万聖節悲哀話【短編】

読了目安時間:4分

エピソード:7 / 8

失恋7

 おれは頭に来て、飲んでいたウイスキーを、その子にも注いで渡してやったよ。 『娼婦の子なんだから、酒くらい飲めるだろう』  って――。その子はビックリしたような顔をして、それから、困ったような顔をして、おれが差し出したグラスを受け取ったよ。飲めなきゃ置いておけばいいのに、匂いだけで酔いそうなそのグラスに口をつけるんだ。でも、やっぱり飲めないらしくて、舌をつけただけで眉を落として……。やっぱりおれが悪者じゃないかっ、て、口に出して叫びそうになったよ。――そうだろ? その子は、苛められても黙っているんだ。飲めもしない酒を渡されても、じっと黙って堪えているんだ。――何故そうまでしてここにいなきゃならないんだよ? さっさと母親のところへ帰ればいいじゃないか。おれはその子を侮辱したんだぞ。娼婦の子呼ばわりして、傷つけたんだ。それなのに、何でそんなことを言った男の言葉通り、素直にウイスキーに口をつけなきゃならないんだ? 貧乏人はそこまでプライドがないのか?」  ビルの声は、だんだん高くなっていた。  ぼくは少し困りながらビルを宥め、彼のグラスに、氷を二つ、入れてやった。 「……すまない」  ビルはそう言って、氷の入ったウイスキーを傾け、声を落として再び話しを始めた。 「おれはその子のことを、ずっと、頭の足りない常識のない子供だと思っていたよ。だけど、大人の中にさえ、あの子ほど利口で、人の気持ちの解る人間はいやしない。万聖節に帰り損ねた妖精のような子なんだ。笑っていても、傷ついていない訳じゃない。母親が客を取っている間、あの子はずっと外に出されていて、行き場もなかったんだ。やっと安心して過ごせる場所を見つけた、っていうのに、その家でも飲めない酒を渡されて、辛く当たられて……それでも、あの子は帰ることが出来ないんだ。おれは、自分がどんなに酷いことをしたか、解っていた。だから、その子にいつも通り、ジュースとお菓子を出してやったんだ。自分のしたことを忘れさせようとしたんだよ。さっきの仕打ちはなかったことにしてほしい、と……。酷いだろ? お菓子は少なめにして、冷蔵庫にあったグラタンを暖めてやった。あの子は、そのグラタンをおいしそうに食べるんだ。 『熱いから気をつけろよ』  って言ってやったのに、二、三度フーフーしただけで、もう大丈夫だと思って口に入れて――。食べたことがないんだよ。グラタンみたいな有り触れた料理でさえ。あの子は、あまりの熱さに目を白黒させて……おれと目が合うと、へへェ、と笑ってみせて……。何だか、涙が零れ落ちそうになったよ」  そういうビルの瞳には、また、大粒の涙が浮かんでいた。 「おれは、それからずっと、晩ご飯を二人分用意して待っていたよ。栄養士の資格を持っている家政婦を雇ってさ。いつも二人で晩ご飯を食べて――。驚いたよ。あの子は賢い子なんだ。ナイフやフォークの使い方もすぐに覚えて、きれいなテーブル・マナーで食事をするようになった。おれが教えた訳じゃないんだ。おれの食べ方を見て、あの子が勝手に覚えたんだ。おれは、それだけで何だか嬉しくなったよ。その子が自分の子のような気がしたんだ。親がしっかりしていれば、その子はちゃんとした世界で暮らして行けるんだ。 『十月三十一日は朝からおいで』  って、おれはその子に言ってやったよ。子供が大好きなハロウィンの日だから、目一杯飾り付けをして、たくさんお菓子を買って、その子を驚かせてやろうと思ったんだ。それで、十月三十日――昨日は夜通し、部屋の飾り付けに時間を潰した。お菓子も車に一杯、買って来た。デパートまで二回も往復したよ。最初の一回はハロウィンの飾り付けを買うために、二度目はお菓子を買うために――。デパートには、煩いガキがワンサといたさ。おれも、自然とあの子と同じくらいの年頃のガキに目が行った。だけど、馬鹿なガキばっかりなんだよ。あの子みたいに可愛い子供は一人もいないんだ。あの子が一番、可愛いんだ。おれは、すっかり気分が良くなってさ。今日は早起きをして、あの子が来るのを待っていたんだ。あの子を車に乗せてやろうと思って、昨日、何時間もかけて車をピカピカに磨いてさ。今日は一日中、あの子の相手をしてやるつもりだった。そして、こう訊こうと思っていたんだ。 『ここで一緒に暮らさないか?』  ってな。それなのに……それなのに、あの子はここへは来なかったんだ……」  グラスを持つビルの手が、細かく震えた。  もう涙も堪えていられないのか、ボロボロと恥も外聞もなく、泣きじゃくっている。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • 女魔法使い

