奈落の王と嘆きの女王

読了目安時間:15分

エピソード:24 / 149

第024話 伝わる心、伝わらない心

 アリッサ・ヨシカワ大尉は別館の薄暗い廊下を歩いていた。  いつもなら遅番のメイド達がまだ起きていて、その日の後始末や明日の朝の準備にと忙しく部屋を出入りしてそうな時間帯である。しかし今夜は本館で行われている宴会に大半のメイドが駆り出されており、彼女らの仕事場と居住区である別館の1階は珍しく静まり返っていた。  ヨシカワは仄暗い階段を登ってゆく。途中、折返しの壁に飾られている気味の悪い抽象画にはいつもどおり目を向けず、彼女の指は何かピアノ曲でも()くように手すりの上を(はじ)き続けていた。  2階はモルガン警備保障の兵卒に割り振られたフロアだ。いくつかの大部屋は兵卒達の相部屋として割り振られ、小部屋には下士官達が住む。いつもは中から兵達の下卑(げひ)た会話や笑い声が漏れてくるのだが今夜はそれもなく、まるで無人かと思えるほどの静寂が辺りを包んでいる。このフロアに用が無い彼女はそのまま階段を昇って3階へ向かった。  3階。このエリアには尉官以上の士官に割り振られた私室が並ぶ。少佐など上級士官向けの部屋が奥側から割り振られているため、廊下の突き当りの最奥からルイス少佐、ヨシカワ大尉、マックアルフィン中尉、バハナム少尉の順となる。  ルイス少佐の向かいの部屋は少し広めで豪華な造りの部屋だ。  ちなみにそこはダクストン大佐のために用意された部屋だが、本人は「若者の元気はこの歳になる私にとってはもう毒でな」などと言って、最近ではあまりモルガン邸に寄り付かない。そんな大佐はブリグストウの街中にあるホテル住まいで、毎晩何人かの愛人を取っ替え引っ替え連れ込んでいるとの噂があった。 (何が、若者の元気は……、ですか! こんな日ぐらいこっちに来て下さればいいのに。祝賀会にまで顔を出さないなんて……)  遠くからダクストン大佐の部屋のドアを眺めながらそんな事を考えていたヨシカワの足は、無意識にとある部屋のドアの前で止まっていた。  ヒースコート・バハナム少尉の部屋。  少し緊張したヨシカワは左手で軍服のタイを直し、握った右手をドアに寄せる。彼女は少し躊躇(ちゅうちょ)したあとドアをノックして中へ声を掛けた。        ◇          ◇          ◇ 「バハナム、私だ、ヨシカワだ」  ノックの後のその声にバハナムはベッドの上で目を覚ました。少しうとうとしていただけで完全には寝ていなかったつもりの彼は少し慌てた。いつも寝る時にはベッド脇のテーブルの上に乗せているチョーカーが見当たらない。しかしすぐにチョーカーが自分の首に装着されている事に気付いて安堵した。無線による呼び出しを無視したために上官に自室まで足を運ばせてしまったのかと一瞬肝を冷やしたからだ。 「大尉、どうぞ」  ノックと声に答えたバハナムはうつ伏せから起き上がろうとした。しばらくうつ伏せで固まっていた彼の尻は動かすと息が詰まるほど痛んだ。部屋に入ってバハナムの状態を見たヨシカワがそれを制止する。 「そのままでいい、作戦指令でも訓戒(くんかい)でもない。お前が居なくなってる事に気付いたから近くの者に聞いたら、バハナム少尉は1時間ほど前に帰ったと。それで気になって様子を見に来ただけだ」  うつ伏せに戻ってベッドに身体を預けるバハナムを見て安心したヨシカワが話を続ける。 「バハナム、よく少佐とクーガーを守ってくれた」  何か戦功でもあればその(ねぎら)いの言葉は喜びに変わりそうなものだが、今回のバハナム当人にとってのそれは耳の痛い話にしかなっていなかった。作戦中にいくつか仕出(しで)かしてしまった事、それに医師による本格的な治療が必要なほどの怪我を負ったのが自分だけだったことに一人恥じ入っていたのだ。    「いえ、自分の力不足を痛感しました。怪我が一番酷いのも自分で、まったく……。