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冥葬刑事カロン

読了目安時間:6分

第二章

第5話 妖艶な魂は精悍な肉体に宿る

これは単純なチンピラのいざこざなんかじゃない、と俺は直感した。  俺は「被害者」の交際範囲ですでに名前の挙がっている連中と片っ端から「面通し」をさせることにした。うまく「被害者」の記憶を刺激する相手にぶち当たればラッキーだ。  仮に無反応でも相手から「被害者」の姿は見えない。マジックミラー越しと同じだ。  荒木丈二はリタイヤの二年後に妻と別居している。妻によるとリタイヤ後、一年ほどはあちこちに顔を出して再起のチャンスをうかがっていたようだが、トレーナーともコミッショナーとも疎遠になり、筋肉の衰えを防ぐためのジム通いが精いっぱいだったという。  スパーリングの相手にも事欠く有様となった丈二は、酒を呷ってはそこいらのチンピラたちに喧嘩を吹っかけるという愚行を繰り返していたらしい。  肉体の衰えを極端に恐れ、怪我にも慎重だった丈二は格闘技の経験がない人間ばかりを選んで喧嘩を吹っかけていたようだが、傷害で逮捕されることはなかったらしい。  やがて酒浸りの日々からギャンブルに手を出すようになった丈二の元に、次第に闇の匂いのする連中がまとわりつき出す。一度闇に染まってしまえばクリーンな世界に戻ることは難しい。汚い仕事を手伝っているうちに足抜けするタイミングを逸してしまうからだ。  しばらくは再起を信じて疑わなかった妻も、朝から飲んだくれている夫を見て荒療治が必要だと感じ始めたらしい。別居を切りだされた丈二は、しぶしぶその提案を受け入れたという。  だが、一人になったことで自由と孤独の両方を手にした丈二の心に、闇が忍び込んでしまう。  薄々知りつつ、違法薬物の運び屋を引き受けてしまったのだ。幸い、売買に手を染めていなかったことが立証されて在宅起訴という形で決着がついたものの、取り調べで名前を上げた仲間から襲撃を受け、全治二か月の怪我を負うこととなった。  この時、腕の筋を切られたことで復帰はほぼ不可能となり、それ以来、以前にも増して荒んだ暮らしに染まるようになっていったという。ラブホテルの一室で丈二がめった刺しにされたのは、このわずか一か月後のことだ。  この一か月の間に何があったのか。実は初動捜査の段階で一人、殺害直前の丈二に会っていたという人物が挙がっていた。約一年ぶりに訪れたジムで再会したという顔なじみの会員だった。ベンチャー企業を経営するその人物は丈二のかつてのファイトを知っており、好意的に接していたらしい。  この人物の証言によれば丈二は闇の世界から足を洗い、まっとうな職に就いて妻ともう一度やり直したいと語っていたという。俺はまずこの人物と「被害者」とを会わせることにした。                   ※ 「明石徹也(あかしてつや)です」  日焼けした長身の男性は、会うなり俺に握手を求めてきた。  三十代後半くらいだろうか。切れ者のスポーツマンといった容姿は、取引相手に期待を抱かせそうな精気をみなぎらせていた。 「荒木丈二さんをご存じですよね?」  俺が尋ねると、徹也は人懐っこい笑みを浮かべて「ええ」とうなずいた。 「本当に残念なことになってしまいました。僕は彼のファンでしたし、必ずや再起してくれるものと信じていたのですが。……実際、知り合いのジムに彼が再びカードが組めるようになるまで在籍させてくれないかと頼んだりもしていたのです」 「しかし当人はカムバックよりも奥さんとの安定した生活の方を望んでいたようですが」  俺は傍らに寄る辺なく漂っている「被害者」をちらと見やった。当人は徹也にあまり関心を持っていないようにも見えた。記憶を刺激しないということは、この男は「被害者」にとって重要なキーパーソンではないという事か。 「確かにそう言った願望が彼の口から語られることは、一度ならずありました。しかしこう言っては僭越ですが、僕には彼の肉体がこれからさらなるピークを迎えられるという確信がありました。忌憚なく言うと、肉体改造をしてでもリングに再び上がってほしいと願っていたのです」  哲也の口調には、成功者だけが持っているおのれの感覚への絶大な自信がうかがえた。 「……そういえば、明石さんもご立派な体格をしておられますね」  それまで傍らで控えていた沙衣がいきなり横合いから口を挟み、おれは目を瞠った。 「いやいや、とんでもない。……お恥ずかしいです」  哲也は白い歯を見せ、さりげなく肯定の意を示してみせた。おそらくおのれの肉体を褒められることに慣れているのだろう。 「これでも学生時代は柔道に始まり、マーシャルアーツなどさまざまな格闘技に手を出していました。そのうち人間の身体能力がどこまで高められるか、そのポテンシャルの方へ興味が移っていったのです。  ……現在、僕が手掛けている事業では、人間の能力を限界まで引き出すスーツを研究しています。いずれ、スーツを着用した者同士のファイトをマネージメントできないものかと考えています。いわば人間工学と新たな格闘芸術とのハイブリッド・プロジェクトです」 「……ひょっとして、荒木さんをモニターとしてデータ収集に協力させようと考えていたのではありませんか?」  俺はぎょっとした。仮にそういう秘められた意図があったにせよ、いきなり核心に切り込んでしまっては得られる証言も引っ込めてしまいかねない。この女は捜査のいろはも知らずに放りこまれてきたのではないか。  俺の懸念はしかし、徹也のリアクションによってあっさりと吹き飛ばされた。 「あっはっは、なるほど鋭いですね。いかにもそういう誘惑がなかったといえばうそになります。ですが、それ以上に僕はボクサーとしての彼にほれ込んでいました。彼が僕の事業に関心を持っていれば別ですが、僕は純粋に彼の再起をバックアップしたかっただけです」  そういうと、徹也は沙衣の顔を間近から覗きこんだ。俺は直感的に危ないな、と思った。  この男には人を惹きつける強力な磁力がある。そう思った途端、沙衣が声を上げた。 「明石さん、いいとこあるじゃないですか。ベンチャーの社長にしておくのは勿体ないわ」 「……まいったな。できれば事業の方にも理解を示していただきたいところです」  徹也は苦笑すると、顔の前で手を振ってみせた。俺は沙衣のセオリーを無視した無茶苦茶な聞きこみに呆れつつ、隣の「被害者」を見た。その瞬間、俺は「被害者」の様子が先ほどまでと明らかに異なっていることに気づき、はっとした。 「被害者」はあきらかに驚愕の表情を浮かべていた。俺は「被害者」の視線を追った。「被害者」の目は徹也に向けられていたが、その焦点は相手の身体を突き抜け、遥か遠くで結ばれているようでもあった。 「あ……アンフィスバエナ……オルトロス」 「被害者」の口がぱくぱくと動き、意味不明の言葉が紡がれた。 「何だって?」  俺が小声で問い質すのと同時に、徹也の「それじゃあ、僕はこれで」という声が聞こえた。立ち去る徹也を微笑みを浮かべて見送る沙衣を尻目に、俺は「被害者」が口にした謎めいた言葉を反芻していた。

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