実は女だと言い出せない

読了目安時間:6分

13

「ありがとうございます」  今まで見たことのなかったであろう魔物や水蛇を見て、顔色の優れないオスカーが、硬い声音でセオバルドに礼を述べた。  そのオスカーに、シモンはもじもじとしながら声を掛ける。 「あの、オスカー牧師」 「はい?」 「……談話室の扉を壊してしまって。あと、廊下の硝子も割ってしまいました」  すみません、とシモンは頭を下げた。  ああ、と頷いたオスカーは心配そうな表情を浮かべ、淡く微笑んで見せる。 「ここへ来る前に、硝子が割れているのは見てきました。談話室にいた子供達からシモンさんが蜘蛛を連れて行ってくれたのだと聞きました。あんなものがいたのですから。致し方ありません。それだけで済んで、良かった。……シモンさんは、怪我はありませんでしたか?」 「はい、ありがとうございます」  謝罪を受け入れてもらい、思いがけず、優しい口調で気遣われたシモンの視界がぼんやりと滲みそうになる。  頭を下げたまま、シモンはぱちぱちと忙しく目を瞬かせた。 「……オスカー牧師、壊した扉と窓硝子を見せていただきたいので、そのままにしておいていただいても?」  壊れた扉と窓硝子について言及したセオバルドに、オスカーは不可思議な顔をする。 「えぇ? はい。飛び散った硝子は殆ど外に落ちたようなので構いませんが。……ああ、それと、お支払いする対価の方は、先程部屋へと運ばせていただきました」 「確認させていただきます。問題なければ、すぐにでも我々は失礼するので、どうぞお構いなく」  軽く伏せた瞳で頷き、この後の動向を告げたセオバルドは、オスカーに丁寧な一礼をすると彼に背を向けた。 「シモン、部屋へ戻って荷物をまとめるように」  長居をする気のなさそうなセオバルドは、一歩シモンに歩み寄り、出発の準備を促した。  目の前で対価について言葉を交わす二人を見たシモンが、黙っていられずに思いつめた顔でセオバルドを見つめる。 「先生、やっぱり……」  オスカーに背を向けていたセオバルドは、黙ったまま自身の口元に人差し指を当てて、静かに、とシモンに示す。  口をつぐんだシモンに軽く目配せし、その場を離れて院の方へと進む。  付いてくるように言われた気がしたシモンが、オスカーに深く一礼し、シェリーと共にセオバルドを追って隣に並んだ。  隣に並んだシモンに、セオバルドは視線だけを寄こし、囁くように低く声を潜める。 「君の、気掛かりも心配事もわかっているつもりだが……、今この場でその話をするのは、好ましくない」  不安な顔をするシモンに、セオバルドは柔和に薄く微笑む。 「対価についても、今回は受け渡しが済むまでは私に任せて黙っていて欲しい」 「……でも」 「私としては……」  一度言葉を区切ったセオバルドは、少しの間思案するように視線を前に向ける。 「私のやり方と、君の希望を叶える落としどころを見つけていきたいと思っている。……この先も、君と過ごしていくためにね」  だから、と温かみのある声音で言葉を継ぐ。 「君の話は聞くが、人目もあるから、一度村を出て落ち着いてからにしたい。私が対価としたものに不服があれば、君の意見を受け入れることも(やぶさ)かではないよ」  約束する、とセオバルドは言った。  自分の意見や、自身の存在が軽んじられているわけではないと知ったシモンは、ぐっと胸を詰まらせる。  話をしてくれるなら、とシモンは了承して頷く。 「……はい。談話室にいる子供達の所へ寄ってから部屋に戻ってもいいですか?」  きっと心配しているだろうから、とシモンが伺い立てる。  ああそれなら、とセオバルドはマシューとローラへの伝言を呟いた。  談話室に一緒に行こうと誘う為に少女姿のシェリーの方を向くと、それを察したシェリーは警戒した表情で、ぷるぷるっと身を震わせる。 「私は見られたし、行かないわよ」  魔物もいなくなったのだし孤児院の中までは、もういいでしょう? と、そっぽを向く。  一呼吸を置いて。 「ああ」 「そうだね」  セオバルドとシモンの声が、重なる。  