2023年01月26日 18時48分
再びフィンランド共和国 カルホスオ南丘陵地帯にて
指揮車でクーガーから攻撃失敗の報を聞いたルイスは、コンソールパネルへその拳を叩きつけていた。
「クソッ! 砲口にブチ込んでやってもダメか!」
怒りの表情を見せて悔しがるルイスはクリフへ顔を向けた。
「ボス、あの遺物、どうせソ連の機体だろう? 艦隊をヤラれた意趣返しで出してきたに違いないが、何とか外交ルートを使って撤退させる事は出来ないか?」
「無理だ、あれはソ連機ではないのだから」
「ハァ? こっちの機体と戦闘になってんだ、少なくとも西側で確保した遺物じゃない事は確かだろ? ならソ連機だろうが!」
「それがそうでもない。あの機体は国家に属さない、言わば個人が所有する機体だ。……うん、おそらく」
クリフが断定を避けるために付け加えた「おそらく」という部分に引っ掛かったルイスは怪訝そうな表情を浮かべる。彼はYT-133から送られてきた敵機の光学画像から、機体の何処かに何らかの意匠が無いか探し始めた。
「個人所有って、ボスが作った俺らみたいな組織が所有してるって事か?」
その質問にクリフは答えなかった。
ルイスは様々な角度で撮られた敵機の画像をいくつか見たが、機体からは何のマークを見出す事もできなかった。
◇ ◇ ◇
「東原課長、先ほどの解析結果です」
瞳を緑に輝かせるハルエッタ。彼女の瞳の中で小さな赤い光が跳ね、その規則正しい動きは何らかの情報を東原へ伝えている事を示していた。
東原がその報告に動きを止め、後方のハルエッタに振り返る。
「ん? それじゃ右腕の内部は見えなかった?」
「照射したニュートリノのほとんどが対象の右腕部を貫通していません。貫通できたのはおよそ0.02%ほど。装甲の組成は判明しましたが内部の詳しい構造はわかりませんでした」
東原の目尻がピクリと動く。
「ニュートリノに対して非貫通性を示した時点で組成が何かはわかったが……、一応聞いておこう」
「純度100%に近いシアルナイトです」
答えを聞いた東原が両目を閉じる。
「やはりあの右腕の武装だけが特殊だね。しかもシアルナイト製か、リングの構造体と同じ金属だ。パイロットは……、地球種で間違い無い?」
「いまのところはそうです。ただ思惟結晶から肉体への侵食が始まっています。いずれは同化されるかと」
「遺物の制御球に触れた経験があるならそれも仕方ない」
ハルエッタの補足を聞き終えた東原は首を竦めると再び目を開き、立体ホロディスプレイに意識を向けると遺物の操縦に意識を集中し始めた。
◇ ◇ ◇
「クーガー、背に腹は変えられん、接続しろ」
『何言ってんだ、ボス? コクピットの外にいるんだぞ、ここから操縦なんて出来ない』
クリフもクーガーもインフィニオンへの接続について話していたのだが、その会話を隣で聞いていたルイスは困惑した。
「コクピットの外にいるって、何言ってんだお前……?」
ルイスの発言を無視してクリフが口を開く。
「思惟結晶は持っているだろう? なら物理的距離など関係無い、接続は可能なはずだ」
クリフが思惟結晶を使ってリングと接続出来るのと同じ理屈、知らぬ者にとっては単なる暴論である。
クーガーが託された思惟結晶はペンダント状になって首に掛けられている。無茶を言われたクーガーは胸元にあったそれをパイロットスーツの上から右手で擦った。このとき彼には見えていなかったが、思惟結晶が接触している部分の皮膚からは赤黒い樹状の痣が放射状に広がっていた。実のところ、表層上に見えるその痣は狭い範囲だったが、樹状の模様は皮膚の表面ではなく身体の深部、脊髄を目掛けて長く伸ばされていた。
