パトリキフ少尉率いる特務608小隊、IS-106の8機は隊列を組み、地上ハッチからスロープを下って地下4層ホールを目指していた。アサルトライフル装備の標準型が2列になって6機、大砲を懸架した砲戦型は後方で縦に2機並び、それぞれ戦車形態で低速走行している。
パトリキフ小隊の前衛を務める突撃型は右手でアサルトライフルを構えながら左手に大型の盾を持っていた。盾は充分な高さこそなかったものの、人型になっても半身どころか投射面積の3/4をカバーしており、さらに片膝をついて姿勢を低くすればほぼ全身が隠れるタワー型である。
後衛の砲戦型は盾を持たない代わりにボディ上部に大型の大砲を持っていた。ボディ上部右側に二つ折り式の砲身と発射機構が内蔵された大型のボックスが、左側にはバッテリーボックスがあり、それらは金属で出来た輪状の大型コネクタによって繋げられている。標準のIS-106に装着すれば即時砲戦仕様へとすぐに換装出来る仕組みである。右手には突撃型より小ぶりなサブマシンガンを持ち、左手には盾の代わりに取っ手のついた大きな直方体のボックスを持っている。その中には大砲に使う交換用のバッテリーパックが装填されていた。
パトリキフ小隊がスロープを抜け地下4層ホールに到着する。EPTデッキはこの先、EMAデッキは更にその奥になる。パトリキフ少尉はスロープが終わって地面が水平になる位置で車列を一旦止め、全機を人型に変形させた。床に散らばる交戦跡の残骸、その中でとりわけ多く見受けられた金属片によって履帯が損傷する事を危惧したためである。
「全機、極力味方の死体を踏まないよう留意せよ」
『『『了解』』』
管制室の下を通り過ぎるパトリキフ小隊。辺りには爆破された上層の構造材が一面に降り注いでいる。かつて管制室があった辺りを見上げるパトリキフ。広い壁面のそこだけに大穴が空き、その向こうにある上の居住区へ繋がっていたはずの階段は崩壊していた。
(あそこにあった構造物、おそらく管制室のはずだが……、爆破されて落とされたのか)
横倒しになって折れている重機関銃や崩れた土のうが散乱する中、生きている味方のソ連兵は1人も残されていなかった。APCも数台あったが、上からの鉄骨の直撃を受けて歪んだもの、表面の装甲が焼かれてめくれ上がっているもの、火災を起こして黒焦げになっているものなど、どれ1台としてまともに使える車輌は残っていない。車輌の残骸も含め、所々ではまだ火の手が上がっている。
(防衛ラインが完全に崩されている。仮にも軍事基地であるノイシュヴァーベンラントがここまで蹂躙されるとは。敵はいったいどんな連中なんだ?)
防衛ラインが破られたから管制と発令システムが陥されたのか、それとも逆だったのか、そんな事を漠然と考えていたパトリキフは味方機からの通信で我に返った。
『パトリキフ少尉、前方に熱反応と音源、角の先、こちらに向かって来ています』
「前衛各機、左右に展開、及び攻撃準備。砲戦機は下がれ、交戦は許可しない」
砲戦型の持つ大砲は大出力の荷電粒子ビーム砲だ。対遺物という最悪のケースを想定した艦隊司令により随行させる事を命令された、まさに切り札とも言える装備をした機体である。しかし目下の敵は奪われた旧型のEPTであり、屋内での使用により与える基地へのダメージを考えればこの局面で使えるわけも無い。
「前衛機、盾を構え。向かい来る車輌が味方でないとも限らない。確認後命令あるまで撃つな」
そのパトリキフの命令から数秒と経たないうちに前方の角で何者かのライトが燦いた。履帯が派手に床を削る音が響き、次に残骸に乗り上げてバウンドしながら横滑りして角を曲がってくるEPTの姿が見えた。
それはIS-105、ボスコフ中尉が言っていた旧型EPTだった。この基地には4機配備されていて、3機は動かす前に敵に破壊された。残っているIS-105は敵に奪われた1機だけだ。その“敵機”は角を曲がってエンジンをけたたましく唸らせたあと、パトリキフ小隊へ速度を上げながら迫りつつあった。
「前衛機、交戦許可! 発砲開始!」
IS-105を敵だと確信したパトリキフが命令を下すと、味方の前衛機がアサルトライフルの射撃を開始した。IS-105は両腕をコクピットの前にかざしたまま、被弾をものともせずに突進してくる。
敵は交戦ではなく突破、脱出を試みているのだと判断したパトリキフは、全機へ履帯への攻撃を命じた。
やがて6機のIS-106から放たれた弾丸の幾つかが履帯を砕き、IS-105が速度を落とし始める。金属が割れる音と共に履帯がうねりながら外れると、IS-105は流れるような動作で人型に変形して走り出した。
