奈落の王と嘆きの女王

読了目安時間:18分

エピソード:56 / 149

第056話 √R15 アリッサ・ヨシカワ

2015年02月某日  アメリカ合州国 ニューヨーク州オレンジ郡   ウエストポイント陸軍士官学校 医務室にて 「ある意味安心していい。未遂だ」  アリサが目を覚ますと同時にジョエル・マーヴェリック少尉の声が近くで聞こえた。アリサが股間に響く激痛に呻きながら身体を起こして周りを見渡すと、そこは医務室で彼女はベッドの上だった。右腕には生理食塩水の点滴チューブが繋がっており、(そば)には椅子に座ったマーヴェリックが彼女を見下ろしていた。 「お前、何度か意識を取り戻したが覚えているか?」  マーヴェリックの質問にアリサは無言のまま首を左右に振って答える。 「とんでもねぇ大出血だった。ほんとは医者に()せるべきだと思ったんだが、軍医を呼ぼうとする度にお前は拒否を繰り返した。『軍医だと学校にバレる、ここにいられなくなる』と言い張って……。仕方がないので口の固そうな衛生兵を呼んで処置させた」  マーヴェリックは手に持っていた小説を閉じるとサイドテーブルに乗せた。 「結論から言う。お前のその……、そこは完全に元通りにはならない」 「私……、どうなったんです?」  痛みに顔を(しか)めながらのアリサの問いに、マーヴェリックは目を伏せた。 「覚えてないのか……? 意識を失いかけながらも抵抗を続けるお前に苛ついた“奴ら”が、お前の中に何かを突っ込んだ。それを捻り回して内部がジャギジャギに裂けて……」  マーヴェリックは言いにくそうに、辛そうな表情で話を続ける。 「俺が現場に駆けつけた時にはお前は1人血まみれで倒れていた。おそらくお前を襲った奴らはお前の大量出血に怖くなって放置して逃げたんだと思う」  アリサは瞬きもせずにそれを聞いていた。  マーヴェリックはポケットから取り出した紙巻きタバコ状の物体をいくつかサイドテーブルに並べ始める。 「傷の具合だが、軍医なら完全に治せたかもしれない。しかし衛生兵ではな……。今は麻酔が効いてるが、それが切れたら相当痛み出すそうだ。何とかモルヒネを調達しようと思ったが、あれは管理が厳重過ぎて俺がどう手を尽くしてもアシが付く。個人的に持ってる葉っぱ(大麻)をお前にやるからそれで耐えろ。足りないなら追加は用意する」  それを聞いたアリサは(うつむ)いて涙を落とした。  少し慌てた様子のマーヴェリックがアリサの背中に手を添える。 「大丈夫だ、奥の方の器官はまるっきり、その、完全に無傷らしいから問題無く子どもは産めるし結婚だって出来る。今は辛かったり悔しかったりするだろうが、お前の将来に(かげ)りは無い。今回の事件、お前と犯人以外は俺と処置に当たった衛生兵しか知らんしな」  マーヴェリックが腕時計を見る。 「身体にゴマカシが()くようなら明日以降も何事もなかった様に過ごせる。早朝の点呼まであと5時間ある。それまでは寝て休め」  立ち上がりかけたマーヴェリックは、何か思い出したような表情をしてもう一度椅子に座り直した。 「ああ、そうだ。お前、正式に俺と付き合え。明朝からな」  俯いたままのアリサはその言葉に微動だにしない。しかし心の中では以前マーヴェリックが度々自分を口説いていた事を思い出していた。何もこんな時に、と思ったアリサの心に彼への嫌悪感が募る。 「弱ってる女を相手に酷いこと言うんですね」 「偽装だから安心しろ。あわよくば喰っちまうが、それはお前のOKがあってからの話だ」  アリサは伏せていた顔を上げてマーヴェリックを睨む。 「拒否したらどうなるんです?」 「これは上官からの命令だ。お前は優等生なんだから服従しないわけにはいかないだろ?」  辺りを暫く静寂が包む。  アリサが口を開いた。 「私をこんな目に合わせた奴らはどうなりますか?」 