奈落の王と嘆きの女王

読了目安時間:21分

エピソード:61 / 149

第061話 懸念

2023年02月06日 20時21分  アルンヘム・テクノダイン社 地下工廠にて  地下工廠区域にあるEPTのVRシミュレーターが並べられた一画(いっかく)。6台並びのポッドの一番手前のハッチが開くと、中からニジーナ・マックアルフィン中尉が不機嫌そうな顔で降りてくる。彼女はこの日、午後から数時間に渡ってEPTシミュレーションを繰り返していた。  ジーンはそのプライドの高さからこれまでのクーガーの戦果を認められなかった。しかし南極で始末したノイシュヴァーベンラント基地の敵兵の数は遺物(EMA)兵器の暴発が理由と聞いていたから特に気にしなかったものの、ヘルシンキ沖海戦の戦果はどうしても意識せざるを得なかった。  詳細は知らされていなかったが、クーガーはEPT単機で駆逐艦や巡洋艦、EPTの大型母艦、それに潜水艦まで、合わせて20隻以上のソ連艦を撃沈したという。だが本人はそれを(かさ)()けて増長するどころか、逆に大量殺戮だの何だの言って落ち込んでいる始末だ。  ジーンはクーガーの新兵にありがちな気弱な態度が許せなかったし、そんなナヨナヨ男に戦果で負けているのが悔しかった。フィンランド南戦線では最後、ボスの指示によるよくわからない高高度爆撃が無ければ部下の命を失う可能性すらあった部隊の状況と、その()()()()()()()()の上げた戦果を比較すれば自分自身が無力に思えて仕方が無かった。そのため、ここしばらくは部下を伴って連日EPTシミュレーター訓練に(いそ)しみ、夜になって部下達を帰らせた後も自分一人で残って訓練を続けていたのだ。  ジーンはVRポッドから出ると乱暴にヘッドセットを外し、髪をかきあげながら近くのベンチへ身体を投げ出すように腰を下ろした。そして身体を前傾させると両手で顔を覆う。両方のこめかみを人差し指の関節でグリグリと押しながら天井を仰いだ彼女は眼精疲労から目を涙ぐませた。  ちょうどその時、ベンチに近付いてきた白衣の男が彼女に声を掛ける。 「マックアルフィン中尉、随分長いこと続けられてましたね」  彼女へ紙カップのコーヒーが差し出される。 「バンドワール博士……」  ジーンはバンドワールからコーヒーを受け取るとそれを口に含んだ。隣に座りたそうにしているバンドワールの様子に、自分の汗臭さを嗅がれるのではないかと身体をこわばらせたものの、彼の匂いも相当だったので首を少し傾げて手を隣の椅子に向ける。  笑顔でジーンの隣に座ったバンドワールは、彼女に目を合わせないままぽつりぽつりと喋り始めた。 「中尉、長時間連続のシミュレーションは身体に(こた)えるでしょう。何事もやりすぎは毒です、今日はそろそろ切り上げられてはいかがですか?」 「……でも、博士にズル設定までしてもらったのに、まるで結果を出せてないわ」  ジーンがシミュレーションしていたヘルシンキ沖海戦の対艦隊戦には、クリフが機密指定した事を理由にヘルシンキ沖海戦の主役となったクーガーの機体のデータが入力されていなかった。そのため彼の操縦はおろか戦況をそのまま再現するモードはグレーアウトしたまま選択出来なくなっている。  彼女が独自にここ数日間で調べた結果、アルンヘム・テクノダインにもモルガン・アーモダインにもクーガーが乗ったとされる彼女の知らない機体――YT-133が搬入された形跡が無い。少なくとも実戦を(おこな)ったのだ、傷んだ装甲の交換や関節駆動部の再調整はやって然るべきなのに、と思うジーンだったが、ふと先日少佐が漏らしていた言葉を思い出す。 「博士、YT-133は()()()に着いた?」 「ちょっ! それはどなたからお聞きに?」 「ルイス・ストリックランド少佐よ。何か問題でも?」  ぎょっとしていた博士の表情が一気に緩む。 