「家畜行方不明」

a. 「家畜泥棒じゃ！」　 　　　老婆が叫んだ、早朝、飼育している牛達の様子を気にして、家畜小屋を見てみるも、牛は一頭も居なかった。 　　 「人んちの牛盗むとは許せねぇ、八つ裂きにしてやらんと気が済まねえ」 　　　　怒りに燃え、物騒極まりないことを口走らせる老婆の頭上を、どこからともなく現れた、黒く巨大な影が横切る。 すると老婆も、家畜同様、忽然と消えてしまった。 「また居なくなったって？」 「今度は安藤の婆さんらしい」 「恐ろしい事じゃて、明日は我が身じゃ」 「くわばら、くわばら」 　　　老婆と家畜が失踪した話は、村中で瞬く間に広がり、この村に住む御年寄らを身震いさせた。 連続失踪事件、明らかに以上だが、高齢者しか居ない、山奥にある小さな村で起きた事件であり、また駐在さんも真っ先に失踪していたので、警察や防衛軍はもちろんマスコミやネットにすら、この話は暫く漏れなかった。 b. 「空の旅、良い気分だけど、怪獣なんて現れたら逃げ道なくて怖いわよね」 　　　旅客機の中、紫のふわふわ座り心地抜群な椅子に座って、窓の外に見える青い空を、香燐は眺めていた。 今回、彼女が取材に向かう場所は、飛行機で行くのが速い離島である。取材内容は離島で一人暮らす元へ山伏に、経緯を聞くこと。 「お姉様ってば、そんな事言ってたら、本当に怪獣が現れちゃうかもよ〜」 　　　　正面に座って、猫じゃらし紹介雑誌を読んでいた猫鈴猫が、悪戯に笑う。 ステルス機能をオンにしている為、自分以外には見えないが、この絶妙に苛立たしい笑顔を、周りの人間にも見せてやりたいと香燐は思った。 さて、香燐と猫鈴猫が乗る旅客機だが、目的地まで残り三時間ばかりのところで、墜落してしまった。 「お姉様があんなこと言うから！」 「私のせい！？」 　　 　　　巨大化した状態の猫鈴猫が、掌の上にぺたんと座っている香燐に顔を近付けて冗談交じりに責める。 　 香燐からすると、ちょっと、迫力があって怖い。 「こらこら！巨大化したまま大声出すんじゃないわよ、鼓膜破れちゃうでしょ！！」 　　　取り敢えず、どうしてこうなったのかを説明しよう、結論から言えば、旅客機は怪獣に襲われた。 後方から猛スピードで巨大な影が迫り来て、背中から生えた黒い翼で、機体を真っ二つにしてしまったのだ。 その結果、旅客機は山に墜落して大破したが、幸い死者は誰一人として出なかった。 香燐の迅速な行動により、巨大化させられた猫鈴猫が、機体から投げ出される、コックピットクルーに乗務員、乗客達を両手で見事にキャッチしたからだ。 「ここは京都の山か...」 　　　掌で気絶している人間達と香燐を、猫鈴猫はそっと陸に下ろした。 「ありがと猫鈴猫、お礼は弾んであげるから！」 「それは嬉しいな〜やる気も尚更出るってもんだよ」　「何よ、巨大化したままマラソンでもするわけ？」 　　　首を横に振る猫鈴猫の背後、旅客機を襲った怪獣が降りてきて大木を踏み潰した。怪獣は、赤い角と黒い翼を生やし、片手には巨大な錫杖を持っている。 「さっき襲ってきた怪獣はアイツね！」 「軽く捻り潰してくるよ」 「口悪いわね、誰に似たのかしら」 　　　怪獣が黒い翼を羽ばたかせると、突風が巻き起こり、付近の小屋や木々を舞い上がらせた。 この風力では、人間など軽く吹き飛ばされてしまう、そこで猫鈴猫は、指先から出した銀色の網を、彼女らに被せる、シールドを張ったのだ。 c.　 　　　怪獣は錫杖を上下左右に振り回しながら、猫鈴猫に迫る。距離を詰められないよう、猫鈴猫は指先から光弾を連射するも、錫杖で弾かれ、まんまと接近された。 グゲェエエッ！怪獣は掠れた鳥の鳴き声を発すると、錫杖の先端を、猫鈴猫の腹部に押し付ける。 「させるか！」 　　　腹部に押し付けた錫杖から、光線を発射するつもりだと推測した猫鈴猫は、片腕を刃物に変形させ、錫杖を叩き切り、怪獣を蹴り飛ばした。 　　グェッ。腹部を蹴られてよろめいた怪獣に、猫鈴猫がドロップキックを浴びせようとするが、怪獣は黒翼を羽ばたかせて、空中へ逃げた。 ドロップキックが失敗した猫鈴猫は、起き上がるまでに数秒かかる、そんな僅かな隙に、怪獣は空の彼方へ消えていた。 「推定飛行速度マッハ三十三か...空中戦なら勝ち目ないな」 　　　怪獣が猫鈴猫から逃げたのを目の当たりにした香燐は、驚くべき怪獣の速さを耳にしつつ、いま起きたことをMINTの涼水　葵隊員に連絡を入れた。 つづく