クーガーは意識をインフィニオンへ向けて飛ばしてみる。南極の時のような奇妙な一体感は得られなかったものの、果たしてインフィニオンとの不思議な繋がりが感じられた。これまでクーガーが意識していなかったEMA-48の観測情報や戦況がインフィニオンに吸い上げられていき、それが終わると今度は瞬時に“ひらめき”がフィードバックされてくる。クーガーの拡張された意識はソ連艦隊を壊滅させるアイデアを思いついた時と同じ感覚を覚えた。
(そうか、いままで無意識にずっと……、繋がってたのか)
クーガーはフローターで回避機動を続けながら、振り向いて後方上空に追いすがるEMA-48を視認する。
『ボス、実は試したい事がある』
「わかってる……、君達がしていた相談はこっちでも聞いていた。私からカンビアッソ艦長に連絡する」
チョーカーを叩こうとしたクリフの手がクーガーの声に止まる。
『それもそうだが、機体を艦外へ出して設置してもらう時間的余裕が無い。後で俺と一緒に艦長に謝ってくれるか?』
「気にするな、人命以外は全て私個人の持ち物だ」
クリフは改めてチョーカーを叩くと無線通話先をジュノーに切り替えた。
「カンビアッソ艦長、私だ。EMA研究区画の人員を今すぐに避難させろ。区画の水密はしっかりと」
『何をするつもりです?』
「このあと甲板に大穴が空く。だが浮上はするな。ジュノーの存在がバレては元も子もない」
無線の向こうで部下に避難指示を与えるカンビアッソ艦長の声が小さく聞こえた。数秒で指示を終えた彼女は思わず皮肉めいた返答を通信に乗せる。
『ようやく試験航海を終えた矢先にこれですか。当該海域での主任務が果たせなくなるのはともかく、それではまたしばらくドック入りです』
「本当に済まない、艦長」
『命令実行と安全確認に3分ほど時間を。それまでは凌がせてください』
チョーカーを叩いて通信先をYT-133に切り替えるクリフ。
「クーガー、3分後に実行だ。それまでは耐えろ」
『この状況下で3分も!? 簡単に言ってくれる!』
クリフは「出来るさ」と独り言を呟くと車椅子の背もたれを後ろへ深く傾けた。一度大きく深呼吸するとルイスへ顔を向ける。
「少佐、唐突な話で申し訳ないが少しのあいだ気絶する。私の身体はこのままに。心配は無用なので、その……、少佐はお酒でも飲んでいてくれ」
クリフはそう言うと目を瞑った。
「ちょ! 何がどうなって……、おい、ボス! クリフ!」
クリフはルイスが自分を呼ぶ声を聞きながら、その意識をリングへと向けた。
◇ ◇ ◇
クリフはイメージの中で自分をガートルード・ジェキル――蔓薔薇の先端に乗せ、遙か上空へその蔓を伸ばした。その途中ではたと思いつき、伸ばす先を上ではなく横、ヘルシンキ沖へと向ける。
ヘルシンキ沖には3つの光点があった。空中には大きな赤い光点とそれに絡まる緑の光点、海上にはフローターに乗ったYT-133……、の中に居る青い光点が見えた。
周りの景色は停止している様に見えるが、実際には少しずつ動いている。
クリフはEMA-48の近くへ飛び、その頭部を蹴飛ばしたあと両手の中指で口を左右に引いてイーーーッ! の顔を向けた後、YT-133へ向かう。
フローターに乗って回避を続けるYT-133に横付けすると、一瞬どこから侵入しようか悩んだものの、結局は正面のコクピットハッチを貫通して中へ入っていった。
パイロットシートに座るクーガーが見える。敵機を見失って焦る表情のクーガーの顔は二重にブレていた。クリフは、クーガーはおそらく自分のような思考の分化や高速化能力についてはまだ不得手なのだろうと思いながら、その横にちょこんと座って一息ついた。
クーガーのブレた横顔をじっと見つめるクリフ。
遺物相手の戦いに生き残っているクーガーの能力が自分と同種のものであると知って少し安心するクリフ。周囲の状況を探査し始めたクリフはクーガーとEMA-48、東原のほか、数km先の比較的浅い海中に青い光点が輝きを確認する。それらの位置を3次元測量したクリフは、その結果をクーガーの胸元の思惟結晶に伝えると彼の頬っぺへキスをしてその場を後にした。