「お前は犯人が誰かわかっているか? 断ずる証拠は?」  アリサは首を横に振る。 「死角から突然だったので見ていません。声は聞きましたが確信が持てませんし、私一人の証言だけでは証拠にならないでしょう」  マーヴェリックはアリサの目をじっと見つめる。 「実は(しばら)く前からお前、と言うか、奴らの動きを監視していた。知っていたかどうかわからんが奴らの暴力の対象はお前だけじゃない。各所でヤラかしてくれているんでな、教官同士のネットワークで監視網が引かれていたんだ」  今度こそ椅子から立ち上がるマーヴェリック。 「発見から対処までが遅かったのは俺のせいだ。奴らに勘付かれる事態を避けるため遠くに居すぎた。本当に済まない」  顔を(しか)めたアリサがジョエルを見上げる。 「私を監視してたんですか? それに憐れみで私と付き合うと? 教官の少尉様と付き合うってウソで私を守ろうとでも? そう言えば以前から私を口説いてましたね。その時からですか?」 「同情しているのは本当、モノにしたいのも本当、お前をこんな目に合わせてくれた奴らをぶっ飛ばしてやりたいのも本当だ。ウソなど無い。自分でもびっくりするぐらい正直者だな、俺は」 「私は弱者じゃありません! それにこんな嫌がらせぐらい自力で対処出来なきゃ、将来士官になるなんて夢物語になってしまいます」  その言葉を聞いたマーヴェリックは笑みをこぼした。 「ああ、誰にも頼らなくていい。お前がするのは他人の利用だ。例えば、お前をコマしたいと思ってる目の前の上官の下心やその立場をだ。な、賢そう(クレバー)だろ?」  アリサはマーヴェリックの提案に言葉を失った。 「使えるものは何でも使って上手く立ち回ってみせろ。それこそお前の今後に必要になる。明日からは俺の事はジョエルと呼べ」        ◇         ◇         ◇ 2015年05月某日  アメリカ合州国 ニューヨーク州オレンジ郡   ウエストポイント陸軍士官学校教官宿舎にて  偽装で付き合いはじめた2人は平凡で安らかな日々を送っていた。ジョエルは同僚のデール中尉から「教え子に手を出すとは」などと小言を言われ続けたが、彼にはアリサと別れるつもりは無かった。  アリサが教官であるジョエル・マーヴェリック少尉の女と周知され、彼が周囲へ本格的に睨みを効かせ始めると、以前のような彼女に対する本格的なイジメは影を(ひそ)めた。  2人で穏やかな日々を過ごすうち、アリサはいつしかジョエルに対して本気になっていた。  アリサから何度か迫った事があるものの、決して手を出そうとしない彼のその態度は彼女の目からは誠実に映ったし、普段の軽い態度とは裏腹の気遣いの細やかさ、それにその優しさにメロメロになっていた。決して口にはしなかったが、アリサはジョエルとの将来、彼との甘い結婚生活などを想像し、恥ずかしさのあまり自分のベッドの上を転げ回る事すらあった。  その夜、2人は基地内にある士官用宿舎、ジョエルの私室で遅いディナーの後、一緒のソファで古いコメディのビデオを見ながらくつろいでいた。  アリサはねっとりと濡れてしまった下着に気付いた後、じゃれ付く振りをしながらジョエルの太ももに(またが)った。当のジョエルは「お前の骨盤のトンガリが太もも筋肉の隙間に刺さってきて痛ェ!」などと叫んでいたが、アリサはお構いなしに股間を擦り付けた。彼女は表層上は平静を装いながらビールを飲んだり、流れているビデオを派手に笑い飛ばし、自分の状態に気付かない振りをしつつ豊満な乳房をわざとジョエルの肩に乗せたり頭や耳に押し付けたりしてた。  アリサは自分の気持ちや状態に気付いて欲しかった。彼女が受けた数ヶ月前の傷はもう癒えていて、既に身も心もジョエルを受け入れる準備が出来ていたのだ。  