句した。
彼とは対称的に落ち着き払ったリゼッタが話を続ける。
「ボスにこの申し出をする許可は取ってある。私の副官やブリッジ士官達にも意見を求めてみたが、皆ヘルシンキ沖でのお前の活躍ぶりを知っているからすぐに賛成してくれた。お前が了承したらすぐに転任手続きをする用意がある」
「申し出の許可って……、いつ? クリフは何て言ってるんですか?」
「正式にボスへ申し入れたのは、確かお前達陸戦部隊が西ドイツへ向かう直前ぐらいだ。あのとき卿はクー……、あー、正確には『ショーゴ本人が望むようにする』、と言っていたな」
それを聞いて固まるクーガー。
リゼッタは構わず話を進めた。
「私はストリックランドとは違って寛大だからお前に考える時間をやる。3分だ。質問があるならその間に済ませろ」
制限時間を課せられて一転真剣な表情になるクーガー。
「ジュノーで求められる自分の任務内容は?」
「インフィニオンの起動キーだ。エリザベス・ランドリオ博士に協力し、共にあの遺物の研究を進めてもらう。あとは海中に遺された遺物の調査と発掘、回収作業だな。主任務が戦闘ではなくなるが、お前にとってはそのほうが都合が良いだろう?」
「主任務ではなくなるけど、戦闘自体はあるんですね?」
「仕方がない。降りかかる火の粉は払わなくてはならんからな。しかしジュノーは最新鋭のステルス潜水艦だ。保有戦力は高いが純粋な戦闘艦ではないから逃げ隠れするのが基本だ。もし戦闘になったとしても遠くから魚雷や巡航ミサイルを撃って終わり。それは私と火器管制官の役割であってお前の仕事ではない。EPT乗りのお前が戦闘する機会などほとんど無いと言っていい。ただし陸戦部隊の援護や救出任務でEPTを出す必要があったら話は別だな」
「やはりそうですか……」
「しかし現状の陸戦部隊のままに比べたらお前が戦闘に加わる機会は激減するだろう」
クーガーが考え込んでいる間に辺りを見渡すリゼッタは、風を頬に受け降り注ぐ日光に眩しげに目を細めた。彼女はしばらくイングランドの春の日差し、潜水艦の中では味わえない爽やかな風とまばゆいばかりの光に満ちた久しぶりの陸を堪能していた。
やがて時計を見てもいなかったリゼッタが3分ジャストで顔をクーガーに向ける。
「もういいだろう、返事を聞かせろ」
「リゼッタ、その申し出はとても嬉しいし、俺を高く評価していただいてとても光栄です。ですがお断りさせてください」
その返答に笑顔のまま表情一つ変えないリゼッタ。
「理由は?」
「以前クリフに『友人になってくれ』と言われました。俺はそれを了承したんです。約束は破れません」
「お前がジュノーに配属される事になっても卿のお友達を辞める事にはならん」
「必要な時にちゃんと傍にいられる友人になりたいんです。転任先が潜水艦ではそれは叶いません。それに……」
言い淀むクーガーに小首を傾げるリゼッタ。
「それに、何だ?」
「ジュノーへの転任が決まって艦内勤務になったら、今後もうリゼッタとはデート出来なくなるんでしょう? それはとても困ります」
『手近な部下とは寝れない』という自身の言葉を切り返されたリゼッタは、衆目も憚らずに大声で笑い始めた。
「わかった。残念だがお前がそう言うなら仕方がないな」
彼女はそう言うと溢れた笑い涙を指先で拭った。
◇ ◇ ◇
カフェの屋内に併設された女性用トイレの中。個室を出て洗面台の前にやってきたリゼッタは、バッグから携帯端末を取り出すと軽く周りを警戒しながら電話を掛け始めた。
「ルイス・ストリックランド少佐か? 私だ、カンビアッソだ」
『あー、ええと……、カンビアッソ中佐。それで、クーガーとの話し合いはどのようになりましたか?』
「何だ、以前の口調に戻せ。気持ちの悪い……」
『ああ、それなら……。で? どうだった? クーガーとの話は』
洗面台の表面が濡れていないか確かめたあとその脇に腰掛けたリゼッタは、そのまま入り口の方を見ながら話を続けた。
「実際に話して理解った。アイツはやばいぞ少佐。アイツはとんでもなくやばい奴だ」
『まさか……、どっかの組織のヒモ付き? いまさら?』
「違う! あいつは将来とんでもない女タラシになるか、女で身を滅ぼすハメになる男だ。いまから気を付けておけ。まったく、何度か素で冷や汗をかかされたぞ……」