再び洋上に出たクリフは今度こそ上空を目指す。
空を貫き雲を突き抜けて蔓薔薇が伸びてゆく。やがて成層圏を抜けて暗い宇宙へ到達すると、クリフの目には内側のリングが虹色に滲んで見えた。異層次元の深部にあって物理的な干渉を許さないそれを無視し、彼は更なる高みを目指す。
そこから更に暫く蔓を伸ばし、ようやく外側のリングの手前に到達したクリフが辺りを見渡す。やがて明滅するエントリーを見つけるとそこへ向かった。
そこにはリング本来のエントリー、植物があしらわれたゴシック調の石造りの扉があった。その隣には先日執務室で東原に見せつけられた統合体分館のエントリーが許可もなく設置されている。その何の装飾も無く面白みに欠ける金属アーチ状の扉に心底ゲンナリしたクリフは、蔓薔薇を乱雑に伸ばしてそのエントリーを雁字搦めにしてやった。
そんな可愛らしい嫌がらせを終えたクリフは意味もなくフゥと声を出して額を拭う。そして本来のエントリーに向き合うと、自身の腰の辺りに手を伸ばし、思惟結晶からガートルード・ジェキルの蕾を受け取った。その蕾を咲かせながら扉の鍵穴へ掲げると、扉は光を放ってクリフを迎え入れた。扉が開いて奥から差した眩しい光が周囲を満たす中、クリフはその奥へと向かって飛んでゆく。
◇ ◇ ◇
東原は頭をゆらゆらと左右に揺らしながらEMA-48の操縦を続けていた。クーガー機を徐々に追い詰め勝利の確信を得ながらも、後ろに控えるハルエッタへ追認する様に状況を尋ねる。
「ハルエッタ君、こちらの勝率は?」
「およそ98%です」
「追い詰めればモルガン卿もカードを切らざるを得ない。リングの確率変動兵器を使用しなければほぼひっくり返せない数字だが、これでモルガン卿がどれだけリングを掌握しているかを知る事が出来る」
この時、何かに気付いた東原が上空を仰ぎ見る。彼の表情が数秒固まり、その後すぐに満面の笑顔になった。
「あー、モルガン卿に悪戯されたようだ……。まぁいい、実害は無いから無視しておこう」
◇ ◇ ◇
クーガーは回避を続けていた。彼の不思議に冴え渡る勘はカメラで捉えきれないEMA-48の位置や、支援に向かって来ている大型潜水艦ジュノーの位置を鮮明に彼の意識へ伝えている。
「ヤバいぐらいに調子がいい。何だ? 俺、死んじゃうんじゃないか?」
その不安は何故かコクピットに香るクリフのシャンプーの柔らかい匂いが打ち消した。
クーガーは破壊光弾と無火線爆破をひたすら避け、重粒子ビームの発射を待っていた。そしてEMA-48の額の砲口が青白く輝きはじめ、待っていたその時が遂に訪れる。
「来た! 待ってました!」
クーガーは背部ブースターに残っていた残り1回分の燃料に点火して上空へ舞い上がる。起動モーターを点火し、慎重にゆっくりとプラズマソリッドガンの射線をEMA-48へ合わせた。
その行動に笑顔で鼻を鳴らした東原が呟く。
「もう一度発射直前か直後の砲口を狙っているのかな? これでチェックメイトって奴だ。パイロットはともかくその右腕の兵器は回収させてもらうよ。勝利者が敗者から奪うのは君らの歴史の中でも常なのだろう?」
一方のクーガーは瞬きもせずにモニターを見つめ、回避のタイミングを図っていた。
EMA-48の額から青白い炎が爆ぜ、輝く重粒子ビームがYT-133へと向かう。
放たれた重粒子ビームが直撃する直前に起動モーターが点火され、射線がずれたYT-133はその左肩を重粒子ビームに晒した。被弾の衝撃により空中でのバランスを失った直後に応射されたプラズマソリッドガンはEMA-48の頭部を掠めて上空へと消えてゆく。
YT-133の左肩はビームの直撃に大きく砕かれたあと融解し蒸発していった。機体から分離した左腕が力なく海へと落ちてゆく。機体は左へゆっくりと旋回し、ブースター燃料の枯渇とともに落下を始めていった。
