悪党たちのエデン

第33話 The Taming of the Shrew

「ねー、赤レンガ倉庫で爆発だって。死者も何人かいるとか」 「やばくない?テロかなあ」  空はルビーのように(あか)い。ざわつくみなとみらいを、少年は決死の思いで駆けていた。 (無事でいてくれ、シークレット!)  嫌な汗が止まらず、冬の寒さに冷やされて身体が凍りそうだ。  ぴりぴりと刺すような潮風は肌に痛くて風が吹きつけるたび目を細める。  赤レンガに一目散に向かっていると、ポケットの携帯が振動していることに気づいた。  開くともう何件も栗府から受電していて、リンゴは足を止めずに通話ボタンを押す。  何度もかけてきているのにも関わらず、スピーカーの向こうの栗府は至って冷静だった。 『リンゴさん、もしかして今赤レンガに向かっていますか?』 「そうですッ、爆発にシークレットが巻き込まれた可能性があるんです!」 『あなたは今赤レンガに行ってはいけません。中華街へ向かってください』 「なぜですか!?」 『赤レンガ倉庫の爆発で死亡したのは数人の外国人だと情報があります。恐らく死んだのはトラスカラ・カルテルで、奴らは千本流斗に裏切られたのです。この爆発は日本の警察の目を赤レンガに集中させるための陽動でしょう。千本流斗は中華街にいます』 「シークレットも容貌は外国人に見えます!俺はッ」  焦る気持ちに声を荒げた。 『リンゴさん、あなたの仕事は何ですか』 「っ!」  淡々としている栗府の言葉。  そこには有無を言わさぬ力強さがあった。 『私はその若さで私たちの重圧に負けず、組の危機を救ったあなたをプロとして信頼しているのですよ。シークレットさんの安否確認はうちの組員にもできます』  少年はシークレットがいなくなった後も、荒事コンサルタントとして人で仕事をしてきた。  度逃した千本流斗を追うと決めたのも、仕事を完遂すると、曲がりなりにも自分自身の誇りがあったからだ。  走るのをやめて立ち止まる。 「……すみません、今から中華街に向かいます」 『了解です。赤レンガには組員を向かわせますから、ご安心を』 「ありがとうございます!」  リンゴは人目も気にせず、その場で深々と礼をした。  ◯◯◯  逢魔時(おうまがとき)。中華街は人々でごった返している。  クリスマスシーズンは年末でもあるため、忘年会なども多く開かれているらしい。 (こんなところでテロが起きたら横浜の勢力図が変わるどころの話じゃないぞ)  栗府の叱咤(しった)を思い出し、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。  中華街の象徴的な存在でもある牌楼(ぱいろう)の下、リンゴは額を門柱に打ちつけた。  痛い。当然だ。  だがぐちゃぐちゃする思考をまとめるのに痛覚が気を紛らわせてくれる。 「考えろ、林木英悟(りんぎえいご)。お前頭良かっただろう!」  これだけの人混みを掻き分けながら千本流斗や仕掛けられているかもしれない爆弾を探すのは至難の業だ。  見つけたところで、一般人(カタギ)を巻き込むかもしれない。  捜索のためにも事件の防止のためにも、これだけの人数を中華街の外に避難させる必要がある。 「どうする、どうしたら」  目をつぶって呟いていると、遠くから懐かしい声が聞こえた。 「あれーリンゴじゃん!おひさおひさ!」 「ビビアンさんっ」  腕に小さな赤ん坊を抱いているまだ十代の若い母親、中村美々空(びびあん)が立っている。  ビビアンは元横浜のキャバクラ嬢で、リンゴの数少ない友人でもある。  そして、リンゴの親友だった少年の子を人で生んだ少女だ。 「てか大丈夫!?おでこ血ぃ出てんじゃん!あれ、絆創膏どこにあったかなあ〜」  赤ん坊を抱いたままバッグを漁るビビアンに、リンゴは真剣な眼差しで詰め寄った。 「どうしてここにいるんです」 「グラン・ルーの忘年会だよ。辞めたうちのこともみんなが呼んでくれたの。一千花(いちか)も連れてきていいって言うから。ね〜一千花?」  顔を覗き込んで赤ん坊に微笑みかける様はもう立派な母親のそれだ。  以前勤めていたキャバクラとは今でも関わりがあるらしい。  何の事情も知らない親子が今中華街にいる。  親友、瀬谷一途(いちず)の愛した少女と忘れ形見が危ない。 「お願いですビビアンさん、ここは今日危険なんです。一千花ちゃんを連れて逃げてください!」 「……どういうこと?」  ビビアンは人の感情の機微(きび)を読み取るのに長けている。  リンゴの尋常ではない様子に、彼女はすぐ眉根を寄せた。  しかし、事情を詳しく説明している暇はない。 「今夜ここで事件が起きるかもしれないんです。グラン・ルーのみなさんにも伝えて、逃げてください」 「リンゴ……」  ビビアンも、何となしにこの年下の友人がどんな仕事をしているかは察している。  すぐに笑って頷いた。 「分かった。でも、きっと助けが必要っしょ?ウチにできることがあれば教えて?」 「お言葉はありがたいですが、一千花ちゃんもいるので」  断ろうと首を振った時、側の道路を小さい子供が追いかけっこをしている様子が目に入る。 「——これだ」 「ん?どした」  リンゴは目を輝かせて、ビビアンの両肩を掴んだ。 「やっぱり手伝いをお願いしていいですか!」

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