歌い踊る捜査線 〜5段重ね殺人事件〜

読了目安時間:5分

第4話 犯罪の原則

 難事件から3日後の朝にして、ほんとんど全容が解明されているというのに刑事長の心は沈んでいた。  肝心の犯人の動機が分からない。いや、事件を起こそうとした気持ちが分からない。犯人像が浮かんで来ない。  まるで、パズルのど真ん中の一番簡単なピースだけが、なぜかハマらないような気持ち悪さであった。  犯人「本間太郎」という人物だけを置き去りにして、事件解明がトントン拍子に進んでいく。それもこれも本間太郎本人による自己アピールのせいなのに、決定的な証拠は残さず、何も語りかけて来ようとしない。  午後になり、重苦しい雰囲気に包まれる刑事たちの下に、素っ頓狂な声が飛んできた。 「た、大変です! 今、無銭飲食で捕まった男が『俺は本間太郎だ。刑事長と古論(ころん)刑事に会わせてくれ』って言っています!」  飛び込んできたのは、昨日、徳さんと呼ばれていた巡査だった。 「どういうつもりだ? こんな手の込んだ真似をしなくても普通に自首すればいいだろう?」  刑事長が本間太郎の正面のイスに座り、古論は入り口のドアにもたれかかって立っていた。 「その口ぶりといい、『本間太郎』の名だけで話が通ったことといい、大体のことは、もう、お分かりと言うことですね?」  本間太郎は言ったが、 「いや、あんたの口から聞かなけりゃ、自白にはならない」  刑事長が言うと、本間太郎は事件のことを時間を追って事細かに淡々と語った。それらは、ほぼ、刑事たちが考えた通りだった。 「まぁ、ここまでは挨拶代わりみたいなもんだ。俺たちにも分からなかったのは、お前さんの動機だ。どうしてこんなことをした?」 「ここの刑事さんで、あの製薬工場の排水事故のことを覚えていらっしゃるのは、お2人だけですよね?」 「ああ」 「私は、あの事故が許せない! 私の両親を奪い、私たち兄弟を引き裂いた!」 「それが、動機だというのか?」 「いえ、そんなわけありません。この話は、もっと長いです」 「それで?」 「刑事長さん、古論刑事、あの事故の話を知っている人が、今。この地元にどのくらい居ると思いますか?」 「それは」  刑事長は古論の方を振り返った。 「ほとんど居ないと思いますよ」 「俺も、そう思う」  と言いながら、刑事長は本間太郎に向き直った。 「あれだけの大事故なのに風化するのが早すぎると思いませんか?」 「そう言われてみれば確かに」 「もみ消されているんですよ。大きな力で」 「……それは確かなのか?」 「はい、私は独自にあの製薬会社についていろいろ調べたんですが、圧力をかけてきたのはスジもんじゃなくて、上の方の人たちでした。何かあるたびに守られているようです」 「本当か?」 「はい、命を危険にさらされたこともありました」  刑事長が椅子にもたれかかるとギシッと大きな音を立てた。 「しかし、それが、本当だとして、動機とどう繋がるんだ?」 「私の動機は、あなた方に直接会ってタレコミするためです」 「なにぃ?」 「あさって、秋名山のヘリポートでとても大きな合法ドラッグの取り引きがあります。あの製薬会社の製品で、実は麻薬以上に危険なシロモノです。誰かさんが頑張って非合法化させていないという話です。どうか、その現場に踏み込んで下さい!」  本間太郎はメモ用紙を机の上に置いた。 「そんなの普通にタレコめばいいだろう?」 「言ったでしょう? 私は目を付けられているから迂闊に動けない。取引日を変えられてしまうかも知れない。それに……」 「それになんだ?」 「本当に普通にタレコミに来たとして、あなたたちは私に合ってくださったでしょうか? 会ってくださったとして、私の話を信じて下さったでしょうか? 信じて下さったとして、心を動かされてくださったでしょうか? わたしは、この歳になるまで、必死に兄弟たちを探し続けたけれど、ついに、唯の1人にも会うことができなかった。私は最後に一矢報いたい。どうか、現場に踏み込んでもらえませんか?」 「犯罪には、1つ大原則がある。『犯罪者はその犯罪によって、いかなる利益も受けてはならない』」 「知っていますよ」 「それから最後に自殺した五木だがな。普通、自殺者の傷は浅い。死体の山の一番下になんかに入れられなきゃ、助かっていたかも知れなかったんだぞ」 「それも分かっています。そもそも、他人の命や死体を弄ぶなんて万死に値します」 「自分で自分を裁くんじゃねぇ! 裁判所で裁いてもらえ!」 「嫌です」  その瞬間、かすかにカリッと言う音がした。 「てめぇっ!」  刑事長は、イスを吹っ飛ばして立ち上がった。 「もう遅いです。口の中の毒入りカプセルを噛んで呑みましたから」 「犯罪者は、その犯罪によって利益を得てはいけないんだよ!」  古論が本間太郎の脈や呼吸を見ていたが、 「ダメです。死んでます」  と言った。  刑事長が亡霊のように自席でうつむいて考え事をしていると、目の前に何やら小冊子のような物を差し出された。  その小冊子の表紙には、デカデカと「ガサ入れのしおり」と書いてあった。  タイトルの下には、バスの窓から顔を出している刑事たちの似顔絵が描いてあった。  中を開けると、 「おやつは500円まで」 「バナナはおやつに入りません」 「おこづかいは3000円まで」  などが書いてあり、定番の歌の歌詞とか、ゲロ袋の作り方なども書いてあった。 「こりゃ、一体、どういうことだ?」  刑事長が聞くと、 「見ての通りです」  と段菜が答えた。 「古論さん!」  刑事長は怒鳴ったが、 「確か、口止めはされてませんよ」  古論は涼しい顔で答えた。 「刑事長、俺たちはあくまで、刑事長に無理矢理連れて行かれたことにしますので、責任は刑事長お1人で取って下さい」 「ノリノリのクセして何言ってやがる」  刑事長が久しぶりに笑った。 「じゃあ、曲はあれで行くからな」  秋名山ヘリポート。深夜。取り引きのため商品と現金を確認している真っ最中に、1発の照明弾が真っ直ぐに天高く上がっていき、辺りを昼間のように照らす。    少し高いところから、刑事長が拡声器でがなり立てる。 「ミューーーーーーーーズ!」  方々に身を潜めていた刑事たちが、一斉に立ち上がって叫ぶ。 「ミュージック、スタートッ!」  捕り物が始まる。

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