悪党たちのエデン

第18話 数字の証人

 困惑する年下の恋人に、オリーブを流し込むための水を渡しながらシークレットはしたり顔で人差し指を立てた。 「それが難しい話なんだよ少年。簡単に言っちゃえば、あの襲撃の前にニコがデ・サンティスファミリーのボスと話をつけてくれてたの。おたくのとこのナンバーツー(バラ)しちゃってもいいよね?って」 「なんで許可降りたんですかそれ」 「デ・サンティスファミリーは巨大組織でしょう?中華マフィアもそうだけど、一枚岩じゃないんだよ。レオ=ドッシはそれこそ組織内では番目の地位にはいたけど、発言権はボス並みにあったの。そこから考えられるのは?」 「ボスや親ボス派にとっては目の上のタンコブだったから、上手いこと他の勢力を使って潰した、ということですか」 「そう!さすが分かるようになってきたね。だからどちらかというと、レオ=ドッシがいなくなった今、彼の配下と彼を亡き者にした中華マフィアと君は現在のデ・サンティスファミリーとは仲良くできるってこと。それで、私はその実績持ちってことで彼らと交渉して、今回の仲良し襲撃が叶ったってわけ」  麻薬ビジネスは大いに儲かる。トラスカラ・カルテルから奪えるものは大きい。  それを一部の戦力を貸すだけで分け合えることは、デ・サンティスファミリーにも非常に美味しい話だった。  シークレットは鼻高々に両腕を腰に当て、得意げだ。  さっきまで甘えていたくせにお姉さんぶられてもあまり説得力はないが、知らぬ間に因縁の組織との因縁が消えていたことを飲み込んだ。 「そんなことがあったんですね」  なんだか拍子抜けである。  実はレオ=ドッシを殺害した自分の命が狙われているかもしれないと、ニューヨークにいる間は身構えていた。だが、確かに言われてみれば、殺意を持たれていたとしたら横浜でとっくに殺されていただろう。  それなりに自分も成長した気でいたが、剣舞といい裏工作といい、やっぱりシークレットには敵わないと少年は嘆息した。  ◯◯◯  12月に入り、ニューヨークはあちこちがクリスマスの装いになっている。  どこからか鳴り響くクリスマスソングは人々の気分を高揚させ、街全体が浮き足立っているようだ。  しかし同時に寒さは日を追うごとに厳しくなっていき、道端のホームレスの掲げる段ボールにも『冬が来る』と更なる| (ほどこ)しを求める主張が書いてある。  華やかに飾り付けられた街を素通りし、リンゴはここのところ毎日大黒楼に通い詰めていた。  途中通った電子広告塔で流れたニュースにはアメリカの東海岸のとある都市で起きた小規模な爆発の報道。 「……」  刹那に画面に視線を留めてから、コートのポケットに手を突っ込んで白い息を吐き出し進行方向へ向き直る。 「オメー今日も缶詰めしに来たのか」 「ええ、今のところあれしか手掛かりがないので、千本流斗に繋がればと」 「ご苦労なこったな」  ニコが娼婦の私室からあくびと共に出てきたのは見なかったことにして、作業部屋として借りている小部屋に行く。  狭く窓もない部屋に机と椅子がつずつ。  大量の書籍や資料の書類が散乱しているそこは、ここ数日でリンゴが最も多くの時間を過ごしている場所である。 「やっぱり、何かしらの暗号なのは間違いないんだけどなあ」  どかっとパイプ椅子に腰掛けて、机の上のトランプカードを枚手に取った。  中華マフィアとデ・サンティスファミリーの連合軍によるカルテル事務所の襲撃から数日。  捕まえた構成員の尋問もうまくいかず、トラスカラ・カルテルが一体どんな目的で嘘の同盟話を持ちかけてきたのか理由は不明のままだ。  当然、千本流斗の行方も掴めていない。  そこでリンゴが唯一の手がかりとして注目しているのが、襲撃後の荒れ放題になったカルテル事務所の現場に散らばっていたトランプだ。  それは一見すると事務所で暇つぶしで遊ばれていた、使い込まれて汚れた普通のトランプなのだが、奇妙なことに全てのカードの端に小さく数字が書き込まれているのだ。  と書き込まれたものが枚あったりと、その数字に規則性は見られない。  小さいものから順に並べたりブラックライトで照らしたり、暗号解読の本を読み(ふけ)って色々試してみたが、何かが浮かび上がってくることはなかった。  