    和奏

    ♡200pt 2021年11月6日 15時53分

    熱々のグラタン、きっと美味しかったんでしょうね。ハロウィンの日、どうして子供ちゃんは来なかったんでしょう。気になります。飾りつけをして待っていたビルさん、切ないですね…。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    和奏

    2021年11月6日 15時53分

    女魔法使い
  • ちょんまげひよこ

    竹比古

    2021年11月6日 20時31分

    和奏さん、竹比古は作っていただいたものなら何でも美味しいです(え? 竹比古の話はしていない?)…哀。自分の方がその子の母親よりも――という傲慢なビルの仕打ちさえも許してくれるあの子が、来なかった理由…。それは……。次回ラストです。ありがとうございます。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    竹比古

    2021年11月6日 20時31分

    ちょんまげひよこ

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 幸せの咲く場所

    自らの幸せを疑わず、少年少女は息絶えた。

    2,500

    0


    2022年8月16日更新

    楽園は、終わらない幸せを約束する場所。楽園の住人は死すら超越し、永遠の幸せを享受する。そこに招かれる資格は、待ち人だけがもっていた。 「センセイ。僕、楽園に行けるかな」 ベッドに横たわった少年は、天井を見つめながらそう聞いた。 男が迷うことなく答える。少年の腕に注射針を刺入させながら。 「当たり前じゃないか。君たちは神様に愛されている。たどり着けないはずがない」 「そうだよね――ありがとう、センセイ。さようなら」 「さようなら」 男が微笑む。 そして、少年の命は完全に停止した。 ◇ ◇ ◇ マキは楽園に憧れていた。他の家族と同様に、招かれる時を待っていた。 幸せの集う楽園にたどり着ければ、永遠に、悲しみもなく生きていけるのだ。 だからマキは楽園を信じた。幸せになりたかったから。 もしそれが偽りだったなら、なにを支えに生きればいいのだろう。

    • 暴力描写あり

    読了目安時間:15分

    この作品を読む

  • 泣かないで、と言えなくて。

    その人らしさ、を取り戻す為の旅。

    10,300

    38


    2022年8月15日更新

    介護士 佐々木直が出会ったのは、職場いじめを経験し精神崩壊の後、幼児退行を起こした三木 春光という一人の男性。 親子の間に亀裂が走った事も分からない春光は、自意識とそれを失う一歩手前の綱渡りの状態で過ごしていく事になる。 一人の芸術家と医者の交流を描きます 自作小説『はっちゃん」の本編開始以前を描きます。 登場人物の佐々木さんを主人公としたスピンオフです。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:43分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 学園ミステリ 空き机の祥子さん

    日常系学園ミステリです。

    1,470,257

    33,592


    2021年9月21日更新

    県立五十嵐浜高校一年三組の伝説、空き机の祥子さん。祥子さんの机に願い事を書けば叶うという。だけど書かれるのはいつも相談ごと。そして解決するのは陽向と裕美の凸凹コンビ。学園ミステリ開幕です。 第二章七不思議編の最後まで読んでいただけると、ちょっとした驚きがあるかも。そしてラストにもどんでん返しが。

    読了目安時間:4時間51分

    この作品を読む

  • 人生を見据えた創作論

    批判、批評お待ちしております

    18,223

    0


    2022年8月11日更新

    周囲を見渡しても、創作界隈全体を見てもはっきり言ってメンタルが弱すぎる。 メンタルの弱さは創作をする才能がない一つだと身共は断言する。文章力より構成力より、何より大事な才能の一つ。 そんなところを語りながら、どこにゴールを見定めるのかということについて駄弁っていきたいと思う。 先に結論を語っておこう。 今、貴方や貴女は余裕がないんです。 そんな余裕を少しでも持てるようになれば幸いです。

    読了目安時間:37分

    この作品を読む