挑発を続けるアリサはジョエルがいつ襲いかかってくるか期待しながら、その時にどう反応するべきか悩んでいた。 (これだけアピール続けたんだから、ジョエルはいま私の事をどうしようか考えて辛抱堪らなくなってるはず。じきに獣のように襲いかかってくるかも!)  それを素直に受け入れても良かったが、震える声で「お願い、やさしくして?」などと頼んで、少し貞淑さを演出するのもいいだろうと考えていた。  しかし気が付けばジョエルは軽い寝息を立てていた。拍子抜けしたアリサは彼の膝の上から降りて隣の寝室から少し臭う毛布を取ってくると、ジョエルの身体にそっと掛けてやった。そして両腰に手を当てて少し逡巡したあと服を脱いで全裸になり、彼の隣に潜り込んだ。  寝ぼけたジョエルが「そこだと濡れるぞお前、大丈夫か?」などと言い、左腕でアリサを抱き寄せる。無意識なのかワザとなのか、アリサの脇の下を通ったジョエルの左手ががっちりと彼女の乳房を掴む。丸い大きなサラダボウルの様な形をした柔らかい乳房を揉みしだき、先端の突起を何度か指先でなぞって固くさせると、ジョエルは再び寝息を立て始めた。  (まったく、この人は!)  またこんなオチだ。  アリサはもう寝ることにした。彼が夜中に起きたり朝になれば嫌でも2人がどんな状態か気付くだろう。その時どうなるかはその時に決めればいい、そう思った。 (何もなければそれでもいい、その時はまた新たな作戦を練り直すだけだ)  距離は離れないけど縮まりもしない。そんな2人の関係にアリサは不満もあったが、何故かその一方で満足もしていた。        ◇         ◇         ◇ 2015年6月某日  アメリカ合州国 ニューヨーク州オレンジ郡   ディープホロウにて  その週末の午前中、2人はハイキングとかピクニックと称してディープホロウの高台に来ていた。本格的なキャンプではなく軽装だったがなぜか荷物は多く、本来は(ふもと)からの歩きが通例だったものの、2人は車輌が上がって来られるギリギリのところまでレンタカーで来ていた。  アリサは自作のサンドイッチを詰めたバスケットと水筒を、ジョエルはキャンプ道具や敷物などを入れたリュックの他に中型のアタッシュケースらしきものを持っていた。  他に人気(ひとけ)の無い高台の頂上に着いた2人はしばらくそこからの展望を楽しんだ。周りには原生林が広がっていて遠くには幾つかの湖も見える。空は晴れ渡って澄みやかで心地良く、まさにピクニック日和と呼べる日だった。  ジョエルが焚き火で湯を沸かしてコーヒーを淹れている。アリサはその香りに包まれながら幸せを感じていた。  彼女はしばらく岩場の突端に座ってコーヒーを飲みながら景色を眺めていた。そんな彼女がふと後ろでジョエルが何かを始めた様子に振り返ると、彼はアタッシュケースを開けてライフルを組み立て始めていた。  ここで鹿でも狩るつもりだろうかと考えるアリサをよそに、銃を組み上げたジョエルは弾丸ケースと双眼鏡を持ってアリサの隣に来て腹ばいになった。バイポッドを立て、スコープを調整しながら本格的に射撃体勢になったジョエルに何か違和感を感じたアリサは、何の気無しを(よそお)いながら問い掛けてみた。 「何を狙うんですか?」 「コヨーテだ。あいつら害獣だからな」  スコープを覗きながらボソりと答えたジョエルに違和感が増す。 「こんな北にコヨーテなんていたんですか? それよりピクニックデートの最中に射撃とか止めてください。可哀想じゃないですか」  ジョエルは一瞬スコープから目を離すと、近くに置いていたゴツい軍用双眼鏡を持ってアリサに差し出した。 「いいから、ほら、スポット(射撃観測)を始めろ」 「射撃デートじゃないんだから撃たせませんよ? 見るだけです。どこです?」 「前方およそ1.3、いや1.4マイルほど。