朝大黒楼に行って、日中トランプや本と睨めっこして夜シークレットの家に帰る。  少年はそんな缶詰め状態をかれこれ日ほど続けていた。  今日も気づけばもう昼過ぎで、疲れたリンゴが渋い顔をしていると部屋の扉が元気に開く。 「やっほーリンゴくん、邪魔しに来たよ」  素直なセリフで現れたのはシークレットだ。彼女は彼女でトラスカラ・カルテルの調査に駆り出されているので、同じ家に帰ると言っても甘い生活は皆無。  今この瞬間、久しぶりに顔を見たほどだ。  すっかり栗色に戻った豊かな髪を揺らしながら、シークレットは娼婦のなかでも特に仲が良いらしい金蓮を引き連れている。 「苹果(リンゴ)、よくそんなの毎日続くナ」  金蓮は赤く長いつけ爪をつけたしなやかな右手でトランプを取った。  今日は建物の暖房が少し強すぎるせいか、火照った頬を左手の金の扇でぱたぱた仰ぐ。 「まだ解けないの?大変だねえ」  シークレットも机の上に並んだ資料に目を滑らせて考えるそぶりをするが、何も思いつかなかったようですぐに肩をすくめた。 「ご丁寧に枚数字が振ってあるので、必ず何か意味を持っているはずなんですが……正直難しいです」 「ふーむ、とにかく煮詰まってるなら仕方ないよ。厨房で(まかな)いができたっていうから呼びに来たの。今日は蛋餃(ダンチャオ)だって、美味しいよ!みんなで一緒にご飯食べようよ」 「そうですね、気分転換します」 「気分転換、大事ネ」  優雅な仕草で金蓮が扇子を閉じる。  畳まれた扇子の側面は、柄としてつけてあった牡丹の花びらのピンク色が線のようになって出ている。  少年はしばらくそれに見入って、 「あっっ!」 「ど、どしたの」  声を上げたリンゴに、女性陣は驚いたように振り返った。 「先に行っててください!多分ですが、解けました」 「え、すごい!どうやるの?」  興味津々で机に駆け寄るシークレット。 「おお……物好きな情侣(カップル)ネ。私は先に行くヨ」  嬉々として謎解きを始める人を見て、金蓮は呆れたように行ってしまった。 「まず、このトランプを数字に沿って順番に並べるんです」 「でも、同じ数字同士もたくさんあるよ?」 「この数字とトランプ自体の札を足すんです。すると、から52までの数が全部揃います」 「ほんとだ」  すぐさまジョーカーを抜いた52枚を並べ替えて、その順番に重ねていく。  箱に収まっている時のように、束になった状態のトランプ。  側面には、これまで汚れかと思っていた黒い染みが規則的に並び、いくつかの数字列が浮かび上がった。

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    童話/絵本/その他・連載中・11話・21,881字 小糸味醂

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    このままでは短編増えすぎてヤバい!(語彙力) って事で、短編集を作りました。 今まで発表したエッセイ以外の短編も載ってます。 いわゆる『セットメニュー』です。 皆様からいただいたコメント、スタンプ、ブックマークは私の宝物ですから今まで書いた作品は消しませんが、これからエッセイ以外の短編はこちらに載せていきますので、よろしければお楽しみください♪ この先どのような短編が出来上がるかわかりませんので、セルフレイティングは全てチェックを入れておきます。

  • 遥かなるドイツへ思いを馳せつつ

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    2020年10月23日更新

    Twitter上にて、トポさん( https://twitter.com/FakeTopology )が毎日開催しておられる「ドイツ人と140字小説作って日本語勉強する企画」への参加自作を集めたものです。 Twitterに投稿次第、こちらにも追記いたします。 ※改行カウントの違いのため、ノベプラ上では140字に少し足りない文字数になっています 企画のまとめはこちらを https://note.com/faketopology/n/nf99bf3eb56fc 表紙画像: Morguefile.com http://mrg.bz/IKUbHY