悪党たちのエデン

第19話 間違いの悲劇

「これは……桁数からして緯度と経度かな」 「そうですね。数字からして、この近くの位置だ」  リンゴとシークレットは顔を見合わせ、急いで部屋を飛び出した。 「ニコ!」「ニコさん!」 「うるせえぞッ。営業中だ」  恐らくまかない目的で厨房にいるだろうと突っ込んだ彼らの読みは当たったが、珍しくまともなことを言うニコに叱責される。 「でもニコさん、緊急の報告です」  食い下がると、ニコは厨房の入り口の方にぺこりと頭を下げてリンゴを奥に連れ戻した。 「今、この店の常連が厨房に挨拶に来てたんだよ。で、なんだ。あの暗号が解けたのか」 「そ、それは失礼しました」  謝って、すぐに緯度経度を表すトランプの束を取り出してみせる。 「恐らくトラスカラ・カルテルのもう一つの事務所の位置です。調べたところ、普通の店舗も入っている小さな雑居ビルだったので小規模かと考えられます。今から行けますか」 「……人員を揃えて15分後に向かう。店の裏に来い」 「分かりました」  ニコは近くにいた構成員に今の内容を早口で告げると、すぐにまたリンゴに囁いた。 「今厨房に来てる女に挨拶してから用意しろ。オメーらの今ので大黒楼が変な店だと疑われると困る」  確かに従業員が慌てて厨房に駆け込んでくる高級レストランというのも怪しい。  少年は頷いて、今度はゆっくり厨房へ足を踏み入れた。  常連というのは日本人らしく、シェフやシークレットと話すのに日本語が聞こえてくる。  長い黒髪を真っ直ぐに切り揃え、上品な雰囲気を振りまいている若い女だ。  ハイブランドの落ち着いた色合いのロングワンピースを(まと)った服装も、作る表情や仕草も全てが洗練されていて、絵に書いたような令嬢だ。 「すみません、先程はお騒がせしました。従業員の茶見と申します」  とっさに、以前の仕事で使った偽名を名乗った。  シークレットはすでに上手く誤魔化したあとのようだ。 「まあ、しばらくぶりに(うかが)いましたら新しい日本人の方がたくさんいらしてたんですね。わたくし、薬袋庵羅(みないいおら)と申します。父がこちらによくお邪魔させていただいていて、わたくしも小さい頃から何度もお世話になってるんですよ」  まだ大学生くらいか。  柔らかな物腰と崩れない敬語は美しい。 (父親が裕福でよくニューヨークに来ていて、家族ぐるみで常連になっている一般人ってところか?)  そう検討をつけて、リンゴは上手くなってきた笑顔を浮かべる。 「茶見くん、庵羅(いおら)さんはニューヨークの大学に留学して来ているそうだよ。これまで以上に大黒楼に来れるって、わざわざ挨拶に来てくださったの」  シークレットが捕捉情報をつけてくれた。 「まあ、美月さんてば。偶然近くに来ただけですから」  深窓の令嬢とシークレット。年も近く賢そうな雰囲気はよく似ている。  だがどこかが決定的に違うような気がした。  庵羅との会話も頃合いを見て早々に切り上げ、偽名を名乗った人は厨房を去る。 「あと分で例の場所に出発だそうです」 「ふう、常連さんに挨拶したりカチコミに行ったり休みがないね」  早足で廊下を進みながら苦笑するシークレット。 「あの人とは知り合いではなかったんですね」 「私がアメリカにいたのは君も知ってる通り田舎町だもの。この大黒楼に来たのも今回の仕事で初めてだよ。树老師(シュウせんせい)と、女の人たちのうち数人に仲良しがいただけ」 「なるほど。あと美月って誰ですか」  もしかして本名に繋がる偽名かと期待する。 「近くのジャパニーズレストランの名前から取ってみた!」 「理解しました」  各々に武器を取り、ニコの用意してくれたバンに乗り込んだ。  他に屈強な男たちが人ほど車に乗車していて、誰も話さない車内の空気は緊張している。  車体が揺れるたび、シークレットのポーチからはジャラジャラ金属の(こす)れる音がして懐かしい。  過去のトラウマから銃が使えないシークレットは、長く頑丈な鎖の先に分銅が付いている万力鎖(まんりきさ)という暗器の一種を好んで武器として使っているのだ。  バンはニューヨークを北上し、ブロンクスの裏通り、雑居ビルの目の前に駐車した。  ニコが中国語で男たちに指示した後、人は建物の裏口を押さえに行く。 「俺たちは正面から行く。ここの階がそれっぽい訳のわからねえ会社だったからな、そこがアジトだろう。広さからしてそれほどの人数がいるとは思えねえが、用心してかかれ」 「はい!」  数日ぶりに手にした拳銃のスライドを引き、息をつく。 (千本流斗はここにいるのか?)  リンゴは険しい表情のまま、男人が荒々しく蹴り飛ばした扉の先に銃口を向けた。 「……!」 「もぬけの殻か」  コンクリートが剥き出しになっているがらんどうの部屋。カーテンの隙間から射し込む日光。明かりに照らされて埃が舞う室内は静かで、人影はない。  銃を構えたままトイレの扉を開いたが、やはりそこには汚れた便器があるだけだった。 「人が使わなくなって数日は経ってるね。きっと宣戦布告の日にここも放棄したんだ」  シークレットが鎖で手遊びして呟いた。  設置されたソファや机の上には数枚の書類。目を通してみても有用なことは書いていない。 「くそッ、無駄足だったな」  悔しそうにニコは机を足蹴にする。  ガタッと動いた机の引き出しの中で、何かがずれる音がした。

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