何だかよくわからない方向へ進んだ話に電話口の向こうのルイスが面食らう。
『ええと、中佐……?』
「それにアイツは年増好きだ。手綱を握ったままにしておきたかったら歳上の女を充てがっておけ」
『あー……、いや、それでスカウトの結果は?』
「言わなくてもわかるだろう。ジュノーへの転任が決まれば今後お前はクーガーと無関係になる。そんなお前に彼を掌握しておくためのアドバイスなどすると思うか?」
電話の向こうからルイスの大仰なため息が響いた。
『了解、中佐』
大きく息をつくリゼッタ。
「少佐、クーガーという車だがな、あれは普段からブレーキが効き過ぎている。一度アクセルだけを思い切り踏み込ませてみろ」
リゼッタの意見は、南極作戦とヘルシンキ沖海戦の後で上級士官向けに共有されたクーガーに関する“大量の敵兵を殺した結果、自殺を図りそうなほど落ち込んでいた”という内容の報告書と、今回のデートで実感した“女性に対して消極的なアプローチしか見せなかった事”に基づいたものだった。
『戦闘中はほぼ逆だ。アクセルだけが効き過ぎるんだ。白か黒か、オンかオフかそれだけで中間が無い。それがこっちの悩みのタネなんだ』
リゼッタの所感とは真逆となるこのルイスの言葉は、同じくその報告書内にあった南極におけるインフィニオンの主力兵器を使った暴走や西ドイツ国境戦での数々のスタンドプレイ、それに先日のVRシミュレーターでのはっちゃけ具合から導き出されたものだった。
これから先のルイスの苦労などどうでもいいと考えているリゼッタは適当に話を締めにかかる。
「そうか。まぁ部外者である私には関係無い。彼の親鳥はお前なのだからモルガン卿に失望されないようお前がしっかりと育てろ」
いやそれがどうにも、などと口ごもるルイス。
クーガーに選ばれておきながらその態度は何だ、と思ったリゼッタは、ここでルイスに対する最高の嫌がらせを思いついた。
「まあいい。スカウトを断られた腹いせとお前への嫌がらせのため、あわよくば彼を喰ってから返す。本人は性的モラルを問題にして頑なに拒んでいるが私の全戦力をもってすぐに落としてやる。クーガーの今夜の帰りは遅くなるが心配は無用だ。ではな」
『あぁっ! 中佐、ちょっ……』
声を上げたルイスに構わず電話を切ったリゼッタは左手を軽く握り込み、銀色の指輪――骨伝導式通信機を耳裏の乳様突起に押し当てた。
「ギジェ、私の護衛任務は現時刻をもって終了だ。貴様らは撤収、明日まで陸で自由に過ごせ。ホテルに取った私の部屋は自由に使っていい。私は今夜そこへは帰らない。明日の朝に連絡するからその時に誰かを迎えに来させろ。以上だ」
言うべき事を言って一方的に通信を切ったリゼッタは、真剣な表情で洗面台の鏡を見ながら少し着崩れていたドレスを直した。そのついでに襟元に手を掛けて大きく胸元を開けると、鏡に映る自分の姿を見てふと考え込む。
(彼はこういうのを好まないだろう……)
躊躇った末に開けた胸元を元に戻したリゼッタは素早くリップを引き直した。後ろに結わえていた髪をほどき、両手で頭を左右からかき上げると柔らかな髪がふわりと広がる。唇をんぱんぱさせてリップをなじませながら洗面台に広げていた化粧道具をバッグの中に乱暴に放り込むと、彼女は鏡に映る自分の背中とヒップラインを気にしながらその場をあとにした。
◇ ◇ ◇
2023年03月13日 09時21分
イングランド ブリグストウ郊外
モルガン邸本館玄関前にて
ジュノーへの使いで外出していたクーガーが翌朝帰ってくると、モルガン邸本館の玄関前ではルイスが仁王立ちで彼を待ち構えていた。実際には屋敷から遥か離れたゲートの門番からクーガー帰還の連絡を受けたあと大急ぎで玄関へ駆け付けたわけだが、ルイスはいかにも「一晩中ここでお前をずっと待ってました!」みたいな態度を見せていた。
「クーガー、兵卒のご身分で朝帰りか? 何処へ行ってた?」
ルイスのその質問に、帰還したクーガーが敬礼しながら「おはようございます」の挨拶の後に答える。
「任務、というかジュノーへの連絡要員として外に出てました。ボスから連絡は行っていませんか?」