YT-133はEMA-48に完全に背を向けたタイミングで、水平線の彼方に向けてプラズマソリッドガンの最後の1発を発射した。
とびきりの笑顔を作った東原が下腹の辺りで両手を叩いてパンッと音を鳴らす。
「うん、今のが断末魔って奴だ」
笑顔の東原はそのまま手のひらを互い違いに擦り合わせてシュルシュルと音を立てる。
「完全な勝利だ。うん、気分がいい。パイロットも殺傷していないし、彼を特例としてサンプリングするかどうかは経過を観察した後に決めよう。さてと、それじゃ右腕の武器をいただいて撤収しようか」
その矢先、唐突に上空から降り注いだ数10発のレーザー光がEMA-48を襲う。EMA-48の装甲からは細かい火花が上がり続けたが、直接的なダメージを与えるには至っていない。
「はい来た~! しかし輻射誘導光砲? 確率変動弾頭ではなくて? ん?」
降り注いだレーザーはバラバラの箇所に当たっていたが、数秒でそれらの焦点が一ヶ所に集中しはじめる。EMA-48は右腕を上空に翳し、開いた手のひらでそれを受け止めた。
「苛々しいね、しかしつけ入る隙は示しておかないと。防御しなければヤラれる風の演出はこんなもんでいいかな?」
言い終わる前に、今度はほぼ真横からレーザーが襲いかかった。
顔を顰めて舌打ちした東原はEMA-48の左腕を入射方向に翳し、新たなレーザー砲を受け止めた。
東原は部屋の中に居ながら、まるで自分がEMA-48であるかのように首を右から上、左へ回して上空を探査する。
「こんなに浮上させて……。他の地球種にリングの存在がバレちゃうんじゃないかね……。ここまでの危険を冒してでもあの右腕を守りたいという事かな?」
◇ ◇ ◇
一方、YT-133が最後に放ったプラズマ光弾は水平線の彼方、海面下2mほどの深度に待機していたジュノーの発進ベイの上甲板を貫通していた。
貫通した砲弾は数百の破片になりながらベイの奥で降着姿勢を取っていたインフィニオンに直撃する。ジェネレーターに火が入っていたインフィニオンはすぐさま砲弾のエネルギー昇華を始めた。ヴァニシングモーターが回り、透ける両肩が発光を開始するとその内部で何かウネウネとしたものが蠢く。
インフィニオンの左腕が上方に掲げられると、袖の部分が変形、展開して大砲が姿を現した。その射線の先は上甲板に空いた大穴の向こうのYT-133、いや、下降を始めたYT-133の陰から現れたEMA-48に向けられていた。標的のEMA-48は右腕を上方に、左腕を左方に突き出し、リングからのレーザー砲撃を必死にガードしている。
クーガーは墜落を続けるYT-133の中からインフィニオンの感覚器官を通じて敵機の様子を観察していた。彼の左目が点きの悪い蛍光灯の様に途切れ途切れに瞬くと、やがて青い光がその瞳に宿った。
◇ ◇ ◇
ハルエッタが目を見開き、東原の後ろで悲鳴を上げる。
「東原課長、確率波増大! これは、まるで確率の泉です!」
「何だ? リングの確率変動兵器か? いつ? どこから?」
ハルエッタは東原の質問に答える余裕が無かった。
「我々の勝利の確率が下がっています! 現在42%、36%、21%、8%……。周囲環境の観測データにさほど変化は無いのに……、原因がわかりません!」
「何の要因で? このレーザーが? いや、確率波の発生元はどこだ? 何だこの感覚……、恐怖? 私が?」
狼狽える東原の目は上下左右に細かく向きを変え、その驚異の源が何処にあるのかを全力で走査していた。
◇ ◇ ◇
クーガーはインフィニオンに意識を同調させ、必死でEMA-48に照準を合わせていた。これが外れれば二度目はない。YT-133どころかインフィニオン、ジュノーさえ失われる可能性があるのだ。
(偏差が大きすぎる! お前の説明は尤もだが、この砲弾、こんなに北へズレるのか?)