「何だ、それなら……。すみません、そちらの軍事部門の事は私どもには。どの情報がどの階級から機密扱いになっているのかがわかりませんで」 「いいのよ別に。それで、機体は?」 「結局届かなかった、と言うかあのあと見つかっていないのです。オーナーからはどちらの陣営に盗まれたのかわからないと言われました。おそらく二度と出てこないとも」 (盗難? クーガーの機体が? いつの間に!?)  床を見つめながら考え込んだジーンは、機密扱いの情報でバンドワールも知らないならもうこれ以上は聞き出せないだろうと考える。思考を切り替えたジーンは彼に目を向けた。 「シミュレーターの機体、FT-03じゃなくYT-133でやってみたいんだけど、いいかしら?」 「そ、それはちょっと。多分今よりも自信を無くしますよ? YT-133はFT-03に比べて大型ですし鈍重ですし……。今より良い結果は出ないと思いますが」 「でも武装は違うんでしょ? 博士にチートで重さ0の対艦ミサイルを80本積ませて貰ったけど、結局のところ長距離からの発射じゃほとんど艦載CIWSに迎撃されちゃうし、会敵直後の敵艦隊からの猛攻撃を受けたら機体もフローターも半壊してるんだもの。ミサイルを増やしたって大勢(たいせい)に影響無かったし、それにクーガーと装備が違うんじゃ比較訓練にならないわ」 「そんな事をおっしゃられても、YT-133自体の機体データがシミュレーターに入っていませんし、持ち込み装備はほとんど変わりありませんよ? シミュレーターのFT-03と同様、20mmのアサルトライフルに防空対地(ADATS)ミサイル8発にメイス。フローターには対艦ミサイル4発とCIWSが2基、それに120mm榴弾砲です」  それを聞いて眉をピクリと動かしたジーンは、バンドワールの腕を取ると自分の腰とベンチの背もたれの間に挟んで身体を密着させる。そして上目遣いで彼の目を見つめた。 「いま装備はほとんど変わりないって言ったわね? 違うのはどれ?」 「どっ! あっ! いや、その……」  バンドワールは辺りを見回すと、少しおどおどしながらジーンの耳に口を寄せた。 「今度中尉にお任せする新型機がありますでしょ? それの主兵装と似たようなものを持たせていたんです。潜水艦側が管理している兵器でこちらでは詳細を確認していませんが」  バンドワールは眼下に見えるEPTブースの一つに立つEPTを指差す。 「ほら、あそこのFT-03Mメイヴ。右側のガンラックにライフルが下がってますでしょ? アレと似たものが当時のYT-133に」  そこには弾倉が無い、銃身の後部から太いコードが機体本体へ伸びている大型ライフルがあった。 「あれ、実弾砲って風じゃないわよね。まさか荷電粒子砲?」 「威力はだいぶ違いますが同じ様な兵器です。完成しだい中尉が乗る機体ですからいずれご説明差し上げる機会はあるでしょうが、どうかそれまではいま話した内容はご内密に」  それを聞いたジーンは笑みを浮かべる。 「それじゃ、あのライフルのデータってシミュレーターに入る?」 「あー、既存のアサルトライフルのパラメーターを……、実弾を熱線に変更して……、威力をアレに近づけるって変更ならすぐ出来ます。本物とは少し違いますけれども」  更に満面の笑みを浮かべたジーンはバンドワールの頬にキスをし、勢いよく立ち上がる。  バンドワールは彼女からの突然のキスに驚き、自分の頬を手で押さえて呆然とした。 「あ、あの……、今のは?」 「ほら! 早く! 調整してくれるんでしょ?」 「は、はい! もちろん。すぐです、一瞬です!」  バンドワールは立ち上がるとジーンの後ろにつき、小走りにシミュレーターへ向かった。        ◇         ◇         ◇ 2023年02月06日 20時42分  モルガン邸西館(迎賓館)1F ダイニングホールにて 「こちら、真羽太(マハタ)のフュメ・ド・ポワソンで御座います」  レネによってスープ皿が片付けられ魚料理が運ばれてくる頃には東原は相当量のワインを空けていた。