大尉の顔に泥を塗ってしまいました」  その言葉にヨシカワの顔が悲しそうに曇る。 「どうだ? 痛むか?」 「尻を撃たれるのはこれで三度目です、もう慣れました」 「寝られないようなら、あとでボスに頼んでモルヒネを用意させる」 「今夜は酒をたらふく飲んでしまったのでモルヒネは……。それにもうそんなに痛くはないですから」 「…………」  しばらく沈黙が続く。  バハナムは焦っていた。ヨシカワを部屋に連れ込んでいたなどと兵達に噂が広がれば彼女の方が大変な事になる。本当は彼女に居て欲しかったが、その気持ちとは裏腹の言葉が口をついて出た。 「大尉、俺の尻は大丈夫です。他の兵達の噂になります、もう帰って下さい」 「お前を軍からモルガンに引っ張ってきたのは私だ。私にはお前の生死に関して、ただの上官として以上の責任がある」  ヨシカワはバハナムの言葉を聞き入れず、デスクの前にあった椅子をバハナムのベッドの前に持ってくると背もたれを前にして座る。バハナムの目を少し見つめた後、ヨシカワは遠い目をした。 「思えば陸軍士官学校に在籍中、日系人である私を支えてくれていたのは、お前だけだったな……」  バハナムは「候補生の中では、です」と言いかけて止めた。  ヨシカワは椅子の背もたれに組んだ腕と顎を乗せる。 「知っているぞ、お前が“裏切り者ビッチの糞”と呼ばれていたことを」 「俺は優秀な士官候補生を当たり前に尊敬していただけです。能力を無視して、日系ってだけで大尉をこき下ろす連中が許せなかっただけです」 「しかしそのせいで、お前は糞呼ばわりされただけでなく、背中をナイフで刺されたりもした」  ヨシカワは椅子に座りながら手を伸ばし、うつ伏せのバハナムの背中、背骨のすぐ脇にある古い刺し傷の(あと)にそっと触れた。 「それは名誉の負傷です! 大尉が気に病むことでは」 「敬語はよせ、今は二人きりだ」  バハナムはヨシカワの泣きそうな声に言葉を失った。何を言えばいいのか、どんな言葉をかければこの人から悲しみや辛い過去を消すことが出来るのだろう。そんな事を考えるバハナムだったが、一向に答えは出なかった。数年に渡って探し続けている答えが突然この場で見つかるべくもなかった。  ヨシカワはバハナムの傷跡に指を這わせながら想う。この傷が少しでも早く無くなってくれればいい、と。それが叶わないなら、いずれ時の流れに埋もれていくこの傷跡がいっそのこと消えずにこのままずっと残ってしまえばいいと思い始めていた。 「どうすればいい? どうすれば私は、お前の献身に報いることが出来るんだ?」 「……アリッサ、あんたは俺が敬愛する上官です。今後も毅然(きぜん)とした態度で、部下である俺をうまく使ってくれりゃいいんですよ。俺はそれ以上は望んでいません」 「上官とか部下とか、そんな事を言うな。確かに今の立場はそうだが、私とお前は士官学校の同期だろう……」  ため息を漏らすヨシカワ。答えないバハナムへ哀しさ混じりの笑顔を見せる。 「いっそのこと下品に『一発ヤラせろ!』と言ってくれたほうが話が早いのだがな……。しかし、いまこの場で私が服を脱ぎ始めたら、お前は義務感に似た感情で私を抱くのだろう。私は借りを返した気になって楽になり、お前には嫌な思いを残すのだろうな……」 「アリッサ……。あなたの心の中にはまだあの人が居るでしょう。マーヴェリック教官……、俺はあの人に勝てないうちは……」 「その名前は二度と口にするな! 彼はただの幻影だ。もっとも今の姿のほうが幻影かもしれないが。私はあの男ではなくお前を選んだんだ!」  溜まった感情を吐き出したヨシカワは表情を失い黙りこくった。そんなヨシカワを前にバハナムも言葉を失う。  再び沈黙する二人。  しばらくするとヨシカワは自嘲気味(じちょうぎみ)に笑いはじめ、次第に普段よく見せる笑顔に変わっていった。やがて声を出しながら悪戯(いたずら)っぽく笑うと、隠し持っていたバーボンを腰の後ろから引き抜いた。 