東原が遠くの海面に浮上したジュノーに気付いたのと、クーガーが脳内でトリガーを引いたのは同時だった。
左腕の砲口が煌めき、スマッシャーがEMA-48目掛けて発射された。
疑似モノポールで造られた非常に重く重心の偏った砲弾が超々高速回転しながらEMA-48へ向かう。質量弾でありながら光速の70%ほどの速度で襲い掛かった砲弾にEMA-48の装甲は抗う術が無かった。
発射とほぼ同時に直撃した砲弾はEMA-48の腹部を貫通し、北へカーブしながら上空へ飛び去りやがて蒸発していった。
発射から着弾までの短い間、その歪んだ重心で数千億回転していた砲弾は暴風のような衝撃波を纏っており、それは着弾後数秒を経たいまEMA-48へ襲い掛かる。
その衝撃波はEMA-48の外殻装甲を一瞬で分子レベルまで粉砕した。そして装甲粉砕前に内部へ伝わった衝撃波が内部フレームを端からバラバラに引き裂いてゆく。巨大なパイロットシートに座っていたのは透明なゼラチン質状の物質で合成された身長5mほどの疑似パイロットだったが、“彼”もまた貫通してきた衝撃波によって一瞬で表面が発泡、白濁した末に、日に焼けて劣化したゴムのように表皮からバラバラになっていった。
最終的にEMA-48は手のひらに乗る小石ぐらいの大きさの欠片にまで破砕され、撃破位置からその後方20kmほどの範囲へ扇状にその破片をばら撒いた。唯一無傷で残されていたのは疑似パイロットの胸元からこぼれた赤い思惟結晶だけだったが、それも他の破片と同様に遠くの海面へ吹き飛ばされていった。
突然同化先を失った東原の瞳から緑の輝きが失せてゆく。彼が呻きながら鼻の下を拭ったハンカチには血の跡が滲んでいた。
「これだから確率ってのは嫌いなんだ……」
その様子を見たハルエッタが無表情に口を開く。
「月の遺物、撃破されました」
「そんなこと知っとるよ!」
珍しく大きな声を出した東原は椅子から立ち上がって窓辺へと歩いた。そして窓の向こうにある地球を見ながら後ろ手を組んで静かに息を吐く。
「そろそろもう一度モルガン卿に会いに行ってみるか」
◇ ◇ ◇
驚異である吐き気の元が去り、意識を取り戻したクリフは車椅子の上で声を出しながら大きく伸びをした。
「良かった。あの砲弾が物理的に船殻に触れていたら今頃ジュノーは全体が崩壊していた。発進ベイのハッチは根本から全部持っていかれたが、あの程度の損傷なら修理にさほどの時間は掛からないだろう」
いままで“気絶”していたはずのクリフが何か状況を把握している風の様子に、ルイスは少し拗ねた態度を見せた。
「俺は状況がわからんからノーコメントだ」
ご機嫌斜めなルイスに笑顔を向けるクリフ。
「これで“大砲付きの潜水艦”を持っていることが各所にバレた可能性が出てきた。しかし実稼働する遺物を持っている事にまでは考えが及ぶまい」
「俺にはバレてるぞ」
「少佐はそもそもあれを奪った南極作戦の当事者だろう? 少佐の口がザルではない事を今後も期待するよ」
状況を説明しないクリフが全く悪びれない様子にルイスが業を煮やす。
「お前は口が固すぎる。後半の遺物戦に対してのレポートを俺に出せ。戦況の把握は今後の活動に必要だ。まさか隠したままにしておくつもりじゃないだろうな?」
「いずれ近い内に少佐には説明する。私は少し休ませてもらう。気絶ではなく睡眠なので心配はしないでくれ」
「お前、そんなフンワリした答えで俺をごまかせると……」
ルイスがクリフの顔を覗き込むと、クリフは既に寝息を立てて深い眠りに入っていた。
◇ ◇ ◇
「ランドリオ博士、水面、遺物の破片が着水した付近で磁場崩壊を確認! この反応はモノポールです!」
艦のセンサーで捉えた戦場の情報をモニターしていたその研究員の言葉に、エリザベス・ランドリオ教授は困惑した表情を浮かべた。
「え? 砲弾の一部が敵機の残骸にヘバリ付いたんじゃないの? どっちの極?」
「沈降しながら海流に逆らって南へ流れています、おそらくN極子。反応が強い、かなりの量です!」
「ウソ! まだ消滅してないの? 寿命が長すぎる、擬似粒子じゃないのかも。それにインフィニオンが準光子炉で作るスマッシャーの疑似モノポール砲弾はS極だったはず。もしかしたらそれ、敵機からこぼれた本物のモノポールだわ! 回収! 回収! 全力で回収!」
ランドリオ教授は慌てて廊下の壁掛け内線へ小走りに向かい、受話器を取るとブリッジへの通信ボタンを押した。
「カンビアッソ艦長、こちらランドリオ! いま撃墜した遺物の一部を回収したいの。全力で必要! あれは何があっても回収しないと! 他の誰にも渡せないわ!」
『教授、甲板に大穴が空いたお陰で当艦は最大でも深度60mまでの潜行しか出来ない。現状では外殻の亀裂の有無の確認も出来んし、それ以上の深度では艦内の水密扉の維持にも不安がある。EMA研究区画が水没しているため艦も鈍重だ。東側ならともかく、西側の船に後をつけられては撃沈も出来ないので面倒な事になる。いま出せる全速でここから離脱しなくてはならない』