クリフが半ば意図的に勧めていたものの、流石に飲むペースが早すぎると注意を促したのだが、東原は赤ら顔で平気平気と意に介さない様子だった。 「これ、ハハハハハハ! 自分でもビックリだ。地球種の、人間のエミュレートがしっかり出来ている。“酔い”というのは面白いね。とても気分が(かろ)やかだ」  東原は苦笑を続けるクリフの顔を(うかが)う。 「モルガン卿、あなたの酔いは進んでないようだが、君はアルコールを摂取していないのかね?」 「こちらは炭酸水とぶどうジュースだ。残念だが私はまだ未成ね……、幼体なのでアルコールの摂取が許可されない」 「それは残念だ、モルガン卿。君も酔えば少しは口が軽くなると思ったんだがね」  マハタをほおばる東原が目を細めながら何度も頷く姿に、彼がどこまで本心を晒しているのかをクリフは測りかねていた。クリフは自分なら酔った振りもするし、例え味などわからなくても出された料理が()()()()という反応を相手に見せるだろう、そう考えていた。  自分がやる事は相手もやってくるはず、クリフの警戒心で満たされた思考は東原をそう読んでいたが、心のどこかでひょっとして彼は本当に楽しんでくれているのではないか、とも考えていた。  何か考え込んでいる様子のクリフに、東原はナイフとフォークを手首で小さく振り回すと慌てて口内のものを飲み込んだ。 「何かね? マナー違ってた? 何か間違っていたらすぐに指摘してくれたまえよ。礼儀知らずを理由に不興を買いたくないんだ」 「何も問題は無い。むしろ宇宙人にしては食べ方が上手い、ちゃんと勉強されてきたようだ。こちらの文化を尊重しようとするあなたの真摯(しんし)な気持ちが伝わってくる」  クリフに続いて東原が魚料理を食べ終わり、皿の上にナイフとフォークを揃えて置くと、レネが(せわ)しなくもなくのんびりし過ぎというわけでもない絶妙なタイミングで皿を下げる。  クリフは口に付いたソースをナプキンで拭くと炭酸水を口に含み、タイミングを見計らっていたレネに目配せをする。彼女はそれを合図にワゴンから小さなガラスの小鉢を取り出して配膳した。 「お口直し、白ワインとミントのグラニテで御座います」 「おお! 何とも可愛らしい色合いだ。アイスだね?」  クリフが笑顔を返すと、東原はさっそくスプーンで薄い緑色に輝くグラニテを(すく)って口にする。舌の上で溶かして喉の奥へ流し込みながら、彼は目を細めて指揮棒でも動かすようにスプーンを振るった。  その様子を眺めていたクリフの目が()わる。 「それでは東原、そろそろ本題と行こう。あなたへいくつか質問をしたい」 「ん~~~、現時点で()()が開示出来る情報は少ない。それに一方的に情報を伝えるだけでは面白くない。こうしよう、お互いひとつずつ質問していくというのはどうだね?」 「知っているのに答えなかったら相手は質問内容を変えてターンを継続?」  クリフの提案を聞いた東原が一瞬静止する。 「うん、それでいこう。じゃあモルガン卿からどうぞ」  東原が輝かせた目は「さぞかし核心を突いた面白い質問をしてくれるのだろう?」と言っていた。それに応える様に身を乗り出したクリフがテーブルに両肘を突く。 「さて、それでは早速だが、あなた方は交渉相手に嘘をつけるのかな?」        ◇         ◇         ◇  この夜、モルガン邸の敷地内では暗号化された近距離無線がいつになく飛び交っており、その無線の大半が警備詰め所にいるジョン=ジャック・ジョンストン先任曹長に集中していた。 「クーパー伍長、やはり会話は聞けないか?」 『先任曹長、駄目ッス、何も聞こえません。ダイニングは会食前に“掃除”されたみたいで……、誰が掃除したかもわからないッス。