「よし、ならば勝負だ。お前が自ら私とヤる気になるよう、朝まで飲ます事にしよう。貴様もまだ行けるだろう?」  その言葉にバハナムも乗った。今夜はもうだいぶ飲み過ぎていると自覚はあったが、色々と足りていない自分が彼女が苦しめているのだと思うと付き合わざるを得なかった。 「了解しました、大尉殿! 朝まで耐えたら俺の勝ち。その時はキスのひとつでもしてもらいます。俺の忠誠心と自制心、どれほどのものか証明してやりますよ!」  バハナムに後悔は無かった。明日、二日酔いの姿を見せればルイス少佐に叱られるだろう。わかり切っていた事だったが、目の前のヨシカワの笑顔に比べればそんな些細な事はもうどうでもよくなっていた。        ◇          ◇          ◇  戦勝祝賀会の会場となったホールの隅には移動式の簡易バーが設置されていた。モルガン邸本館、玄関右の警備兵詰め所の奥に併設されている遊興室の中にあるバーが、今夜こちらのホールへ出張してきた格好だった。  この簡易バーのマスターは夜番のメイドの一人で、普段から遊興室のバーでバーメイド(女性バーテンダー)を務めているエレーニャ・ハーデン(21)である。中肉中背で可愛らしい顔つきをしている彼女だが、モルガン邸に雇われる以前はブリグストウ市内の安いヌードバーで荒くれ者どもを相手にバーメイドを続けていた本格的な“強者(つわもの)”だ。  手先が器用で社交的で聞き方上手、それに人懐っこい性格のエレーニャにとってバーメイドとは天職だった。酒を提供されて気持ちの良くなった旅行者から異国の話を聞くのが何よりも大好きで、その旅行者の中でもエキゾチックな言語を話す東洋人、一度も見たことが無い日本人に対してはとりわけ興味を持っていた。  しかし英日(日英)同盟が解消されておよそ1世紀、第二次大戦を終えて80年近く()った今この現代でもイングランドを訪れる日本人は少ない。戦後、イングランドで行われていた徹底的な日本人排斥運動がまだその影響を色濃く残していたからだ。ビジネス(カネ)のために出張で訪れる少数の日本人を、ビジネス(カネ)のため一時的にしかたなく受け入れるイングランドの企業。その図式がここ半世紀近く続いていたのだ。  近年ではソ連脅威論の高まりから同盟復活を叫ぶ声も増えたが、太平洋に関係のある諸国からあらぬ誤解を受けかねないといった考えも根強く残っており主流にはなっていない。必然、観光目的にイングランドを訪れる日本人は極端に少なく、ビジネス目的の日本人との歓談の場に安酒場が選ばれることも無かったため、エレーニャの働くヌードバーを日本人が訪れる機会はまったくと言っていいほど無かった。  そのエレーニャの前、カウンターの向こう側に日本人の若い男が座った。夢にまで見た日本人がここにいる。エレーニャがヌードバーに勤めていた頃、彼女が日本人に興味があると知り、日本人を詐称(さしょう)し身体目的で近付いてくる非日本人の東洋人は後を絶たなかったが、そこに座る彼は紛れもなく本物だった。長年の夢が叶って心が舞い上がるエレーニャ。しかしその喜びはその後10分程で悪夢に変わる事になる。  目の前の男は何なんだろう、と思うエレーニャ。  無理もない。カウンターの向こうに座り、はじめに炭酸水を頼んだあとは一言も喋らず注文も無い。終始うつむき加減で、話し掛けるというか取り付くシマすらない。目の前に濡らした釘でも置いてやればそれが錆びてゆく(さま)を延々と眺め続けるような男を2時間近くも相手にしていたのだ。  見れば炭酸水が入っていたはずのグラスからは気泡が失せ、既にただの水へと変化していた。しかも量が全く減っていない。  せめて他の兵隊が来てくれれば、と思う彼女だったが、普段は面倒くさいと思うほど寄ってくるのに(決して口にはしないが)、何故か今夜の兵隊は遠巻きにバーを見るだけで誰もカウンターに座ろうとはしなかった。