ルイスは腕組みを解いてクーガーに人差し指を向ける。
「連絡員として外に出るとは聞いていたが朝帰りになるとは聞いていない。まさか外に出たついでに俺にナイショで女遊びでもしてきたんじゃないだろうな?」
「そんな! とんでもない! 俺は女性との交際は真剣なのがいいんです! 遊びとかそんな……」
再び腕組みに戻るルイス。
「ふうん……、まぁいい。睡眠や朝食はとってきたのか?」
「充分です」
「ちょうどいい、このあとシミュレーターでEPTの模擬戦をやる。シャワーを浴びたら別館地下に来い」
「了解」
眼の前を通り過ぎてゆくクーガーの尻を、ルイスは腹立ち紛れに思い切り引っ叩いた。
◇ ◇ ◇
同時刻帯
ブリグストウ市街 とあるホテルの前にて
市内の一流ホテルに比較すれば古く小さいが、清潔そうで品の良い昔ながらのホテルの玄関からリゼッタ・カンビアッソが姿を現す。彼女が玄関前の階段を降りると正面の道路の路肩には小型車が停まっており、その運転席には彼女が見慣れた大柄の男が窮屈そうに座っていた。
リゼッタが運転席の窓をノックし中を覗き込む。車中でノックの主が艦長である事に気付いたのは、実験艦ストロングボウの艦長デズモント・ヒギンス中佐という偽の身分を使っていたジュノーの副官、ギジェルモ・アロンソ少佐(36)だった。艦長を迎え入れるために慌てて車外へ出ようとしたギジェルモをリゼッタが手のひらを向けて制止する。
リゼッタは後部座席のドアを自分で開け、乗り込んでシートに座り込むとドアを閉めた。
「ギジェ、わざわざお前が迎えに来たのか」
「はい、艦長。他の者は昨夜のうちに帰艦させました」
その答えにリゼッタは驚きの表情を見せる。
「何だ、せっかく自由時間を与えてやったのに。皆で女でも買いに行ってると思っていたが」
「我々には陸の空気と酒で充分です。街の娼婦達を相手にすれば、後に控える性病検査が面倒です」
エンジンが掛かり車が走り出す。
運転席のギジェルモはルームミラーに映るリゼッタに目を向けた。
「それで艦長、クーガーは?」
その質問にリゼッタは窓の外に目を向けたまま、そっぽを向いて答えた。
「断られた。残念だが」
「……しかし、朝まで一緒にいて何も無……」
ギジェルモが話している途中で、慌てたリゼッタが運転席のシートに手を掛けて身を乗り出す。
「バカ者! 何の話をしているか‼ スカウトの話だろう!」
「そ、そうですか……。それは本当に……、残念です」
彼のその返答にリゼッタは再び後部シートに身体を預け、窓の外の景色をぼうっと眺め始めた。
やがてリゼッタがボソリと呟く。
「まぁ、そっちの話も断られたがな……」
その告白に対してギジェルモは無言を貫いた。
窓の外を見ていたリゼッタだったが、ギジェルモの無言には何らかの含みがあると感じ、横目でルームミラー越しに運転席を睨みつけた。その視線に気付かない彼が一瞬だけ笑顔を見せる。それはクーガーに拒絶されたリゼッタを笑ったり小バカにしたのではない。艦長を取られなかった事に対する彼の個人的な安心感や嬉しさが心の中から少し漏れただけだった。
ふとギジェルモがルームミラーを見て2人の目が合いそうになったところ、リゼッタは慌てて目線を逸した。
「まったく、お前も彼ぐらい可愛ければな」
彼女は車外を眺めながら少しの沈黙の後、ふいに運転席に向けて再び口を開く。
「顔の話ではない、心持ちの話だ!」
「それはどうにも……、困りものですな」
ようやく返答があった事にリゼッタは小さくため息をついて俯いた。そしてクーガーが自分に向けていた素直な態度を思い出す。彼女は時として自分の心を明け透けに、相手へわかりやすく直球をぶつけるのも効果はあるな、と考えた。
(私の迎えなど部下に命令すればいいのにわざわざ副長が自ら来たのだ。私に対して何か期待が無いわけでもあるまい。そう考えればコイツにもなかなか可愛いところはあるじゃないか……)
俯いたまま思わず恋煩いの少女の様な笑みを浮かべるリゼッタ。
やがて彼女は一転、キリリとした表情を作って顔を上げる。
「ギジェ」
「はい、艦長」
「私も久しぶりに陸で過ごす自由時間だ。合流予定の夕方までにはまだしばらくあるし、ホテルのバーにでも行って飲みたい気分だ。お前に少しばかりの勇気があるなら付き合ってやってもいい」