湖畔対岸、ヒョロ長い木の右側、あの色が違う岩の手前」  アリサは嘆息しながらジョエルの隣に腹ばいになると、レーザー測量器のスイッチを入れたあと双眼鏡を覗き込んだ。そして前方に見えるポポローペン湖対岸の観測を始める。  相変わらずスコープを覗いたままのジョエルがぼそりと呟く。 「あのコヨーテを見りゃお前だって撃ちたくなる」  怪訝そうなアリサがジョエルの指示するポイントを見ると、湖岸の岩場近くに犬が見えた。しかしそれはどう見てもコヨーテではなくラブラドール系の大型犬であり、毛並みの良さから言って間違いなく飼い犬だった。 「距離は?」  ジョエルの問いに、アリサは視界の端に見える赤い数字を読み上げる。 「2226、7」 「2千2ひゃ……、いやお前、この距離感でそれは無いだろ……。それメートルじゃねぇのか? ヤードに切り替えろ」  アリサは暗算で2435という数字を出しながら双眼鏡から目を離し、SETボタンを押してヤード表示に切り替えると再び双眼鏡を覗き込んだ。 「2435、6ヤード。でもやめてください、ホントに。冗談でも誰かの飼い犬を銃で狙うなんて……」 「……ああ、見ているトコが違う。その犬じゃない、もっと右の、青いパンツの奴だ」  アリサが双眼鏡を右に向けるとそこには明るい橙色のテントがあった。その近くには薄い煙を上げているバーベキューのグリル。切り株の脇にビール缶やテキーラの瓶が乗ったテーブル。そして士官学校でアリサへ執拗に嫌がらせを繰り返す男達が数人と、それに候補生ではない、おそらく彼らがどこかで引っ掛けた上半身ビキニ姿の若い女達がいた。  更にその右にはクーラーボックスからビールを取り出して仲間に投げ渡している、上半身が裸で青いパンツを履いた男の姿。それはアリサが襲われた時、股の間から聞こえてきた声と同じ声を持つ男だった。 「この距離では個人的な最長記録にもならないな。まぁどうせ記録には残せない狙撃だが」  アリサはそのジョエルの言葉に冷や汗を流す。 「……ジョエル、それって冗談ですよね?」 「人の形をしたコヨーテ(害獣)だ。お前の許可があれば撃つよ。もういつでも撃てる」 「まさか、今日彼らがあそこに来るって知っててこの予定を!? でも、犯人があの男だっていう証拠は……」  ジョエルがスコープを覗いたまま答える。 「お前自身の確信があれば充分だし証拠ならもう掴んでる。あの事件の翌日、授業で突然ハンドガンの分解組み立てをやらせたのを覚えているか? 奴の銃のスライドレールの(みぞ)に半乾きの血液が付着していたのを確認してる」  アリサは事件翌日の授業を思い出す。本来は屋外で基礎体力訓練の予定だったが、その日は何故か教室にて一日中銃の分解組み立て訓練をやらされており、確かにその時の指導教官はジョエルだった。彼の命令で強引に付き合い始めた当時は気付かなかったが、あの授業変更は傷ついた自分の身体を(おもんばか)っての事だと思っていた。 「で、でも銃に血が? 何で……」 「その……、お前を脅すために中へ突っ込んだのがそのハンドガン、傷を付けたのは先端にある照星のエッジ部分だ。整備不良だろと難癖を付け、ハンカチで古いガンオイルを(ぬぐ)うフリしてその血液を採取し医師に調べさせた。人間の血液、お前の血液型と一致した。DNA検査まではしてないが、まず結果は(くつが)らん」  ジョエルは感情を失ったような抑揚の無い声で話を続ける。 「俺の女を傷つけられたんだ。このまま何事も無かったように呑気(のんき)に過ごされてたまるか」  双眼鏡から目を外したアリサは、ジョエルがそんな事をずっと考えていたのかと驚きながら彼を見つめた。まさかと思いながら、慌てて狙撃銃の近くに置いてあるボール紙製のケースから弾丸を拾い上げたアリサが固まる。