この客の入りの悪さはこの男の所為(せい)だろうと(にら)みつけるものの、そもそも目が合わないのでまるで効果が無い。  ほとほと困り果てたエレーニャは、この宴会が終わる時間をただひたすらに待っていた。        ◇          ◇          ◇ 「クーガー」  バーのカウンターに座るクーガーに、後ろからジーンが声を掛けた。立ち上がって敬礼しようとしたクーガーをジーンは手のひらを向けて制止する。 「宴会中はそういうのはいい。盛り下がるでしょ?」  ジーンはクーガーの隣に座り、エレーニャにシャムロック、と告げた。普段見られないほどの満面の笑顔で注文を受けたエレーニャに、ジーンは何事かと思わずその顔を二度見した。  ジーンが隣を見ればクーガーの手前にはミネラルウォーターが入ったグラスがあった。宴会の席でなぜわざわざ水? と思ったジーンは素直に声に出して訊く。 「あら、ノンアルコール? あなた飲まない人?」 「あ、いや」 「ああ、頭を強打したんだったわね」 「あ、いえ、まだ未成年なので」 「あら、おカタい事!」  何気の無い会話が続いた後、ふいに訪れた沈黙にクーガーが言葉を返した。 「いつもこんな感じですか?」  その言葉に後ろを振り返るジーン。わざわざ振り返って目で確認する必要もなかったが、兵達はルイスを中心にまだ大変な乱痴気騒(らんちきさわ)ぎを続けていた。 「少佐の事? 今夜は特に酷いわ。奇跡的に人的被害が出なかったせいでもあるけど」  エレーニャがジーンの前に、黄色い液体に緑のオリーブが添えられたカクテルグラスを差し出す。 「シャムロックで御座います」  ありがと、と答えたジーンは一口飲んで唇を湿らせたあとオリーブをつまんで口の中に放り込んだ。美味しい、という意味でエレーニャに笑顔を向けると、彼女も笑顔で軽い一礼を返した。  オリーブを咀嚼(そしゃく)してカクテルで胃に流し込んだジーンは(うな)り始める。 「ん~~~~~~、口さみしい。何か食べ物は?」 「本日こちらには用意しておりません。今夜は宴会という事で食べ物はあちらに。もし良ければ取ってきますが?」  食べ物は宴会の会場から、そう答えたエレーニャにジーンはわがままを続けた。 「そういうんじゃない、(なん)か軽いのがいい。生チョコか……、オランジェがいい。そう、オランジェ!」 「かしこまりました。それではご用意させていただきますので少々お待ち下さい」  一礼してバーを後にするエレーニャ。  “本店”へつまみを取りに行くエレーニャの後ろ姿を目で追い、去った事を確認したジーンが呟く。 「少佐ね、作戦前、あなたにマフィアの連中を撃たせたでしょ? その事を気にしてたのよ」  その事を話すつもりで隣に座ったのか、と苦笑するクーガー。 「いいんです、あの時は納得して自分の意志で撃ったから。今回の作戦で敵の兵士を殺してしまった事のほうが(こた)えてます」 「あら、そんな事少佐に言わないでね。間違いなくぶん殴られるわよ」 「……殴られたほうがスッキリしそうだ」  シャムロックを飲み干したジーンはカウンターに尻をついて乗り越えるとその内側へ回った。不埒者(ふらちもの)迎撃用のクリケットのバットをカウンター裏に見つけて吹き出したあと、後ろの棚からアイリッシュウイスキーの瓶とウイスキーグラスを2つ取り出す。 「人を殺した罰が欲しいの? それとも踏ん切りを付けたいのかしら」 「この世界で生きるって決めたのに、作戦とは言え人を殺した罪悪感が拭えないんです」 「マフィア殺しは納得できたのに敵の兵士を殺したのがダメ? なぜかしら?」 「みんなで俺を騙してない限り、撃ち殺したマフィアの連中は一般市民を何人も不幸にしたり殺してきた奴らで間違いなく悪人でした。でも敵の兵士はこちらに敵意を持っていただけで悪人とは違う……」  ジーンはウイスキーを注いだグラスに多めのソーダ水を加え、かなり薄目のアイリッシュクーラーを作った。