下野小山戦国異聞 関東八屋形の復興

読了目安時間:6分

エピソード:36 / 146

憂い

 一五二六年 下野 祇園城  当主の父上をはじめ重臣たちの空気が重い。というのも最近小山家を取り巻く周囲の状況が悪化していたからである。  きっかけは古河公方と結んでいた北条の敗北にあった。白子原で扇谷上杉に壊滅的な敗北を喫したことを契機に北条は一転して守勢に回ざるを得なくなり、結果として里見の鎌倉侵攻と鶴岡八幡宮の焼失という事態を招いてしまった。また苦戦を強いられていた古河公方も北条の援軍が期待できなくなったことや下総の名家千葉家の降伏で下総南部を小弓公方の支配下に置かれたことで高基が遊興に逃げることが多くなってしまった。  古河陣営の苦戦と頂点である高基の自暴自棄的な行動に小山家の多くは古河の将来を不安視していた。 「最近の公方様は一日中部屋に籠って朝から酒や女遊びに興じてらっしゃる。一時の気の迷いであってほしかったが、宿老である簗田殿の諫言にも耳を貸さないらしい」 「だが北条も北条だ。寡兵に敗れた上に鎌倉を焼かれるとは情けない。やはり成り上がり者に鎌倉を治めるのは無理だったのだ」 「だが鎌倉は攻めやすく守りにくい地形なのも事実だ。しかしその焼いた里見も小弓様から怒りを買うことになるとはな」 「あの方は元々鶴岡八幡宮の別当でいらっしゃった。無理はなかろう。それに戦自体は里見の大負けらしいではないか」 「叔父の実尭(さねたか)殿もおりますし当主の座も危ういと書いておりますぞ」  とにかく話題は鶴岡八幡宮の焼失で持ちきりだった。それほど鶴岡八幡宮の存在は関東武士の中でも特別なのだ。北条を非難する者、里見を非難する者など様々な意見が出てくる。  父上が声をあげた。 「皆の気持ちは痛いほど理解できるが、今回の議題はそれだけではないだろう。無論、俺も鶴岡八幡宮が燃えたことに思うところはある。しかし今必要なのは今後小山がどう身を振るのかではないか」 「左様ですな。公方様の状況は芳しくないご様子。佐倉と守谷が落ちたとなると次に狙われるのは関宿城になるでしょう」 「公方様もそれを理解しているとは思うが、あの様子ではどこまで頼りになるか……」 「ご嫡男の亀若丸様は積極的に小弓様の討伐を声高く唱えてらっしゃるようだが公方様と不仲な点が不安ですな」  北条の援軍が途絶えたことで心が折れたらしい公方の意気消沈ぶりは古河公方に与する各勢力に動揺をもたらしていた。嫡男の亀若丸は血気盛んで高基に代わって求心力が高まってるらしいが、今年の年末にようやく元服を迎える亀若丸はまだ戦の経験がない。高基と亀若丸の不仲は皆が知るところで無事元服を迎えてもすんなりと家督が継げるのかという不安もあった。  小山家としては先代のように家督争いに巻き込まれるのも御免だが、このままでは古河公方存亡の危機という状況を悲観せずにはいられなかった。 「だが公方様よりも下野のことじゃ。近頃付近の地侍たちの動きが不穏だと聞いている」 「はっ、どうやら宇都宮に近づこうと画策してる者もいるようでございます」  父上に現況を伝えたのは粟宮讃岐守。古来から安房神社の神職である粟宮は安房神社一帯の影響力が大きい。当主の讃岐守は小山家の重臣である一方で安房神社の神主として信者を通じて近隣の情報を収集することに長けていた。忍を雇っていない小山家にとって粟宮の情報収集は非常に重用されている。 「これ以上宇都宮の遅れをとるわけにはいかん。収穫が終わり次第、馬宿(まじゅく)城の岩舟らを攻めるぞ」  榎本城から西に七キロほどの位置にある馬宿城は榎本と佐野をつなぐ街道の中間に築かれた城だ。ここの城主である岩舟監物は馬宿城が小山と皆川そして唐沢山城の佐野の三勢力の緩衝地帯であることを盾に付近の太日川(ふといがわ)(渡瀬川)流域の地侍たちの連合を結んで独立を貫いている。父上はこの岩舟を盟主とした地侍の連合を降して、太日川流域の確保を画策していた。  小山も榎本領の南部に太日川に接しているが、そこは古河公方の御料地のために小山家は榎本領の水運を完全に掌握することができていなかった。馬宿城を落とせば馬宿城以下太日川流域の各勢力を支配下に置くことができる。  近年水運を生かした交易に力を入れている小山家にとって思川以外の水運の掌握は今後の発展のためには必要不可欠であった。初めは交易に積極的じゃなかった家臣たちも今や交易の重要さを理解しているので、思川より規模の大きい太日川の水運を支配することでより大量の物資を扱うことができるに反対する者はいなかった。特に思川から離れた土地を治めていた八郎などにとっては交易に一枚噛むことができるので父上の案に大いに賛成した。 「ふむ、反対はなさそうだな。では各々戦の準備を怠らぬようにせよ!犬王丸、此度の戦にはお主も同行するように!」  ……は?父上は今何て言った? 「御屋形様!?それはどういうことでございましょうか!」 「左様、儂の聞き間違いでなければ犬王丸様を戦に連れて行くと申されましたな!?」  大膳大夫らが慌てて父上に詰め寄った。やはり俺の聞き間違いではなかったらしい。 「犬王丸様はまだ六つなのです!跡取りといえど、この歳で戦場に連れていくなど正気の沙汰ではありませんぞ!」 「安心せよ、儂は犬王丸に戦働きを求めているわけではない。今回は儂の隣で戦の空気を体感させるつもりだ」 「そういうことではございませぬ!」  なおも大膳大夫は食い下がるが父上は強硬に大膳大夫の諫言を拒み続けた。他の者も突発的な父上の行動についていけず、あの八郎さえ茫然と父上と大膳大夫のやり取りを見つめてるだけだ。俺も正直父上の言ったことを理解するまでしばらくの時間を要した。  大膳大夫の言う通り一般的に俺の年齢で戦に出ることはほとんどない。出陣することがあっても若くして家督を継ぐなど緊急事態の場合くらいだ。そういうときでも多くは名代を遣わして若い当主は直接戦に参陣することは珍しかった。  しかも今回の小山家は当主の父上が健在で一門の者も政景叔父上や長秀叔父上など元服している者も多数いる。それに長福城主として兵を率いるというわけでもない。もし長福城主としての出陣要請だったとしてもその際は名代を立てるのが一般的だ。それ故に俺を含めた家臣たちも父上の指示の意図を理解することができなかった。 「しつこいぞ大膳!これは当主としての命令である。これ以上の抗議は無用ぞ。評議はこれにて解散する!」  父上は大膳大夫に声を荒げて一方的に評議を切り上げて奥へ去ってしまった。普段穏和な父上が理不尽な命令を出して周りに怒鳴り散らす姿は初めて見た。怒鳴られた大膳大夫も怒りより困惑を露わにしている。他の者も尋常ではない父上の姿に戸惑いを隠せていない。  評議の後に俺は父上のもとへ向かおうとしたが、父上の小姓から父上は気分が優れないということで顔を見ることすら叶わなかった。残念だが、申し訳なさそうに告げる小姓にそれ以上に父上のことが心配だと言付けを託して俺は大膳大夫と外に控えていた弦九郎とともに祇園城を後にしたのだった。

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