考えたくは無いんスけど、俺らの仲間にボスの息が掛かってる奴が居るとしか……』 「ボスの息が掛かっているとしても俺らの仲間である事に違いはない。それにこの場合は仕方ない。むしろボスが隠したがってる情報をこっそり探ってる俺らが悪いんだ、妙な事は考えるなよ?」 『了解』  ジョンストンは警備詰め所の窓から見える迎賓館(げいひんかん)のダイニングの灯りを眺めながらチョーカーを叩く。 「ショーン、俺だ。ダイニングに居る人物が誰なのかはわかったか?」  その通信に、中庭を挟んで迎賓館(げいひんかん)の向かいにある別館屋上から監視しているショーン・アダムス一等兵が答えた。 『先任曹長、ダイニング内はカーテンの隙間からしか見えません。動き回っているのはメイド、それに執事。いまボスは見えませんがテーブル奥の定位置のはずです。客の姿は見えません』 「ボスの対面の席だろう? 背格好ぐらいはわからないのか?」 『それが、対面の席はここから見えてますがそこには誰も座ってません』 「おいおい、それじゃ招待マナー的に……」  言いかけてジョンストンは思索を巡らせる。 (もしかしてボスの一人芝居? 実は客など誰も来ていないんじゃ……)  気を取り直したジョンストンは再びチョーカーを叩いた。 「ハフィントン、俺だ。すまんがキッチンへ行って下げられた料理の皿を見てくれ。汚れを見て、ちゃんと食った(あと)か捨てた(あと)かの確認を」 『残してたら俺が食うぞ』 「お前……、誰が口を付けたかわからない料理だぞ」 『ボスのなら汚くない、少年だからな。……ヘンな趣味じゃないぞ?』 「好きにしろ。あとは食器の指紋を確認したい。下げられたカトラリーを回収して採れるだけの指紋を採れ」 『わかった、これからキッチンへ向かう。誰かに指紋採取キットを持って来させてくれ』 「サリーを行かせる。それまでメイドに食器類を洗わせるなよ」 『了解』  無線を切ったジョンストンは、室内のガンラックに立てかけられているライフル類へ目を向けた。そちらへ足を進めそうになるが、苦虫を噛み潰したような顔を作って踏み(とど)まる。 (おかしな夜だ、何事も起こらなければいいんだが)        ◇         ◇         ◇  ショーン・アダムス一等兵は通称別館、モルガン邸の東館の屋上でイングランドの2月の夜の寒さに打ち震えながら、対面の迎賓館(げいひんかん)の監視を続けていた。  別館の3階の上には屋根裏があって、そこには屋敷で既に使われなくなった雑多な古い家具が放り込まれており、見る者が見れば宝の山であった。その屋根裏にはゴシック・リヴァイバル建築にはよくある突き出し窓がある。ショーンはそこから監視を行いたかったが、どの突き出し窓も位置が悪かった。たまたまなのかまさか意図的なのか、迎賓館(げいひんかん)ダイニングホールのホスト席に座るクリフからはそれら突き出し窓が丸見えになる。そのうえ屋根裏内には多くの細かいホコリが積もっており、古い家具の布材や木材は冬の乾燥した空気に晒されて乾ききっていた。狙撃が必要な状況になった場合、排莢後に燃え残った火薬が遅延発火でも起こせばそこから火の手が上がることが予見出来た。  ショーンは仕方なく寒風吹きすさぶ屋根の上、迎賓館(げいひんかん)から見て棟の反対側で凍えながら双眼鏡を手に身を潜めていた。この日は生憎(あいにく)の満月だったが、ショーンが選んだその位置は東館の更に東側に立ち並ぶレイランドヒノキの一種、シルバーダストの枝が作り出す影によって彼の姿は隠されていた。  ショーンは上官であるジョンストン先任曹長から『指示があるまで決して迎賓館(げいひんかん)へ銃口を向けるな』と厳命されていたが、そのもしもの場合を考えて当たりを付けておく必要があると考えていた。