それにロックアイスを落としてクーガーに差し出す。 「あなたには踏ん切りもそうだけど、自分の心に折り合いを付ける必要があるわね。あなたが何を思ってこっちの世界で生きることにしたのかわからないけど、少なくとも自分の意志で決めたのでしょう? フツーの生き方は捨てて兵士になる事を決めた」  ジーンがバーテンをやっている事に気付いたサハリントン軍曹が数人の兵を連れ笑顔でバーに向かってくる。それに気付いたジーンは彼らを(にら)みつけると、クーガーに気付かれないように首を小さく左右に振った。察したサリー達が(きびす)を返す。 「マックアルフィン中尉、国家の命令で敵兵を殺すのと私兵のそれとでは違います」  クーガーのその言葉に呆れ返るジーン。 「国家の命令ならいいけど、個人の思惑による殺人命令は駄目と言うこと?」 「国では何人もの優秀な政治家が議論と検討を重ねて戦争をするかどうか決めてると思うんです。個人だと決定するのは一人だから間違いを犯すし、最終的にはお金目的の私欲じゃないですか」 「あなたは本当に平和ボケの国からやって来たのね。国家だって最終的には国益の為に戦争を始めるし、私欲の為に戦争を望む政治家だっているのよ」  それはそうなんでしょうけど、と返したクーガーがジーンを見上げると、彼女は少佐のようにボトルから直接ウイスキーを飲んでいた。目が合うと手前に置かれたグラスを目と顎で指され、クーガーはしかたなくそれに口を付けた。 「私は国家なんてものより、クリフのほうが単純でわかりやすいから好き」  慣れないアルコールに()せたクーガーを見たジーンは、しょうがないわね、という表情を作った。 「あなたまだ大人になり切ってないのね。私かヨシカワが寝てあげようか?」 「あ! いえ……」 「何を考えた? 少佐か誰かに遠慮した?」  笑顔でそう言う彼女の「誰か」という不特定多数の前に「少佐」と漏らした言葉の意味に気付いたクーガーは再び苦笑する。 「お二人一緒に、って言ったら怒られるかと思って」 「ずいぶんと欲張りね!」  エレーニャがオランジェ――オレンジピールをチョコで包んだおつまみと、幾つかのスナック菓子やナッツ類を盛り合わせたトレイを手に戻って来る。 「お待たせしま……」 「ん~~~! これこれ!」  トレイから勝手に(つま)み上げたオランジェを頬張(ほおば)りながら、エレーニャと入れ違いにカウンターから出てくるジーン。クーガーは少しの笑顔に精一杯のウソの笑顔を重ねて彼女に礼を言う。 「少佐と話してきます。ありがとう、マックアルフィン中尉」  ジーンはクーガーのその礼は心の底からではなく儀礼的なものだと気付いたが、それには気付いてやらない振りをした。過ぎた気遣(きづか)いは逆に心の負担になることを知っていたからだ。 「平時にはジーンって呼んで。あなたはもう仲間なんだしここは正式な軍隊じゃないから。それと、少佐の事もルイスって呼んであげて」  その言葉に敬礼して去ってゆくクーガー。親愛を示す踏み込みに極端な礼で返すのは拒絶の証だ。なかなかうまくいかないものだと思うジーン。  頬張ったオランジェを瓶ウイスキーで流し込み、ふとエレーニャを見ると彼女は焦って目を()らした。 「何? 彼、行かせないほうが良かった?」  ジーンがそう訊くとエレーニャは目を伏せたまま苦笑いを浮かべた。改めて「インクストリート」と彼女に告げる。  カクテルを作り始めたエレーニャをぼーっと眺めるジーンの背後で、ふいにルイスの大声が響く。 「やらなきゃやられるんだよ、バッカ野郎!」  案の定だ、と思って振り返りもしなかったジーン。しかしカウンターにあった銀色のドライポットの表面に、クーガーの両脚が空中で綺麗な弧を描いてふっ飛んでいく姿が反射して映っていて、それが見えてしまった彼女は思わずテーブルを叩きながら吹き出していた。