「そんな、ご冗談を!」
口説かれてやってもいいぞ、というサインを飲み比べか何かだと誤解された挙げ句、軽く冗談として流されたリゼッタは頬を真っ赤に染めた。
「そういうところが可愛くないんだお前は! もういい、港へ向かえ!」
「了解、艦長」
ギジェルモはなかなか無いチャンスを棒に振った事に気付かないまま、車を目的地のポーツマス海軍基地へ向けて走らせた。
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ノイ
うさみ先生 お久しぶりです! 長く続きを読めないままで申し訳ございません! あいも変わらず遅読ですが楽しませていただきます!
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ノイ
2022年1月16日 19時36分
うさみしん
2022年1月17日 5時40分
無理せずゆっくりのペースでだいじょぶですよ押忍。ノイ先生の作品の続きを期待してますぞ押忍!
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うさみしん
2022年1月17日 5時40分
羽山一明
軍隊モノは、置かれた環境ゆえの切れ味鋭いセリフが際立つジャンルであると考えますが、しかし、だからこそ、このような話が引き立つものだとも思います。(迫真)いいですね、ちゃんと高校生らしく、初心で一途な内心を顕に。行き先がホテルでなくコックピットならば、もう半日遅かったかもですね。
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羽山一明
2022年2月26日 14時00分
うさみしん
2022年2月27日 6時06分
女性と絡んだ経験が少ないから実直に行かざるを得なかった将冴ですが、いずれ成長したらこ汚いテクニックを弄する彼も書いてみたいところであります押忍。
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うさみしん
2022年2月27日 6時06分
未季央
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未季央
2020年12月17日 18時09分
うさみしん
2021年2月16日 3時08分
ありがとうございますありがとうございます! 返信漏れで御座います。 誠に申し訳ありません押忍!
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うさみしん
2021年2月16日 3時08分
羽山一明
ビビッと
500pt
2022年2月26日 13時51分
《「目の前にしか」》にビビッとしました!
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羽山一明
2022年2月26日 13時51分
うさみしん
2022年2月27日 6時06分
これを本気にしたリゼッタのがヤバいのです押忍!
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うさみしん
2022年2月27日 6時06分
羽山一明
ビビッと
500pt
2022年2月26日 13時49分
《(一度寝たら責任を感じて結婚を申し込んできそうな性格だな……)》にビビッとしました!
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羽山一明
2022年2月26日 13時49分
うさみしん
2022年2月27日 6時07分
特定宗教の信者で無い限り、女性としては恐怖やと思いますぞ押忍!
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うさみしん
2022年2月27日 6時07分
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