手にした薬莢の先端がプロップ(※発射されればすぐにバラバラになる木片)ではなく、メタルジャケットの実弾だったからである。ここに来てようやくジョエルが本気だと理解したアリサは慌てて止めようとした。 「やめてください少尉! あなたがこんな事をする必要なんて!」 「安心しろ、“とある筋”からあいつをブッ殺す許可は貰ってあるし、俺とお前のアリバイ工作には人を雇ってある。今頃、俺とお前に似た奴らがネルソンビルのボーリング場でストライクを連発してるとこだ」 「そ、そんな事言ったって……」  スコープから目を離したジョエルがアリサに真剣な眼差しを向ける。 「お前が殺すんじゃない、俺が殺すんだ。責任は俺にある。お前は俺に許可だけくれればいい」  愛する男に倫理を欠く選択を迫られたアリサは答えに(きゅう)した。 「だって……、だって私の事で少尉が人を殺すなんて! あなたが罪の意識を背負う事になるんですよ?」 「ならねェよ! クソを撃ちたいのは俺の意思だ、罪の意識なんか持つわけがない。しかし奴に実害を受けたのはお前だ。この引き金を引くにはお前の許可が要る」  答えが出ないアリサにジョエルは銃から手を離し、起き上がるとアリサの肩に手を添えた。 「アリサ、お前が殺したくないならそれでいい。だがな、所詮(しょせん)世の中は弱肉強食だ。いま俺が狙っているアイツは味方の立場でありながら欲望に負け、仲間であるお前を喰い殺そうとしたケダモノだ。将来、士官学校を卒業したアイツが少尉に任官され、指揮官となって部隊に配属されればお前だけじゃない、多くの兵士が奴の暴力の餌食になるんだ。そもそも俺がウエストポイントに赴任した理由……、サンダース教官の銃の暴発事故だって奴らが関与している疑いが濃厚なんだ」  じっとアリサを見つめるジョエルに彼女の無言が続く。その時間は1分に満たなかったが、彼女にしてみれば数分は経っていた感覚だった。 「わかった、お前は不合格だ」  唐突にジョエルによって告げられた言葉にアリサは困惑する。それを見透かしたように彼は話し続けた。 「お前が自分から撃つって言い出したら合格。俺に撃たせてもギリギリ合格だったが、撃つのを辞めさせたなら不合格だ」  ジョエルは狙撃銃の分解を始めながら、独り言のように呟いた。 「アリサ、お前は士官に向いていない。法や規則に従うのは立派だが、その姿勢では戦場でお前自身やお前の部下達を守ることは出来ない」 「そんなあなたの独断で……」 「お前はそこそこ優秀だから軍以外の就職先も見つかる。もしもの時は俺が就職先を世話してやる」  分解が終わった銃のパーツを次々にアタッシュケース型のガンケースへ放り込んでいくジョエル。 「お前だって愛国を(かか)げて軍人になろうとしているわけじゃないだろ? まともな職と安定した収入のためだろうが。単なるカネのために命を危険に晒すことは無い」 「その通りですが、私にとってはやり始めた事を最後までやり遂げる事が重要なんです!」 「その過程で適正が無いって事が判明してるんだぞ? 自分に合わない事をムリに続けてどうする。いったん決断したんだから最後までやり遂げる? それが立派だとでも思ってんのか? 考え方が古すぎる。西部開拓時代じゃねぇんだぞ!」  首を横に振りながら話すジョエルにアリサは食い下がる。 「適正の有る無しの判断をこんな……」 「目の前のクソを撃ち殺す事も出来ないのに、戦場で敵兵を殺れるワケねぇだろ! いい加減にしろこの!」 「軍には明確なルールがあります! それに従わない兵はただの人殺しや犯罪者です!」 「ルールに従ってるだけで組織が上手く回るならそれでいい。じゃあ入学してからのお前の境遇は何だ?」  そう言って立ち上がるジョエルに、どう言い訳するか考えあぐねて無言になるアリサ。  そんな彼女をジョエルは突き放した。 「またそうやってダンマリか。