履帯を狙えとの命令があったという事は敵の動きを止めろという事、そう理解していたパトリキフの部下達はIS-105の脚部に狙いを定めて撃ち続けた。両膝が満遍なく撃たれていたが、そのうち左膝の装甲が割れて脱落すると、暗黙の了解で全機の攻撃が左膝に集中する。
IS-105は何発ものライフル弾によって左膝を撃ち抜かれて前のめりに傾き、轟音と共に倒れて四つん這いになった。その後パトリキフが攻撃中止命令を出すまでの数秒間、IS-105は全身にアサルトライフルの弾を浴び続ける。
ライフル弾の一斉射を受け続けたIS-105からは煙が上がり始め、やがて完全に沈黙した。
「4号車、接近して敵の様子を確認しろ」
『了解』
4号車はアサルトライフルの照準をIS-105に合わせながら慎重に近付いていった。そして数メートル手前の距離で停止して各種探査を行う。
『少尉、駆動系を撃ち抜いて安全装置が働いた模様、主エンジン停止中。左腕の歩兵シールド内に敵兵らしき死体を4名確認』
「パイロットはどうだ?」
問われた4号車が四つん這いのIS-105を蹴ってひっくり返す。
『コクピットのハッチは無傷。敵パイロットの生存確認をしますか?』
「いや、拘束する時間が無いし人手も割けない。どうせ正規兵ではないだろうし扱いが面倒だ。尋問なら外にいるそいつの仲間を捕らえて行えば良いのだし……。構わん、コクピットハッチの上から撃て」
『了解』
パトリキフの命令に、4号車はアサルトライフルを至近距離から単発で計3発ほどコクピットハッチへ撃ち込んだ。その弾丸が背面装甲まで貫通し、床に着弾して爆ぜたのをモニター上で視認するパトリキフ。
『排除確認、終了』
4号車からの報告を受けたパトリキフはため息をひとつ付くと、通信先をボスコフへのチャンネルに切り替えた。
「ボスコフ中尉、敵に鹵獲されたEPTを撃破しました。パイロットは交戦中に死亡、左腕歩兵シールド内に仲間と思しき死体を4体確認」
『全部で5名だと……? よくやった。これで中の敵は居なくなったと思いたいが、残党がまだ残っていないとも罠が設置されていないとも限らん。索敵警戒を厳にしつつ慎重に奥のEMAデッキまで来い』
「了解」
パトリキフは死亡した敵の人数を告げた後にボスコフが言い淀んだ事が気になったが時間が無い。部下へ隊列を組み直すよう命令を下すと、再び奥のEMAデッキを目指して進み始めた。
◇ ◇ ◇
ルイス達3名は既に一度燃えて乗り捨てられたAPCの中に身を潜めていた。パトリキフ少尉率いる8機のEPTをやり過ごしたルイスとクーパーは一様に安堵する。
「EPTに簡易な自動操縦があって助かったッス! 言ったでしょ少佐、熱源のある障害物の後ろに隠れりゃやり過ごせるって」
「撃破されたAPCの残骸とは言え、俺がEPTのパイロットなら“念のため射撃”を行ってぶっ壊してるとこだがな」
そのルイスの答えにゾッとしたクーパーは目を泳がし、意識を失っているバハナムの容態を確かめ始めた。バハナムの命に別状が無い事を確認したあと、ルイスはクーパーに周囲の探索を命じる。
実際の所、ルイスは“まだ熱を持ったまま転がってるソ連兵の死体作戦”を考えていたが、その成功率もまた未知数だった。“味方がまだ生きている”と思われれば救助に来られる可能性があったし、自分がクーパーへ指摘した様に問答無用で撃たれる可能性も否めない。
虎の子のIS-105を囮にして撃破させ、敵を安心させた隙を突いて敵車輌の残骸や他の死体に紛れてやり過ごす。敵パイロットの練度や気分も含めて色々な偶然が重なった末に助かった、今はただその事を喜ぶ以外に無い。
クーパーは身を低く屈めて銃を構えながら、つい先ほど見つけた車輌置場へと向かって行った。ルイスは彼の背中を見送りながらチョーカーに手を当てる。
「指揮車、こちら1班。敵EPT部隊をなんとか誤魔化してやり過ごした。増援として基地内へ入ってきた敵EPTは8機、その全てが下層へ向けて移動していった。クーガーの奴へ伝えてやってくれ。こっちの無線では相変わらず繋がらん」
すぐさまヨシカワから『了解』と応答がある。その声を聞いたルイスは、さっき死線を彷徨った際に脳裏へ浮かんだ彼女の裸体を追い出すように頭を振った。
「あー、それでクーガーの様子はどうだ? 遺物は起動出来そうか?」
『それが……、ボスが起動の支援を行っているんですが、ちょっと手が離せないみたいで……。実は状況がわかりません』
「起動が無理とわかったらすぐに知らせろ。こっちは落ち着いたら全班から無傷の奴らを集めて若干名を再編成し、クーガー救出のための再突入準備を整える」
『了解』
ヨシカワとの通信を終えると、ちょうどクーパーが探索から帰ってくる。笑顔のクーパーの手には布が絡んだ金属棒が何本か握られていた。
