悪党たちのエデン

第3話 鎖と極道

  「みかじめ料って何ですか?」 「簡単に言っちゃえば出店許可料みたいなものかなあ。その場所で商売をするために、そこを縄張り(シマ)にしてる任侠(にんきょう)の世界の人に毎月いくらか渡すんだよ」  キャバクラ店長との商談を終え、どこかに電話をかけていたシークレットは、上機嫌にどこかへと足を進め始める。 「シノギって言ってね、ヤクザ屋さんもそれを収入源にしているの。今回はあの店長氏もみかじめをどこかの組に払うことを覚悟していたけど、店に来たのは下っ端(したっぱ)の下っ端みたいな奴だけ」 「シノギ 、ヤクザ ……」 「しかも東京時代に払っていたみかじめ料の10倍以上の値段を請求されてしまった。だからおかしいんじゃないかと」 「下っ端(したっぱ)が組の名前を勝手に振りかざして、私腹のために要求してるんじゃないか、ってことですか?」 「そうそう、さすが名門高校の首席は違うね」  茶化されて、リンゴはむっとするが口には出さないでおく。 「でも、店側が直接その下っ端が所属してる組に問い合わればいいんじゃ?」  首をひねりながら尋ねると、シークレットは両手を挙げてお手上げの体勢を取った。 「そんなことして、もし下っ端が本当に組のお偉いさんに指示されてやったことだったら、あの店長もお店も潰されちゃうよ。だから、私のような経営コンサルタントに頼むわけ!」  この女は経営コンサルタントを自称している。  依頼を受けた企業の経営課題を洗い出し、新たなソリューションを提供する。  といういかにもな文句を掲げているが、ここ一週間で件の仕事に同行したリンゴには分かる。 「……また、力づくでどうにかするんですね」  実態は裏社会の問題を食い物にして荒事を代行解決する何でも屋のような仕事だ。 「人聞きが悪いよリンゴくん!今回はちょっと違法な仲介業をするだけだよ」  頬を(ふく)らませてリンゴに怒ったシークレットが足を止めたのは、とあるパチンコ屋の前だった。  時刻は午後時前。  陽も傾き、辺りの雑居ビル群も茜色に染まっている。人影はなく、大通りを走る車の排気ガス臭さ、走行音や振動が遠くにあった。  まるでリンゴ達が着くのを待っていたかのように人組の柄の悪い男達がパチンコ屋から出てくる。 「ねえ!お兄さんたち、寺田組の人?」  女は彼らに軽快に駆け寄っていき、友人に話しかけるような気軽さで本題に斬りかかった。 「ああ?なんだお前」  すごまれて、つい先週まで一般人(カタギ)だった少年は思わず後ずさる。  彼には武器も、武術を修めた経験も、筋骨隆々の体も何もない。 「君たちのところの親父さん(組長)に聞きたいことがあってね、事務所まで連れてってくれないかな?」 「はっ、誰がお前みてえなアマ連れてくかよ」 「ふーん、つまり自分たちが寺田組の組員っていうのは認めるんだね」 「何ぃ?」  男達の着ている服の袖からは刺青(いれずみ)がはみ出して見える。夕暮れの街でガタイのいい男人に、華奢(きゃしゃ)な女人が対峙している画はちぐはぐでおかしかった。こんな状況でも、シークレットは愛らしい笑みを絶やさない。 「ねえ、連れてってよ」  シークレットがずいっと迫ると、苛立(いらだ)っていた男は彼女を押し退けようと手を突き出す。  しかし次の瞬間には彼の体は前のめりに倒れて、額から地面に挨拶していた。  リンゴの目に映ったのは、シークレットの両手が持つ鈍色(にびいろ)(くさり)だ。  それを瞬時に出された男の手首に巻きつけて引っ張り、重心を崩したのだ。  リンゴの視線に気づいたのか、シークレットは背中越しに鎖を掲げて声を上げる。 「あ、これ万力鎖(まんりきさ)っていう暗器のつなの。とても便利なんだよ」 「てめぇ、何しやがるッ。何モンだ!」  残された人が殴りかかってきた。  女はそれを落ち着いて避けると、空いた相手の胴に思い切り回し蹴りを入れた。  綺麗に鳩尾(みぞおち)に命中したそれは男に戦意喪失させるのに十分で、ハラハラと見ていたリンゴはほっと息をつく。 「クソおぉ!!」  それもつかの間、先に倒されていた方の男が起き上がり、少年の方に向かってくる。  手練(てだ)れのシークレットより先に、弱そうな連れを狙う賢明な判断だった。 「うわあぁっ」  リンゴは顔を覆う。だがいくら待っても、痛みを伴う衝撃はない。 「私の可愛い舎弟(しゃてい)には触らせないよ」  シークレットの持つ長い鎖。その端には重そうな分銅(ふんどう)がついている。  彼女が放ったその鈍器は見事、目の前の男の後頭部に命中していた。  強面(こわもて)の屈強な男達がずらりと並んでいる。目を合わせただけで視線に射殺(いころ)されそうな寺田組事務所で、リンゴは先ほど以上に震え上がった。 「手間をかけたなあ。うちの若いモンがすまなかった」 「いえいえ、やっぱり親父(おやじ)さんは関与してなかったんですね」  寺田組組長、寺田堂門(どうもん)は一見すると恰幅(かっぷく)の良い普通の中年の男だったが、その身に(まと)う空気は普通ではなく、隙が全くない。 「自慢じゃねえがうちの組は一般人(カタギ)に理不尽なマネしねえようにという掟があるからな」  寺田が斜め下に目をやる。  そこにはついさっきまで兄貴分からぐちゃぐちゃになるまで仕置きされた哀れな男たち。  灰皿でぶん殴られるわ金属バットで骨は折られるわで、リンゴは最初死んでしまったんじゃないかと心配したほどだった。  事務所には組長の他、人もの極道(ごくどう)が来客人を()め付けている。身じろぎするのも気が引けてしまうほど、なんとも居心地が悪い。 「そんで、こいつらはいくら奴さんから取ったって?」 「あれ、いくらだったっけ」  シークレットが小首を傾げると、ギロッと寺田堂門が二人を睨んだ。 「お前さんたち、はっきりした証拠もなくうちの若いのを可愛がってくれたのかい?」 「ご、50百円です!」  慌てて叫んだら、声が上ずってしまった。部屋中の視線がリンゴに集まり、彼はゴクリと生唾を飲み込む。 「それが被害総額?兄ちゃんやけに細かく覚えてるねえ。それは確かだろうな?」  有無を言わさぬ物言い。  しかしここで気迫に負けたら床で半殺しにされている連中と同じ目に遭わされるだろう。リンゴは組長に向き直った。 「さっき横浜グラン•ルーの店長さんに、被害額のリストを見せてもらったんです。この人達が店に来てみかじめ料を取っていったのが計回。最初の来店では黒服に出させた15万円を取って、回目には30万をレジから直接奪っています」 「……それだと、計算が合わねえようだが」 「その回目の来店の際、前回のこともあって金を出すのを渋った店長に怒って暴れたらしいんです。その時に給仕が運んでいた千円のワインボトルを割り、次に近くのテーブルの上にあったシャンパンボトル、消費税込みで百円を持ち逃げしました」 「ほう、確かにぴったりだ」  電卓を弾いていた組長が顔を上げる。 「人が最初に店に訪れたのが日の午後2253分、店には15分ほど滞在したそうです。次が11日の午後2145分で、店には30分居座りました。両日ともに移動手段は人乗りバイクで、ナンバーは横浜Cも、4023。車種はスズキのGSXーR600の青い車体でした」  少年が話し終わると同時に、組長の側に控えていた男が何やら耳打ち。 「確かに、こいつのバイクとその車種は一致するようだ」 「うちの舎弟、すごいでしょう?」  嬉しそうにシークレットがアピールしてくれるが、さっきより余計に刺さる視線で背中に穴があきそうだ。 (一刻も早くこの空間から逃げ出したい) 「こいつらには動けるようになったらその店に謝罪に行かせよう。だがなあ嬢ちゃん、かと言って若いモンを街中で可愛がってくれたんじゃあうちの組のメンツも丸つぶれだぜ。俺らの商売はイメージってのがかなり大事でねえ。この落とし前はどうしてくれんだ?」 「そんな!自分たちは好き放題殴ってたのに!」  つい、大声を上げてしまった。組長を含め、猛獣のような男たちが自分に狙いを定めたのが分かる。  背中に冷水を浴びせられたようにリンゴは固まり、口をつぐむ。  凍ったように強張(こわば)る肩にそっと手を置き、その緊張を解いたのはシークレットだった。 「舎弟がすみません。でも、私も何もタダで組員の方を殴ったんじゃありません、寺田組さんにもおいしい話を持ってきました」  恐る恐る横目でシークレットを見ると、自信に満ち溢れた不敵な笑みを右頬に刻んでいた。