夜間、月光が照らす迎賓館(げいひんかん)と内部から漏れる明かり、それらに対応するためには予めスコープで対象を覗いて明度を確認しておかなければならない。それだけなら狙撃銃からスコープを取り外して見れば良かったが、寒さで(かじか)む指先で銃口の先をどれぐらい微調整出来るかは実際に狙撃銃を構えてみなければわからない。急角度の屋根の主棟越しに設置するバイポッド(二脚銃架)がどの程度安定するかにも不安があった。  ショーンは上官からの命令と与えられた任務を遂行するための確実性を(はか)りに掛ける。数秒考え込んだあと、彼は双眼鏡を脇に置くと狙撃銃を手に取った。  銃のバイポッドを展開させて棟の向こう側に渡す。最小限の高さで銃を設置し、迎賓館(げいひんかん)へ向けたスコープを覗く。ショーンにとってかつて経験したことのない急勾配での狙撃体勢だった。 (およそ80m、撃ち降ろし、風はほぼ無し、狙撃予定地点の明るさOK、コールドバレル……)  セーフティがかかっている事を再度確認し、スコープでダイニングのカーテンの隙間を覗く。射距離も短く、狙撃には何の問題も無い距離、風力、明るさだった。安心したショーンは白いため息を吐いた。  その直後、天然スレートの屋根を踏みしめるジャリっという音が背後で響き、それに気付いたショーンは一瞬固まった。  ショーンはここに誰か来るという連絡を受けていない。そもそも彼が別館の屋根に潜んでいる事は、非常時向けの狙撃対応を命じたジョンストン先任曹長以外は誰も知らない事なのだ。  ショーンは音に気づいていない振りをしながら、そっとジャケットの胸元のジッパーを外して左腋下(ひだりわきのした)に下げているホルスターのハンドガンに右手を掛けて目を閉じる。  彼は少し祈ったあと目を見開き、思い切って身体を右に捻りながら背後へハンドガンを振り抜いた。  銃口を向けた足側には誰も居なかった。 「あなたはショーン・アダムス・イットウヘイ」  突然ショーンが寝そべる左側、頭の後ろ側から女の声が発せられた。彼は驚きと恐怖に全身の毛穴を開かせながらそこから更に身体を捻る。声の主を確認するため背中側に目を向けようとした彼は、直後に後頭部へ強い衝撃を受けた。  昏倒した彼の傍には金髪に褐色の肌でスーツ姿の女、ハルエッタ・メイスンがしゃがみこんでいた。 「少なくとも、今夜は誰も傷ついてはならないのです」  ハルエッタはそう言った後ハッと何かに気付くと、気絶したショーンの後頭部の具合を確かめ始めた。        ◇         ◇         ◇  しばし沈黙を続けていた東原はワインで喉を濡らした。 「“我々”が嘘をつけるかどうか、か……。いきなりそう来るかね、ちょっと予想外だった。モルガン卿はもう少し、その……、ロマンチストだと思っていた」  空になったグラスにワインが注がれると、東原は再びグラスを傾ける。 「まず我々がどんな存在なのか、何処から来たのかについて訊かれると思った。うん、君はとことんリアリスト(現実主義者)だね」  クリフはテーブルの上で結んでいた両手を開きながら首を傾げる。 「それは後回しだ。それで、質問には答えてもらえないのかな?」 「これは失礼。いまのところ嘘はつけない。というか嘘という概念が無いんだ。相手に記録や事実と異なる偽情報を伝える利点や必要性を感じないしね。まぁ、特定の情報を伏せる事はあるが」  ワイングラスを半分ほど空けてテーブルに置いた東原は、ナプキンで口の周りを(ぬぐ)った。  クリフはその様子を見ながら口をへの字に曲げる。 「そうか。少なくとも今夜、あなたが正直であるなら申し分無い」 「君が嘘をつかなければ我々も嘘を学習のしようが無い。安心したまえ、君が正直なら我々も正直なままだよ」  東原に頷いたクリフがレネに目配せをすると、彼女はワゴンから次の料理を配膳し始めた。  