「ありました、少佐ァ! あっちのAPC、武装はありませんが履帯付きの“お外用”でまだ使えるッス。あと中に緊急用の医療キットっぽい物体が」
「でかした。バハナムをそっちに動かす、手伝え」
クーパーが持ち帰った布付き金属棒は簡易な構造の担架だった。布地を広げながら金属パイプを繋いで組み立てを始めるクーパー。ルイスはバハナムに使う止血剤と生食を探すようクーパーへ命じたあと、チョーカーの通信先をモンテヴェルデのチョーカーを持つジーンへ切り替えた。
「モンテヴェルデ、ジーンか? 1班はこのあと敵のAPCで基地を脱出する。外の合同班が俺らを攻撃しないよう全員に周知しておけ」
『了解、少佐』
粗方の通信と指示を終えたルイスが独り言を呟く。
「あとはクーガー次第だが……。さて、どうなるか」
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羽山一明
敵の優先事項があくまでEMAであることが窺えますね。再突入、とはいったものの、新兵同然のクーガーにその最重要事項を担わせたクリフの命に、ルイスはもはや全ベットするしかないような状況。訝しんで突入していなくてよかったですね……。
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羽山一明
2022年5月5日 9時31分
うさみしん
2022年5月6日 8時18分
遺物は国家の命運を担うシロモノなのであります。その事を理解し、時には味方に厳し過ぎる様にも見えるボスコフはソ連軍人としてある意味優秀なのであります。メタ的な視点で言えば、人命を尊ぶ西側のルイスらと対比させるため序盤で戦うに相応しい相手であります押忍。
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うさみしん
2022年5月6日 8時18分
葵乃カモン
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葵乃カモン
2021年6月11日 12時37分
うさみしん
2021年6月12日 5時09分
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うさみしん
2021年6月12日 5時09分
羽山一明
変形機構はロマンだけでなく、同一規格、機種にて自在に陣形を変更、状況に対応できる点、実践的ですね。このあたりは遺物ではなく、なるほど人が手がけたものだ、という感じがいたします。一か八かの献策が実を結び、ひとまずは命令に応えたルイス。彼の言う通り、あとはクーガー次第……!
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羽山一明
2022年1月20日 10時56分
うさみしん
2022年1月21日 5時07分
極寒の敵基地への侵攻に際しあるかどうかわからない敵EPTのために重くてかさばる対戦車装備を持ち込めなかったという点が痛かったんだと思います押忍。部下1人に敵EPT8機丸投げとか、まぁまぁ酷い感じですね。
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うさみしん
2022年1月21日 5時07分
J_A
ルイス組が無事窮地を切り抜けたようで何よりです。まだ油断はできないようですが……しかしルイスとクーパーの胆力には驚かされます!
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J_A
2022年5月10日 20時04分
うさみしん
2022年5月11日 5時15分
似たような状況、似たような対応で助かった過去があるのかもしれません押忍。いずれにせよ、これぐらいの即興を思いついて即実行できないとすぐ死んでしまうわけであります、たぶん。
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うさみしん
2022年5月11日 5時15分
未季央
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未季央
2020年7月9日 23時06分
うさみしん
2020年7月9日 23時32分
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うさみしん
2020年7月9日 23時32分
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