小さな子供達は順応性が高い。  怖がる子供もいるかもしれないが、それ以上に自在に猫の姿になれる少女が子供達に興味を持たれることは間違いない。一人寄ってくれば、あっという間にシェリーは子供達に囲まれるだろう。  苦笑したシモンは、一人で談話室へと足を向けた。  外れて傾いだ談話室の扉を擦り抜けると、無事に戻ったシモンの姿に一斉に子供たちの視線が注がれた。消えてしまった結界の張ってあった場所に身を寄せ合うようにして固まり、各々が安堵や緊張の面持ちを浮かべて、シモンから言葉が発せられるのを待っている。 「大きな蜘蛛は、もうどこか遠くへ行っちゃったよ。だから、今夜からはもう足音もしないからね」  談話室にいる全ての子供達に届くように、明瞭な声で蜘蛛が出ないことを伝えると、小さな子供達がぱぁっと顔を輝かせた。 「シェリーは?」  明るい雰囲気を取り戻す部屋の中、すかさず尋ねるローラの声に再びシモンへと視線が集まる。  再び注目を浴びたシモンは、柔らかな口調で答えた。 「シェリーも無事だよ」  シモンの魔除けを首から下げて、真っ先に飛びついてきたのはアニーだ。  アニーを抱き上げたシモンは、優しく彼女の髪を撫でた。  緊張を解いて、日常へと戻っていく小さな子供達をそっと横目に見るシモンの腕の中で、ごそごそとアニーが動いた。 「シモン、これ」  自分の首に下がっていた魔除けを、シモンの首に掛けて返した。 「ありがとう。アニー、よく頑張ったね」 「お守りがあったから、怖くなかったよ!」  微笑んでアニーを下ろし、マシューとローラに近づく。  不安顔の二人に、こっそりとセオバルドから預かった伝言を耳打ちをする。 「お伽噺の本は返すけど、本に挟まっていた皮紙(ヴェラム)とローラが写した三枚の紙は先生が処分するって。いいよね?」  二人は、ほっとしたように顔を見合わせて頷いた。  マシューがさっと辺りに視線を巡らせると、きまりの悪そうな顔で囁くようにシモンに尋ねた。 「あの、さ。院長先生は俺たちのせいで蜘蛛がここに居付いたことを知ってる?」  ローラは肩を窄めて祈るように両手の指を絡めて組んで、泣きそうな顔をした。  ううん。とシモンは首を横に振った。 「僕の先生には、事情を話したけれど、先生も僕もオスカー牧師には話していないよ。この先、オスカー牧師が蜘蛛の事を口にすることはないと思うから安心して」  この一件に関して、セオバルドはオスカーに口外しないよう口止めをしていた。  胸で十字を切ったオスカーが約束を違えることはないだろうと、確信に満ちた声でシモンは二人に言った。  余程心に負担だったのだろう。  胸に手を当てて深い安堵の溜め息をついたローラが、ふらついた。  支える為にその肩を抱き、シモンはローラの背に手を回す。 「もう心配ないよ」  耳元でそう唱え、ぽんぽんとローラの背を触れるように叩き、肩に手を添えたまま身体を離すとアニーにするように微笑みかけた。  シモンを見つめたローラは、ぱぁぁっと顔を赤く染めて、落ち着きなく視線を彷徨わせると恥じらうように顔を俯けた。 「あ、あの……。ありがとう」 「あー……、あのさっ、俺ちょっとその辺片付けてくるからっ!」  挙動不審に焦ったようなマシューは踵を返し、シモンとローラの側から離れた。  何かおかしなことをしただろうかと、シモンは笑顔を顔に張り付けたまま、赤くなったローラを見つめてわずかに首を傾げた。 (んん?)  軽く既視感を覚え、ついさっき逆の立場で似たようなことがあったと気付いたシモンは、目を点にする。  同性だと思って接していたが、ローラからしたら男装しているシモンは年上の異性。  マシューの態度に合点がいき、思わず周囲に首を巡らせると、あちらこちらから年の近い子供達の好奇の視線が注がれている。 「ごっ、ごめ……!」  距離感を誤った。  ぱっとローラの肩から手を離したシモンの頬がかぁっと火照り、赤くなった。 「これ、ありがとう」  ほんのりと赤い顔をしたローラは、曇りのない晴れやかな笑顔でシモンの短剣を差し出した。  