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  • ミミズクさん

    羽山一明

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年5月11日 11時33分

    ああ……オンとオフの間柄と空気感の違い。此処こそ、二度読むべき箇所でしょうか。粗雑で野卑な所帯、「血と硝煙」たる傭兵団の日常と、上下官の関係性。ジーンってこんな穏やかな人だったっけ……と。つい、そんなことを思ってしまいました。ルイス絡みだけ狼が出るのかな。

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    羽山一明

    2022年5月11日 11時33分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    2022年5月11日 13時00分

    ジーンも可愛い弟を持つ姉であります。ここでもう少しその描写ができれば良かったのですが、先のネタばらしになるので実現出来ませんでした。元々のサブタイは「代替≒◯◯」で、ヨシカワにとってルイスの代替となったヒッチーとエピソード内対比させる予定だったのであります押忍。

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    うさみしん

    2022年5月11日 13時00分

    メタルひよこ
  • くのいち

    葵乃カモン

    〇200pt 2021年6月17日 6時06分

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    良いものを見せてもらった

    葵乃カモン

    2021年6月17日 6時06分

    くのいち
  • メタルひよこ

    うさみしん

    2021年6月18日 5時15分

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    あら~~~っ!

    うさみしん

    2021年6月18日 5時15分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年1月23日 2時10分

    愚直な綺麗事と、残酷な正論。どちらかが正しいわけではあるはずがなく、しかし割り切らねばならない。思い起こせば手が届くほどの近い過去、彼自身が彼の言う「罪のない一般人」であったこともひとつ、罪悪感を消せない遠因かもしれませんね。それにしても、男所帯の女性陣の強さと美しさたるや……。

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    羽山一明

    2022年1月23日 2時10分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    2022年1月23日 5時02分

    ああそんな素敵にまとめていただいて……。自分には書けない文章であります! これからも精進しますぞ押忍!

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    うさみしん

    2022年1月23日 5時02分

    メタルひよこ
  • ひよこ剣士

    気にしない人間

    ♡500pt 〇100pt 2022年5月22日 13時26分

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    いいぞ、もっとやれ!

    気にしない人間

    2022年5月22日 13時26分

    ひよこ剣士
  • メタルひよこ

    うさみしん

    2022年5月23日 7時29分

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    歓喜の舞

    うさみしん

    2022年5月23日 7時29分

    メタルひよこ
  • かえるさん

    J_A

    ♡1,000pt 2022年5月16日 20時25分

    隊員たちの想いと流れてゆく穏やかな時間……優しさと甘さは紙一重なのかもしれないと思いつつ、捨てきれないクーガーがグッときますね。

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    J_A

    2022年5月16日 20時25分

    かえるさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    2022年5月17日 5時26分

    クーガーの陰キャムーブはしばらく続きます押忍。web小説ではあまり好ましくない流れと知っていましたが、これはやらなアカンかったのです押忍。

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    うさみしん

    2022年5月17日 5時26分

    メタルひよこ

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