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  • コウテイペンギンさん

    二条六名

    ♡600pt 2019年9月6日 21時59分

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    面白かったです。

    二条六名

    2019年9月6日 21時59分

    コウテイペンギンさん
  • アマビエペンギンさん

    紅玉

    2019年9月6日 22時21分

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    ありがとうございます!

    紅玉

    2019年9月6日 22時21分

    アマビエペンギンさん
  • 土偶

    もず

    ♡500pt 2020年3月8日 23時34分

    シークレットちゃん、かっこいい✨ リンゴくんも地味に活躍してますね🍎 かわゆいです💕

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    もず

    2020年3月8日 23時34分

    土偶
  • アマビエペンギンさん

    紅玉

    2020年3月8日 23時53分

    コメントありがとうございます! 続きをお楽しみに!

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    紅玉

    2020年3月8日 23時53分

    アマビエペンギンさん
  • 黒猫ステラ

    上村夏樹

    ♡300pt 2019年10月9日 23時11分

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    グッジョブ!

    上村夏樹

    2019年10月9日 23時11分

    黒猫ステラ
  • アマビエペンギンさん

    紅玉

    2019年10月9日 23時30分

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    ありがとうございます!

    紅玉

    2019年10月9日 23時30分

    アマビエペンギンさん
  • 女子高生

    龍宮群青

    ♡300pt 2019年9月10日 5時43分

    シークレットかっこいいですね!

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    龍宮群青

    2019年9月10日 5時43分

    女子高生
  • ひよこ剣士

    dgj125qa

    ♡200pt 2020年6月27日 11時38分

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    グッジョブ!

    dgj125qa

    2020年6月27日 11時38分

    ひよこ剣士
  • アマビエペンギンさん

    紅玉

    2020年6月27日 11時44分

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    めっちゃうれしいわあ

    紅玉

    2020年6月27日 11時44分

    アマビエペンギンさん

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