俺の王様

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たとえ身一つだろうとも

 夢や希望を語るには お綺麗過ぎて 適当な愛想も出ない  独り善がりな この俺に 何を語る事がある 何を抱く事がある  日雇いの仕事から、疲れ切った体を連れ帰る。  何にもない、部屋とも呼べないような隙間。  今の俺にお似合い。いや、今の俺には過ぎる城。  家出したのは少し前、どうにかしたくてどうしようもなくて、飛び出した。  スマホで日雇いの仕事は探せる。  死なないように生きるだけなら、なんとかなる。  俺だけで埋まる、なんにも置けない俺の城。  あるのはこの身ただ一つ。  友人や家族だったモノからの連絡を絶つのに、スマホはオフ。  仕事探しや必要な時にだけ使う。  今日も、息をして、何かを口にして、生命活動を繰り返す。  親の期待も、友人の信頼も、全部裏切った。全部勝手に捨てた俺だ。  こんな俺が、なんでまだ足掻こうとしてんのか。自分でも分からない。  ただ、どうしようもなく自分を変えたかった。  同調圧力、抑圧された毎日に、一歩、道を逸れたくなった。  夏休みの朝、思い立って、誰にも何も言わず、ただ、家を出た。  育ててくれた人達を捨てるだなんて身勝手。  それでも、自分の奥から湧き出る衝動に抗えなかった。心が悲鳴を上げていた。  何をやってもやらなくても、浴びせられるのは賞讃なんかじゃなくて。  もっと、もっと、休んでいる暇はない。  さあ次だ、もっとやれ。  出来ない奴らはふるい落としていく。  負け犬になりたくないなら、さあ次だ。  どこまでやっても満足しない。せきたてられるように、次はもっと上へ、まだまだ上へ。数値でしか俺を見ない。親も世の中も。  それなら俺じゃなくていい。有能なロボットでも作ればいい。全て数値化出来るさ。何もかも思い通りの人形を。  社会に都合の良いモノ。誰かに都合の良いモノ。誰もが笑顔でいられるモノ。  そこに、俺という意思は要らない。邪魔なだけだ。  求められるのは、誰かに都合の良い存在だ。  俺には出来やしない。心が悲鳴を上げたんだ。軋んで壊れる寸前の嫌な音。耳障りなノイズが奥から鳴り響いて止まらない。  だから、自分で捨てた。安定した人生、義務を果たせば保証されたもの。  代わりに手にしたのは俺。ただの俺。誰かに都合の良い存在でなくて良い俺。  そう気付いたら、軽くなった。  プレッシャーの正体に気付いて、まだ、死にたくなくなったんだ。  次の仕事を探そうと、深夜にスマホをオンにする。  ざっと目を通してオフろうとした時に、一件の連絡が目についた。 【ごめんなさい 今も変わらず愛しているの 貴方が生まれた日から  それを忘れて ただ期待や重圧を押し付けた  生きてくれるだけで十分  ごめんなさい もう一度 私達にチャンスを頂戴】  親からの連絡。  削除する指が、動かなかった。  数ミリ。1センチもない、数ミリが動かせない。  液晶に雫が落ちた。雨漏りなんて、今夜は晴れだ。  あぁ、そうか。  俺は、愛されていたんだ。  そう実感して、真夜中でも構わず、俺は思い切り喉を震わせた。 「いってきます」  いつものように、母さんの弁当を持って、家を出る。  捨てたはずの日常。帰る事を待っていてくれた。  愛されていない、都合の良い存在だけを求められているなんて、幼い勝手な独りよがりだった。  身勝手に飛び出した俺は、全部いらないと捨てた臆病者の俺が、なくして気付いた。  今がどんなに愛されてるか。今をどんな思いで育まれたか。今はどんなに愛おしいのか。  誰かにとって都合の良い存在じゃなくてもいい。期待外れになったってかまわない。俺は俺の人生を一歩一歩、探して歩けばいいんだと。  夢や希望、御大層な言葉に目が眩んで、自分なんかには到底出来やしないと決め付けた。  そうじゃない。  夢や希望なんざ、夜空に浮かぶ小さな星だ。  届かなくたっていい、時に見上げて思いを馳せるだけでいい。  届かない手を伸ばし続けたっていい。  それが、違う何かを掴む事だってあるかもしれない。  自分で自分否定するな。  何を目指そうと、何も抱けなくとも。  たとえこの身一つでも。  俺は俺の王様だ。

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