「そんな! 艦長!!」
『ボスからのオーダーである海底に眠る2つの遺物、EMA-16Aと16Bの回収すら実行不可能なのだ。例えその残骸の眼の前まで潜航出来たとしても、発進ベイが水没していて作業員が入れない以上は対象を回収する術が無い。そんな状況下でオーダーに無い物体の回収などもってのほかだ。今回は諦めてくれ』
どうにかして艦長を説得したいランドリオだったが良い手段が見つからない。困ったような表情で髪をかき上げる。
「あー、それじゃクガ兵士を呼び戻してインフィニオンに乗せては?」
『あれを外に出すなとボスから厳命されている。EMA-12は当艦の管理対象物だが、その運用は私の権限の範疇外だ。当艦はこれよりイニッシア島のドックへ帰投する。残念だ、教授』
内線が切れるノイズ音にランドリオ教授は膝から崩れ落ちた。
「N極モノポール機関持ちの遺物だわ……。インフィニオン、いいえ、今までモルガンが集めた遺物のリストのどこにも無い、全く異なる系統の機体……。スマッシャーの砲弾のデフォルト組成がS極モノポールだったことから見て、あれはインフィニオンに敵対する遺物だった?」
廊下に座り込んで立てなくなったランドリオ博士はしばらく床を見つめ続けた。
◇ ◇ ◇
同日同時刻帯、日本のスーパーカミオカンデⅥで大量のニュートリノ放射が観測された。
しかし、その直後に加わった原因不明の過負荷によって光電子増倍管の全てを喪失したため、実際にニュートリノを検出したのか、何らかの事故による観測機器の誤作動か区別がつかなくなってしまった。この日の異常な観測結果は世間に公表されることは無かった。
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羽山一明
勝者が敗者からモノを得るのは歴史の常ですが、大人は子供を支えるべきものであり、奪うべきものではないのも世の常。観測者を嘯く立場であればなおのこと、歴史を語り、歴史を汚すような真似をする輩、その横っ面を吹き飛ばしたふたりの少年に敬意を表します。
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羽山一明
2022年2月5日 12時46分
うさみしん
2022年2月6日 3時59分
悪い人では無いんですよ多分。人類が遺物を持ち出さなきゃそのまま傍観してたと思います押忍。
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うさみしん
2022年2月6日 3時59分
羽山一明
ビビッと
100pt
2022年2月5日 12時38分
《クリフはEMA-48の近くへ飛び、その頭部を蹴飛ばしたあと両手の中指で口を左右に引いてイーーーッ! の顔を向けた後、YT-133へ向かう。》にビビッとしました!
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羽山一明
2022年2月5日 12時38分
うさみしん
2022年2月6日 3時51分
改めて見ると酷い……。どうにかもうちょっと良い言葉のチョイスが出来なかったものかと思います押忍。
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うさみしん
2022年2月6日 3時51分
ノイ
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ノイ
2020年8月12日 12時48分
うさみしん
2020年8月12日 14時31分
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うさみしん
2020年8月12日 14時31分
くにざゎゆぅ
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くにざゎゆぅ
2022年4月9日 22時46分
うさみしん
2022年4月10日 5時22分
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うさみしん
2022年4月10日 5時22分
特攻君
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特攻君
2022年2月6日 11時28分
うさみしん
2022年2月7日 2時08分
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うさみしん
2022年2月7日 2時08分
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