まぁいい、どうせお前とは今日でお別れだ」  突然別れを告げられたアリサは血の気が引く思いがした。彼女の中でこれまで想像していたジョエルとの将来が一気に崩れ去ってゆく。 「そんな! 勝手過ぎます! 私の気持ちはどうなるんですか?」 「いつまで経ってもヤラせてくれねぇお前には愛想が尽きた。そもそも俺は歳上の女なんて好みじゃないしな」  立ち上がってジョエルの頬を引っ叩くアリサ。彼が言い放った言葉の内容よりも、自分を遠ざけようとするわかりやすい態度に腹が立ち思わず大声を上げる。 「今まで何度もそう仕向けたのに! 手を出さなかったのはあなたのほうでしょ!?」 「結果的にはそうならなかった。つまり運命じゃなかったって事だ」  ()たれた頬を撫でながらジョエルが立ち上がる。彼の目を見つめるアリサの目には涙が滲んだ。 「ジョエル……」 「今後、俺をジョエルと呼ぶ事は許さん、マーヴェリック少尉か教官と呼べ。どうせ俺は来週には居なくなるが」 「なっ! 何で急に……、そんな!」 「来年度って言うか、もう来週だ。負傷していたサンダース軍曹が7月から狙撃教官に復帰する。俺はお払い箱でアラスカへ転属になった。まったく、極寒冷地訓練とかメンドクセぇ……。俺はこの週末中に異動になる。お前とはもう終わりだ」  その言葉を聞いたアリサは唐突に服を脱ぎ始めた。完全に無意識の行動である。 「やめろバカ! 何をやってる!」 「ヤラせればいいんでしょ!? ね? ヤラせるから! いまヤラせるから!」 「やめろって言ってんだろ!」  ジョエルがアリサの両腕を押さえると、彼女の目から涙がポロポロと(こぼ)れ落ちていった。 「……配置換えはもう決まった事だ。この後ウエストポイントを離れる俺ではもうお前を守ってやれん。その前にあいつらをぶっ殺せたなら少しは安心出来たが、そうはならなかった。それだけが心残りだ」  ジョエルは脱ぎかけて腕に引っ掛かっているアリサの上着を着せ直す。 「安心しろヨシカワ。デール中尉を始め、教官方にはお前をよろしくと伝えてあるし別のツテにも頼んである。アイツらが生き残る以上、残り3年は完全な平穏無事とはいかんだろうが、まぁ……、元気でやれ」  ジョエルはヨシカワに背を向け何処かへ電話を掛けると、その相手――アリバイ工作の協力者へ撤収を告げていた。  アリサは他人行儀にラストネームで呼ばれたことに愕然(がくぜん)として座り込んだ。そんなジョエルの態度に、2人の関係はもう元通りにならない事を確信して絶望して涙した。  その数日後、ジョエル・L・マーヴェリックはアリサの前から姿を消す。  彼が再びジョエルとして彼女の前に現れることは無かった。        ◇         ◇         ◇ 2023年02月02日 16時02分  イングランド ブリグストウ郊外、車中にて  ヨシカワ大尉はモルガン邸へ向かう車中で“あの時”のジョエルの言葉を思い返していた。 『お前が殺すんじゃない、俺が殺すんだ。責任は俺にある。お前は俺に許可だけくれればいい』  ジョエルは、クリフがクーガーへ告げた言葉とは真逆の事を言っていた。 (人生に正しいことなんて無い、全て自分の意識次第、解釈次第なんだわ)  そう思いながら窓の外を見たヨシカワの目には見慣れた荘園跡が映っていた。その向こうにはルイスの居るモルガン邸がある。  ヨシカワはふとルームミラー越しに映るジーンの顔をみつめた。 「ジーン、そういえばあなた、少佐のどこが好きなの?」 「ズボラでぐうたらで自分勝手なところと顔」  即答で返したジーンに嘆息するヨシカワ。 「わかってるなら安心だわ」  その彼女の独り言はジーンには聞こえないぐらい小さかった。

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