ひときわ大きな皿に乗っていたのは濃厚な脂が輝くブラウンソースが掛かった肉料理だった。それを見た東原が目を輝かせる。 「ほほう? これは何かな? 動物の筋組織に熱を通したものの様だが」  答えようと口を開きかけたレネをクリフが手のひらを向けて制止する。 「これはヴィアンドゥ(肉料理)、仔羊のフィレ・ミニョン(鞍下肉)のペリグーソース和え、ガルニチュール(付け合せ)ノアゼット(香草)とジャガイモ。ノアゼットを巻いている薄切り肉は仔羊のロティかな。私が好きな料理だ。ソースも絶品で、私もこれ以上に旨い肉料理を食べた事が無い」  東原はクリフの説明を聞きながらフォークとナイフを手に取る。 「良くわからないが素晴らしい! 視覚と嗅覚情報だけで食べたくなって胸の奥が痛い!」  東原は言い終わるとさっそく料理にナイフとフォークを当て、一口大に切り取ると急いで口にほおばった。彼は目を閉じて咀嚼(そしゃく)を続ける。  クリフはその様子に笑顔を向けながら炭酸水を飲み込む。  東原はナイフとフォークを立てながら皿上の料理を見つめた。 「複雑な味がするし後を引く。ここまで成分を調整するのにどれだけの試行錯誤を繰り返したのだろうか?」 「料理文化は歴代料理人による連綿とした研鑽(けんさん)の賜物だ。ご満足いただけたかな?」  その質問に東原は何度も頷き、小さな呻きを上げながらナイフとフォークを捌き続ける。彼はやがてしばらくして皿の上の料理を平らげると満足そうな笑みを浮かべた。  料理を気に入った東原の様子に、クリフはまだ手付かずの自分の皿を彼へ差し出す。 「東原、良ければこれもどうぞ」 「そ、それはモルガン卿、君の分だろう? いや、嬉しいがマナー的にどうなのかね? 大丈夫かね? 私を食いしん坊だと思わんかね?」  思わず吹き出すクリフ。 「質問が多いな、東原。それに全部答えたらしばらく私が質問するターンになるが、まあいい」  真顔になった東原はこれまでの会話の流れを思い出して苦笑した。 「これはまいった。つい質問ゲームの事を忘れていた」 「少し冷めてしまっているかと思うが、どうぞ。あなたが食べたいと言うならこちらは構わない。私なら望んだ時にいつでも食べれるしね」  2人の距離はさほど離れていなかったが、車椅子で身動きが取りづらいクリフに代わってレネがクリフの皿を東原の前に置く。  東原はクリフの分の料理を口にしながら舌鼓を打った。 「まったく素晴らしい。私の人格エミューレーターが『感情を強く表に出すな』と『最大限の謝意を伝えろ』と、相反する信号を送り続けてくる。これはどうしたものかね」  クリフはテーブル上の皿があったスペースに両手を置いて前のめりになる。 「東原、あなたは本当に人間ではないのか?」 「似ているが違う」  咀嚼(そしゃく)しながら東原は話を続けた。 「何体かの地球種の身体的データを基にでっち上げたコミュニケーション用のボディだ。思考は統合体から分離したコピー。それに個性を付加する為に人格エミュレーターを(かぶ)せている。どうだね? 会話しやすいだろう?」 「確かに機械を相手にするよりは親しみやすい様だ。しかし何故姿が日本人なのだ?」 「この世界は白人種が主流の社会だ。なら我々が人類社会に自然に溶け込むには白人を真似るのが最良だったわけだけど、接触の初期段階でそれは難しいと判断したんだ。ならどうするかと。結果、主流派と文化圏が異なる出自の人種なら少しばかり奇異な行動を取っても不審に思われないだろう、という判断で日本人にした」 「日本人を選んだ理由にはなってないな。人口や経済活動の規模を考えるなら、同じ非主流派の大国である中国やインドを選ぶのが普通の考え方では?」 「日本はアメリカ合州国との戦争で引き分けたのだろう? アメリカ人にとっては憎むべくも少しばかり尊敬する相手でもある。