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • 魔法剣士

    熊乃しっぽ

    ♡500pt 〇30pt 2021年4月1日 18時50分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    この作品を推してます

    熊乃しっぽ

    2021年4月1日 18時50分

    魔法剣士
  • 女魔法使い

    香菜

    2021年4月1日 22時03分

    熊乃しっぽ様、読みに来てくださり、応援スタンプと貴重なポイントを有難うございます! 凄く嬉しいメッセージをいただけて、感無量です。いただいたメッセージを励みに、頑張りますm(__)m

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    香菜

    2021年4月1日 22時03分

    女魔法使い
  • ひよこ剣士

    成瀬みつる

    ♡1,000pt 2021年3月29日 21時24分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    面白かったです。

    成瀬みつる

    2021年3月29日 21時24分

    ひよこ剣士
  • 女魔法使い

    香菜

    2021年3月29日 22時57分

    成瀬みつる様、お忙しい中お立ち寄り頂き、貴重なポイントも沢山有難うございます! 温かなメッセージをいただけて恐縮です。実は、この章の最後、拙い説明ラッシュなのです(汗)少しでも直せるかなぁと、頑張ります。「あかーん」とか成瀬様に突っ込んで頂きたい……。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    香菜

    2021年3月29日 22時57分

    女魔法使い
  • 女魔法使い

    seokunchi

    ♡1,000pt 2021年3月28日 23時09分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    良き哉 良き哉

    seokunchi

    2021年3月28日 23時09分

    女魔法使い
  • 女魔法使い

    香菜

    2021年3月29日 20時17分

    seokunchi様、貴重なポイントと応援のスタンプを有難うございます! 良き哉とメッセージをいただき、心から感謝致します。現実から離れすぎず、どこか関わりがありそうでなさそうな話を書けたらなぁなんて思っています。いつも読んでくださり有難うございます。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    香菜

    2021年3月29日 20時17分

    女魔法使い
  • 文豪猫

    松本佳純

    ♡900pt 2021年3月29日 9時56分

    セオバルドさんのシモンちゃんを包みこむような寛容さを感じて、さいきんセオバルドさんへの好感度がどんどん高まっていってます……!セオバルドさん、めっちゃ安心感あってすてきです!作者様の優しい文章が今回の全体的にあったかい雰囲気にあっていて、事件解決ほんとうに良かったなと思いました!

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    松本佳純

    2021年3月29日 9時56分

    文豪猫
  • 女魔法使い

    香菜

    2021年3月29日 19時58分

    松本佳純様、ビビッとにコメントも有難うございます! セオバルドの好感度は下がる一方かと思っていたので、心から嬉しい悲鳴です……! 文章や雰囲気にも温かいお言葉をいただけて光栄ですm(__)m いつも読んでくださり、心から感謝です……!

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    香菜

    2021年3月29日 19時58分

    女魔法使い
  • ひよこ剣士

    アカポッポ

    ♡500pt 2021年4月10日 14時34分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    あらーっ

    アカポッポ

    2021年4月10日 14時34分

    ひよこ剣士
  • 女魔法使い

    香菜

    2021年4月10日 17時47分

    アカポッポ様、応援スタンプに貴重なポイントを有難うございます。男装はきっちりですが、中身までは少年になり切れていないシモンです。「あら~っ♡」と言っていただけるなんて嬉しいです! いつも読んでくださり心より感謝いたしますm(__)m 

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    香菜

    2021年4月10日 17時47分

    女魔法使い

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • ネガティブステータス【短命】を選んだ私の人生。

    その手に掴めるモノなど、たかが知れている

    33,700

    0


    2021年6月18日更新

    初恋相手と交際を始めた戸松百合恵は、初めてのデートの最中、交際相手の桐谷幸人と共に、本来なら有り得ないような事故に遭遇。そして即死した。 そして、死後の世界で、運命の女神ラケシスに、地球での幸せな転生を持ちかけられるが、恋を諦めきれない百合恵は女神に懇願する。 「絶対、幸人と幸せになりたいんです!!」 女神ラケシスは、記憶を引き継いだ状態での異世界転生を了承する。 そして、百合恵はネガティブなステータスを背負う事で、帳尻合わせに有用なステータスを得られると言う条件を女神より引き出した。 そして、百合恵が選んだネガティブステータスは【短命】だった。 27歳までしか生きられない運命を背負った百合恵は、リリウム・リリィと名乗り、異世界で生きて行く。 ※無双要素なし、チート要素無し、ハーレム要素無し。追放ややあり。困難大いに有り。最後はハッピーエンド。 カクヨムにも一話遅れで掲載中

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:2時間45分

    この作品を読む

  • 幸福の国の獣たち

    異類婚姻譚×身分差ロマンス×冒険

    1,100

    50


    2021年6月18日更新

    人間のくせにライオンの神に恋をする、明るくて世間知らずな古代人少女ララキ。 田舎に生まれ差別と偏見に揉まれて育った、苦労人でしっかり者の少年ミルン。 いろいろ真逆な二人は奇妙な縁で出逢い、ともに神々の世界『幸福の国』を目指して旅をすることになった。 対する神々はある理由で彼らを無視できず「試験」と称してさまざまな試練を彼らに課す。 秘密主義の謎の少女スニエリタや、それぞれが契約している個性豊かな動物たちとともに、ララキとミルンは力を合わせて困難を乗り越える。 旅を通して三人の間には友情や、新たな恋が芽生えていく。 一方神々の世界では、元からあった歪な上下関係の上に「裏切り者がいる」という別の影が差しかかっていた。 それは誰で、狙いは一体何なのか。判然としないまま人間たちの旅が終わりを迎えたとき、世界は一変してしまう。 そしてそれは、新たな旅と戦いの始まりだった。 「物語はハッピーエンドで終わらなくっちゃ!」 スーパーポジティブ古代人(へっぽこ)と苦労性の田舎者(ケチ)が、それぞれの幸せを掴む冒険譚。 ◆誤字報告歓迎 ◆なろう/カクヨムから出張中、本編完結済み

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:7時間45分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る