深夜の公園には悩みが集まる

恋人から自分の記憶が失われていく男・司の場合

「失礼ですが。あなた、誰ですか?」 かつて俺に笑いかけてくれた恋人のサキは、もういない。 病に侵され、彼女の記憶は消えていく。 今この瞬間にも。 記憶が全てなくなってから一週間後、彼女は死に至る。 その事実を知った俺は、彼女の記憶から俺という存在が完全に消えたときに死のうと思っていた。 「分かってる。死んだって意味がないことぐらいは。だけど、俺、受け入れられねえよ。いくら病気だからって……」 深夜に一人、公園で嘆く。 「俺にとってはあいつが全てだったんだ。俺を一人にしないでくれよ」 その刹那。 強い風が吹き、樹木が揺れた。 「全く。だらしないなあツカサくんは」 「なっ……」 聴き慣れた声が耳を撫でる。 いつの間にか目の前に、彼女が立っていた。 「病院から抜け出してきたのか?いや、そもそもお前、記憶が戻ったのか?」 「悪いけどさ、ワタシはあんたの彼女じゃないよ。あんたが今、一番頭の中に思い描いている人間の姿がワタシ」 「は?冗談だよな?」 こいつは一体、何を言っているんだろう。 どこからどう見ても、こいつは── 「だから残念だけど、本物の彼女は今も病院にいるし、記憶も消えていってる。ごめん、こういう形でしか、思念体のワタシはあなたと話すことができないからさ」 「しねんたい?」 「そう。この公園には悩みを持った人間たちがよく集まるんだ。無意識に引き寄せられているっていうか。深夜にだけ現れるこの場所に、キミは召喚されたんだよ」 なんなんだ。 全く持って意味がわからない。 目の前の女は見た目は同じだがサキではない。 そしてこの公園は、悩みを抱える人間を引き寄せている。 そんなことが信じられるだろうか? 「お前が俺の前に現れたのは、俺の悩みを解決するためか?」 「せいかい」 「だけどそれは無理だろ。お前はサキじゃない」 「まあね。確かに彼女のことはどうすることもできない。病気を治すのは医者の仕事。それでも無理ならそういう運命だと割り切るしかない」 「だったら……」 「キミ、彼女の記憶が消えた後に死のうとしてるみたいだけど。この場所に来たってことは、心の中では死にたくないと思ってるんじゃない?」 「──っ」 「だって考えてみてよ。それ、ただの自己満足でしょ?彼女はキミのことを忘れたくて忘れたわけじゃない。むしろその逆でしょ?病気に必死に抵抗する姿を、キミも見ていたはず。記憶が消えることが分かっていても、最後まであなたの名前を呼んでいた。逆恨みみたいなもんだよ。平静を装ってみても、キミはまだ、ショックを受け止めきれていないんだね」 図星だった。 俺の悩みはサキの病気に対してじゃない。 サキがいなくなった世界で生きていけるほどの覚悟を決められていない自分の情けなさに対してだ。 「だって、しょうがないだろ!俺とあいつには、もっと輝かしい未来が待ってたはずなんだ……。笑い合って、助け合って、愛し合って。そういう未来を、奪われたんだぞ」 「ワタシにはキミの気持ちは分からない。あくまでも推測しかできないから。だけどそれは、相当辛いことだったんだと思う」 「ああ!そうだよ!辛いよ!だって、俺が死ぬほど好きだったやつに忘れられるんだぞ!まるで最初からいなかったみたいに!そんなの、耐えられるわけ、ねえだろ!」 腹の底から大声を出して、息が切れる。 はあはあと苦しい呼吸音が、耳につく。 「やっと、本音を吐き出せたね」 「え?」 「キミは周りに心配をかけまいと自分の辛さを偽り、抱え込んでいた。そして耐え切れなくなり、死のうとまで思ってしまった。それほどまでに彼女のことを愛していたんだね。あのさ、友達とか家族に心配かけたっていいじゃん!人はみんな、迷惑をかけあいながら生きてるんだから。他人の目なんかどうでもいい。辛かったら、泣けばいいんだよ」 その言葉を聞いた俺は、叫んでいた。 「うっ……ああああああああああああ!サキ!サキぃ……!俺はお前のこと、本当に好きだったんだ!俺は絶対に忘れない!だからお前もいつか、思い出してくれ……!」 思わず目の前の彼女を抱きしめると、強い力で抱きしめ返してきた。 「キャッ!全く……司くんはしょうがないなあ」 目の前の咲季は、静かに涙を流していた。

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  • ひよこ剣士

    水谷風兎

    ♡100pt 2021年1月26日 15時08分

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    良き哉 良き哉

    水谷風兎

    2021年1月26日 15時08分

    ひよこ剣士
  • 化学部部長

    アラン

    2021年1月26日 18時03分

    ブックマークとスタンプありがとうございます! これからも頑張ります!

    ※ 注意!この返信には
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    アラン

    2021年1月26日 18時03分

    化学部部長

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