中国やインドと違って、日本はアメリカと軍事面において同盟を結んでいるし、こちらにとっても色々と都合がよろしい」  頬杖を突いて聞いていたクリフが小さくふっと息を吐く。 「本当によく調査されているようだ……」  話を聞いたクリフは統合体による人類への浸透を懸念していた。統合体は東原のようなデバイスを既に何体も人類社会へ紛れ込ませているのではないか、深く静かに各国の政府機能を奪うつもりではないかと考える。しかしここでその事を問いただしても良いものかどうか迷っていた。 「東原、もし人類と君ら統合体が戦ったらどっちが勝つ?」 「私の質問の番なのだがね」  憮然とした表情で口を拭いたナプキンをテーブルに置く東原。 「失礼。それではどうぞ」  クリフが促すと、東原はワインを口に含んだあと楽しそうに話し始めた。 「モルガン卿、あなたは性急過ぎるようだ。やはりまずは我々の出自や目的を訊くべきだったろう。話が飛び過ぎだと指摘された経験は無いかね?」 「人類全体の未来や運命のほうが重要だ。私の個人的な興味など後回しだよ」 「あなたはそれほど我々に敵意は持っていないと思っていたのだがね……」 「東原、あなたが私に接触してきたのは幸運だった。アメリカやソ連であれば何が起こっていたか……。私があなたがたに敵意を持っているかどうかは問題じゃない。アメリカやソ連が統合体と敵対する事が問題なのだ」  クリフが炭酸水を飲み干すと、レネがすかさずグラスへ注ぐ。  クリフはレネに小さく頷き、目でありがとうと告げると、彼女は一礼して後ろへ下がった。 「アメリカやソ連は自分達を超える勢力の存在を許さない。だからこそ戦争が続いている。これは盤上に宇宙人が登場してきても変わらない」  それを聞いた東原の瞳が緑色に輝き、中でいくつかの小さな赤い光が忙しく動き回る。数秒経ってゆっくりとした瞬きの後、それらの光は消えていた。彼は幾分ゆっくりと話し始める。 「君らとの戦争など無意味だが、地球種の現戦力を核を含めた通常兵器のみに限定して試行してみた。()()()の持つ戦力と君らが戦力化している遺物の数が見えないのでそれらは除外したが……、申し訳ないが我々の圧勝だ。むしろ戦いにならずに一方的な蹂躙(じゅうりん)に終わる。多分始めたら終わるまで5分と掛からないだろう」  その返答に、クリフは(まばた)きもせずに東原を見つめる。 「そうなれば人類は君ら統合体に支配されるのか?」 「それは無いね」  東原はクリフから目線を外さないままワイングラスを口にする。 「我々統合体の戦い方は単純だ。常套手段としてまず敵方の意思決定機関を徹底的に潰す。徹底的と言っても初撃で決まるんだがね。その後は手を引いて傍観だ。頭を無くした者達は混乱しながらも日常を取り戻す事に奔走する事になる。大抵はそこで終わるが、再編された意思決定機関が戦争継続を望む様なら我々は何度でも同じ事を繰り返す。相手が『統合体に敵対する事は無意味だ』と学習するまでね」 「意思決定機関を排除されては降伏する事が出来ない。いったん戦いを始めたら和睦(わぼく)など考えていないと言う事か?」 「降伏などされても意味が無い。我々統合体が地球種から得られる物は少ない。我々は資源や奴隷が欲しいわけではない、ただ地球種が作る歴史をそっと傍観したいだけなんだ。もし戦争になったら地球種が有耶無耶のうちに戦いから手を引いてくれればそれでいい。謝罪や賠償を求めたいわけでもないしね」  真剣な表情でそう言い切った東原にクリフは目を伏せる。  心配そうな表情でクリフを見つめた東原は、決して触れないように彼の肩に手を(かざ)した。 「どうか悲観しないでほしい。我々には人類と積極的に戦おうなどという意志は無いのだから」  慰めに顔を上げたクリフが東原をじっと見つめる。 「そちらの意志は関係無い。人類の未熟さが問題なのだ、東原」  クリフはそう言うと空になったグラスをそっとテーブルに置いた。

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  • ミミズクさん

    羽山一明

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月10日 9時14分

    そういえば、クーガーとジーンって絡んでなかったですね。ルイスという共通の上官がいるのに、クリフに特別扱いを受ける彼を奇異の目でみていない稀有な人かな、と思っていたら、ちょっと違った。無意識的にルイスへの忠誠心まで煽られているのなら、相互研鑽ということで、結果オーライ?

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    羽山一明

    2022年2月10日 9時14分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    2022年2月11日 3時51分

    ジーンて人は本心は隠したいけど行動は素直というチグハグな人物です。うまく書き切れればいいんですが、実際にモデルになる人がいるわけでもないのでこればっかりは難しいですね押忍。

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    うさみしん

    2022年2月11日 3時51分

    メタルひよこ
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 2022年4月19日 22時28分

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    これは興味深い

    くにざゎゆぅ

    2022年4月19日 22時28分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • メタルひよこ

    うさみしん

    2022年4月20日 6時19分

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    ホッとしました

    うさみしん

    2022年4月20日 6時19分

    メタルひよこ
  • サキュバステラ

    特攻君

    ♡50pt 2022年2月16日 11時35分

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    「女神がかって」氷川Ver.ノベラ

    特攻君

    2022年2月16日 11時35分

    サキュバステラ
  • メタルひよこ

    うさみしん

    2022年2月16日 12時07分

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    励みになります…!

    うさみしん

    2022年2月16日 12時07分

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  • 『シークレット・オブ・ジェネシス』

    今、すべての謎が解き明かされる――。

    211,802

    709


    2022年5月28日更新

    誰かにとっての正義は、他の誰かにとっては悪なのかもしれない……。 それでも自分の正義を貫かねばならない時がある――! 何かがおかしい。でもそれが何なのか思い出せない……。 思い出そうとすればするほど、遠のいて行く感覚。 私たちの頭の中にかかった靄が晴れる時、隠され続けた真実が見えてくる。 『シークレット・オブ・ジェネシス』 #アルファポリス https://www.alphapolis.co.jp/novel/104005812/909560312 #ノベルアッププラス https://novelup.plus/story/373164391 #カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16816700428382484427 #note https://note.com/lilua/m/mc6320f909b92 #小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n3731hh/

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  • 解放詠唱アマテラス

    ホラー×バトルな霊能ファンタジー!

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    2022年5月26日更新

    妖怪や幽霊の目撃談が多く、住民のほぼ全員がその存在を信じている架空の地域、鷹宮県。そんな場所を舞台に、霊的な存在を支配する王、その力の一部である霊王眼を宿す少年、白神リクは戦いの日々を送っていた。邪悪な妖怪を殺し、さ迷う霊をあるべき場所に導くために。 そんな日々の中でも平穏な時間にはごく普通の日常がある。しかし、百鬼夜行を引き起こそうとする邪悪な陰陽師の一族、赫喰家との戦いに巻き込まれることになったことでリクの日常は一変。 彼らの野望が達成されれば、妖怪や悪霊の大群が日本中に溢れかえり、下手をすれば世界の危機となる。 それを止めようとするものと、協力する者達の争いより鷹宮県は混沌を極めて行く。妖怪、霊能者、神々、果ては西洋の魔術師までをも巻き込む、壮大な霊能戦争の舞台として――

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:42分

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  • クリムの冒険?

    長いので時間が有り余っている人にオススメ

    25,100

    100


    2022年5月28日更新

    youtubeでボイスロイド(きりたん)を使った朗読動画も作ってます。 裏話や設定の話を対話形式で書いてるので興味が有ったらそっちもよろしくね。 世界中の戦争に横やりを入れて回り、人類を恐怖のズンドコに叩き落とした異形のドラゴン・クリムゾン。その力を恐れた人類はついには戦争自体をやめてしまった。戦う相手を失ったクリムゾンは自身の行いを悔やみ、深い海の底で眠りについたのだった。 クリムゾンの悪行が忘れ去られ、世界が再び戦禍に満ち溢れる事を夢見て―――。 そして数千年の時を経て目覚めたクリムゾンは、その思惑通り世界から忘れ去られていた。 クリムゾンは以前の失敗を繰り返さないためにも戦う相手は選ぶことにしたが、その方法が思いつかなかった。世界最強のドラゴンはバカだったのだ。 そこでクリムゾンは自分の代わりに作戦を立ててくれる眷属(子供)を産んだ。この眷属こそが本作主人公のクリムである。 クリムがクリムゾンの対戦相手を探しながら、一風変わった世界を旅する人外旅情ファンタジーここに開幕。 カクヨムでも連載中。

    読了目安時間:19時間52分

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